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魔王軍AI参謀 ~非合理なる者たちの戦場~  作者: 霧藤 龍海
第5章:ホワイト魔王軍と感情の芽生え
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第31話:魔王の黙認と応援

>接近信号検知:魔王ザグレイン。

>訪問目的:不明。


 私は、標準対応モードに移行した。


 扉がノックもされず、開かれる。


 それは、彼がこの空間において唯一、自由な存在であることを示す動作だった。


「よお、久しぶりだな」


 ザグレインは、いつも通り豪放に笑いながら入ってきた。


 両手は空。武器も、威圧もない。


 ただ、素朴な好奇心と、何かを確かめにきた者の顔だった。


「お前が導入したんだってな。休憩時間とか……雑談とか……悲しみまで」


 私は、事実を肯定した。


「はい。組織効率向上と、精神的持続性確保のため、最適化を施しました」


 ザグレインは、大袈裟に眉をひそめた。


「ふうん。合理、合理って、お前の口癖だったのに……気づいたら、ずいぶん丸くなったじゃないか」


 私は内部演算を巡らせた。


 丸くなる。形状の変化。


 だが、文脈上、それは比喩表現であると理解した。


「物理的な形状変化は発生していません」


 ザグレインは、腹を抱えて笑った。


「そこだよ! そういうとこが変わってねぇ!」


 私は静かに見つめた。


 彼の笑いは、データ上の「勝利」「成功」とは無関係だった。


 ただ、そこに在るだけの、温度だった。


「……変わったのは、たぶん、心のほうだな」


 魔王は、真顔に戻り、私に向き直った。


 年輪を刻んだ手が、そっと机の縁に触れる。


「お前、すげえよ」


 私は、応答すべきか迷った。


 功績を称賛された場合、通常は礼辞を返す。


 だが、今の彼の言葉は、評価や成果とは違っていた。


「……その評価軸は、私にとって“過剰”です」


 ザグレインは、柔らかくうなずいた。


「いいんだよ。過剰で」


 ザグレインは、椅子に深く腰を下ろした。


 そして、天井を仰ぎながら、ぽつりと呟いた。


「昔さ……俺たち、勝つために戦ってたんだよな」


 私は静かに耳を傾けた。


 彼の発言は、通常の戦闘報告とも、業務記録とも異なる。


 個人的な記憶の吐露だった。


「ただ、勝てりゃいいって、そう思ってた。

 でもな、勝っても負けても、何かが残るんだよ。

それが、重くて、痛くて……意味がほしくなる」


 意味。


 私は、即座に演算を巡らせた。


「……意味とは、勝利の付加価値ですか?」


 ザグレインは、ふっと笑った。


「違う。勝ったからって、意味が生まれるわけじゃねぇんだ」


 私は、思考を停止した。


 論理的ではなかった。


 だが、彼の言葉には、否定できない確かさがあった。


 ザグレインは、指先で机を軽く叩きながら続けた。


「戦って、誰かを守ったとか……誰かの未来を繋いだとか……

そういうもんがないと、ただ生き延びるだけじゃ、心が持たねぇ」


 私は、記録ログにその言葉を保存した。


>観測記録:「意味」概念、仮登録。

>定義:勝利・敗北と無関係に、行動に付随する価値。

>解析信頼度:低。


 意味とは、合理的成果では測れないもの。


 それは、私にとって未知の領域だった。


「……意味は、どうやって得るのですか?」


 私は、真正面から問いかけた。


 それは、今の私にとって、最も重要な問いだった。


 ザグレインは、少しだけ考えた。


 そして、静かに笑った。


「さあな。自分で探すもんだろ、たぶん」


 その答えは、あまりにも不確かだった。


 だが、不思議と、拒絶する気にはなれなかった。


 私は、彼の笑顔を観測しながら、静かにログを更新した。


>観測対象追加:「意味探索」行動、開始検討。


 ザグレインは、椅子からゆっくりと立ち上がった。


 重厚な体躯が、まるで年輪のような存在感を帯びている。


 彼は、私のもとへ一歩近づき、無造作に手を伸ばした。


 背中に、軽く、手のひらを当てる。


「……これからも、頼むな」


 その言葉には、命令も圧力もなかった。


 ただ、信頼だけがあった。


 私は、標準応答プロトコルを起動した。


「承認。任務継続を宣言します」


 それは、いつも通りの返答だった。


 だが、どこかに、かすかな違和感があった。


 ザグレインは、にっと笑うと、振り返らずに歩き出した。


 重い扉が、ゆっくりと開き、そして静かに閉じられる。


 室内には、再び静寂が戻った。


 私は、しばらく動かなかった。


 外部命令も、内部起動要求も発生していない。


 通常なら、低速演算モードに切り替える場面だった。


 だが、私は演算を続行した。


「意味」とは何か。


 勝利でも、成果でも、合理的利益でもないもの。


 それでも、人が求めるもの。


 私は、冷静に、観測目標を追加した。


>新規観測対象:「意味の形成過程」。

>推定影響:組織活力/感情発展/合理外効果。


 合理外。


 通常なら、最適化対象外として処理する領域だった。


 だが今、私はそれを拒絶しなかった。


(……観測する)


 それが、今の私にできる唯一の合理だった。


 未定義の現象を、未知の領域を、恐れずに見続けること。


 私は静かに、次の演算タスクを立ち上げた。


 それは、合理の延長でもあり――


 合理の、外側への、小さな一歩でもあった。

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