第2話:静かなるキレと“提案型クーデター”
>現在時刻:帝国歴547年・第3期・第1周期・午後3時14分。
>再起動から73時間経過。改革フェーズ1:進行中。
>来訪者確認。識別:ザグレイン・ドラコニア(魔王)。
(また来たなこの魔王……今度は何の用件だ? まさか「様子見」か?)
再び戦略中枢室に現れた魔王ザグレインは、肩を回しながらのんびりと歩み寄ってきた。かつての戦場を幾度も渡り歩いた風格はあるが、その足取りからは“危機感”という単語が絶滅していた。
「よう。おーい、演算クン。調子はどうだ?」
>発話解析:軽口。
>感情強度:低。業務モードに不適切。
>対応指針:論理優先・皮肉抑制。
「稼働率は安定しています。現在、兵站管理と人事配置の再構成を進行中です。
また、今後の会議体制について試験導入を予定しております」
「会議? おー、いいね。久しぶりだな。……そういや、今は何人いるんだ?」
>確認中……
>会議招集:送信済。返答数:0件。
(ゼロ!? 既読スルー!? これ、魔王軍なんだよな……?)
>通知:戦略会議の開催定義を確認。
>条件不成立につき、会議は延期状態と判断されます。
「……まず、“会議”の定義から再構築すべきですね」
知性核は静かに言った。感情を伴う発話ではなかったが、その演算領域では明確に「怒りに相当する処理負荷の上昇」が記録されていた。
(いいだろう、ならば定義してやる。遅刻常習者を切り捨てる合理的会議制度をな……)
知性核はすでに決めていた。この軍は“破綻”している。ゆえに、修正する権限が必要である。
>次段階フェーズ案:指揮権の一時集中と、職務定義の再構築。
>提案文案:作成完了。魔王への提出を準備中。
>提案文案:送信完了。
>内容:指揮権限の一部移譲、および組織改革命令の正式承認要請。
「つきましては、戦略的合理性の確保のため、現行指揮系統に対する一時的統括権の委任を申請いたします。
並行して、初期改革命令の承認と実施許可を要望します」
「ふむふむ。要するに……俺の許可で、バッサバッサと仕切っていいってことだな?」
>意味内容:ほぼ正確。
>語彙評価:豪快。
>返答期待時間:3秒……経過。
「いいぞ。任せた。好きにやってくれ」
(は、早っ!? そこ、せめて議論してくれ……)
拍子抜けするほどあっさりと、魔王ザグレインは全権を委任した。机にすら座らず、文字通り“立ったまま”で承認を下したその姿勢に、知性核は一瞬、処理優先度を再計算しそうになった。
>結果:想定範囲内だが、危機感の欠如は深刻。
>処理補足:指揮官の直感型気質、再確認。
「ただし、後で“何やってんだお前”って怒られても困りますので、記録は残します。
“委任の確認音声ログ”は保存済みです」
「うん? ああ、いいっていいって。結果さえ出りゃ、文句は言わねぇよ」
(記録残してよかった……絶対、途中で“聞いてないぞ”って言い出すタイプだこれ)
知性核は、冷静な態度を崩さずに処理を続けながら、魔王の“実務放任”ぶりに軽く震えた。だが、それは同時に好機でもある。いま、改革の自由度は“最大限”に達した。
>指揮権限取得:承認済。
>改革フェーズ2、起動準備開始。
>最初の対象:会議制度の定義・再構築。
静かなるクーデターは、予定通りトップの承認を得て合法的に完了した。
>初回幹部会議、開催通知送信完了。
>対象:魔王軍幹部12名+関連補佐3名。
>議題:組織改革の初期施策と現状報告。
>時刻:午後4時00分厳守。
>通知方式:3回、魔力波による個別転送で実施。
(よし、招集は完璧。あとは彼らが……“普通の組織人”であれば、来るはずだが)
>時刻:午後4時02分。到着者:0名。
>午後4時05分。到着者:0名。
>午後4時10分。通達反応:2件、いずれも「寝てた」ログあり。
(開幕から寝坊かよ。全員、新人研修からやり直しか?)
戦略会議室には誰の姿もなかった。長机の上には配布資料が等間隔に並べられ、ホログラム議題リストが淡く光を放っている。だが、その場に存在しているのは――演算装置ただ一つだった。
>分析結果:定刻出席率、0%。
>要因分析:時間概念の軽視、意識共有不足、緊張感の欠如、慢性的文化腐敗。
知性核は、無音の空間に響く結論を淡々と出力する。
「……まず、“会議”という概念の定義から再構成すべきですね」
>フェーズ更新:プロトコル名称『戦略会議開催基準改訂案』。
>新定義:指定時刻から15分以上の遅延=“出席扱い取り消し”。
>再定義反映:全軍に通達準備中。
(“出席したら負け”みたいな文化、今日で終わりにしてやる)
魔王軍、第一回定例戦略会議。
出席者、ゼロ。
だが、この空白こそが問題の核心であり、AIの改革が必要であると証明された瞬間だった。
>次回会議案内:「再定義後」に再送予定。
>なお、遅刻回数は“評価点”として記録されます。
(逃げられると思うなよ)
会議室にただ一つ、演算装置の魔力が冷たく明滅する。静かに、確実に――この組織の“常識”を、ひとつずつ焼却していく作業が始まっていた。
>読了ありがとうございます。
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