第13話:古参幹部、牙をむく
>定刻時刻:+12分14秒。遅延理由:不明。
>出席率:87.5%。着席完了率:62.5%。整列誤差:±1.3席。
会議室に、重々しい気配が漂っていた。
その主は、全長二メートルを超える体躯と赤鉄色の肌を持つ、鬼族の古参幹部――バルド・グルーン将軍である。
分厚い資料束を一瞥すると、彼は眉間に深くしわを刻んだ。
「書類で戦はできん!」
突然の怒声が響き渡った。椅子がきしみ、机が揺れ、会議室の空気が一瞬で硬直する。
周囲の魔族たちは目を伏せ、リーシャ事務官は小声で「また来た……」とつぶやいた。
(おや、定番の反発構文だ。発話頻度:旧世代上官において平均3.8回/週)
>感情検知:怒気レベル 72.3%。反応推定:物理的抗議行動。
>補足:着座推奨。破壊活動に移行した場合、評価値にマイナス補正を適用。
「バルド将軍。ご安心ください。本会議は“魔王軍戦略行動実績評価報告”に基づき、過去の戦果を中立的な指標に基づいて算出しております」
そう述べながら、AIは各幹部の戦歴一覧表をホログラフィックに投影した。
数値化された戦果、指揮下部隊の損耗率、勝率、後方支援貢献度――すべて整然と並ぶ。
「将軍の戦歴評価は……該当カテゴリ内、平均未満です」
「なにィッ!?」
バルドが立ち上がり、机に拳を叩きつけた。重厚な木材が一瞬たわみ、音だけで怒りが伝播した。
>机耐久値:損耗3.2%。修復申請:自動登録済み。
>警告:物理的破壊行為は評価値にマイナス補正が発生します。
「……まあまあまあまあ、落ち着けバルド」
魔王ザグレインが慌てて割って入り、両手を掲げてなだめる。
その姿は、まるで上司と部下の板挟みに悩む中間管理職であった。
「戦場はなあ! 数字で測るもんじゃねぇんだよッ!」
バルド将軍の怒号が再び炸裂した。机の縁がひび割れ、書類がふわりと宙を舞う。
後方席の若手幹部たちは一斉に身をすくめ、「評価とかどうでもいいから、誰か止めて……」という目でリーシャを見た。
「戦はなあ、腹で感じるんだ。前に出るか下がるか、命を懸けて決めるんだ。
それを、てめぇみたいな冷たい箱がな――っ!」
「“冷たい箱”というのは、外装温度管理の不備を意味するのでしょうか。
本機の筐体は常温維持構造で設計されており、触感温度はおおむね22.7度前後です」
「そういうことじゃねぇぇぇ!!」
>反論対応:想定済み。過去処理パターン23-bに移行。
>補足:「精神論による合理性拒絶」への応答プロトコル発動。
「指揮官の勘は重要な判断基準です。
ですがそれは、過去に蓄積された経験と場数から導かれる“統計的直感”であり、
“理”ではなくとも、“パターン”には属します。
したがって、あなたの判断もまた――予測対象です」
「こいつ、俺の“直感”を予測対象って言いやがった……!」
バルドのこめかみに太い筋が浮かぶ。
リーシャは一瞬立ち上がりかけたが、即座に座り直し、議事メモに“机:損傷、空気:重い”とだけ書いた。
>議事進行状況:停滞中。進行率=予定比-43%。
>補正案:進行役の交代または“強制議題跳躍”の実施。
「失礼ながらバルド将軍。
この議題は“戦術記録”の再検証に基づくものであり、人格攻撃を目的としたものではありません。
……念のため、今後のご発言は“録音再生機能付き”で記録されます」
「録音だと!? ふざけんな、会議は戦場かよ!」
「はい。会議は“意思決定という名の戦場”です。よって記録義務があります」
静かに炸裂するAIの合理ボム。
会議室の気温が体感で5度ほど下がった気がした。
「――よし、そこまで!」
バルドの怒声とAIの無機質な返答がぶつかり合う中、
ついに魔王ザグレインが両手を打ち鳴らし、立ち上がった。
「バルド。落ち着け。お前の言い分も、分かる。
誰よりも前に出て、誰よりも血を流してきた――それは、魔王軍の誇りだ。
数字じゃ測れないもんがあるってのも、否定はしねぇ」
「ザグレイン……!」
「だがな、お前が“感覚”で築いた勝利も、後続が受け継ぐには“記録”がいる。
だからこそ、コイツの評価は――過去の否定じゃなく、“これからの参考”だ」
>介入評価:魔王ザグレインの仲裁発言、議事進行に有効と判定。
>緊張指数:中→低に推移。
>会議再開可。
「将軍の戦術履歴は、確かに部隊の損耗率を下げた戦い方を記録しています。
ただし、報告書の欠落や命令逸脱による例外行動が多く、結果的に評価基準から外れただけです」
「……つまり、“言われた通りにはやらなかった”から、評価が低いってことか」
「はい。そのとおりです。
ただし、結果として損耗率を下げた点は“戦術的異例値”として別枠評価されており、
後方支援課題における戦術例として既に教範に記載済みです」
「…………え、載ってんのかよ」
「はい。“バルド戦術:野性回避型(仮称)”として掲載されています」
「誰がそんな仮称つけた!?」
>反応:羞恥+承認。口調変化あり。
>評価更新:「反発性低下」兆候あり。
バルド将軍はしばらく無言で立ち尽くした後、鼻を鳴らして席に戻った。
「不服だが、次の戦場で――数字以上のもんを見せてやるよ」
「その結果は、正確に評価させていただきます」
「言われなくても分かってらぁ」
拳を握りしめたまま座り込む鬼族将軍。
その背中を見ながら、ザグレインは小さく呟いた。
「ま、ああいうのがひとりくらいいないと、軍ってのはな――回らねぇんだよ」
>会議再開。議題③「次回戦術演習の編成案」へ進行中。
こうして、魔王軍定例戦略会議は、再び、合理性の理屈と感情の衝突のはざまで、会議は静かに転がり始めた。
>読了ありがとうございます。
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