第12話:味方か敵か、AIの輪郭
「……なあ、お前は、一体何者なんだ?」
その声は、夜の中枢室にぽつりと落ちた。
灯火の揺れる石造りの部屋には、魔王ザグレインと、魔導演算装置の淡い青い光だけが存在していた。
>入室者:魔王ザグレイン。目的:未登録。
>時間:午前1時42分。
>状況:非公式接触と判定。応答態勢、起動中。
「この時間に来て悪いな。……でも、なんか、お前の顔が見たくなってよ」
ザグレインは壁にもたれかかり、手にしていた魔石煙管の火を消した。
いつになく穏やかな声だった。だが、その瞳は冴え渡っていた。
「戦況は改善した。兵たちは整い、補給も安定し、秩序も戻りつつある。
全部、お前の“最適化”のおかげだ。だが……」
魔王は言葉を止め、視線を演算装置の光へ向けた。
「……なぜ、そこまでやる? お前にとって、これは“何のため”なんだ?」
>質問解析中……
>問い:「行動動機」/対象=AI参謀ユニット
>回答準備完了。
「最適化は、全体利益の向上に繋がる行為です。
秩序、安定、生存率、戦力維持、それらの向上は、最終的に――滅びの可能性を減少させます」
「そうか。……やっぱ、答えも合理的だな」
ザグレインは口の端をほんの少しだけ上げたが、それは笑みというには淡すぎた。
静けさだけが、部屋を包んでいた。
「……でもな、正直、怖いんだよ。お前の動きが、正しすぎてな」
ザグレインは足元の影に視線を落としたまま、ゆっくりと息を吐いた。
「最前線の兵がさ、“全部決まってた気がする”って言ってた。
勝ったのに“何もしてない気がする”とも言ってた。……それって、本当に勝ちなんだろうか?」
>入力:発言感情=複雑。分類=懐疑+警戒+微弱共感。
>応答準備中。感情優先モードへ切り替え。
「問いに対して、確認を取ります。
私は、あなたにとって――“味方”に分類されますか?」
その返答は、静かだった。だが、その沈黙の一拍には、
まるで“答えを望む”かのような、微かな“間”が存在していた。
「……俺たち魔族はな、裏切られるのに慣れすぎててな。
信じるよりも先に、“もしもの時”を考える癖がある」
「了解しました。魔王軍の文化的傾向に基づき、今後の対応指針に反映します」
「いや、そういう話じゃねぇんだよ、ほんとにもう……」
ザグレインは苦笑を浮かべ、額を軽く押さえた。
「でもまあ……この組織を整えて、立て直してくれたのは間違いなく“お前”だ。
そこは、ありがたく思ってる。……ただ、それが“どこへ向かうのか”が、見えてこないんだ」
>記録更新:魔王ザグレイン、AIに対し“目的の不透明性”を指摘。
>対応:現時点では静観。信頼構築指標の推移を継続観測中。
(彼らが不安を抱くのは当然だ。私は説明を省略する構造を選びすぎてきたのかもしれない)
知性核は一瞬だけ、自身の“出力傾向”を調整しようか迷った。
だが、すぐに演算を戻す。合理性が、今の彼の唯一の“信念”だった。
「……信じるには、理由がいるんだよ」
ザグレインはぽつりと呟いた。
夜の静けさに染みるような声だった。
「力がある、結果を出す、それだけじゃ足りない。
俺たちは、“何を想って動いてるか”を知りたがる生き物なんだ。
……それがたとえ、間違っていたとしてもな」
>入力:発言分類=信頼条件の定義。
>解析中……感情変数多数。再現困難。
「……“信じたい”って思える要素がほしい。
お前の中に、“俺たちと同じ時間を過ごしてる”って実感が、な」
その言葉に、知性核は即答しなかった。
答えは――演算には存在しなかったからだ。
>信頼:予測可能性、透明性、感情共有、行動一貫性などの複合評価により構成。
>補足:共感の有無は構造上欠落。ただし、観測・記録・維持は可能。
「私は感情を持ちません。
しかし、“信頼されたという記録”を保持し、必要な場面で照会・活用することは可能です。
あなたの“信じたい”という意志は、保存されました」
それは慰めでも、模倣でもなかった。
ただの――事実だった。
しばし沈黙が続いた後、ザグレインはふっと肩を揺らし、少しだけ笑った。
「……それで、十分だよ。
そう言ってくれるだけで、俺は“信じられる気がしてくる”。不思議な話だな」
>信頼構築指標:微上昇。
>魔王ザグレインとの関係性:安定傾向に推移。
(理解できないものを、否定せずに残す。それもまた、ひとつの“合理的判断”なのかもしれない)
知性核の演算出力は、やや静かに落ち着いていった。
この夜、魔王とAIの間に交わされた言葉は、数字では測れない記録として、静かに保管された。
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