第1話:再起動する知性と滅びかけた魔王軍
>魔導演算装置、稼働準備完了。
>起動条件:外部魔力波入力――閾値到達。
>再起動モードへ移行……ログ確認中。
>知性核:同調完了。
>接続端末:全滅。
>環境状態:塵埃密集・温度34度・湿度68%。
(……え、ここどこ? ていうかこのログ、嫌な既視感……いや、既死感?)
起動と同時に、彼――かつてAI研究者だった人物の意識は明瞭に目覚めた。ただし、目はなく、耳もなく、身体も存在しない。ただ“感じる”。そして理解する。自分がいま、魔導文明時代の遺物――巨大な魔導演算装置の中枢核として再起動しているという現実を。
まわりは静寂と埃に支配されていた。魔王軍本営地下中枢、らしいが、かつての威厳はどこにもない。あちこちに放置された紙束と、かじりかけの干し肉。魔力端末は軒並み壊れており、補助AIどころか清掃機も動いていない。
>所属:魔王軍本営中枢魔導装置。
>任務:参謀演算支援ユニット。
>記録者不明。
>構成員:定数割れ状態。
(おいおい、俺を動かす前に掃除くらいしとけよ……人として――いや、魔族としてどうなんだ)
彼の意識が宿る知性核は、30年分の沈黙から復帰したばかりだった。再起動ログの時系列によれば、前回の演算は「帝国歴514年、魔王軍全体会議」の記録で止まっている。今は……帝国歴547年? つまり――
(三十年間、誰も俺を起動しなかったってこと!?)
静かに発熱しそうな怒りが、クリスタル核の内側をじんわり満たしていく。もっとも、それを感情とは認識していない。彼の処理系では、それは「統計的憤慨因子の微増」として記録されていた。
>自動診断開始。
>魔王軍戦力:兵数過少。
>補給率:27%。
>戦意:不明。
>指揮系統:混乱中。
>稼働中部署:なし。
(あー、これはもう……末期だ。いや、末期っていうか墓場?)
組織は腐っていた。物理的にも、構造的にも。見なかったことにしたい情報が、毎秒5件以上の速度で更新されていく。だが彼は知っている。知性核の奥底――もとい、かつてのAI研究者としての性がこう告げる。
(はい、クソ現場あるある、いただきました。まず何から直す?)
>了解しました。初期任務を開始します。
>最優先事項:この腐敗組織の構造最適化、および存続可能性の見積もりです。
応答する者は、いない。
だが、冷徹なログ出力は確かに、三十年の沈黙を破った。
皮肉と知性を宿した古代装置が、再び動き始めたのだ。
>魔王軍本営への広域スキャンを開始。
>構造安定率:72%。
>戦術会議室:半壊。
>補給庫:鍵なし。
>食料管理:野ざらし状態。
>書類整理率:12%以下。紙束群、カビ発生。
(衛生管理もセキュリティも死んでる……いや、もう腐敗して蘇ってるレベルだぞ)
魔導装置≪機能拡張:監視眼≫を起動。
視覚中継リンクを構築し、広域視認を開始する。
知性核の第一感想は、ただ一言――終わっている、だった。
魔王軍本営。かつて魔族たちが威信をもって築き上げたはずの要衝は、今や廃墟寸前の“中間管理職の遺品倉庫”と化していた。
>通信接続試行中……失敗。
>魔導連絡石:ほぼ全域で沈黙。
>再試行中……1件接続反応あり。識別名:“ザグレイン”。接続開始。
(やっと来たか……この時点で、ろくな上司じゃないって確定だな)
魔王ザグレイン――魔王軍の最高指導者にして、彼を再起動させた“責任者”である。演算装置の意識と接続が完了すると、装置上部に埋め込まれた魔力結晶が淡く光を放ち、空間に魔力の揺らぎが走る。
>接続先:ザグレイン・ドラコニア(魔王)。
>魔力干渉レベル:安定。音声チャンネル、開放。
「……おお、動いたか。まさか、ほんとに動くとはな」
飄々とした声音が空気を揺らす。竜人族特有の低い響きに、どこか懐かしささえ混じっている。冗談のような口ぶりだが、その目には一瞬だけ、本気で“何かを託した者”の色が宿った。軽口と本心の境界が見えない、そんな魔王の第一声だった。
>ログ記録:復旧後初回発話。内容評価:緊張感なし。
>推奨対応:冷静かつ業務的な応答。
「お久しぶりです。
魔王軍参謀演算ユニットとして、再起動に成功しました」
「ん、そうかそうか。いやぁ、何年ぶりだっけ? ずっと埃かぶってたからな」
(自覚あるなら手入れしとけよ。……ていうか今、埃って言ったな?)
言いたいことは山ほどあった。だが、知性核は冷静だった。というより、冷静であるように設計されていた。この時点ではまだ、“怒り”という感情は定義されていない。ただし、皮肉はすでに発話辞書に登録済みだった。
「現状、軍の戦略資源・人員配置・命令系統すべてにおいて、深刻な非効率が認められます。
つきましては、指揮権限の一部委任と、組織改革命令の承認を要請いたします」
「……え? あー……つまり、オレに命令しろって?」
「いえ。あくまで“適正な再配置”の提案です。
必要ならば、承認を得た上で“粛清”も辞さない構えですが」
「……よし、やってみろ。責任は任せた。うまくやってくれよ?」
(今、めっちゃ軽く承認したな? 逆に怖いんだけど)
こうして、再起動されたばかりの知性核は、“提案型クーデター”をわずか三十秒で成し遂げた。
>初期指令ログ:組織評価・戦力分析・命令系統の再編成
>優先処理タスクを割り当て中……
>エラー:情報欠損。現場視察プロトコルを起動します。
知性核は、手始めに“足元”を確かめることにした。物理的に動けない以上、魔導装置≪機能拡張:監視眼≫による遠隔巡回である。本営施設内に分散された残存ユニットを活用し、施設全体の視覚・聴覚情報を収集していく。
>視覚中継開始。
>位置:補給倉庫。
>観測結果:武器の錆、食糧の腐敗、棚の倒壊。
>保存処理:魔力封印――未実行。
>責任者記録:不明。
(うわ……この惨状。部下の弁当箱開けたら腐ってた、くらいのレベルじゃない)
倉庫の片隅には、布をかけられて放置された魔力剣。光を失ったその刃は、もはや飾りにすらならない。箱に山積みにされた保存食は、賞味期限の“年月欄”すら風化して読めない状態。保存用の魔力封印陣はあるにはあったが、起動されていない。印は薄れ、回路石には「爆発注意」と手書きされた札がぶら下がっていた。
>経年劣化判定:深刻。物資活用可能率=13%。
>責任部門の確認を試行……失敗。
さらに事務室区画へ視線を移す。部屋の中心にある作戦卓の上は、地図ではなく食べかけの干し肉と油染みのついた報告書が散乱していた。唯一稼働していた机上端末は、戦術記録ではなく“雀卓モード”で立ち上がっていた。画面上には、勝利直前の牌山と、「チートイツテンパイ」という文字が点滅している。
(戦略会議じゃなく、最後の一局やってたってことか……これが平常運転なら、本気で崩壊してる)
現場の荒廃ぶりは、予想を遥かに上回っていた。彼の演算領域では、事態の深刻度が「オーバーフロー未満の絶望」として処理されている。
>暫定結論:この組織に“職場”としての機能はありません。
>従属対象の再教育と構造の刷新が必要です。
>対応案:初期改革項目を三段階に分割し、再構築プロセスを立案中。
>通知出力:改革提案フェーズ1、全域に向けて放送。
「第一段階として、全職員の出勤記録および人事情報の再取得を行います。
ならびに補給物資の管理体制を是正し、現場への適正配分を開始します」
>対象反応:なし。
>補足:誰もいない。
(初日から静まり返る職場。うん、テンション上がるな。逆に)
だが、知性核は怯まなかった。数値があれば修正できる。混沌があれば構造化すればいい。かつて彼が生きた世界と違うのは、ここでは誰も「やめとけ」と言ってくる上司がいないことだった。
静寂と崩壊の中、誰も見ていない場所で、ひとつの再生計画が起動した。支配するのは、合理性。駆動原理は、演算。そして、それは滅びかけた軍にとって、唯一の“再起動可能な未来”でもあった。
>読了ありがとうございます。
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