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結婚相手は五歳児!?

作者: ヤスゾー

「いいか! もし、結婚したとしても、私はあの子を愛する事はない!」

「……」


 啖呵を切る若き国王。

 そんな主君の股間を見て、大臣は同情するような優しい眼差しを向けた。


「陛下。私、いい薬を知っていますよ」

「お前、張り倒すぞ!!」


◎◎◎


 サンティペ国は、実に小さな国であった。

 屈強の国々に囲まれて、常に緊張感の中にいるような国だ。

 それなのに、先代国王は自分の地位を利用して、酒池肉林な生活を送っていた。

 余裕が無いのに、毎晩パーティ三昧。浴びるほど酒を飲んでは、高級娼婦達に高価なドレスや宝石を買い与え、朝まで遊び倒していた。


「このままでは、我が国はダメになる!」


 第一王子であるカルネは、聡明で求心力のある若者であった。ラスス国に留学している時でさえも、自然に人が集まってくるほどだ。

 彼は国王に反発している家臣たちを集め、世代交代の協力を要請した。

 国王が愚かだったのか。

 王子が賢かったのか。

 あっと言う間に、国王は追い出され、カルネが新国王の座に就いた。


 だが、「これで安心」ではない。

 ここからが大変だった。

 破産寸前の国庫。母国を捨てる国民達。迫りくる周囲の外国の圧力。

 先代国王の残した傷跡は思った以上に深かった。

 その尻ぬぐいをするため、彼は粉骨砕身、働き続けた。

 しかし、なかなか景気は上向かない。


 そこに吉報が届く。

 カルネの留学先であったラスス国が「同盟を結ばないか」と声をかけてきたのだ。


「我が国のアンネ王女をサンティペ国の正妃とする事で、同盟を結び、貴方をお助けしたい」


 カルネは心から感謝した。

 ラスス国は周辺諸国の中でも屈強の国。いつ、戦争をしかけられてもおかしくない小国サンティペにとっては、願ったり叶ったりだ。

 思えば、父王を追い出し、国政を何とか建て直そうと必死で、「結婚」というものをおざなりにしてきた。

 カルネは25歳。

 普通なら、妃を娶り、跡取りを残さなくてはならない年だ。


「その申し出、ありがたく受け入れます」


 そして。

 つつがなく、同盟の調印式が行われた。

 結婚式は後日に……という段取りだった。


 しかし、そこからおかしかった。

 調印式の間、アンネ王女の姿が全く見えない。

 未来の夫の姿が、気にならないのだろうか?

 不審に思いながらも、弱小国家サンティペとしては何も言えず。

 こちらに嫁いでくる日を待つしかなかった。



 

 それから、数か月後。


「アンネ王女が参りました」

「はっ!?」


 若き国王は度肝を抜かれた。

 突然、アンネ王女が嫁いできたのだ!

 何も聞いていない。

 いきなり、押しかけて来た。

 しかし、確認をしてみると、まちがいなくラスス国の使者のようだ。


「いかがなさいますか?」

「追い出すわけにはいかないだろう。……会おう」


 本来なら。

 アンネ王女の輿入れには、パレードを初めとする歓迎セレモニーを開催する予定であった。

 しかし、このように突然訪問されては、何も出来ない。身支度を整える事くらいが精いっぱいであった。


「これはこれは。突然の訪問、申し訳ない」

「いえ。ラスス国ならいつでも大歓迎です」


 精一杯の愛想笑いを浮かべ、カルネ王はラスス国の使者を謁見室で迎えた。

 内心は悔しい気持ちでいっぱいであった。


(申し訳ないと思うなら、前もって連絡しろ!)


 しかし、今は本心を呑みこむしかない。

 軽率に喧嘩を吹っ掛けて、強力な同盟国ラススに離れられては困るのだ。


「ご紹介します。我が国王の縁戚であるアンネ王女です」

「アンネ王女。お会いしたかっ……」


 そこまで言いかけて、カルネ王の笑顔は固まってしまった。

 言葉が出てこない。

 頭が動かない。

 なぜなら。


「ごきげんおう。アンネはね、アンネっていうの。よろちくおねがいちま~す」


 なんと。

 紹介されたのは幼い幼い女の子であったのだ!


「はい、よく出来ました」

「やったぁ!」


 使者に褒められ、自分で自分に拍手を送っている。

 緩やかなウエーブがかかった金色の髪に青い瞳。桃色のドレスによく似合う天真爛漫な笑顔を見れば、誰もがときめくだろう。

 が、これは庇護欲としてのときめきであり、人生のパートナーに感じるものではない。


「美しい姫でしょう? それに、とても利発でして……」

「い、いくつ……?」

「はい?」

「いくつだよ!? この子」


 動かない頭を何とか回転させる。

 それで出てきた言葉は、同盟国の使者に対して、ふさわしくない言葉遣いであった。

 だが、使者は何も気にする事なく、すんなりと答える。


「ああ、五歳ですよ」

「五歳!!?」


 二十五歳の王の結婚相手が、わずか五歳!?

 冗談かと思うが、どう見ても相手は真剣でふざけているようには見えない。


「何か問題でもありますか?」

「ぐぐぐ……!」


 「大ありだよ!」と言い返したいところをグッと堪える。今はそれしか出来ない。

 そんな主君の様子を見て、大臣は使者に代弁した。


「大丈夫です。王は同世代の女性には全く興味がありませんので」

「おい!」


 身に覚えのない暴露発言に、カルネ王はつい突っ込んだ。

 しかし、大臣は白い口髭を撫でながら、さらに言葉を続ける。


「過去に、同じ年くらいの女性とお見合いさせようとしたのですが、会う事すらされませんでした。年の差が性癖なのでしょう」

「ないわ! そんな性癖!」


 確かに、今までカルネ王はお見合いを遠ざけてきた。

 先代王のせいで、国民は生活に困っているのだ。彼らを助ける為に、女性とうつつを抜かしている場合ではなかった。


「そこで、我々は七十七歳の女性を用意していました」

「七十七歳!?」


 王は目を丸くした。

 そんな年上の女性とお見合いさせようとしていたなんて、初耳だ。

 いや、それだけ家臣達は心配していたのかもしれない。

 それは悪かったと思う。

 しかし、七十七歳を妃にさせようとする大臣達の神経が分からない。


「まあ、今回のアンネ王女の話が出て、その方には辞退してもらいました。年下ではありますが、ちょうどいい「年の差」です」

「喜んでもらえて、光栄です」


 ラスス国の使者とサンティペ国の大臣は、ガッチリと握手を交わした。

 同盟国としての結束が、今この瞬間、固くなったのである。


「ちっとも「ちょうど」良くない……!」


 カルネ王は自分を抜きにして、絆が深まっていく違和感に覚える。

 一番重要なのは、王族同士の絆が結ばれる事だ。

 しかし、肝心の王女は五歳児である。


「それでは、アンネ王女。我々は失礼します。どうか、お幸せに」


 ラスス国の使者は、アンネ王女と数名のメイドを残し、さっさと帰ろうとしている。

 慌てて、カルネ王は引き留めた。


「え。あ、あの! ……婚儀について何も話さないのですか?」

「それは不要です。そちらで行いたい時に行ってください」

「そんな投げやりな」

「実はですね」


 今まで軽い口調だった使者だったが、急にトーンを落とした。

 眉間にシワを寄せ、神妙な顔つきになる。


「アンネ王女の両親は、すでに他界されまして……」

「……え」

「国王の縁戚の為、放っておくわけにもいかず、かと言って、引き取り手が誰もおらず。この同盟で、面倒ごとが片付くと思っているのが、我が王の本音です」

「そう、なのですか……」


 王女の身の上話を聞き、王は身を詰まらせた。

 カルネ王もまた幼い頃に母親を亡くしている。

 まだまだ親に甘えたい年頃なのに、親がいないというのはどれほど辛いか。その喪失感・孤独感は今思い出しても苦しくなる。

 さらに、「面倒ごと」扱いされ、追い出されるように結婚を強いられるのだ。あんまりではないか。


「不遇の身であるのに、一国の王妃になれるなら、それ以上の幸せはございますまい。アンネ王女の事、よろしくお願いします。どうか、どうか……」


 使者たちがそろって、頭を下げる。

 振り返れば、アンネ王女の傍に控えていたメイドたちも深々と頭を下げていた。


「……」


 これで断ったら、それは悪魔だろう。

 同じ辛い思いをしているカルネ王には、拒否する事は出来なかった。


「……わかりました」


 どちらにしても、サンティペ国に断る選択肢はない。

 カルネが了承すると、使者はほっとしたように破顔した。


「では、アンネ王女。どうか良き妃になってくださいませ」

「うん、ばいば~い!」


 少女は小さな手を振って、使者たちに別れを告げた。

 床に届かない足をブラブラ揺らしながら。


◎◎◎


 そして、今に至る。

 五歳という事もあり、すぐに結婚はしない。

 ラスス国の使者も言っていた。


「そちらが行いたい時に行ってください」


 だから、「愛する事はない」と言ったのに、大臣が失礼な事を言ってくるので、思わず怒鳴り返してしまった。


「さてと、これからどうするか……」


 カルネ王は大きく息を吐くと、身を引き締めた。

 これから、この五歳の王女様の扱いについて、家臣達と話し合わなければならない。


「ねえ。ねえ」


 だが、頭の整理をする前に、上着を下に引っ張られる。

 見れば、アンネ王女がカルネ王の白い裾を引っ張っていた。

 大きな青い瞳に、思わず王は笑顔を浮かべた。


「どうしたのかな? アンネ王女」

「おにわで、かけっこしたい!」

「え」


 かけっこ。

 あまりにも昔に聞いた、その言葉に一瞬、カルネ王は眩暈を覚える。


「か、かけっこ……?」

「おにごっこ! おにごっこ!」

「いや、ちょっと、あの……」


 王女は桃色のドレスをこれでもかと揺らして、駄々をこねる。

 これがただの子供なら、無視するだろうが、相手は同盟国の姫君。しかも、自分と同じで親を亡くしている。

 無視するわけにもいかなかった。


「ああ! わかった! わかった! 少しだけなら……」

「あ!」

「なに?」

「おしっこ!」

「いっ!?」


 助けを求めるように、カルネ王は王女専属のメイドたちに視線を送った。

 しかし、メイドたちは困ったように顔を見合わせるだけだ。


「困りましたわ。我々も来たばかりで」

「どこにお手洗いがあるのやら……」

「ああ! もういい!」


 苛立ちを隠しきれず、カルネ王はアンネ王女を抱きかかえた。

 自分が彼女を持ち運びした方がよっぽど早い。

 っていうか、漏らされてはたまらない。


「キャハハハッ! たのしい~!」


 今まで男の人に抱っこされた事がなかったのだろうか。

 いつもよりも高い位置に抱えられ、いつもよりも早いスピードでの移動に、アンネ王女は興奮していた。


「喜んでいる場合か! いいか、漏らすなよ!」


 王女の喜びとは真逆に、カルネ王は必死の形相だ。

 だが、子供は楽しい事が優先で、そんな事は聞いていなかった。

 無邪気に笑い、手を叩いて喜んでいる。


「これ、すき~! アンネ、だいすき~!!」


◎◎◎


「大好きですわ、殿下」

「……」


 アンネ王女がサンティペ国に嫁いで、十五年の時が流れた。

 あの時、可愛らしい少女も今はすっかり大人だ。

 ウエーブのかかった金髪を結い上げる事で、青い瞳がより映えている。それが薄紅色の落ち着いたデザインのドレスとよく合っていた。


「えっと……、この間、貸した本の事かな?」


 そして、カルネ王もまた年をとった。

 二十五歳だった若き王は、今や国王の地位がしっかりと板についている。

 何とか不景気だった経済を、若干ではあるが上向きにさせた。まだまだ油断のならぬ状況ではあるが、破産にはならずに済みそうである。


 だが、年をとってしまった。

 三十八歳になったばかりだが、今までの苦労が心身にきているのだろう。五十代に見えるほど、彼は老けこんでいた。髪には白髪が交じり、目の皺は深く刻まれ、頬の肉もだいぶこけている。


「はい。とても勉強になりました。私はもっと経済学を学び、殿下の力になりとうございます」

「それは嬉しいですね」


 たまにこうして、二人はお茶をして、近況を報告していた。

 疲労のかさむ王の、ささやかな幸せな時間である。


「アンネ王女。どうでしょう? そろそろ自立しませんか?」


 紅茶を口に含んだ後、カルネ王は彼女に今後の事を提案した。

 ラスス国の使者が言った通り。

 アンネ王女は賢かった。カルネ王の役に立ちたいと、率先して経済学を学び、優秀な成績を修めている。この成績なら、どこの国も彼女を優遇するだろう。

 もう自分の役目は終わったのだと、カルネ王は考えるようになっていたのだ。


「自立? 私はカルネ様の妃ですよね?」

「いや、貴女が子供であることをいい事に、大人が勝手に進めた話です」

「……」

「ラスス国には上手く言います。貴女は母国に戻ってもいいですし、どこかの国の大学に通っても構わない」

「……」


 アンネ王女にとっていい報せだと思った。

 きっと喜んでくれるだろう。

 だが、予想が外れた。


「あれ?」


 彼女の青い瞳が絶望の色に染まっている。眉は垂れ下がり、顔色が悪い。

 とても喜んでいるようには見えない。


「殿下は、私にこの国から出て行って欲しいのですか?」

「いや、あの……」

「私が好きなのは、本だけじゃありませんわよ」


 そう言って、アンネ王女は椅子から立ち上がり、カルネ王に背を向けた。

 肩が若干震えている。泣いているのだろうか?


「……」


 何と声をかけていいのか、わからず、カルネ王は自分の膝を見つめた。


 分かっている。

 アンネが自分に好意を寄せているのは。

 でも、彼女の意志のないまま交わされた婚約で、彼女の未来を縛ってしまうのは、嫌だった。……それだけ、自分も彼女を愛おしく思っているから。


「失礼しますよ」

「っ!」


 何の前触れもなく、茶会のテーブルの下から、にゅっと大臣が出てきた。

 突然すぎる登場に、王はひっくり返そうになってしまう。


「うわっ! えっ!? お前、いつからそこにいたの!?」

「いつからでもよろしいでしょう」

「あまり良くないぞ……」


 アンネと二人だけで茶会を楽しんでいるつもりだったので、何だか不気味だ。

 そもそも、この大臣。十五年経ったはずだが、何も変わっていない。白髪に白い口髭。皺の数まで変わっていない気がする。どこかの妖怪だと紹介された方が、よっぽど納得がいった。


「何をしておいでですか? 陛下。早くアンネ様に声をかけてくださいませ。自分の気持ちを吐き出すチャンスですぞ」

「いや、それは……」

「アンネ様があなた様を好いておられるのは御存じでしょう?」

「だが……」

「彼女の気持ちを今一度、確認してください」

「でも……」


 いつまで経っても、「いや」だの「だが」だの「でも」が続く。

 アンネ王女を大切に思っている気持ちの表れかもしれないが、これでは埒が明かない。

 大臣は大きくため息をつき、心を鬼にしてハッキリと言った。


「大体、あなた様は頭が固すぎます」

「なに?」

「頑固です。馬鹿です」

「……」

「益体無し! 役たたず! 不能!」

「言い過ぎだから!」


 最後の方は、もうただの悪口だ。

「だから、不能じゃないって!」と王が睨んでも、大臣は聞いていないふりをして続けた。


「ならば、問います。アンネ様が別の殿方と一緒になってもいいのですか!?」

「嫌だよ!」


 感情的になったまま、カルネ王は思いつく本音を吐いた。


「アンネの存在にどれだけ救われたか! どんなに執務が辛くても、彼女の笑顔を見るだけで、頑張る事が出来た! こんなおじさんになってしまったけど、彼女を大切にする気持ちは誰にも負けないつもりだ!」


 ハッと我に返り、口元を押さえる。

 大声で心の内を話しすぎてしまった。

 横目でアンネ王女を見れば、頬はバラ色に染まり、目は星のように輝いていた。


「殿下……」


 その嬉しそうに目を細める姿に、胸が高鳴る。そのときめきは、もう庇護欲から来るものではない。


「……」


 大臣の罠に上手く引っかかってしまったようだ。

 だが、ここで大臣を叱責するのは違うだろう。

 カルネ王は腹を決め、王女を見据えた。


「アンネ。聞いて欲しい事がある」


 十五年分の愛情を凝縮したような優しい声色で声をかける。

 そして、一歩前に出た。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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面白かったです。 コメディ仕立てで最後まで行くのかと思ったら、ちょっと泣ける。 次作も期待しております。
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