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毎日三枚小説『サラダボール』

作者: 都梅数多

 ファストフードのサラダは不味いなって思いながらフォークで突き刺し口に運んだ。あいつはまだ来ていない。休日の昼間前という事もあってか駅の前には大勢の人が集まりカラフルに街を彩っていた。サラリーマンの姿もあまりなく、広場は一種のサラダのようにも見えた。きっとこの町に住んだら、女も命も仕事も早足で通り過ぎて行くんじゃないかって気分になる。僕は携帯電話を確認する。こうしてビルの上から人を見下ろすのは好きだったが、もう約束の時間だった。食べかけのサラダをゴミ箱に投げ入れて僕は広場に向かう。人混みをかき分けて、僕が付いた先はJRアルタ前。よく待ち合わせに使われるこの場所は大学の帰りにはいつも通っていた。日本の中心。しかし人はこの町を愛しているとは僕は思えなかった。アルタにある液晶テレビを見ている休暇の人。落ちた煙草を拾い大切にしまい込むホームレス。デートの待ち合わせで右往左往行き来する服を着こなせてない学生。オフ会帰りのゴスロリ衣装の女。まるでみんなが部屋でゴロゴロしているような印象を受ける。唯一忙しそうなのは、AVの勧誘位な物で、目の前で信号待ちをしている茶髪のセミロングの女に必死に口説きかかるホスト。女性は嫌そうな顔をしているがそんな事は関係なさそうに話を続ける男。信号が青にかわる。しばらく見つめていたが、やがて人ごみに消えて行く。

 そんな人混みの中に原田浩一を見つけたのはしばらく経ってからの事で、背比べしているビルたちを見比べている浩一の姿は見ているコッチが恥ずかしくなった。

 意地悪く僕は浩一に電話をかけた。慌てて電話を取る浩一は辺りを見渡し僕の姿を探す。

「お前どこにいるんだよ。人多すぎてどこにいるのかわかんねえよ」

 携帯電話に怒鳴る姿は滑稽だ。携帯電話を持ちながら頭を下げるのと同じくらい滑稽な姿だ。

「後ろだよ後ろ」

 浩一の背後から僕は声を掛ける。驚いた浩一は携帯電話から手を離し向き直る。

「随分遅いじゃないか浩一」

「え、そんな訳無いだろう。まだ五分前だ」

 携帯電話の時計を確認する浩一。まあ実際五分前ではあるのだけど……。

「折角の2回目のデートなんだろう?ならもう少し早く来ないとよ。彼女はきっと俺より早く来てる。そういうもんだぜ」

 適当な事を言ってるつもりはない。僕自身そんな経験があったからだ。浩一は昔の僕みたいに同じ事しようとしてる。そういう所がほほえましくて僕は今日彼の誘いに乗った。

「お前だからだよ、それは……。ちゃんと彼女と来るときはもっと早く来るよ」 

「そうかよ。なら結構だよ。全然問題ないスタートだ。とっとと美味しいランチをごちそうしてくれ」

「ああ、そうだそうだ。まず最初にルミネのレストラン街でランチを食べるんだ」

 浩一はそう言ってまた辺りを見回した。

「で、ルミネってどこよ」

 笑いながら浩一は言った。一度手を叩いてから僕は浩一の背後の駅ビルを指した。


「お前さあ、ルミネってのは新宿に3つあんだぞ?ちょっと下調べが足りないんじゃないか?先が思いやられるぜ」

 メニューから視線を上げて僕は浩一に言った。

「わるかったよ。でも本番でそうならないように今日来てるんじゃないか」 

 そう言われると返す言葉が無かった。窓際の席でそこからは都庁が見える道路をせわしく車が走るのは見えるけど人は米粒サイズになって僕の興味は引かなかった。

「あのさ、とても気になる事があるんだけど」

 浩一はメニューを指さしながら言った。

「アーティチョークのトマトパスタって書いてあんだけどアーティチョークって何よ」

「知るかよそんなもん。お前はナポリタンでも頼めばいいだろ」

「なんだよ。女をはべらすユウでもそんな事あるんだね」

 勝ち誇ったように浩一は言った。一々食材の名前なんて知った事じゃない。コックになるのはベッドの中だけで十分だ。 

「そんな物知りっぷりを言いたいならラーメン屋行けばいいだろ。お前ラーメンだけはアホほど詳しいんだから」

「そこはやっぱ男らしさを見せたいじゃない」

 男らしさを随分と、はき違えている気がしたがそこは敢えて指摘せず僕はサーモンクリームのパスタセットを頼み、浩一は例のアーティチョークのトマトパスタセットを頼んだ。こういう風に外食をするのは久しぶりだった。気に入ってた女の事がバレて相当な修羅場を経験して以来なかなか彼女の監視の目が厳しい。今日だって浩一からの電話がなければ出てこれなかった。メニューが来るまでの間、他の客の姿を盗み見る。ロングヘヤーでしっかり手入れされたPコートを着た女。ショートカットで裏原系の発光色のジャンバーを着た女。何とか振り向かないだろうかって僕は思う。中年の萎れたスーツ男と一緒にいるおばさんは何故かずっと僕の方を見ている。胸は大きそうだが勘弁してくれ。そう言う趣味はない。

「お前さあ、卒業したらどうするの?もうすぐ就職活動の時期じゃん?」

 トリップを邪魔した浩一の声は僕を苛つかせた。

「もう働いているんだろう? 浩一。俺は一応高校の先生目指してるよ。教職課程は取ってるし、ダメダったら家庭教師になるか一般企業もアパレル関係目指すよ」

「下心丸出しだな」

 浩一はそう言って笑った。馬鹿言うな、さすがに高校生には手を出さないよJK。僕にだってそれなりの理由がある。注文が運ばれてきてトマトソースの匂いが僕の鼻をくすぐる。


 中学の頃イトーヨーカドーの上でよく母に連れられてパスタを食べた。まだその頃はイタメシブームなんて流行ってなかった。でも母親は何かにつけ外食をするのが好きだった。その日だって運動会お疲れ様っていう名目で外食を提案したのは母だった。

 母はいつも分厚いベーコンの乗ったクリームパスタを食べて、僕はいつもトマトとナスとベーコンのパスタだった。

 料理が運ばれてきて、母はずっと父さんが運動会に来ない事を愚痴っていた。

 仕方無い事だ。って言うのがいつもの母の締めくくりだった。父はそれなりに重要な役職に就いていたらしいし、それこそ単身赴任の話も出ていたらしい。でも僕は家族全員で食べる食事よりも母とこうして食事に来る事の方が好きだった。家で食事をしていると家族の間に静寂が宿り、どこか喋ってはいけないような雰囲気が訪れるからだった。

多分その頃から既にそうだった。僕は注文がくるまで辺りを見回し、人の顔を見てばかりいた。注文の来る間に僕の隣の席に中年の男性と少し若いカップルが来た。僕はちょっとビックリした。こちらには気がついて居ないようでその男はぷかぷかと煙草を吹かし始めた。

「今日もお疲れさま。大変だったでしょ。運動会。」

「まあな。クラスを一位にする事は出来なかったし、みんな長距離走なんか走りたがらないから苦労したよ」

「大変ね。」

 僕にはその会話がほほえましく見えた。中年の男の人は僕の担任でいつも学校では怒ってばかりの先生だった。運動会でも一位が取れなかったら怒り、しかし小学生のだれより感情豊かだった。きっと今ならモンスターペアレントに食べられていただろう。

 先生にも奥さんがいるんだなあと僕は感心したし、学校での先生とは違い今はリラックスして愚痴を吐いている先生に好感が持てた。先生に話かけようと思ったけど、母が僕を止めた。

「そっとしてあげなさいよ」

 確かにその通りだったけど、ちょっと怒りすぎだよと僕は思った。


 パスタを食べ終わると肉料理が来て結構ビックリした。パスタだけでもかなり量があるというのにその上肉まで出されるとなると結構お腹いっぱいだった。

しかし浩一は肉食獣に変貌したかのようにナイフとフォークを動かした。

「お前そんな食いかたしてると嫌われるぞ。世間じゃ草食系男子ってのが好まれているらしいよ」

 僕は重くなった胃をおろそうとトイレに向かう為に席を立った。

 トイレには先客がいて、狭い通路ですれ違った。一瞬だけ、僕は目があってその男は会釈をした。

 酷く頬が落ちて傲慢さが顔に出ていた。その男こそ、昔僕の教員だった男だった。僕は振り返って声を掛けようかとも思ったが、相手が僕に気がついていない様子だし声は掛けないようにした。どうしたってここは新宿で偶然出会ったとしたって声を掛ける事はない。

 もし、総括を述べるなら正直ルミネのレストランと看板を出すほど美味しくはないし、カップルがデートに使うにはあまりに量が多すぎる。デザートのティラミスを食べながら僕はそう思った。

「ちょっと彼女には量が多すぎるかもしれない」

 肉料理を全て食べきった浩一でもさすがにデザートは残した。自分の計画が失敗だと感じているようであまり元気はない。

 ちょうどここのパスタと同じだ。ニンニクが良く油に馴染んでいないし、ゆで加減も時を逸してしまった感じだ。

「行くか」

 浩一は元気無さそうに席を立った。同じように席を立ちレジに向かうものがいた。中年の夫婦だ。僕はその中年の男の服装を見てギョッとした。萎れたようなグレーのスーツはさっきトイレで見た昔の教員の物だったからだ。

「どうかしたか?」

 浩一は僕の顔をうかがうように見た。僕は笑顔で答えを返す。そうだったのか。母親がどうして先生に声を掛けようとした僕を止めたのか良くわかった。

「もう少し待とう。まだ胃が苦しいんだ」

「そうかよ。悪かった」

 浩一は項垂れて言った。あのカップルと一緒にレジにたつにはバツが悪かった。あの先生に憧れて先生になろうと思っていたのにな……。走馬燈のように中学の記憶が頭を賑わせた。中学生だった僕は『僕』に向かって言った。

「でもよ。お前だって結局同じような事になるんじゃないか? 女好きで純粋なんて言葉をもう知らないお前がどうして先生のようになれる?」

 頭の中に浮かんだ自分はまだ初デートの店選びも出来ないようなウブで自信がなくて、情けないような男だった。ちょうど僕の前で強がって新宿でデートをしたいという馬鹿な奴と同じように……。

「お前顔色悪いぞ?」

 レジを見るともうそのカップルは居なかった。

「レジを済まそう。別にデートは食事だけで終わる訳じゃないだろう」

 そう言って僕らは外に出た。

 神妙な顔つきでエスカレーターを降りる浩一。

「どう思う? このパスタ。彼女喜ぶと思うか?」

 浩一は僕に難しい質問をする。

「喜ぶよ。結果ってのはあんまり重要とされない。そう学校で教わっただろ」

「ゆとり教育」

「そう言う事だ。あとになって気がつく事も多い」

 呟いて言う。

「教師みたいだなユウは」

 浩一はそう言って笑った。

「当たり前だ。教師を目指しているんだから」

 新宿駅東口から僕らは広場にでる。外は今もサラダボールみたいに人が踊っていて、ここからどこに行こうか。僕はそう自分に質問する。


新年明けましておめでとうございます。今回も全然三枚に収まっておりませんが今年もよろしくお願いしますm(_ _)m最後まで読んで下さいましてありがとうございました。

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