第9話 白ギャルと文学少女は今日もバチバチ
■晋の自室
緑オールバックにPKされて強制ログアウトを受けた後、晋は自室へと意識を戻していた。
「うわあああああん! シンが生きてるうううううううう!!!」
少しして晋と同じく緑オールバックにPKされたメイク――もとい楓がログアウトしてきた。
楓は五体満足で生きている晋をめがけて飛びついた。
楓は自身の腕の中で冷たくなっていくシンの姿を思い出し、今も号泣中だ。
楓を落ち着けるために、晋は彼女の背をゆっくりと擦る。
「大丈夫だよ。生きてるから」
「でもっ……! シンがボロボロでっ……! 左目とか潰れてるしっ……! 脇腹からも……なんか出てるし……!」
「うん。解説いらない。ノーサンキュー」
ちなみに、ブイモンではゴア表現が苦手な人もプレイできるよう、グロテスクな描写を見えないように設定することもできる。
晋も楓もブイモンのリアリティに魅せられているので、ゴア表現を見えるようにしているが。
とりあえず晋は楓が落ち着くまで待とうと思った。
抱きついてくる楓の背中を擦りつつ、晋はふと自室と廊下を繋ぐドアを見る。
と、そこには『じーーーーーーーーーっ』という声が聞こえてきそうなほど、晋と楓を一心に見つめている少女がいた。
少女の名は天宮円。
晋の妹であり、13歳の中学2年生だ。
艶やかな黒のロングヘアに眼鏡。
物静かな雰囲気は文学少女然とした印象を醸す。
蓋を開けてみれば、おっちょこちょいで可愛らしい少女なのだが。
円も今日が終業式。
制服を着ていることから、ちょうど学校から帰ってきたところなのだろう。
「おかえり、円」
「……ただいま」
とても小さい声だが円は晋に挨拶を返す。
それだけで晋は嬉しかった。
というのも、ここ最近の晋は円に無視されるのが日常となっているからだ。
円が晋に冷たい理由を、当の晋は知らない。
晋と円はつい数年前までは普通に仲良くできていたのだ。
2人の仲が変化したのには、円の兄に対する想いが関係しているのだが……。
これもまた鈍感さゆえ、晋は気づいていない。
「じっと見てどうしたの?」
あまりにもじっと見てくる妹に対し、晋が率直な疑問を口にする。
「真昼間から……くっつき過ぎじゃない?」
対して円は眉間に皺を寄せながら答えた。
円から晋に向けられる視線はいつも以上に鋭い。
言葉に込められた温度も心なしか冷ややかであり、晋は身震いした。
「これはゲームをしてて――」
「仲が進展したってことかもよ~? 円ちゃん?」
晋が言い終える前に楓がヘラヘラとした様子でそんなことを言う。
先ほどまで号泣していた楓だったが、涙の後は既にない。
化粧がさして崩れていないのも不思議である。
さっきまで号泣していたのは間違いないのだが……。
ちなみに晋は『仲が進展する』という楓の発言の真意を測りかねている。
いつも通り、晋は鈍感なのであった。
そして楓の発言の意図は、円には正確に伝わった。
円は眼鏡を一つ押し上げて、ジトッとした目線を晋達に向ける。
「楓ちゃんのことだから、また適当を言ってるのね」
「いや、マジ。大マジ」
『マジ』を連呼する楓。
その声音はいつもより真剣さを帯びているように感じられる。
その真剣みを帯びた声に円がびくりと肩を震わせた。
「……え。う、嘘だよね?」
楓の発言を受けて、分かりやすく慌てる円。
毅然としているように見えて、騙されやすいのが円という少女だ。
対して楓は攻勢に出る。
「嘘じゃない。ウチの眼を見て。この真剣な眼差しを!」
そう言って、楓は晋の元を離れると円の前に立った。
この2人は何をやってるんだと思いつつ、晋は呆然とそのやり取りを見ている。
ちなみに晋と楓が幼馴染なように、楓と円も昔から仲がいい。
「嘘……信じない……兄さんが……わたしの兄さんが……うぅっ……!」
(『わたしの兄さん』って何だろう……?)
晋は自分がいつから妹の所有物になったのかと考えた。
しかし、それを考えるより先に兄としてすべきことがあった。
円が泣きそうなのだ。
楓の発言の意図は未だ掴めていないが、晋は泣き出しそうな円を宥めようと動く。
しかし晋が仲裁に入ろうと思った時、楓が円の頭にポンと手を置いた。
「円ちゃん、ちょっとからかっただけだよ~。シンとは何にもないから~」
「ぐすっ……楓ちゃん、ビンタかグーパンか絞首刑か選んでほしい」
「明らかに1つおかしいのあるけど、円ちゃんが怪我するのはダメだよ~」
「じゃあ、絞首刑ね」
「いや、そうは言ってないっていうか……」
「幼い頃から楽しい思い出をありがとう。来世では私の恋路を邪魔しないように」
「ちょ……ちょっとストップしてほし~っていうか!」
(何か、わちゃわちゃし始めたな)
しんみりとした雰囲気から一転して、楓と円は小競り合いを始めた。
昔から楓と円はこんな感じである。
楓が仕掛け、円が反撃をし、楓が負ける形で終わる。
これもまた楓なりのアイスブレイクなのだろう。
しかし、先ほどのように円が泣く寸前まで追い込まれるのは珍しい。
実を言えば泣き出しそうな円を見て、楓も焦ってフォローを入れたのだ。
深刻さを出さぬよう、務めて明るく。
楓も円のことを本当の妹のように大切に思っているのだ。
「2人とも仲が良さそうで何より。でも結局のところ、円はなんで俺の部屋に来たの?」
晋がログアウトしてから、部屋の扉が開いた音はしなかった。
つまり、晋達がブイモンにログインしている間も、円は晋の部屋を見ていたことになる。
「……玄関の靴を見たら楓ちゃんが来てるのが分かったから。お菓子と飲み物……届けに行こうと思って」
円は晋を嫌っているが、楓が来ている時はお菓子などを運んできてくれる。
晋がお菓子や飲み物を用意しようとすると「兄さんはいいから」と言い、準備をさせないのだ。
ちなみに、晋が1人で部屋にいても円は遊びに来たりしない。
円は兄と楓の仲が進展しないよう監視する目的で動いているのだが、当の晋はその真意も分からないでいる。
「お邪魔します……」
円は廊下に置いていたお盆を持ち上げ、静かに呟いてから部屋の中に入る。
そしてテーブルにお盆を置き、楓の耳に口を近づけた。
「兄さんに手を出したら……分かってるよね?」
それは晋には聞こえない程度の小さい声。
しかし、その声には恋敵に向けた冷やかさが含まれていた。
そして円は部屋を後にしようとする。
楓はと言えば、いつも通り笑みを浮かべつつも、どこか身震いしてしまいそうな険しい目つきをしている。
楓にとって円は妹のような存在で――
円にとって楓はお姉ちゃんのような存在だ。
だが、晋を巡ることとなると一転、2人は恋敵らしくなる。
「それでは、お二人ともごゆるりと。ブイモン楽しんでね」
「うん。ありがとう」
「またね~。円ちゃん」
最後に楓と円は視線をバチバチと交錯させる。
楓は「えへへ」と笑い、円は「ふふふ」と笑う。
しかし、どちらも目が笑っていない。
そして円が晋の部屋を出て行くと、部屋には再び晋と楓の2人となった。
「デスぺナでブイモンにログインできないし、再ログインできるまで何する?」
「う~ん、真面目な話、夏休みの課題とかしちゃう~?」
楓らしくない真面目な発言。
晋も楓も夏休みの終盤に死に物狂いで課題をやる性質なのだが。
ちなみに夏休み中に課題が終わった試しはない。
『夏休みなのに課題があったら気分よく休めないじゃないか』とは、晋と楓の共通意見である。
もっとシンプルに言えば『夏休みは思う存分遊び尽くしたい』となるだろうか。
ちなみに晋と違って、楓は勉強ができる。
ただし楓は授業中も寝ているし、課題もしない。
ただテストで赤点を取ることはない。
いつ勉強してるのかと問えば、テスト開始前の休み時間に教科書を流し見するのだという。
『赤点さえ回避できればオールOKっしょ!」とは本人談だ。
高校進学の際は、晋と一緒の学校に行きたいと駄々をこねまくった。
結果、高校のレベルを下げて、晋と一緒の学校へ進学することになったという過去もある。
「楓らしくない真面目な発言だけど、賛成」
「不真面目代表のシンだけには言われたくないな~」
晋も授業中に寝ているので楓にこう言われても仕方ない。
楓と違って、晋は好きな教科に限ってなら課題はするが……。
「あはは、言えてるかも」
晋たちも高校生である。
2人とも夏休み終盤に課題に嫌々取り組むことからは卒業する頃合いかもしれない。
晋と楓はブイモンに再ログインできるまでの残り50分強を埋めるため、夏休みの課題を始めるのだった。