エピローグNo.2 黎明の記憶
□??廃都:〈フィクション〉アジト
時はほんの少し巻き戻る。
それはシャルがシンと別れてすぐの事。
シャルはムガミの使用した〖転移の回廊〗によって、秘密結社〈フィクション〉のアジトへと来ていた。
〈フィクション〉のアジトは未だ公には知られていない未開の地にある。
未開であるということは、この地には〖輝光結晶〗がないことを意味する。
〖輝光結晶〗があればプレイヤーは転移系アイテムで転移してくることが可能であり、未開の地にはなり得ない。
その代わりに、この地にはムガミ達によって〖輝光結晶・小〗というアイテムが設置されている。
〖輝光結晶・小〗はNPC商店などから購入でき、プレイヤーの任意の位置に設置できる転移アイテムだ。
通常はギルドホームなどに〖輝光結晶・小〗を設置し、ギルメンしか使えない転移先として利用する。
〖輝光結晶〗がプレイヤー全員で扱うことができるオープンな転移先であれば、〖輝光結晶・小〗は許可された者だけが使えるクローズドな転移先と言うことになるか。
また〖輝光結晶〗は破壊不能オブジェクトだが、〖輝光結晶・小〗は破壊可能という特徴もある。
転移先を追加できるという希少な特性から、〖輝光結晶・小〗をNPC商店で買い求める場合は1000万ゴールドほどが必要となる。
実に高価なアイテムだ。
「私……ログアウトしてもいい?」
シャルは〈フィクション〉のアジトという敵陣で不遜な態度を見せていた。
いや、実際のところは不遜な態度を取っているというより、強がっているだけだが。
(早くリアルに戻りたい……)
シャルは〈フィクション〉アジトの壁にもたれかかっていた。
一応、ムガミを観察しているポーズは取っているが心ここにあらずという感じである。
シャルは今すぐにでもブイモンからログアウトしたかった。
ムガミの顔など見ていたくないからだ。
彼の顔を見ていると、先ほどシンに思ってもいない言葉を投げかけてしまった時が思い出されてしまう。
そしてシンの困ったような、苦しそうな表情を思い出してしまう。
だから早く、この世界を離れたかった。
日本時間は未だ16時だが、何も考えずベッドに横になりたかった。
しかし、ムガミは首を横に振ってシャルの頼みを断る。
「もうしばらくお待ちください。数分で来るはずですので」
今、〈フィクション〉アジトの一室にはシャルとムガミしかいない。
だだっ広い廃屋に2人きり。
シャルはムガミの言葉に黙って従い、背に触れる壁の硬さと冷たさを感じた。
――数分後。
「えらい待たしてもうたな……。2人とも」
部屋に姿を現したのは黒いマントを羽織り、巨大な鎌を背に吊るした男だった。
身長は190センチ近く、男性にしては長めの癖毛をしている。
口調から、どことなく関西人であるように思える。
彼はPKギルド〈百鬼夜行〉の長――“死神”『Joker』である。
ムガミ率いる〈フィクション〉と、Joker率いる〈百鬼夜行〉は並んで“最悪のギルド”と称される。
Jokerはシャルの前まで歩み寄ると、どこかバツの悪そうな顔で口を開いた。
「久しぶり……やな」
「……うん」
Jokerはそれだけ言った。
対するシャルは目を伏せて答える。
シャルとJokerの間にあるのは『敵意』というよりは『気まずさ』であるように見える。
ムガミと話す時に比べると、Jokerに対するシャルの口調は幾分か柔らかいようだ。
「僕はお邪魔ですかね? 2人きりにしましょうか? Jokerさん」
その問いかけにJokerは首を横に振る。
「そういう気遣いは口にしないもんや。それに2人にされても間が持たん」
「そうですか。分かりました」
ムガミはJokerの返答に笑みを返し、Jokerはその笑みを少し鬱陶しく感じた。
“全知”であるムガミはとある力で、Jokerの心の揺り動きまでもを感知できる。
シャルに抱くJoker自身の気持ちもムガミには隠せないのだ。
3者の間で少しばかり沈黙が続く。
「――〈フロンティア・クロニクル〉」
ふとJokerが口を開く。
そのギルド名は“最強”ナギが率いる現状最強と目されるギルドの名。
「最近、そのギルドがG4を制覇したって噂は……シャルも知ってるやろ?」
「……うん」
Jokerもシャルも互いに目線を合わせず、俯きながら話し続ける。
「〈フロクロ〉だけやない。多くのプレイヤーが育ってきとる。俺はブイモンがクリアされる日が近いと思ったんや」
「だから私を攫った……そういうことでしょ?」
シャルの問い。
Jokerの首肯。
「俺はシャルを守りたいんや。そのためなら手段は選んでられへん」
“死神”と呼ばれ、ブイモンのプレイヤーを震撼させるJokerはそう宣う。
シャルを攫ったのはシャルを守るためであったのだと。
およそPKギルドの長とは思えない発言。
しかし、その発言にシャルが驚いた様子はない。
「……その話は前に終わったでしょ。私とあなたは決別したんだよ。
私は私の意思に賛同してくれる人とこの世界を生きるの」
「誰かの幸せのために、誰かが犠牲にならない世界……やったか」
「……そうだよ」
シャルはムガミに対しては敵意をむき出しにしていた。
しかし今、Jokerに対しては困り顔を浮かべるばかりだ。
それもまた2人の過去に原因があるのだが……。
「……ええか? 討伐カウント95を達成するプレイヤーは今後必ず現れる。〈フロクロ〉はその筆頭や。
俺は俺のやり方で理想の世界を叶える。好きな人の世界を守るために戦う」
――誰かの幸せのために、他の誰かが犠牲にならなくていい世界。
――好きな人の幸せを守るために、それ以外を淘汰する世界。
シャルとJokerの理念は真逆に位置する。
しかし心の在り方はことごとく似ていた。
ゲーム内時間で3年近く前に起こった“黎明大戦”の場で。
その時、もしもシンがシャルの立場で、シャルがJokerの立場にいたなら。
シャルもまたJokerのように――愛するシンの為だけに世界を変えようとしていただろう。
シャルとJokerは好きな人を何よりも優先してしまうという点で似た者同士なのだ。
だからこそシャルはJokerを憎めない――敵として見れていない。
「なぁ、ムガミ」
「なんでしょう?」
不意にJokerがムガミを呼ばわる。
「お前にはどこまで未来が見えている?」
その問いにムガミは意味深な笑みを浮かべる。
ムガミの狙いは混沌を生むことだ。
ゆえに観測した未来を全てJokerに話す必要はない。
それを踏まえて、ムガミは予想される未来を話す。
「ゲーム内時間で1カ月後、戦争が起きます」
一つ息を吐いて、ムガミは過去を振り返りつつ言う。
「2年9カ月前の“黎明大戦”を彷彿とさせるような大戦が」
Jokerもシャルも、ムガミの発言を疑わない。
ムガミの“全知”の力を知っているからだ。
「AceやStaff、GamblerやMusicianはどう動くんや?」
「シャルさんが懸かっていますので、戦争に参加してきます。つまり、元〈Unknown・Frontier〉の皆さんは全員が参戦することになります」
黎明大戦を機に解散した伝説のギルドの名を挙げつつ、大戦力の参戦をムガミは告げる。
そこまで聞いてJokerはシャルに背を向けた。
この部屋を後にし、戦争のための準備を整えるために。
「ムガミ……1カ月後、俺らでシャルを守りぬくで。そんで……世界の均衡を壊すんや」
「ええ、混沌を生み出しましょう」
そうして2人は廃屋を後にした。
一人残されたシャルはすとんと床に腰を着いた。
元から静かで冷たい空気が漂っていた廃屋だったが、1人になった今は空気がより冷たく感じられた。
ムガミはシャルにとって正真正銘の敵だ。
ムガミと相対しても精神的なストレスは少ない。
しかし、Jokerは別だ。
彼はシャルのためを思って世界を変えようとしている。
彼の気持ちをシャルは痛いほど理解できてしまうからこそ、彼を見ていると精神的に苦しくなってしまうのだ。
シンを苦しめてしまった後に、Jokerと相対することでシャルはぐったりとした疲労感に襲われていた。
しかし、それでも胸の前で両手を絡めて必死に祈る。
この未開の地は外界とのあらゆるコミュケーション法が機能しない。
ゆえにシャルは空やニートといった仲間に近況を報告することもできないのだ。
(シン……お願いだから助けに来ないで……あなたが仲間とゲームを楽しんでくれるのが私の一番の幸せだから)
本当はシンの仲間に加わることが1番の幸せだろうに。
シャルは心中でさえ、本心を語らず。
その祈りを最後に、シャルはブイモンからログアウトした。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
第2章はこれにて完結です。
本作は第5章までを第1部として想定しています。
未回収の伏線なども第1部完結までに回収されていくことと思います(……多分)。
今後ともブイモンの世界にお付き合いくださると嬉しいです。
少しでも「面白かった!」と思って頂けましたら、作品フォローやレビュー等を頂けますと幸いです。
読者様からの応援が創作を続ける上での何よりのモチベーションとなります。
何卒よろしくお願いいたします。




