第18話 無限は天より来たる
□棍棒巨人の集落近辺
気絶から目覚め、インフィニット・バラエティ・スライムと戦い始めて数分。
シンの剣と敵手の爪が何度目かの交錯を見せた時のことだった。
――唐突にインフィニット・バラエティ・スライムの爪が断たれた。
『KYURUAAAァァああああ!?』
自慢の爪を断たれたことで、インフィニット・バラエティ・スライムは疑念を含んだ叫びをあげる。
(なんで斬れた……?)
対するシンも敵手の爪を斬れた理由が分からない。
今までは、攻撃を受け流し続けることしかできなかったのだから。
いや、思い返せば――変化はあった。
支援系スキルによる強化とは別に、シンの中に力が流れ込んできた感覚があったのだ。
インフィニット・バラエティ・スライムの爪を断ちきるまでは、その感覚を単なる勘違いだと思っていたが。
現在、シンのステータスは以下のように強化されている。
――――――————
PN:シン
ID:12189698
討伐カウント:57
レベル:278(SSP:0)
HP:500(+25万5500)
MP:0(+4万2560)
STR:480(+25万5520)
VIT:300(+25万5700)
DEX:0
AGI:1500(+25万4500)
スキル:なし
オリジナル・スキル:【真の覚醒者】
武器:G2〖冒険者の剣〗STR+100
上半身:G2〖冒険者のアーマー〗VIT+100
下半身:G2〖冒険者のレザーパンツ〗AGI+100
籠手:G2〖冒険者の籠手〗STR+100
靴:G2〖冒険者のブーツ〗AGI+100
アクセサリー:G2〖敏捷の指輪〗AGI+100
――――――――――
シンを強化したのは突如取得したオリジナル・スキル【真の覚醒者】。
および味方からの支援系上位スキルにより、シンは大幅にステータス補正を受けている。
(急に強くなった理由は分からないけど――)
シンは強くなったことを感じ取りながら、真っ直ぐに敵手を見定める。
今はインフィニット・バラエティ・スライムを倒すことだけに集中するのだ。
「フッ……!」
息を吐きつつ踏み込めば、シンの身体は音速での疾駆を開始する。
インフィニット・バラエティ・スライムは何とか対応するが、シンの剣を完璧には受けきれず、腹部に大きな傷を作る。
『あぁああアアアAAAAAAA!』
インフィニット・バラエティ・スライムは【物理ダメージ耐性】を持っている。
にもかかわらず、シンは物理攻撃で充分なダメージを与えているのだ。
その手応えにシンは微笑み、敵手は怒りに満ちた咆哮を上げる。
『KYUAAAAAAAAAA!』
「……っと!」
未だ残っている巨大な爪で攻撃がなされるが、シンはそれを余裕で躱す。
どうやらインフィニット・バラエティ・スライムはご立腹らしい。
散々腹を空かせて、いよいよ獲物を食えると思ったら反撃にあったのだから当然だろう。
『ァァァAAAAAあああああ! 【ウィンド・ブレッシング】!!!』
インフィニット・バラエティ・スライムは風操作上位スキル【ウィンド・ブレッシング】を行使。
暴風を手繰り、プレイヤーを始め、周囲の木や岩石などを自らに引き付け始める。
「またプレイヤーを取り込むつもりか」
シンの急成長をインフィニット・バラエティ・スライムもまた感じ取っている。
だからこそ、今インフィニット・バラエティ・スライムが求めるのはシンを倒すことのできる力だ。
インフィニット・バラエティ・スライムはあらゆるものを取り込んで成長する。
暴風を手繰り、自分の元に物体を引きつけ捕食し、更に成長するつもりなのだ。
「フッ……!」
シンはメイクを始めとした至近のプレイヤーを暴風の範囲外まで移動させるため駆け出した。
急成長を果たした今のシンなら、暴風の中でプレイヤーを担ぎ上げて移動させることも可能だった。
「――ッ!」
シンは数秒で、暴風の範囲内にいたプレイヤー達の多くを退避させることに成功。
その中にはシンをPKした緑オールバック達もいた。
今までずっと戦っていてくれたらしい。
なおメイクを退避させるに当たり、シンは先ほど御所望されたお姫様抱っこをしてみた。
メイクも暴風の中でシンにお姫様抱っこをされるとは思っていなかっただろう。
一瞬のことでメイクはお姫様抱っこされたことに気づいていないだろうが……。
「全員を助けるのは無理だったか……」
急成長を遂げたシンだったが、全員を救うことはできなかった。
今も数人のプレイヤーがインフィニット・バラエティ・スライムに取り込まれている。
当然、インフィニット・バラエティ・スライムの力は増し――
――同時に、シンの身体を巡る力が高まった感覚があった。
(まさか……)
そこでシンは1つの可能性に思い至る。
即ち、シンとインフィニット・バラエティ・スライムとでステータスが共有されている可能性。
(だとしたら、いつの間に俺はそんなスキルを手に入れたんだ?)
モンスターとステータスを共有するスキルなど、シンは聞いたことがない。
何よりスキルの取得タイミングも分からなかった。
深まる疑問。
しかし考えてばかりもいられない。
脅威は消えていないのだから。
「……つい考え事しちゃうな」
マルチタスクは苦手だと苦笑しつつ、シンは剣を構え直す。
そしてインフィニット・バラエティ・スライムに迫ろうと、地を蹴るが――
『KYUAAAAAA!』
「そう来るか……!」
シンの接近を見たインフィニット・バラエティ・スライムは咆哮しながら空中へ。
ガルーダ形態らしく、主戦場を空にするつもりなのだ。
「逃がさない……!」
すかさずシンも足に力を込める。
ブイモンではSTRもしくはAGI如何によっては空を蹴ったり、海中を蹴って移動できる。
その場合VITを上げていないと、移動に伴って足の骨が折れることになるので注意が必要だ。
また高STRによって高速移動をする場合も注意が必要だ。
体感時間に影響するAGIが充分でないと、早すぎる世界に目が追い付かず事故死するリスクがある。
それを踏まえて今のシンならば、空中を蹴りながら戦闘を続行できるはずだ。
何よりシンの心には絶対に勝てるという、根拠のない自信がある。
「行くぞッ!」
地を蹴って勢いよく空中へ。
踏みつけた地面は当然のように割れる。
シンは見えない足場があるようなイメージで、空を蹴りつける。
そして目論見通り、空中移動に成功した。
「よっし……空中移動成功!」
空中移動は問題なく成功。
一歩踏み出すごとにシンの足元で破裂音めいた音がするが、STR・AGIの高さゆえ仕方ない。
『KYUAAAぁぁぁアアアアアア!?』
シンの追撃に対し、驚愕するインフィニット・バラエティ・スライム。
空を飛ぶのは怪鳥の専売特許じゃないということだ。
さて、シンとインフィニット・バラエティ・スライム――両者のステータスはほぼ並んでいる。
ここで思い返して欲しい。
戦闘開始当初。
シンはステータスで劣りながら、インフィニット・バラエティ・スライムの攻撃を捌き続けた。
そして今、シンとインフィニット・バラエティ・スライムのステータスはほとんど並んでいる。
つまりステータスが同じならば、シンがインフィニット・バラエティ・スライムに後れを取ることはない。
それが指し示すのは即ち、インフィニット・バラエティ・スライムの敗北。
シンは敵手を狩るため、空中をまた一歩踏みしめた。
◇
インフィニット・バラエティ・スライムは身を震わせていた。
食われる側に回ったことによる恐怖が身を震わせるのだ。
インフィニット・バラエティ・スライムが恐怖を感じるのは2度目。
1度目は気絶したシンを食うため、シンに接近しようとした時。
シンを抱きかかえていた白い仮面を付けた女子が発する殺気に恐怖した。
だからインフィニット・バラエティ・スライムは気絶したシンを狙わなかったのだ。
そして2度目は今、シンに殺されそうになっていることへの恐怖。
――死ぬのが怖い。
――美味しいものを食べられなくなるのが怖い。
――何もなくなってしまうのが怖い。
インフィニット・バラエティ・スライムに搭載されたAIが恐怖という感情をプログラムする。
だから、もう一度食う側に回るためインフィニット・バラエティ・スライムは笑みを消す。
――もう目の前の男を味わおうなんて考えない。
――ただ殺す。
――コイツがいなくなれば、また食べ放題なんだから。
空中を疾駆するシンから距離を取りつつ、インフィニット・バラエティ・スライムは巨大な爪で天を指さす。
――確実にコイツを殺す。
捕食を重ねてストックしていたリソースを用いて、インフィニット・バラエティ・スライムは新たなスキルを創造していく。
それこそはインフィニット・バラエティ・スライムの最終奥義と呼ぶにふさわしい――無限の具現化。
『死ネェェェEEEEEEE! 【インフィニット・インカーネーション】ンンンンNNNNNッッッ!』
インフィニット・バラエティ・スライムは全霊をかけて爪先に魔力を集中させた。
◇
【インフィニット・インカーネーション】の発動直後。
シンを襲ったのは直上から吹き付ける暴風の壁だった。
暴風自体にシンを殺すほどの殺傷性はない。
ゆえに問題なく受けきれる。
ただコンマ数秒。
インフィニット・バラエティ・スライムへの接近が遅れただけだ。
しかし、インフィニット・バラエティ・スライムにとっては、コンマ数秒の時間稼ぎができただけ僥倖。
「なんだ……?」
暴風の向こうへ出た時。
シンはインフィニット・バラエティ・スライムの身体が変質していることに気づいた。
黒一色だった体の内部に、様々な色が脈動している。
その脈動はインフィニット・バラエティ・スライムの爪先に集中――大気中に具現化する。
それは様々な魔法を内包したのだろう特大の魔法球だった。
黒をベースとした魔法球からは、灼熱の炎や極寒の冷気、輝く雷光などが迸っている。
インフィニット・バラエティ・スライムは魔法球を地へ落とし、シンもろとも付近の生物を殺し尽くすつもりなのだ。
プレイヤーの捕食よりも、確実にシンを殺す方に思考をシフトしている。
「マズいな……」
シンはインフィニット・バラエティ・スライムを確実に倒せる。
しかし、あの魔法球を止めるのは骨が折れると直感する。
これまでの攻撃パターンにはなかった特大の魔法攻撃。
あれはインフィニット・バラエティ・スライムが全霊をかけた最強の攻撃なのだろうと理解できてしまう。
(どうする……)
シンから距離を取るように飛行するインフィニット・バラエティ・スライム。
シンは敵手に追いつかんと空中を駆ける。
移動速度だけならば、シンはインフィニット・バラエティ・スライムに勝る。
しかし、魔法球が打ち出されるまでにインフィニット・バラエティ・スライムを殺しきることはできそうになかった。
(魔法球を躱して、EBMを倒す?)
しかし、そうすれば地上にいるメイク達は死ぬだろう。
インフィニット・バラエティ・スライムはシンのほぼ直上に位置し、今も上昇中だ。
今、シンが進路を変えたところで、インフィニット・バラエティ・スライムが地上を攻撃しないとも限らない。
――迷うな。
――無理だ。
――迷っている暇はないんだ。
――それでも。
「くそッ!」
どうすべきなのか、シンには分からなかった。
地上の声など聞こえない上空。
真っ白になりかけた頭の中に聞こえたのは、またしてもあの言葉だった。
――シンくんはもっと自信を持ってもいいんじゃないかな。
されど、シンの中で考えはまとまらない。
その間に、インフィニット・バラエティ・スライムは天に向けていた爪をシンに向けて振りおろす。
同時に特大の魔法球がシンへと迫り――
「あああああッッッ!!!」
――シンはそれを避けなかった。
シンがギリギリで選んだのは、インフィニット・バラエティ・スライムの攻撃を避けないこと。
シンは『どうするべきか』ではなく『どうしたいか』で行動したのだ。
ここで魔法球を避けてメイク達を犠牲に勝ったとして、それの何が楽しいのかと。
シンはメイクと一緒に勝つと約束したのだから。
選んだ道を正解にするために、胸に芽生えた自信を糧に魔法球を食い止める。
「ガアアアアアッッッ!」
獣じみた咆哮を上げ、特大の魔法球を剣と左腕で食い止める。
魔法球を押し返さんと足は空を蹴り続ける。
しかし、徐々に押される。
両腕は球体から発される魔法によって崩壊。
剣を取り落とすのも時間の問題だった。
「ッッッ! 負けるわけには……いかないんだよ……ッ!」
朽ちゆく身体を気持ちで奮い立たせながら、そう叫んだ直後。
自分とインフィニット・バラエティ・スライム以外に誰もいないはずの空中で、シンは確かに感じた。
背中に触れた、何者かの手の感触を。