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第14話 戦場を見下ろす碧眼

 □“始まりの街”タルランタ:〈ニートですが何か?〉本部


 情報屋ギルド〈ニートですが何か?〉――通称〈ニート〉。


 “三強”と名高いギルドとコネクションを持つことから、敵に回さない方がいいギルドとして有名である。


 〈ニート〉のギルドホームはタルランタ北北東――1区と呼ばれるエリアにある。

 円形都市であるタルランタは8つのメインストリートによって、8つの区画に区分けされているのだ。


 〈ニート〉のギルドホームは巨大な洋館。

 内外装ともに最低限の装飾が施された内装は落ち着いた雰囲気を醸す。


 ――そんな洋館の一室。


 ソファに座ってフレンドチャットを眺める青年の姿があった。


 青年にメッセージを送ってきたのは、現在インフィニット・バラエティ・スライムと戦闘中である緑オールバックの仲間だ。


 メッセージは『救援を送ってくれ』という旨。


「事情は分かった……」


 ソファに座りながら、ぼそりと呟いた青年の髪は銀色。

 目元には濃いクマを作っており、枯れ木のように細い身体から不健康さが伝わってくる。


 青年の名は『ニートデス』。

 〈ニート〉を束ねるギルドマスターにして、あらゆる情報に精通する“情報王”である。


 緑オールバック達にEBMの情報を提供したのも彼だ。


(救援を送る……目印となるようなアクションを取り続けてくれ……)


 ニートデスはただ念じる。

 その思念は遠く離れた緑オールバック達へと瞬時に伝わった。


 ――()()()()


 ニートデスが保有するEBM討伐報酬の装備スキルによる力だ。


 通称、イレギュラー・スキル【テレパシー】。


 緑オールバック達へ思念を送ると同時、ニートデスは商売相手達にEBMの情報を売りつけていく。

 これも【テレパシー】を用いて迅速に。



 ――余談だが、EBMの発生情報は高く売れる。


 EBM討伐時にドロップするイレギュラー装備が希少だからだ。


 反面、EBMはオンリーワンの個体であり、討伐後リポップしない。

 ゆえに情報の鮮度が落ちやすい。


 そのため、EBMの情報をニートデスが提供した時点で、ニートデスにゴールドが振り込まれるようになっている。


 これは〖誓約書〗によって、ニートデスとEBMの情報を得たいプレイヤーとの間で結ばれた約束事だ。



(EBMがタルランタより真南……棍棒巨人の集落近辺で発生……。EBMを討伐したい者は向かわれたし……)


【テレパシー】でEBMの出没情報を求めているプレイヤー全員に情報を伝える。


 これでシンたちが戦っている地へ救援が届くのも時間の問題だ。

 EBMを狩りたいプレイヤーなど溢れているのだから。


 ニートデスは自分の仕事を果たした。


「ふぅ……情報一つで金が動く……いつも通り……」


 ニートデスは1つ溜め息をついてから、もう1つスキルを行使した。


 それもまたイレギュラー・スキルである。

 スキル名は【クレアボヤンス】。


 俗に言う()()()だ。


 スキル行使と共に、ニートデスの右目が銀から青に変色する。



 ――おさらいだが、プレイヤーはSSPを使ってスキルを3つまで取得できる。


 しかし、イレギュラー装備に付随するイレギュラー・スキルは、SSPによって獲得できるスキルとは別物扱いとなる。


 SSPで獲得できるスキルは3つまでだが、イレギュラー・スキルはそれに含まれないのだ。


 即ち、世界には4つ以上のスキルを行使するプレイヤーもいる。

 “情報王”ニートデスがそうであるように。


 そうして多様かつオンリーワンのプレイスタイルが生まれるのも、ブイモンの醍醐味である。



「戦いの行く末を……見せてもらおう……」


 ニートデスは無詠唱で【クレアボヤンス】を発動。

 戦場を俯瞰ふかんで観察し始める。



 ――と、ニートデスは早くも異変に気付く。


(…………ん?)


【クレアボヤンス】で観察できるのは戦場の様子のみ。


 EBMの強さも、それを迎え撃つプレイヤー達の強さも正確には分からない。


 しかし、それでもニートデスは驚愕する。


(なぜ戦闘が……成り立っている……?)


 インフィニット・バラエティ・スライムの強さはG4の域に入りかけている。


 ニートデスは救援要請にあった通り、インフィニット・バラエティ・スライムが緑オールバック達では勝てない相手だと察していた。

 G3制覇をなした緑オールバック達であろうともだ。


 しかし、それならば戦線が崩壊していないのがあまりにも不思議なのだ。


「なっ……」


 そして、その疑問を氷解させるようにニートデスは戦場で激しく火花を散らす2人の姿を見た。


 1人は悪魔のごとき翼を生やし、咆哮を上げつつ剣を振るう者。

 もう一人は不敵な笑みを浮かべながら、悪魔の剣や魔法を全て受け流す者。


 ニートデスは瞬時に装備変更をするスキル【クイック・チェンジ】を使用。


【クレアボヤンス】を発動するために装備していた〖千里の義眼〗を解除し――

 インフィニット・バラエティ・スライムと真っ向から斬り合うプレイヤーを探るための装備を身に着ける。


(………………そうか……彼がシンか……)


 ニートデスは3()()()のイレギュラー・スキルを行使。

 脳に保存されたデータベースから、シンの情報を参照した。


 “期待のルーキー”としてタルランタで少しばかり有名だった少年。


 そして再び【クイック・チェンジ】を使用。

 〖千里の義眼〗を装備し【クレアボヤンス】を発動し、戦場の観察に戻る。


 戦場には、ニートデスが聞いていた情報とは異なるシンがいる……。

 あまりにも違い過ぎる彼がそこにいる。


(G2を制覇したばかりのルーキーが……G4相当を相手に……)


 ニートデスはいつの間にかソファの背から身体を離して、体を前のめりにしていた。

 戦場の光景に釘付けになっているのだ。


 それほどに今、戦場で花開いている才能は輝きを放っている。


「これは……()()()()()に並ぶ天才か……」


 高揚しすぎて、もはや呆れたようにニートデスは呟く。


 人は信じられないものを目の当たりにした時、しばしば呆然とするものだ。


 今この時、シンの戦いぶりを見たニートデスも呆然とするしかなかった。


「この戦い……シンが勝とうと負けようと……早急にコネクションを作っておく必要がある……」


 ニートデスのシンに対する評価は、既に“期待のルーキー”などという甘いものに留まっていない。


 ニートデスにとってシンは『戦闘の天才』かつ『商売相手』となっているのだ。

 それこそは、ブイモン世界の情報を牛耳る“情報王”に認められたことの証。



 ――と、そこで部屋の扉がノックされた。


「入ってくれ……」


 ニートデスは戦場を右目で見つつ、左の眼で扉を見やる。


 ゆっくりと開かれた扉の先には、1人の少年が立っていた。


 少年の髪と瞳は青色。

 顔立ちには未だ幼さが残る。

 身長は180センチに届くかと言ったところか。


 少年はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。

 歩行姿勢一つとっても微塵の揺らぎすらなく、隙を感じさせない。


「近くに来たから寄った。面白そうな情報は?」


 開口一番にそう口にする少年。

 愛想がないのはいつものことかと、ニートデスは苦笑を浮かべた。


 ――少年は強者に固執している。


 今、ニートデスの右目が映し出すシンという天才。

 シンの存在をこの少年に教えれば、少年は満足するだろう。


 ただ一点確認があるとすれば――


「……いくら出す?」


「いくらでも」


 一拍も間を置かずに返る少年の声。

 またもニートデスは苦笑した。


 無論、ニートデスは少年に『全財産を差し出せ』というつもりは毛頭ない。


 少年から金を絞るよりも、懇意にしておく方がメリットが大きいことを知っているからだ。


「いいだろう……タルランタの真南……棍棒巨人の集落近辺に……G4相当のEBMが出現している……」


 少年はそれを聞いて腰に吊るしていた剣に手をかける。


 ――そんな()()()()()()()を俺に寄越すのか、と。


 一拍でも弁明が遅れれば、ニートデスの首が飛んでもおかしくない状況。


 しかしニートデスは慌てず、少年を制するように言葉を紡ぐ。


「そうくな……そのEBMを食い止めてるプレイヤーが……尋常じゃない……」


 そこで少年は剣から手を離した。

 そして、どこか幼さの残る声で問う。


「尋常じゃない?」


「ああ……プレイヤー名はシン……つい先日G2を制覇したばかりのルーキーだ……」


 そこまで聞いて少年は身を翻した。

 聞くべきことは聞けた、とでも言うように。


 対して、ニートデスは少年のいつも通りの様子に溜息をついた。


(まったく……いつもながら強者への執着が凄まじいな……)


 ニートデスの右目には、今も戦い続けるシンの姿がある。


 ニートデスは思考する。


 シンと今しがた自らを尋ねてきた少年とでは、どちらの才が上回るのかと。


(ともかく……()()は行ってしまった……シン達とEBMの戦いは……更に荒れそうだな……)


 ブイモンにおいて最強と名高いギルド〈フロンティア・クロニクル〉――通称〈フロクロ〉。


 “三強”の一角を担い、G4制覇を成し遂げた唯一のギルドとして知られている。


 今しがたニートデスの元を訪れたナギという少年は〈フロクロ〉のギルドマスターであり――“最強”の異名を持つプレイヤーである。




 ――ナギが去った後、ニートデスの元へ一通のメッセージが届いた。


 その差出人はニートデスにとって無視できない人物。


『どどどどど、どうしよう! シンを助けたいのに、私あんまり目立てないし! ニート何とかしてよ!』


 対するニートデスはややこしいことになってきた、と溜め息を吐いた。

 早急に【テレパシー】で思念を送る。


(面倒だな……お前シンの近くにいるのか……)


 すぐに相手からメッセージが返る。


『いるよ! 私は彼と仲良くなりたくてブイモンやってるんだから!』


 お前はストーカーか、と思念を送ろうとしたニートデスだったが辞めた。

 確実に話が脱線するからだ。


(俺としてはシンが死のうと……後々コネクションを持てれば……どうでもいいんだが……)


『ニートはよくても、私が良くないの! シンがあんなに楽しそうに戦ってるの初めてなんだから……私はシンに絶対勝ってほしいの!』


(シンが死ぬことが……その場における最悪じゃない……と言ってるだけだ。

 間の悪いことに……〈フロクロ〉のナギが……そっちに向かってる……)


『なんでナギが来ることが最悪の事態に繋がるの?』


(ナギは……強者に執着してる。その場にお前がいるなら……ナギはシンではなく……お前を狙う可能性が高い……)


『そんなわけないじゃん! 私よりシンの方が強いよ! だってシンは昔、私を助けてくれたんだから!』


 そのメッセージを見て、ニートデスは一旦【テレパシー】を送るのを辞めた。

 相手が事の重大さを分かっていないからだ。


 しかし相手はあくまでシンに夢中になっているだけで、頭が悪いわけではない。


『恋は盲目』とはこのことか、とニートデスは苦笑を浮かべた。


 そしてもう一度【テレパシー】を送る。


(もう何も言うまい……ただし約束しろ……絶対に死ぬな……)


『分かってるよ! それに私にはニート達が付いてるんだから、大丈夫!』


 それで会話を終え、ニートデスはまた別の相手へ【テレパシー】を送る。


 その時点でニートデスは確信していた。


 シンとEBMの戦いを中心として、戦場はより混迷を極めるのだろうと。


(問題発生だ……行けるか……? Ace……)


 ――かくして数多の思惑が交錯する戦場が完成する。

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