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そしてまた、君と桜の花を

そしてまた、君と桜の花を

作者: 日浦海里

君に笑顔でいてほしいから

僕は今日も笑顔でいよう

 僕、佐藤和也(さとうかずや)は、以前、斉藤竜樹(さいとうたつき)という名前で、とあるゲームサイトの詩のコミュニティに作品を投稿していた。


 誰かに向けて、というよりは、ただ自身の心情を整理するために言葉にして吐き出す、ただそれだけの詩。


 そんな僕が変わったのは、藤木優(ふじきゆう)に会ってからだ。

 彼女に出会い、言葉を交わし、僕の紡ぐ言葉は変わった。

 彼女との交流の中で交わした約束は、今も僕にとっては何よりも大切な約束の1つで、これからも変わることはない。


「心に花を咲かせてあげて

 固く閉じてしまった(つぼみ)

 これからも見守ってあげてほしい」


 彼女が笑顔で居てくれるように、僕は今日も言葉を紡ごう。

 そうして、また、笑顔で桜の花を見よう。



 △▼△▼


 彼女、藤木優に出会ったのは、詩のコミュニティだった。

 正確には出会ったわけじゃない。

 彼女の投稿した書き込みを見つけた、というだけだ。


 それは、紅葉した葉の彩りが、地面を鮮やかにして、見上げれば青空ばかりが高く見えるようになった、季節が冬の入口に立ったばかりの頃だった。


 彼女の書き込みは、詩というよりは日記のようなもので、そこには病と闘っている大切な人を想う気持ちが綴られていた。

 彼女にとっての大切な人は、高校時代の恋人で、でも、その頃のお互いは、まだ精神的にも幼く、気持ちのすれ違いから一緒に居続けることが出来なくなって別れてしまった。

 そんな相手と数年ぶりに再会して、今でも想われていることを知った矢先に、その相手が病で入院したことを知った、とあった。

 仔細は分からないけれど、過去の書き込みを遡って見る限り、多分、治癒の見込みのない病。

 彼は自分がどういう病に罹っているかを知っていた。

 それでも未来を信じるために、想いを伝えようと。

 今もなお好きでいる彼女に、ちゃんと気持ちを伝えたかったような、そんなふうに見えた。

 彼の行動は、彼自身が書いたものではなく、あくまで、藤木優から見た彼の行動であり、そこから推測しただけだから、それが本当かどうかはわからない。

 でも、二人が今も想い合っている、そのことだけは、文章からとても伝わってきた。


 それを見た僕に何が出来るわけではなかったけど、それでも、何か胸を打たれるものがあって、その大切な人が治癒しますように、と、そんな願いを込めて、自分の場所に詩を書いた。

 彼女の書き込みに直接コメントするのは、なんだか無粋に思えたから。

 だから、自分の場所に、直接それとは分からないように、ただ祈りだけを込めた詩。

 届くわけのない、ただの自己満足の詩。


 彼女の書き込みは、彼の事以外にも、仕事のことやプライベートでの出来事、自身の体調の事に触れられたものもあり、本当に日記のようだった。

 当時は、ブログで日記を公開することが流行っていたこともあって、そういう感じで投稿していたのかもしれない。

 書き込みを見ていると、彼女は精神科医で、特に若い子たちの治療に携わることが多いようだった。


 人の心を救うことこそ自分の使命、とでも言うかのように、彼女は、サイトの中でも相談に乗っている様子だった。

 相談に乗っていることを喧伝しているわけではなく、詩のコミュニティでの書き込みを通じて、話を聞いたり、メッセージでやり取りをしたりと言う感じで、誰かを心配している様子や、連絡が取れないときには元気にしているだろうか、とつぶやく程度のそんなぼやかされた表現ではあったけれど。


 僕はそれをただ見ては、優しい言葉に心を打たれる、そんな日々を過ごしながら、自分のスペースに詩の投稿を続けていた。


 そうして、師走に入り、冬も少しずつ深まってきたある日、自分の詩の投稿に、彼女からのコメントがついていることに気付いた。


『一つ一つの詩の心情の表現が丁寧で、でも、それぞれの詩の感情の起伏が大きくて、無理をされていないでしょうか』


 コミュニティサイトには、書き込みが新着順に並ぶ。

 その書き込みの多くは、どちらかと言うと、呟きにも似た短い言葉が羅列されているだけのものも多く、詩の体裁を採っているものは稀だ。

 だから、目についたのだろうか。


 まさか、彼女からコメントがくるとは思っていなかったけれど、その時の僕は嬉しさと同時に、なぜか胸に痛みを覚えていた。

 こんな面識のない自分の、ただ感情を吐露しただけの言葉にまで、真剣に向き合おうとするのか、と、そう思ったからかもしれない。


『投稿している作品は、その時々の心情をリアルタイムに言葉にしているわけではないので、大丈夫ですよ。ご心配いただき、ありがとうございます』


 僕は、そんな返事を返した。


 それがきっかけとなり、僕の作品への感想や、直接のメッセージなどで話をしたりするようになった。

 その頃には、僕の作品を見てくれる人が何人かいて、彼女は、僕の作品にコメントをくれる他の人たちとの会話も含めて、楽しんでいる感じがした。


 彼女とのメッセージでやり取りの中では、彼女が投稿している彼の話も出てくることがあった。

 投稿に書かれていたこと、書き切れなかった想いや、今の自分の立ち位置、そんな、心情の吐露のような、相談未満の話を聞きながら、僕も、彼女の投稿を見ていた、という事を伝えた。

 自分の詩の中に、彼と優の想いが、叶うよう、祈りを込めたものもある、という話も。


 -----

【宣託】

 信じて待つことも

 傍にいることも

 どちらも幸せで辛いなら

 同じ時を過ごせた方が

 きっと後悔しない

 -----


 彼は、優に気持ちを伝えたくて彼女に会ったけれど、一方で、自分が病と闘っている様は、見てほしくないらしかった。

 だから、彼女は、最初、彼の病のことを知らず、それを知ったのも、彼の親類から知らされて、ということだった。


 それ故、彼女は、彼を見舞うことは、彼の意に反しているのではないか、と悩んでいた。でも、ただ待つことも辛い、と。


 僕は、彼ではないから、彼の気持ちを推し量る事は難しかった。

 でも、『彼がこの先を考えたとき、自分の想いを伝えておきたい、そう願ったのなら、優が側に居てくれることが支えにならないはずはないよ』、とそう伝えた。

 それに、その方がきっと、優も後悔しない、と。


 それが彼女の背中を押したのかは分からないけど、彼女はそれ以来、彼の見舞いに行くようになった。


 彼女の投稿は、彼のことばかりではなく、日常での出来事や、彼女が気にかけている人たちの事が書かれることもあった。

 その中に、時折ではあったが、幾度か貧血による不調の話が出てくることがあった。

 貧血を伴う不調はいくつか思い当たるものがあったので、大丈夫なのか聞いてみたが、『それは大丈夫』、と明るい調子で返事が返ってきた。

 職業柄、彼女の方がそちらの知識は遥かにあるし、そういう病気は調べてもらったから、とのことだった。

 彼が正にそういう類の病で闘っているのと、過去にも彼女の知り合いが類似の病でなくなっている話を聞いていたから、つい気になってしまったが、おそらく、彼女は僕以上に気にしていたのだろうと思う。


 この頃から、僕はよく夜空を見上げるようになった。

 言葉で祈りを紡ぐだけでなく、「星に願いを」というわけだ。

 我ながら、恥ずかしいやつだとは思うけど、人の願いが、本人の気持ちが、病を治癒させることもある、という話も聞くから、こんなことで治るのなら、それで二人の想いが、叶うなら、と、そう思った。


 -----

【星降る夜】

 星降る夜に詩を唄おう

 流れる星に祈りを込めて


 夜空を駆ける星の光は

 長い長い時間を生きた

 命を宿した光だから


 星降る夜に詩を唄おう

 あの人が幸せであるように

 祈りを込めて

 星が想いを届けてくれるように

 -----


 願う事、想う事、思い遣る事

 人の心の有り様について、彼女とはたくさん言葉を交わした。

 彼女自身、自分が仕事をする上でお手本にしている人がいる、という話を聞いたのもこの時だ。

 その人、藤井優美(ふじいゆみ)さんは、以前研修で一緒になって以来、妹のように、娘のように、気にかけてくれているらしかった。

 自分に何かがあるときは、まるでそれを察したかのように会いに来てくれて救ってくれる、不思議な縁を感じずにはいられない、とそう言っていた。

 その人と話していた言葉の中で、心に残り大事にしている言葉がある、と彼女は言った。


「念じていれば、必ず花は開く」


 花が開けば、実を結び、

 その実は、種として広がり、

 やがて新しい花を咲かせる

 そうして縁は紡がれてゆく


 その言葉は、確かに人の心に花を咲かせるのだろう。後から思えば、僕の心には、この時に、『心に花を咲かせる』、その種が蒔かれていたのだから。


 年が明けて、冬の終わりが近づいてくるに連れ、彼の容態は悪くなる一方だった。

 そうして、彼女の体調も、少しずつ悪くなっていた。貧血が多く、業務に支障をきたしそうだから、と、しばらく仕事を休養することになった、とそう聞いた。

 貧血の原因は分からないのだけれど、とも。


 バレンタインデーはケーキを渡すことができた、と明るく言っていた。

 それが心からの明るさではないことは分かってしまうけど、それを指摘したところで誰も幸せになれない。

 どれだけ祈っても、どれだけ願っても、物語ではない現実では、叶えてくれない事があるのだ、と見せつけられているようだった。


 -----

【くもの糸】

 どれだけ絶望の中にあっても

 希望を紡ぐことは出来る


 諦めないなんて格好いいものじゃない


 ただ、紡いだ希望に誰かが救われているなら

 どれだけ絶望の中にあっても

 希望を紡ぐ事が出来る


 私はそこから抜け出せなくても

 誰かの力になれるなら

 それがせめて私に出来る

 たった一つのことだから

 -----


 やがて、春を迎える頃、彼の意識が戻らなくなった。それでも、命を永らえようとするのは、ただひたすらに生きたいという思いなのか。

 生きている限りは終わりじゃないと、そう信じている自分がいる一方で、ずっと見守っている彼女への感情が、ただ見守っていたい、というだけのものではないことも、自覚していた。

 それでも、その感情は僕だけのもので、彼の想いが、彼女の祈りが通じるようにと本気で願っていたこともまた、事実だった。


 彼女の、彼を想う気持ちが、言葉として形にできなくなる程に、心が潰れそうになっている様を見て、力になれない無力さを感じている折、彼女から、メッセージが来た。


『彼が何よりも大切で、この先、彼の終わりの時まで彼の側にいて看取りたい。そう思っています。

 私一人だと、自分の本当の気持ちにも気付けなかったし、彼の元に向かう勇気も持てなかったと思います。

 今、彼の側にいることができるのは、これまでずっとその想いを支えてくれた竜樹さんのお陰です。ありがとうございます。


 気が付けば、誰よりも私のことを理解してくれていて、私の悩みを私以上に知っていてくれる。

 その言葉にはいつも癒やされて、助けられて。

 竜樹さんは優美さんと同じで、家族以上の存在で、大切で、大好きな人です。

 わがままを言ってしまいますけど、これからも一緒にいてくれませんか』


 そのメッセージは、彼女から初めて感想をもらった時のように、嬉しさと同時に、胸に痛みを覚えさせるものだった。


 だけど、それを言葉にする気にはなれなかった。

 彼女の中の嵐のように荒れ狂う激情と、底のない闇が見えて……。

 その奥にある様々な感情が事実として溢れ出てしまいそうだから、言葉にしたくなかった。

 だから、僕は、服の上からでも爪痕が残るほどに強く胸を握りしめた。


 これまでの僕は、彼女の兄のような役割を演じようと、そう課して彼女に接していた。

 でも、彼女がそれを望むのなら、僕は彼女の「最愛」でいよう。

 そう、思った。

 それは、僕にとっても、彼女にとっても、決して偽りの想いではなかったから。

 そして、それが互いに真に望んでいたことではなくても、それをなぜ必要としているのかを理解できてしまうから。


『優美さんにも、お話しました。竜樹さんのことは前からお話してたけど、優美さんと同じくらいに大切で、愛しい人なんだよって』


 △▼△▼


 その日から、表面上はこれまで通りでも、変わったこともあった。

 彼女と通話するようになったことと

 優美さんとやり取りするようになったこと

 彼女と個人的なやり取りをするためのコミュニティを作ったこと

 お互いに話をするときは、本名で呼び合うようになったこと。

 僕は「和也」で、彼女が「優」だ。



 彼と共に逝きたいという気持ち。

 これまで寄り添ってきた子達をちゃんと元気に送り出したいという気持ち。

 純粋にもっと生きていたいという気持ち。


 彼女の中ではそんな一見矛盾した想いが常に存在して、心を引き合っているように見えた。

 その心が引き裂かれないようにするためには、今までのようにただ言葉を交わすだけではきっと足りない、そう思って、通話するようにした。


 彼女は、最初、僕の、「直接話がしたい」、という申し出を断っていた。もしも、自分が治癒しなければ、僕を置いていってしまうことになる。

 その時、声を知らなければ、姿を知らなければ、傷も浅くて済むから、と。

 そして、私も、和也を今以上に近しく感じなくて済むから、と。


 彼女は置いていかれる側の気持ちを知っていた。近しい人や親しい友人が、若くして亡くなってしまう、そんな経験を持っていたから。

 そして、今も、最も大切な人の命の灯火が消えていこうとしていて、ただ見守るだけしかできていない状況にある。

 だからこそ、置いていかれる側の気持ちが苦しいほどに、痛いほどに分かるのだろう。

 そして、それが分かることが分かってるから、僕はそうしたいと思った。

 大切に思う人が側に居てくれること、繋がっていてくれること、それがどれだけ救われるのか、彼女はそれを見てきているはずだから。


 ----

【叶わぬ願い】


 どれだけ願ったって

 叶うはずはないけれど

 それでもあなたを想い続ける

 あなたのことを想い続ける


 本当はずっと傍にいたい

 傍であなたの支えになりたい

 けれど叶わぬ願いなら

 せめてあなたを想いたい

 あなたのことを想い続けたい


 -----


 声を聞けるようになって

 声を伝えられるようになって

 だからこそ苦しいと思う事を改めて知った。

 いつでも会えないことが苦しいわけじゃない

 彼女の生きたいという気持ちに、自分が何ら力になれていないのではないか、その無力さを、どうしても思わずにはいられないからだった。

 彼女の悲しみ、苦しみを聞いて、僕はどう返すのが正しいのか分からなかった。

 出来ることはただ、受け止めて、明日を望むこと。

 きっと一緒に居られる、と。

 一緒に共有した海辺の景色を、君の家までの坂道を、手を繋いで歩いて行ける日がくる、と。

 そう伝えることぐらいで。

 自分の気持ちがどうであろうと、それを言葉にはできなかった。


 そうして、桜の花が咲き乱れる季節を過ぎ、初夏の季節を迎える頃に、彼が亡くなった、と聞いた。


 ちゃんと最期まで看取ることができた。

 一緒に見ようと約束していた桜の花の咲く時期まで、彼は頑張ってくれた、と、そう話してくれた。


「次の桜は僕と一緒に見に行こう。

 彼と一緒に、3人で」


 そう言うと、


『嫉妬深いから許してくれるかな』


 と、優が笑う。


「以前よりは丸くなったんでしょ?それに、僕は二人の仲を裂きたいわけじゃないから、そのことをちゃんと伝えてお願いし倒すよ」


『その時は一緒にね』


 一方で、彼女は、連れて行ってほしかった、と、投稿に残していた。

 それは、彼女だけの気持ちだから、敢えて僕には伝えなかったのだ、と、分かっていた。

 僕が僕だけの気持ちを秘めたままでいるように。


 それは、本当の意味で隠しているわけではない。

 お互い、思っていることを分かっていて、でも、言葉にすることの意味を知っているから、言葉にしないだけだ。

 想うからこそ伝えない。

 伝えられないのではなく、伝えない。

 そんな想いもあるのだと、僕は知った。


 夏を迎えて、時間が出来た僕は、彼女の側に行くことにした。

 しかし、間が悪く、僕の都合のつけられる日は、彼女が治癒のために処置をする当日しかなかった。


 その処置がうまく行けば、治癒が叶うかもしれない。でも、処置がうまく行かなければ、意識が戻らないかもしれない。

 そんな処置だと聞いていた。


 -----

 蒼き空に願い

 碧き海に祈る

 -----


 彼女が処置室に入る前に

 投稿された言葉の一部


 僕はそれを見たあと、彼女に電話した。


 彼女の過ごした地で、

 青空を見上げながら、

 こんなにも側にいるのに

 こんなにも遠い。


 話した言葉はあまりない。


『愛してます。ありがとう』


「愛してるよ。待ってるから。

 だから、またね」


『うん。……またね』


 この日、優と会うことが出来ない僕のために、その代わりではないけれど、彼女の大切な、姉のような存在である優美さんと会えるようにしておいてくれた。

 仕事の都合で、優美さんと合流したのは午後からだったが、彼女とはあまり初対面という感じもせず、話をすることができた。

 一緒に神社に優の無事をお参りに行き、優の職場の近くや家を案内してもらったりした。


 優が優美さんと会えるようにしてくれたのは、それが必要だったからだ。


 離れた場所に住んでいる僕は頻繁に優の下に来ることが出来ない。

 何かあったときには、優美さんを通して優のことを知れるように、とそう考えていたのだと思う。

 それから、もう一つ、これは事前にお願いをされていた。


『優美さんも、昔、大切な人を亡くしていて、それから心の時が止まったままだから、和也に救ってほしい。これはきっと、私には出来ないことだから』


 優美さんには違う言葉でだけど、何かのときには僕を頼るように伝えていたと、優美さんから後で聞いた。


『自分のことよりもすぐに人の事を考えるんだから』


 と、優美さんは泣きながら言葉にした。


 優からは、もう一つ、宿題をもらっていた。


『もし出来るなら、サイトの子たちや、この先、辛い思いをしている子がいたら、私のように助けてあげてほしい』


 それは、彼女が勤めていた病院を長期療養のために離れる際に、お世話になった先生からお願いされた言葉の延長のように聞こえた。


『周りに病気に苦しんで居る人が居たなら

 その人を支え励ましてほしい


 生きて居るだけで

 誰かの力になって居る

 事を教えてあげてほしい


 前向きになるだけでも

 病気の進行を

 抑えられるはずだから


 その事を伝えてほしい…と』


 生きること、生き続けること。

 辛いことかもあるかもしれないけど、

 それでも……と、

 先生からお願いされていた言葉。

 その一部を、彼女がこの先叶えることが出来ないかもしれない願いを、自分に代わって叶えてほしい。

 魂の伴侶である和也に、と。


 その話を聞いて、優美さんはまた涙を流していた。

 僕も、気付けば涙が流れていた。


 △▼△▼


 優と言葉を交わしたのは、結局あの日が最後になった。

 処置の後、意識の戻らなくなった彼女に、いつか意識が戻るようにと、言葉を紡ぎ、彼女の約束を守ろうと、彼女と話をしていた子たちに、彼女のことを伝えることなく、悩み事の相談に乗り、次の桜が咲こうとする、その前に、優美さんから連絡があった。


 優美さんとは度々連絡はしていたし、会うこともあったが、いつもとは違う、突然の直接の電話だっただけに、それがなんの連絡かは、聞く前に分かった。


『優ちゃんが、昨日旅立ったって、お母さんから連絡をもらったよ』


「……はい」


『優ちゃんがお願いしてた通りに……』


 彼女の葬儀の予定や、その後の話も、淡々と伝えてくれた。

 彼女自身辛い中を。



 その日の夜、僕は夜空に輝く月を見上げた。

 優と話をするとき、良く、この同じ月を見上げながら話をしていたからだ。


『きっと、彼女は月になって、見守ってくれている』


 優美さんにそう言うと、彼女も『きっと、そうね』と同意してくれた。


『月のように柔らかな、優しい言葉で周りを包んでくれていた優だから、きっとそうだ』、と。



 彼女との交流の中で交わした約束は、今も僕にとっては何よりも大切な約束の1つで、これからも変わることはない。


「心に花を咲かせてあげて

 固く閉じてしまった蕾を

 これからも見守ってあげてほしい」


 彼女が笑顔で居てくれるように

 僕は今日も言葉を紡ごう。

 そうしてまた、みんなで桜の花を見よう。


「またね、優。大好きだよ。

 いっぱいの幸せをありがとう。

 僕を魂の伴侶と呼んでくれて

 ありがとう」

【ありがとう】


今こうして微笑む事が出来るのは

あなたに出会えたお陰だから

だから 笑顔で

「ありがとう」


頬を撫でる風は冷たいけれど

柔らかく暖かな日差しが包んでくれた

それがあなたと初めて出会った日


風に揺れる木々のざわめき

擦れ合う葉から漏れるきらめき

水面に映る光のゆらめき


全てがとても輝いてみえて

心がとても暖かくなって

この瞬間が続けばいいのに

そんな風に願ってた


世界はとても緩やかで

だけど時間は足早で

気づけば辺りは闇に覆われていて


寂しいけれど

終わりじゃないから

だから 笑って

「じゃぁ、またね」



吹き抜ける風に春の香りを感じたときに

不意にてのひらに温もりを感じた

それがあなたと初めて手を繋いだ日


夜空に浮かんだ星を数えて

気持ちが脈打つ数を数えて

夜空が明けゆく時間を数えて


心の中から暖かくなって

握り締める手がとても優しくて

このままずっと包まれていたいと

そんな風に願ってた


瞳をそっと閉じてみて

あなたの声に耳を傾け

そっと名前を呟いてみる


至った理由は分からないけど

気づいた気持ちは嘘じゃないから

だから 笑って

「大好きだよ」



舞い散る落ち葉は雪のようで

色鮮やかな柔らかな道は寂しい心を隠してくれる

あなたの心に初めて触れた日


いつもあなたは傍にいてくれて

いつもあなたは支えてくれてて

いつもあなたは思ってくれてて


私はいつも自分の事ばかりで

辛さも苦しさも悲しさも

幸せも楽しさも嬉しさも

ずっと自分だけだと思ってた


けれどホントはそうじゃないから

いつも支えてくれていたから

私も何か力になりたくて


今こうして微笑む事が出来るのは

あなたに出会えたお陰だから

だから 笑顔で

「ありがとう」


----

上記の詩は、拙作の詩集「巡る想い」の

第14部分「ありがとう」の再掲です。

https://ncode.syosetu.com/n8312hn/14/


この詩を書くきっかけとなったものが本作です。

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[良い点] 拝読させていただきました。 悲しく苦しく、でもどうしようもできない別れ。でもそれまでお互いに築いてきた出来事、想い、願いが心に脈々と息づいていて、それが力強く、熱く感じました。自分の心の糧…
[良い点]  誰かを想い、詩に綴る世界観はとても美しいです。 また、誰かを思う事、祈る事が繊細なタッチで描かれており、心に響くようです。  誰かを見送らなければならないことはとても辛い事です。  …
[良い点] 『詩』と『物語』の融合とでもいい表せばいいのでしょうか……。  表されている物語は切なく悲しいものですけど、それを書かれ紡がれている言葉はとても美しいと思います。  繋がりというのも色々…
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