第73話 リリカ
母娘は宿屋の住み込みで働いていた。
父親の事は知らない。
物心がついた頃にはもう居なかった。
リリカも幼い頃から働いた。
朝から晩まで働き詰めだ。
それが当たり前だったから、
辛いとさえ思わなかった。
母は優しかった。
寝る前の僅かな二人だけの時間。
「今日も頑張ったね~」
そう言って頭を撫でてくれる。
「うん!がんばった~!」
膝の上で甘える。
ほんの少しの幸せで充分だった・・・
リリカが10歳の時だ。
母に男が出来た。
宿屋の一階は酒場になっている。
母は女給をしていた。
元々客からの評判は良かった。
これまでも縁談の話しは何度もあった。
その男はどことなく似ていた。
母を捨てた男に・・・
同じタイプを好きになる人は結構多い。
母もそうだ。
無意識の内に父親の面影を求めている。
幼い頃に死に別れた、大好きだった父親の。
ただ中身は当てが外れてばかりだ。
その男もやはりロクデナシだった。
暴力を振るう。
それでも母は言い成りだった。
やがて男はリリカに手を出すようになった。
芽生え始めた微かな色香を嗅ぎつけた。
母は嫉妬した。
無理やり散らされた痛みに泣いていると、
母は冷たい憎しみの籠った声で言った。
「ガキのくせに男を誘うなんて!
淫乱な子だね!
お前のせいであの人はおかしくなったんだ!
出て行け!」
リリカ13歳の時であった。
あてもなく街を彷徨い、時には体を売り、
その日その日を生き延びた。
ある日、客の男から移民の話しを聞いた。
南の土地で聖女が生まれたそうだ。
そこで新しい国造りをする為に移民団を
結成するのだと。
希望者を募っているらしい。
若者は優遇されるそうだ。
行こう!
こんな所になんの未練も無い!
生まれ変わるんだ!
新しい国で、新しい人生を手に入れてやる!
あたしだって!あたしだって!
幸せになってもいいじゃないかっ!
申請はすんなり許可された。
若さは貴重な財産だ。
長い長いキャラバンの隊列の中。
一度も振り返る事は無かった。
リリカ15歳の旅立ちであった。
***
「これを私に?」
「あ、あぁ・・・そ、そなたに似合うと
お、お、お、思う・・・」
見事な大粒の黒真珠だねぇ~
随分と張り込んだねぇ、ティモちゃん。
「こんな高価なものを貰うわけには・・・」
「う!受け取って欲しいのだ!要らぬなら
・・・捨ててもかまわぬ・・・」
「そんな!捨てるなんて!
・・・貰ってもいいの?
・・・でも私なんか・・・」
それなりに経験を積んだリリカだから、
ティモちゃんの好意には気付いていたんだよ。
でも自分は汚れてしまったと思っているんだ。
彼の純真さが心に痛いんだよ。
「私はあなたに相応しく無いよ。」
「そんな事は無い!わ、私が嫌いなのか?
ぎょ、魚人だからか?・・・」
「そんなの関係ない!嫌いじゃないよ!」
「ならば!なら・・・ば・・・」
「・・・」
「け、け、け・・・けっ、けっ・・・」
頑張れ!
言え!言っちゃえ!
「・・・」
「・・・」
『あぁ~~~!もう!じれったいですわね!』
「ちょっと!サーシア!出ちゃ駄目ですよ~」
『これだからドーテーは困るのよ!
さっさと告白なさいな!』
「そっと見守るって言ってたのに~」
もう~気が短いんだから~
あとちょっとで言えたのに~
二人とも真っ赤っかじゃんかぁ~
「うわっ!な、なんですかぁ~!」
「あなたの素直な気持ちはどうなのですか?」
「ルルナ様・・・私は・・・・・・」
『はっきりしなさいな!イライラするわね!』
「ちゃんと答えなさい。」
「す、好きです!彼の事が好きです!」
「リ、リリカ殿!それは真かっ!」
「・・・はい・・・」
「ティモーヤス、あなたも言わなければ
ならない事があるでしょう?」
「はい、ルルナ様。」
リリカの手を取りティモちゃんは言ったんだ。
「私と結婚して欲しい、リリカ殿。」
「はい。」
『はぁ~~~、世話の焼けること。』
「ただのお節介ですよ、サーシア」
『あら!いけませんの?ルルナ』
「ふふっ、仕方がないですねサーシアは。」
よかったね~リリカ。
でも実際どーするかねぇ?
生活スタイルが違うなんてレベルじゃ無い。
生態が違うもんね。
『まぁ~なんとかなりますわよ~』
お気楽だな!お前は~




