*第6話 精霊と海
馬は絶滅してしまった。
牛もだ。
大型の哺乳類は生き残る事が出来なかった。
放射線や環境激変の影響も大きいが、
一番の要因は天敵が増えたからだ。
特に巨大化した昆虫はヤバイ!
蚊がデカい!
プ~~~ンなんて可愛いものじゃないよ!
ブオン!ブオン!飛ぶよぉ~!
蚊取り線香なんか効かないぞっ!
でも大丈夫!
イクアナが居る!
イクアナに鞍を付けて乗る。
太くて短い首の付け根に取り付ける。
体をくねらせて進むから、この位置にしないと振り落とされてしまう。
速度はあまり早くは無い。
せいぜい時速5キロ程度だ。
ただし持久力が高いので休まずに数日間は進み続けられる。
もちろん人の方が持たないので、休憩しながらの旅だ。
踏破力もバツグンで、密林であろうが砂丘であろうが、グイグイ進む。
邪魔な枝やイバラなんかはバリバリ食べる!
まったく頼もしい奴だ!
宿屋なんてものは存在しないから、
次の集落までは野宿するしかない。
最初は交流のある部族の集落まで行き、
紹介状の木札を書いて貰って次の集落へ、
そこでまた紹介状を書いて貰ってまた次の集落へ行く。
それの繰り返しで東へ東へと旅を続け、
半年かけてイリュパーとハニーの二人は、
ようやく大陸の東沿岸部に辿り着いた。
「いやぁ~遠かったなぁ~これが海かぁ~!広~~~い!」
初めて見る大海原にイリュパーは興奮している。
少しねっとりとした磯の香りも新鮮だ!
ここまでの道のりでイリュパーは13歳になった。
途中で野盗に襲われた事もあったが、
あっと言う間にハニーが退治してしまった。
ある集落では嫁になれと迫られたりもした。
それもハニーが精霊の一声で黙らせた。
ハニーが居るのだから魔法で移動すれば良いのではないか?
と思ったでしょう?
ところが~そうも行かない理由が有るのよ~
ここで一つ魔法とは何か?に付いて説明しようと思う。
少々、小難しい話しになるけれど許して欲しい。
この世の最も奥の底の底。
理の根源に観念世界が在る。
それは情報とネットワークで構成された世界。
時間も空間も無い。
もちろん物質的な何物も存在しない。
”情報”とは”変化をもたらすもの”である。
一単位の情報には単純なパラメータがあるだけだ。
それが集まってより複雑な情報構造体となる。
構造体の規模が大きくなると、
それによって起こる変化も大きくなる。
それが”エネルギー”と呼ばれる状態である。
エネルギーが凝縮すると物質となる。
素粒子の状態だ。
更に原子、分子、と成ってゆく。
物質は膨大な量の情報パッケージなのだ。
物質の世界では物理法則に従って情報の交換を行う。
一定の制約の元に置かれている。
魔法は物理法則を介さずに、直接的に情報パラメータを書き換える。
辻褄を合わせる為に周囲の情報も調整する。
魔法の作用は一瞬だが、膨大な情報操作が必要なのだ。
そうしないと物理法則が崩壊してしまい、
当該する宇宙が消滅する。
それらを行うのは観念世界のシステムで、
精霊からの申請によって処理を実行する。
錬金術師の追い求める”賢者の石”
それが精霊だ。
観念世界は理を司り、物質世界は森羅万象を醸し出し
ネットワークに情報を還元する。
その循環で生命は存在を維持しているのだ。
さぁ、話を元に戻そう!
今の人類は精霊遺伝子が未完成なので、精霊契約が出来ない。
つまりシステム登録がされていない状態だ。
その状態で魔法の影響下に晒されると
どの様な弊害が発生するのか予想が付かない。
物質には誤差と不確定性がつきものなのだ。
魔法の発動によって生じるかも知れない
不具合から防護、あるいは修復するには精霊契約が必須なのである。
だから今はハニーの魔法でイリュパーを移動させるのは危険なのだよぉ~
解って頂けただろうか?
***
「海を越えて別の大陸へ行くですって?何を言ってるのですか?」
その海岸一帯を仕切る部族の長は、狂人を見るような目で
イリュパーとハニーを眺めた。
そりゃぁ~驚きもするだろうさね。
水平線と言う言葉も概念も無いが、遠い遠い海の端っこは
滝になっていると、そう教えられて育ったのだから。
別の大陸が在るなんて信じられない!
そんなもの影も形も見えないじゃないか!
この星が球体だから水平線から向こうは死角になって見えないよ~
と言っても理解は出来ないだろうなぁ~
「一番大きな船に屋根を付けて、
周りを壁で囲って水が入らない様にタールを塗りなさい。」
訳が分からないが、精霊様の言う通りにした。
20人乗りの漁船の帆を取り外し、屋形船に改造した。
タールで塗られた外観は真っ黒で異様だ。
でもどうやって進むのだ?
食料と飲み水を積み込み、準備万端!
「さぁ!出発だよぉ~!」
ハニーだけがノリノリだ・・・
「ハニー様ぁ、これ動くんですかぁ?」
だよねぇ~
そう思うよね~
「動くわけ無いじゃ~ん、帆も無いのに~」
ちょっと待てこらっ!
お前の言う通りにしたんだぞっ!
「何ですかっ!それはぁ!」
怒るよ~
そりゃぁ~怒るよ~
「だぁ~いじょうぶ~今から呼ぶからぁ~」
「へ?何を?」
「オ~~~オラ~~~!オ~~~オ~~~ラ~~~!」
おっ!この呼び声は!
「グオォ~~~!」
オージーだ!
海獣オージーが来た~!
久し振りだなぁ~
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~!」
海面からヌゥ~っと突き出た長い首。
でっかい口にずらりと並んだ鋭い牙。
いわゆるネッシーだ!
エルサーシアの契約精霊だった海獣オージー。
他にも沢山いるが、それはまたの機会に。
そうか~
オージーちゃんに引っ張って貰うのだね!
「それならそうと早く言って下さいよっ!」
ごめんねイリュパー。
精霊は報・連・相が~ぐだぐだ~なのだよぉ。
どうしてかは分からないけれど・・・
海は広いな大きいな。
ムーランティスとも暫しのお別れだ。