第50話 ヒマティの涙
「あっ!あの子がそんな事する筈ないよ!」
「お願いです!オランに会せて下さい!」
「優しい子なんだ!本当だ!顔が怖いだけだ!」
両親と姉が必死に訴えている。
けれど取り合って貰えない。
「駄目だっ!あいつがやったのは間違いない!
みんなが見てるんだからなっ!」
いやぁ~見てるのはオランが二人を担いでる
所だから~
いつの間にか殺した瞬間を目撃した事に
なっちゃってるよ~
あの日、男達は慌てて集落に戻り人手を集め
武器を持って山狩りをしようとしたんだ。
そこへオランがマリアンとベスの亡骸を
荷車に乗せて帰って来た。
「この人殺しめっ!覚悟しろっ!」
「え?」
「マ、マリアンを返せっ!ベスを返せっ!」
「え?あぁ、はい、どうぞ。」
「この野郎!人を殺しといて何とも思って
無いぞ!許せねぇ!」
「え?」
まさか自分が殺した事になってるなんて
思わないから、わけが分からない。
「生かしちゃ置けねぇ!縛り首だっ!」
「二人のカタキだっ!」
「い、いやこれはクワキラスが。」
「嘘をつくな!俺は見たぞっ!」
「俺も見た!こいつが斧でマリアンを!」
デタラメ~~~
でも誰もが信じてしまったんだよ。
気の毒なオラン、人相が悪いと損だなぁ。
いかにもそれっぽいからな~
冷静さを失った時は、単純なストーリーに
納得しちゃうんだよね。
日頃から、絶対に暴力を振るうなと言われて
育てられたから、されるがままに牢屋に
入れられたんだ。
勿論、この時代に裁判なんか無いよ。
集落の長が処分を決める。
「先ず、葬儀をしてからだ。
あの子達を弔ってやるのが先だ。
その後で処刑する。」
遺体の損壊が酷い。
特にベスの方は両足が切断されている。
現場に残されているだろうからと、
今、回収に向かっている。
葬儀は二日後、処刑は三日後となった。
***
「オラン・・・オラン・・・」
「あ!姉さん!」
「しぃ~、静かに・・・」
「ご・・・ごめん・・・」
姉のキャルランが、こっそりやって来た。
見張り役の男はキャルランに惚れているんだ。
頼み込まれて、少しだけならと許した。
「ぼ、ぼく殺してないよ。」
「分かってるわ、オランはそんな事しない。」
「クワキラスが居たんだよ。」
「そうだったの・・・」
「急いで行ったけど、間に合わなかった。」
「仕方が無かったのよ、オランのせいじゃ
無いわ。」
「みんな信じて呉れないんだ・・・」
可愛い弟だ。
怖いなんて感じた事など一度も無い。
心根の優しい子だ。
悲しい運命の子だ。
「逃げなさい、オラン。」
「逃げる?」
「えぇ、貴方ならこの檻も壊せるでしょう?」
「うん、たぶん。」
「遠くへ行きなさい。誰も知らない所へ。」
「遠くへ?」
「そうよ。」
「どのくらい?」
「何日も何日も走って、何日たったか
解らなくなるくらいまでよ。」
「うわぁ~ずいぶん遠くまでだね。」
「えぇ、ずっとずっと遠くまでよ。
そこで暮らしなさい。
ここに戻って来ては駄目。」
「それは・・・寂しいな・・・」
「私も寂しいわ、オラン・・・
でもそうしないと殺されるわ。
行きなさい、そして生きなさいオラン。」
「わかったよ、姉さん。」
***
「オランが逃げやがったぞっ!」
「くそっ!なんて奴だ檻を壊しやがった!」
グニャリと曲がった鉄格子。
裏口の扉は蝶番ごと引き抜かれている。
すんげぇ~馬鹿力!
「どうする?追い駆けるか?」
「追いつけるのか?」
「追いついても捕まえられるのか?
暴れたら俺達がやられるぞ。」
あーでもない、こーでもないと言っていると、
ベスの足を回収に行っていた者が帰って来た。
険しい顔だ。
「おい!大変だぞっ!」
「こっちも大変だ!オランが逃げた!」
「なに?・・・そうか逃げたか・・・」
ん?
何やら考え込んでいるな。
「お前の大変って何だ?足が見つからないのか?」
「おぉ!そうだ!いや、足は見つけた。
でもな、クワキラスの死骸も在ったんだ。」
「え?」
「オランは嘘ついて無かったんだ。」
「じゃぁ・・・」
「あぁ、あいつはやって無い。」
「そんな!だってあいつらが・・・」
勢いで言っちゃってから引っ込みが付かなく
なっちゃったのよん!
問い詰めたらゲロった~
「なんてこった・・・」
パンナコッタ~~~!
***
オランは走った。
何日も何日も・・・
そして姉の言った通りに、何日走ったのか?
解らなくなった時。
そこはデンデスの山の中だった。
随分と遠くまで来たぞぉ~
オランが居た集落は大陸の南端。
そしてデンデスは大陸の真ん中。
まぁ、さすがに追手は来ないよね~
「この辺で良いかな?」
充分だよ!
「そこで暮らせって姉さん言ってたな。」
素直な子だよぉ~
そぉ!デンデスの怪物ヒマティの正体は!
オラン!
「はぁ~寂しいなぁ~」
この世界で一番、涙が似合わない顔に
溢れたのは、まぎれも無い心の汗だ!
***
あれから2年。
すっかり野人が板に付いたオラン。
時々、街道を通る旅人を見つけては
話かけてみるが、みんな悲鳴を上げて
逃げてしまう。
そりゃ~そうだよ~
嬉しいのは分かるけどさぁ~
笑うと更に怖い顔なんだよねぇ。
「獲物をみつけた~」
みたいな?
「食っちまうぞぉ~」
的な?
最近はめっきり人が通らなくなった。
「あぁ~ヒマだなぁ~」
ヒマティだけに!




