第41話 虎の穴
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
後漢書・班超伝の一節である。
虎の棲かに入らなければ、
幼い虎の子を捕獲することはできない。
あえてリスクを取らなければ、
大きなリターンは期待できないと言う例え。
ずっとケツの穴だと思ってたよ~
じゃぁ虎子ってウンチだよね?
そんなの落ちてるやつ拾えば良いじゃん!
なんでわざわざ命がけで手を突っ込むの?
馬鹿じゃないの?って思ってた~
***
北方の分水嶺、ラーアギル大山脈。
一際高く美しい稜線を描き聳え立つ
霊峰チョチョリーナ。
その中腹に、それは在る。
千人程の十代から三十代の屈強な兵士達。
日々、地獄の猛特訓に明け暮れている。
男も女も鋭い刃物のような目つきをして、
岩場を飛び回ったり、崖をよじ登ったり、
死と隣り合わせの毎日だ。
護りを本分とする山岳戦闘民族ダモン。
その象徴として掲げる「ダモンの鉾」。
それを復活させる礎となるのだ。
やがて彼らは指導者として里に下りて行く。
「タイガース・ケーブ」と名付けられた
この一帯は、サーシアの命によって作られた。
一応、総帥グレート・タイガーと名乗っているが、
正体はバレバレである。
だって虎の仮面を被っているだけで、
服装はそのまんまだもの~
喋れないからルルナが通訳してるし。
ルルナも男装してミスターXとか言って
成り切ってるけど顔も声もルルナだもん。
みんな苦笑いだよ~
でも教官はハニーだからね!
訓練の厳しさはハンパじゃないよっ!
***
兵士たちの宿舎が並ぶ谷間の奥。
清流の落ちる滝壺の傍に洞窟が在る。
風穴と呼ばれる溶岩トンネルだ。
「ん・・・ここは?どこ?」
「目が覚めましたか?」
「あら!ユーリじゃないの!」
「違います、私はミスターXです。」
「???」
天井から逆さに吊るされている若い女。
リリカだ。
もちろん亀甲縛りだよん!
「ねぇ、何してんの?あんた達の仕業?
何のつもり?早く降ろしてよ!」
『生意気な女ですわね。面倒くさいから
殺してしまおうかしら?』
「駄目ですよ。」
ちゃんとカイザと別れさせないとね。
「ちょっと!アジャ!変な仮面被って!
ふざけてんじゃないわよ!」
『妊娠はしていないわよね?』
「えぇ、大丈夫です。」
「大丈夫じゃないわよ!食い込んで痛いの!
私はもうすぐ、あんた達の母親になるのよ!
こんな事してカイザが許さないわよ!」
え?そんな話になってんの?
マジ?
死ぬ気か?カイザは。
『はぁ~後は任せますわ、ルルナ。』
「はい、サーシア。」
うんざりしたサーシアはさっさと出て行って
しまった。
父親の裏切りがショックだったのかもね。
もうこれ以上関りたく無いって感じ?
「ねぇ、苦しいの。もういいでしょう?
他の遊びしましょう?
一緒に遊んであげる!仲良くしましょう!」
「彼女を悲しませましたね?」
「はぁ?」
「私のサーシアを。」
「なに言ってんのよ!」
「その命でも償えない罪を犯したのです。」
「だから何の話よ!」
「ハニー、しっかりと躾けて置きなさい。」
「はいはぁ~い!」
「ちょっと!聞いてるの!降ろしなさい!」
「降ろしてあげるよ~良い子にしたらね~」
黄色と黒の縞模様のビキニスタイル。
キューピーハニー・鬼っ娘バージョン!
「お仕置きだっちゃ~!」
***
「リリカ~居るのかぁ~い?
族長ちゃまが来たよぉ~。何所だぁ~い?」
族長ちゃまじゃねぇ~よ!
何してんだよ、お前は!
あぁ~情けない・・・
精霊殿の礼拝室でリリカを見つけたカイザ。
デレ~ッと緩んだ顔で中へ入る。
「暫く見なかったけど、どうしたんだ?
風邪でも引いてたのかい?心配したよ~。」
返事は無い。
「急に呼び出すからびっくりしたよぉ。
今はまだマズいよぉ、もう少しの間だけ
辛抱しておくれ。」
「いつまで我慢すれば良いの?」
「来年にはアジャとユーリが旅に出るんだ。
邪魔な精霊達も居なくなる。
そうしたら俺の自由に出来るんだ。
イリュパーを追い出して君を妻に出来る。
それまで待っておくれよ。
何度も言ってるじゃないか。」
あぁ・・・
本当に・・・本当に裏切ったのか・・・
カイザ・・・
これから生まれて来る子に愛情は無いのか?
「でも、もうすぐ産まれるんでしょう?」
「あぁ、あれは想定外だったよ。
10年以上も出来なかったから、
もう妊娠しないのかと思ってたんだ。」
そんなわけあるかよ!
イリュパーはまだ二十代で健康なんだ!
双子を産んだ実績もあるし、
タイミングさえ合えば妊娠するがな!
「捨てれるの?奥さんと赤ちゃん。」
「君の為なら平気さ!」
「だそうですよ?どうしますか?サーシア。」
「え?ユーリ?なんでお前が?アジャも?」
「ご苦労様リリカ、もういいわよ。」
「はい、ルルナ様。」
「リ、リリカ?どーゆー事?」
「あなたとは終わりよ、もう興味ないわ。」
「なんだって?何を言っている?」
状況が全く飲み込めないカイザ。
サーシアとルルナ、そしてリリカと
ふらふら視線を彷徨わせている。
『残念ですわ、お父様。』
ゆっくりとカイザの前に進み出る。
身内を何よりも大切にするサーシア。
でも決断しなければならない。
このまま放って置いては母が・・・
「アジャ?」
思えば普段から振れ合いの無い父娘だった。
こうして正面から顔を見るのは何年振りだ?
あぁ、そうか・・・避けていたんだな・・・
(こんな顔してたのか・・・美人だな。)




