表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/147

第145話 翡翠の玉璽

ハイラム聖教国の東端、デンデス山脈を背に

なだらかな丘陵地帯が広がるアーチ伯爵領。

選帝侯の一人ロバート・アーチ伯爵が治める

地域だ。


主な産業は食用爬虫類の養殖と、近頃は

牛や馬などの放牧も手掛けている。

魔法の復活と共に北方から大型哺乳類の

畜産が伝わり、食用はもちろん家畜としても

需要が伸びている。


元々この地方を治める豪族で、先王バイアス

とは戦士隊の同期だった。

彼の即位に伴って伯爵位と選帝侯の地位を

たまわった。


「おじい様!もう私、耐えられません!」


孫のマルゲータ、15歳になる。

バビル人気への対抗策としてバズローは、

元老院との人脈強化を図った。

側室もその一環だ。


「また暴れておられるのか?」

「夜中に大声で叫ぶの!ずっと独り言を

言ってるし、私まで変になりそうです!」

「ふむ・・・そうか・・・」

「ねぇ、おじい様、お願い」

「わかった、好きにしなさい」

「ありがとう!おじい様!」


さすがに孫が哀れだ、初夜もまだだと言うし

形だけの側室でも問題は無い。

ここに居る限りは、どうとでもつくろえる。

好いた男を愛人にすれば良かろう。

子が出来たら王の子として届ければ済む。


「バイアスよ、ワシを恨むでないぞ。

後継者を育てられなかった、お主の失敗じゃ」


輿入れの当日、しずしずと王の前に進み出た

マルゲータを突き飛ばして、喚きながら剣を

抜いて斬り掛かった。

慌てて止めに入ったロバートは左の手首から

先を失ってしまった。

王家への忠誠心と共に。


うろたえる宰相を言いくるめて王を監禁し、

そして此処に連れて来たのだ。

玉璽ぎょくじは手に入れてある。

子さえ出来れば、その子を後継者として指名

する勅令ちょくれいを出してしまうのだ。

その後は、もう用は無い。


そう思っていたのだが、もはや血筋さえも

どうでもよい。

毒を食らわば皿までだ!

いや、却ってその方が良かろう。

愚か者の血など残さぬ方が、この国の為だ。

我が一族の血統を新たな王家の血筋として

残すのだ!


「王家の外戚なのだから伯爵のままでは

体裁が悪かろうな。

公爵、いや大公家でもおかしくはあるまい」


玉璽を流用して王命を発布する度に、権力の

誘惑に飲み込まれて行った。

翡翠ひすいで作られたその印は、重さ約3キロ。

片手で持つには、ずっしりと重い。

そしてひんやりと冷たい。


その重さは民の願い。

その冷たさは戒めのくさり

手を添えて躊躇ためらい、持ち上げておそれ、そして

尚、決意を込めて押すのだ。


耳を澄ますが良いロバート。

裁きの足音を聞け。


***


「大変でございます!一大事にございます!」


夜が明けきらぬ朝露の匂いを体に受けて、

放牧地まで軽く乗馬をするのが日課だ。

真新しい陽の光は何よりの滋養じようであると、

ロバートは信じている。


今日は東回りで行こう、先日生まれた仔馬と

並んで走れば、より一層の爽快であろうと、

思いめぐらした矢先の事である。


ドォ~~~ン!と地響きが轟き、続いて

ワーワーと家人の騒ぐ声が聞こえる。


「何事じゃ!先ほどの音は何じゃ!」

「せ、聖女様が!力の聖女様が!」

「聖女様じゃと?」

「はい!城門を打ち破り、こちらに向かって

来ます!」

「なんじゃとぉ!」


さては事が露見したかっ!

マズイ!早過ぎる!

相手は力の聖女サナだ、防げるか?

いや、無理だ。

一旦、砦まで退避するのだ。


「兵を集めて応戦せよ!我らは陛下と共に

ローム砦へ参る!」

「せ!聖女様と戦うのですか?」

「命令じゃ!」

「は、はい!」


クソッ!

こんなことなら、さっさと子を作らせれば

良かった!

相手など誰でも良い!

そうだ!

身籠った事にしよう!

その子に王位を譲ると勅令を出せば良いのだ!

陛下は・・・バズローには死んで貰う・・・

玉璽さえ有れば良いわ!


***


「おらぁ!なんぼでもかかってこんかぁ~い!

いてこましたるでぇ~!」


「おりゃぁ~!どっせぇ~い!清盛~~~!

清盛はどこじゃぁ~~~!

出て来ぉ~~~い!

ワラワが討ち取ってくれようぞぉ~~~!

平家は皆殺しじゃぁ~~~!」


バーサーカーモードのサナとトモエを止める

者など居るはずも無く。

命知らずの挑戦者は薙刀なぎなたの一振りに沈んだ。


「うわっ!ひぃぃぃ!サ、サナ様!待って!

待って下され!」

「早う来んかい!何びびってんねん!」


目の前で人が切り殺されるのを見て、

バサリは気が遠くなりそうだった。

荒事に縁の無かった男には刺激が強すぎる。

血の匂いはどこか甘く、すえた油の生ぬるい

香りが胃を絞り上げる。


「うげぇ~~~おぇ~~~」

耐えきれずにうずくまり吐いてしまった。


「しゃ~ないなぁ~、お前外で待っとるけ?」

「い、いえ、大丈夫です、一緒に参ります」

「そうけ?ほなしっかり付いて来いや」

「はい~!」


***


「おのれ!痴れ者めがっ!我は聖騎士!

聖騎士バズロー・ロンドガリアなるぞっ!」


四人係りで取り押さえようとしているのだが、

さすがは元戦士隊組頭だけの事はある。

なかなか手こずっているようだ。


「何をしておるのだ!さっさと片づけんか!」

「そ、それが、どうにも・・・」

「もう良い!斬れ!」

「え?陛下を?そ、それは・・・」

「えぇい!貸せっ!」


業を煮やしたロバートが、部下の腰の剣を

抜き取り前に出る。


「何が聖騎士じゃ!この左手の恨み、ここで

晴らさせて貰うぞっ!」

「があぁぁぁぁ!」

「死ねぇい!」


片手であってもその剣筋は鋭く、バイアスの

副官であった頃の剛剣をしのばせる。

ズバッと切り下げられた一瞬の間を置き、

はじける様に血が噴き出す。


「くほぉ~~~」


膝から崩れ落ち仰向けに倒れたバズロー。

ピクピクと暫くは震えていたが、程なくして

動かなくなった。


「行くぞ!」

「あ、あの陛下は・・・」

「ほっとけ!それよりも玉璽はどうした!」

「はい!これにございます!」

「良し!それさえあれば良い!急げ!

急ぐのじゃ!」


急がねば!やつが来る!


「そんなに急いで何所行くんや?」

「砦に決まっておろうが!」

「残念やな、そら無理やで」

「何じゃ!う、うわぁ~!」


「逃がすわけないがな」


城詰の兵士だけでも二千人は居た筈だ。

それが全滅?

こんな短時間で?

魔法か?

そんなに凄いのか?魔法は・・・


「ゆーとっけど魔法は使こてないでぇ。

おどれんとこのヘナちょこなんぞに

魔法はいらんわいな。

これ一本や。

そやけど、この一本は怖いでぇ~

北辰一刀流薙刀や。

通信教育ちゃうでぇ、千葉定吉直伝の

免許皆伝やさかいなぁ」


「お、お前は!お前は!」

「お前に、お前呼ばわりされるいわれは

無いど、お前」


「この化け物め!」

「失礼なやっちゃな!

自分で言うのもなんやけどな!

小股のバチコ~ンと切れまくった、

ええ女やぞ!」


「父上!父上ぇ!」

部屋の中でバズローを見つけた。


「お前、やってもーたなぁ。

もう千に一つの望みも無くなったで」

「な、なにを・・・」

「わからんか?ほな、教えたるわっ!」


***


まだほんの微かに息がある。

だが手遅れなのは変わらない。


「あぁ・・・大聖・・・様・・・エ・・・

シア・・・様・・・」


「父上・・・」

「そんなに聖騎士になりたかったんかいな」


クライドから聞かされた話によると、状態が

悪化したのは戴冠式の直後からだそうだ。

王位と共に聖騎士も受け継ぐと思っていた

らしい。

ところが世襲が出来るのは王位だけ。

聖騎士は一代限りなのだ。


あの日、クーデターが成功しジェバラードの

城門で大聖女エルサーシアを迎えた。

聖騎士の叙任を受ける父を間近で見ていた。

その荘厳な儀式に見惚れた。

エルサーシアの美しさに心が震えた。


あぁ・・・私も・・・私もいつの日か、

あの方の聖騎士に・・・


その思いは、あまりにも強くバズローの

胸に刻まれてしまった。

まるで呪いの様に。


(サーシア様、ちょっと名前借りまっせ)


命が消えようとしているバズローの耳元で

サナが何事かをささやく。

その顔から苦悶の表情が流れ落ちて行く。

晴れやかな笑みが浮かび、そしてバズローの

人生は終わった。


「ありがとうございます、サナ様。

最後は満足して逝ったようでございます」


「お義父とうはんへ、ささやかな贈り物や」


***


アーチ伯爵家は男爵位へ降格となり、

選帝侯の地位も剥奪された。

バズロー王は病死と発表がなされ、一年間の

喪に服した後、バサリが王位を継承する事に

なった。

サナとの婚姻は即位式と同時に行う事が

決まった。


「アリーゼ様も決まったそうでんな」

「えぇ、私の方が先に結婚するから、

あなたが最後ですわよ」

「何ゆーてまんねん、式が延びただけ

でんがな。

ウチらはもう夫婦ですわ」

「あら、式が済んで初めて夫婦ですわよ」

「いやいや、宣誓書にハンコ押したらでっせ」


『おあいこで良いでしょう?』

「そーですよ、みっともない」

「お母様がそう言うなら」

「それで手ぇ打っときまひょか」


***


エルサーシア・ダモン・レイサンの名に於いて

汝、バズロー・ロンドガリアを我が聖騎士に

任ずる


あぁ、大聖女エルサーシア様。

有難き幸せにございます。

この命、この血の一滴に至るまで

あなたに忠誠を誓います。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ