第143話 政の常道
「おらぁ!第一王子と婚約者様が通るでぇ!
ちゃっちゃと道開けんかぁ~い!」
「うりゃ~!どっせ~い!清盛は何所じゃ!
平家は皆殺しぞ~!」
「ト、トモエ殿、王宮で刃物を振り回すのは、
いくらなんでもマズいってゆーか、その・・・
キヨモリって誰?」
サナとバサリの婚姻を教会が了承した。
後は王の承認があれば正式に成立するんだ。
ピラピラと宣誓書をチラつかせて、王宮の
奥へと進んでいく。
「待たれよ、聖女殿!」
出たぁ~!
宰相クライド~!
陰気な顔が暗いど~
「おぉ~、ネクラのおっさん!元気か?」
「何事ですかな?この騒ぎは。バサリ殿下も
御一緒とは、なんともはや嘆かわしい」
実はね、バズロー王の妃は宰相の妹なの。
バサリは甥っ子なのよね。
だから第一王子に対しても上から目線なのよ。
「クライド、陛下の元へ参る、邪魔をするな」
普段は宰相殿とか伯父上とかって呼んでるん
だけどね。
今日ばかりは違うよ!
こっちが主筋なんだからね!
「何度も申し上げております。陛下は体調が
優れませぬ故、ご遠慮下さいませと」
「じゃかましわぃ!これが目に入らんのけ!」
「何ですかな?それは」
「婚姻の宣誓書や!」
「宣誓書?どちら様のでございましょう」
「ウチとバサリに決まっとるやんけ!」
「なっ!そ、それは真でございますか!」
「真も真!マコトちゃんやんけ!
グワシじゃボケっ!
ウチを誰やと思てけつかるねん!
力の聖女サナ様やぞ!
やる時はやるんじゃ!
わはははははははははははははは!」
アリーゼより先に結婚が決まって嬉しいのね。
ドベタは嫌だもんねぇ。
今度会ったらドヤ顔で「いやぁ~ウチも年貢
の納め時ですわ~」とかゆーつもりなのよね。
「王室の儀礼に口出しは許さぬ、身の程を
弁えよ、クライド」
そうそう、こればかりは代理では済まないよ。
病気だろうがなんだろうが直々に承認を得て、
玉璽を押して頂かないとねぇ。
「どや!ギュゥの音ぇも出んやろうが!
モォ~って鳴いてみぃ!
ぎゃはははははははははははは!」
「なるほど・・・分かりました、どうぞ
こちらへ」
ギラッと目尻に炎が宿るクライド。
顔つきが変わったねぇ。
王の私室へと通されたサナとバサリ。
しんと冷えた室内に人の気配はしない。
「寝室かいのぉ?」
「それ程にお悪いのか・・・」
ちょっと気まずい~
まぁ、取り敢えず婚約の報告を~
「力の聖女様!バサリ殿下!数々の
御無礼、申し訳ございません!
如何なる処罰をも受け入れまする!
ですが何卒今は話をお聞き下さりませ!」
いきなり膝まづいて首を垂れるクライド。
「うわっ!何や!どないしたんや?」
「陛下は!父上は何処におわす!」
「此処には居られませぬ」
「どーゆーこっちゃ?」
「実は・・・」
***
数年前からバズローは心を病んでいたと言う。
不安定な言動があった事はバサリも知ってる。
でも王太子として懸命に勤めていたし、王に
即位した時は、とても嬉しそうだった。
長年の苦労が報われて良かったと。
ところが、そこから急激に様態が悪化したと
言うのだ。
幻聴幻覚に悩まされ、眠れない夜が続き、
時には剣を抜いて暴れる事もあったらしい。
もはや公務どころでは無い。
対応に行き詰まり困窮していたクライドに
声を掛けて来た男がいた。
元老院常任議員ロバート・アーチ選帝侯だ。
バイアスには居なかったが、王ともなれば
側室を迎える事も普通にある。
バズローも一人の側室を迎え入れた。
それがロバートの孫娘マルゲータだ。
「此処に居ては王家の醜聞になる。我が城で
ご静養頂こう」
その言葉に従った。
それが一年前。
即位して、僅か30日目の事だった。
全てが内密の内に行われた。
それ以来、王には合っていないのだと。
アーチ家の使者が持ってくる王の命令書に
従って政治を行うばかりだと言う。
それが不自然なものであったとしてもだ。
「完全に食われとるやないかい。なんで
バサリにまで黙ってたんや?」
「今思えば浅はかでございました、殿下に
辛い思いをさせてはならぬと・・・」
「そうであったか・・・」
クライドが醜聞を恐れたのには理由がある。
バビルの人気だ。
国民の多くがバビルとエミールを慕っている。
ここで王の乱心が知れたら、バビルの即位を
望む声が湧き起こっても不思議では無い。
そして、それが実現する可能性さえあるのだ。
教会がその国の主権を認め、聖女と精霊が
王を認定する条件が幾つかある。
その一つが元老院の設置だ。
3人以上の選帝侯を常任議員とし、司法権と
王に対する信任権を有する。
彼らが不信任を決定すれば、王位を失うのだ。
暴君を退ける為の安全装置だ。
もしそうなればバサリは二度と日の目を見る
事は無いだろう。
一生、日陰者になってしまう。
子の居ないクライドにとってバサリは、
主君の子であると同時に、甥っ子であり、
そして我が子のように愛しい存在であった。
なんとしても守りたかったが、実際のところ
手詰まりの状態であったのだ。
そこへ現れたのがサナだ。
ややこしい所へ、ややこしい奴が来た。
正直、もう心が折れそうになっていたのよ。
「この愚か者!私情で政を行ってはならぬ!
民が叔父上を望むのであれば、私は喜んで
日陰の道を歩こうぞ!
何を恥じる事があろうか!」
「も!申し訳ございませぬ!殿下!」
「まぁ、過ぎた事やがな、もう許したれや」
「サナ様が、そうおっしゃるのなら」
「さぁて、そーゆー事やったら決まりやな」
「何がでしょうか?」
「殴り込みやっ!久々に暴れちゃるで!」
「はいなぁ~!」
「えぇ~~~~~~~~~!」




