第125話 言霊
堅く閉じた門の前に少女が佇んでいる。
とても良い身なりをしたお嬢さんだ。
隣には変わった衣装を着た長い黒髪の、
歳の頃は二十歳くらいだろうか?
顔かたちも見慣れない異国の者だ。
いずれにせよ戦場には極めて不似合いな
訪問者である。
「お前は何者だ!どこから来た!清浄者では
あるまいっ!」
ジェバー教では信者の事を清浄者と呼ぶんだ。
当然、信者以外は不浄者になるよね。
まったく失礼だよ。
毎日ちゃんとお風呂に入っているもんね。
パンツだって一日に最低3回は履き替えるよ。
そうしないとサーシアが怒るんだ。
「ここ開けよし」
「声聞かばすなわち開くるべし、従わぬは
いとつたなし」
もちろんジャニスと香子だよん!
「あんたは普通に話しぃな」
「えぇ~なんでぇ?いいじゃぁ~ん」
「皆はん何ゆーとんのやらさっぱり?
っちゅう顔してはりますえ」
「精霊遺伝子が翻訳して呉れるんでしょう?」
「古過ぎるんやおへんか?」
「ウソ!マジ?」
「マジどすえ」
いやぁ辛うじて通じてるとは思うけどね。
精霊契約はしてるみたいだから。
すんげぇ訛ってるなぁ~どこの田舎モンだぁ?
って思われてると思うよ。
両方共ねっ!
「あては聖女ジャニス言いますのんえ。
ほいでこの子が精霊の香子どすえ。
神聖教皇はんとやらに取り次いでおくれやす」
上を下への大騒ぎ!
門番が警備隊の詰所へ走る!
「聖女ジャニスを名乗る少女が現れました!
猊下との謁見を望んでおります!」
「何ぃそれは本当かっ!えらいこっちゃ!」
警備隊長が神官事務所に飛び込む!
「聖女が現れました!猊下に会わせろと
要求しているようです!」
「なんと!それは大変だ!」
神官が司教室のドアを叩く!
「魔女が現れました!猊下に出て来いと
騒いでおります!」
「それは一大事じゃ!」
司教が大司教の元へ!
「アズラの使徒が攻めて来ました!
猊下のお命を狙っております!」
「ついに来おったかっ!」
大司教ニックジャガー。
かつて彼は首都ジェバラードの神官だった。
代々大司教の家柄で、エリート中のエリート。
若い頃から親の権威を笠に着てやりたい放題!
私生活は相当に乱れていたんだ。
クーデターの時に教皇ピヨラールと一緒に
逃亡したんだけどね。
勘の鋭い奴でね。
途中でバックレちゃったの。
そして付き合いのあったゴロツキ集団の頭目、
ニソシールと合流したんだよ。
んでニソやんを教皇に仕立て上げて南下した。
要するに黒幕だね。
聖光威志隊はそん時のゴロツキ集団が中心の
愚連隊だったんだ。
信仰心なんて元から無いのよ。
ところがエラいもんでね。
やれ教皇様じゃ猊下じゃっちゅうてる内にね、
だんだんその気になって来てね。
すっかり狂信者になっちゃったニソやん。
自己暗示ってやつね。
最近は扱いづらくて困ってたの。
ニソやんの方も煙たがっていてね。
それぞれの派閥に分裂していたんだ。
聖女の怖さは身に染みている。
あのクーデターも裏に奴らがいた。
ダモンの若き後継者が和解案を持って来た時、
正直な所はほっとした。
それをニソシールは撥ねつけてしまった。
「だから言ったんじゃ!程々で手を打って
置かなければと!ええぃ今更じゃわい!」
セルフツッコミしながら次の行動を思案する。
ニソシールはまるで聖戦の英雄気取りで自分に
酔ってしまっている。
説得に耳を傾けはしないだろう。
「潮時かの・・・」
見捨てる気まんまんで踵を返す。
もしもに備えて財宝は倉庫にまとめてある。
大急ぎで積み込めば間に合うだろう。
屋敷に戻り自分に従う派閥の者を招集する。
「教団はもう御終いじゃ、島を脱出するぞ」
「どちらへ?」
「それは後から考える、今は逃げるが先ぞ」
宗教からは手を引いて金貸しでもするか。
なんて事を思いながら港へと向かう。
***
「えろう遅おますなぁ、たいがいどすえ。
いけずされてますのやろか?」
「い、いえ!決してそのような事は!」
「乗り込んじゃおうよ~」
「今しばらく!しばらくお待ちを!」
警備隊の詰所では隊長が脂汗を垂らしながら
ジャニスと香子の相手をしている。
可哀そうに・・・
開けなければ門を壊すと言われて、仕方なく
詰所の中に案内したんだけどね。
可愛い見た目にはそぐわない強烈な威圧が
放たれていて生きた心地がしない。
「もう待てまへん、あんさん案内しとくれやす」
「し、しかし・・・」
「無理くりでもよろしおすえ」
「それは!わ、わかりました~」
街を破壊されたりなんかしたら堪らない。
しぶしぶ道案内を引き受ける。
教皇庁となっている旧修道院へとやって来た。
「はばかりはんどしたなぁ、こっからは勝手に
行きますよってに」
「あ、あの・・・取次を・・・」
「そないな事せんでもあちらから来やはったえ
まぁようけ御家来衆連れてたいそうどすなぁ」
50人ほどの神官に囲まれてニソやんが
出て来た。
逃げなかったんだねぇ。
「お前が魔女かっ!」
「好きに呼んどくれやす。
あんさんがミソシルはんどすか?」
「ニソシールだっ!無礼者!」
「どっちゃでもよろし」
「余を殺しに来たかっ!」
「そうしてもよろしおすけど、
あてのだんさんが悲しみますよってに
降参しとくれやす」
カイザルの望みである共存の道をってか?
健気だねぇ~
「状況が分かっておらぬ様じゃな。
たった二人でこの人数を相手に何が出来る!
死にたく無ければ余に従え!」
おまゆう~~~
無知って怖ぁ~い。
万人いても聖女には勝てないよ~ん。
「だだぼんはペケポンどっせ。
しょうおへんなぁ。
ほなちょいと踊っておくれやす」
「何ぃ?」
「みやこおどりは~♪よ~いやさぁ~♪」
出たぁ~
ジャニスの言霊魔法~
ジャニスも香子も文系だから攻撃魔法は
あんまり得意じゃないの。
そのかわり言霊を操るのよ。
「梅~は~♪咲い~たぁ~かぁ~♪
桜~らぁ~は~♪まだかいなぁ~♪」
チャンチャカ♪チャカチャカ♪
チンドンシャン♪
「うわっ!な!なんじゃ!」
体が勝手に動き出す。
両手を左右に振り上げながら、ぐるぐると
円を描くように踊り出す。
盆踊りみたい~
チャンチャカ♪チャカチャカ♪
スチャラカ♪チャカチャン♪
「やめろ!やめんかっ!」
「とめ~ても~♪かえぇ~る~♪
なだぁ~めぇてぇもぉ~♪
かえるかえるの三ひょこひょこ♪
と~ん~だ~♪不首~ぅ尾ぃ~の~♪
裏~田ぁ~ん~ぼ~♪
ふ~ら~れ~♪つぃ~いでぇ~の~♪
夜ぅ~のぉ~雨ぁ~めぇ~♪」
ぴょんぴょんとカエル飛びで踊る。
これはキツイ~
地味に効く~
太腿が死ぬ~
「こ!こらっ!はぁ~はぁ~
やめろっ!とめろっ!はぁ~はぁ~」
ブチッ!
「ギィヤァ~~~!」
おや、誰かのアキレス腱が切れたね。
それでも止まらないよ。
泡を吹いても駄目。
気を失う事も許されないんだ。
激痛を味わいながら踊り続ける。
これが言霊の力。
「うぅぅぅぅ~はぁはぁ~ぐっ!がはっ!」
もう言葉も出てこないね。
白目を剥いてよだれを垂らしてるよ。
「もうしばらく踊っといなはれ」
容赦ないねぇ。
「ねぇジャニス~」
「ん?なんえ?」
「あの船って逃げたのかなぁ?」
「船?」
教皇庁は高台にあるので海が一望できる。
四隻の帆船が沖に向かって進んでいる。
ニックジャガーの船だ。
「あんお船はどなたはんどす?」
「え~っと・・・多分大司教様かと・・・」
まだいたの?警備隊長。
「まぁ!お仲間を見捨てて逃げるやなんて、
せちがらいお人や。
せやけど、あてにはちいと遠おすなぁ。
香子、あんたに任せますえ」
「はいなぁ!いざ、たてまつらむ。
浦風や~ いかに吹くらむ~ 思ひやる~
袖うち濡らし~ 波間なきころ~~~」
ジャニスの言霊では沖合まで届かない。
でも特級精霊の香子なら余裕だよん!
にわかに雲が湧き起こり、稲光と強風に
海は大しけとなった。
荒れ狂う波間の枯葉の様に船は飲み込まれた。
さてと~ニソやんは?
おぉ~やってるやってる~
足首がぐにゃぐにゃしてるよ~
折れてるね骨が。
「ぼちぼち頃合いどすなぁ」
えげつなぁ~~~




