第108話 あはぁどれぃ~んずぁごなふぁ~
「バビル殿下、これを・・・」
バルサムの腹心の部下だった男が手紙を
持って来た。
ケルビンと言う名だ。
ナハイルの伝言をバルサムに渡したのが彼だ。
とても信頼の厚い主従関係にあった。
本来なら処刑される所だったんだけど、
大事にするなとルルナが命じたんだ。
犠牲者には充分に手当てを出して、
その代わりに事件はうやむやにしろってね。
王家の威信に傷を付けるわけにはかない。
政治的配慮ってやつね。
手紙はバルサムの遺言だった。
すべての経緯が記してある。
始めから死ぬつもりだったらしい。
事後に渡せと指示されていたのだとか。
***
バビルよ。
この手紙が、そなたの無実の証となろう。
全ては私が企てた事である。
カールなる若者も、カエル亭の店主も、
私が殺害を命じたのだ。
その罪をそなたに被せ、法廷の場に大聖女、
あの魔女を誘き出すのが目的だった。
出来うるならば葬り去りたいが、おそらく
それは叶わぬであろう。
そして私の命は尽きるに違いない。
無駄な復讐と知りながらも他の道を選ぶ事の
出来なかった愚かな兄を笑うがよい。
そなたが生まれる前、まだこの国が
ジェバー神の御光に照らされていた頃。
私には心底から愛する者が居たのだ。
父上が謀反を起こし、国を転覆させた。
その動乱の中で、愛しき人は死んだ。
魔女の討伐に失敗して殺されたのだ。
亡骸も残ってはおらぬ。
その報せを聞いた日、あの日から私の心は
既にこの世には無かった。
だが待っていてくれと言われたのだ。
それが最後の言葉だった。
だから死ねなかったのだ。
身を引き裂くがごとき痛哭の末に、
私は一つの答えに辿り着いた。
復讐にこの身を擲つと。
きっと許してくれるに違いない。
私の愛しき人。
その名はナハイル。
覚えておくが良い。
兄を哀れと思うのならば、二つ願いを
聞き届けよ。
一つはケルビンの助命である。
かの者は我が命に従っただけである。
罪を問うてはならぬ。
もう一つは北の小さな村トーチャに学校を
建てて欲しい。
資金は用意してある、管理はケルビンに
任せてあるので尋ねるが良い。
よしなに頼む。
さらば弟よ。
良き王たらん事を。
***
「兄上・・・」
幼い頃は良く遊んで貰っていた。
仲は良い方だった。
立太子が決まってからは教育係を引き受けて
熱心に指導して呉れた。
こんな不届き者の為にと感謝していた。
まさか・・・こんな事に・・・
まったく自分が不甲斐ない。
とガックリ落ち込んでいるバビル。
「あの・・・バビル様・・・
これを・・・おひとついかが?
その・・・実は、わ、私が焼きましたの!」
週末のお茶会が復活してね。
今日はちゃんと起きてるよ!
でもほら、事件から日も浅いしね。
楽しく会話が弾んで~
とはならないよねぇ。
「へぇ!君が作ったの?」
「え、えぇ、そうですのよ。
お口に合えば宜しいのですが・・・」
「大丈夫!俺なんでも食うから!」
「さようでございますか・・・」
デリカシ~~~!
この馬鹿野郎~~~!
こーゆー時はなぁ!
わざと小難しい顔でなぁ!
「焼き菓子に関してはちょっとウルサイよ?」
的な感じで一口齧るんだよ。
んでな。
「おぉ~!これは美味い!君がこれを?」
とかなんとかゆーてやねぇ~
二つ三つ続けて食うんだよぉ!
それくらいやれよ!
エミールが焼いたんだぞっ!
わかってんのか?
お前!
ったく気の利かない奴だよ。
「あ、あの・・・兄上様の事・・・
お許し下さいまし・・・」
「ん?あぁ!気にしなくても良いさ!」
「ですが・・・」
「最初から死ぬつもりだったんだよ、兄上は。
今頃は恋人と幸せにしてるさ、あの世でね。」
あの世なんか無いよ~
とは言えないよねぇ。
そしてやけに真剣な顔でエミールを
見つめる。
つられて見つめ返してしまう。
・・・・・・
な、長い・・・
なんだ?何か言えよぉ~
そんなに見つめられたら恥ずかしい~
鼻毛出て無い?
「大事な話があるんだ。」
「は、はい・・・何でございましょう?」
おっ!
プロポンズか?
そんなぁ~いまさらぁ~
でもまぁ、改めて言葉にするのも良いかもね!
「俺、家を出ようと思う。」
ちゃうのんかぁ~~~い!
家を出る?
どーゆー事だ?
「???お散歩でございますか?」
「いや、そーゆー意味じゃ無いよ。
立太子を辞退して王族籍から外して貰おうと
思うんだ。」
おやおや、それはまた一大事だな。
「な、何故でございましょう?
も・・・もしや・・・私との結婚が・・・
その・・・ご不満なのでしょうか?」
「そんな事は無い!断じて違う!
そうじゃ無いんだ・・・俺は・・・
王になんか成れない・・・
そんな器じゃ無いんだ。」
いやぁ~すっかり自信喪失してるねぇ。
サーシアが認めたんだから大丈夫だけどね。
まぁ、嫌々するもんでも無いしな。
「そのような事は・・・」
「いや、分かってたんだ前から。
でも断る勇気が無かったんだよ。
大聖女様と父上が決めた事だからね。」
「それは・・・」
「もちろん君との婚約は嬉しかったよ!
嘘じゃない!本当だ!
初めて見た時から心を奪われていたんだ!」
「あ、あの時の事は!お忘れ下さいまし!」
デリカシ~~~!
この痴漢野郎~~~!
「兄上の意思を継ごうと思うんだ。」
「兄上様の?」
「あぁ、トーチャに学校を作る。
資金は兄上が用意して呉れているんだけど、
人材がいないんだ。」
「確かに・・・」
そーなんだよねぇ、建物だけ在っても
教員とか職員とかだよね問題は。
それに持続的な運営って簡単じゃないよね。
国営にするだけの理由が無いから、
名目が立たないもんね。
教会だって人材不足だからね。
司祭クラスが簡単に育成出来るわけは無い。
大きな街に派遣するので手一杯だよ。
トーチャは500人程度の小さな村だ。
学校を作るにしても私立校になる。
どうやって維持するんだ?
資金が尽きたら廃校だなんて、
それなら始めから止めた方が良い。
「俺が行こうと思う。」
「バビル様が?」
「商会を作るんだ、下町の仲間達と。
学校の運営資金は商売で稼ぐ。
当面の授業は俺が受け持つ、小さな学校なら
なんとかやっていけるだろう。」
「もう、お心は定められたのですね。」
「あぁ。」
「では・・・私からは何も申し上げる事は
ございません。」
あぁ、可哀そうなエミール。
必死に涙を堪えて・・・
初恋だったのにねぇ~
「君に頼みが有るんだ。」
おいおい、そりゃ無いよぉ~
厚かましいぞ!お前!
振った相手に何をお願いする気だ!
「なんでございましょう?」
えぇ~聞いちゃうのぉ?
そんな義理は無いよ~
「一緒に来てくれないか?」
「え?わ、私に?でございますか?」
「あぁ、この先どうなるか分からないけど。
君と一緒ならやって行けると思うんだ。
苦労するだろうけど、俺を支えてくれないか?
側に居て欲しいんだ。」
おぉっ!そー来たか!
よっしゃ!良く言った!
偉いぞバビル!
「はい!よろこんで!うわぁ~~~ん!」
今日は朝から雨だったね。
さっきまで激しく篠突いていた雨も、
ようやく治まって晴れ間が顔を出して来た。
んで今度はエミールの目から大粒の雨が
降っている。
おろおろするなよバビル。
こーゆー時はな、なんにも言わなくて良いぞ。
そっと背中をさすってあげるんだ。
それくらいしろよな。
この馬鹿野郎。




