第107話 のきのん・へぶんず・ど~
この時を待っていた
この瞬間に全てを
私の愛を
私の人生を
私の心を
解放してくれ
***
「バビルが身柄を拘束されたと?」
「チュ~チュチュチュ~」
CIA長官ジロキチから報告を受けている。
もちろんルルナがだよ。
サーシアに話しても『あら、そうですのね。』
で終わりだからね。
貴重な情報をドブ川に流すようなもんだよ。
「そこまでするとは予想外でしたね。
玉座に執着している感じは無かったのに。」
「チュチュチュ?」
「もうしばらくは様子見ですね。」
「ちゅ~!」
バルサムの仕掛けた冤罪である事は分かって
いるんだ。
王族は監視対象だからね。
でもこちらからは特に何もしない。
権力争いでもなんでも好きにすれば良い。
ダモンやレイサン家を攻撃しない限りは放置。
バビルはエミールの婚約者ではあるけれど、
婚姻が成立したわけじゃ無いからね。
まだ身内では無い。
権力争いに負けて排除されるなら、
そこまでの器だったとゆー事だね。
バイアス王からサーシアに面会のお願いが
出されている。
バビルの一件だよね。
***
レイサン家の居城カイエントの一室。
跪き頭を垂れるバイアス。
「申し訳ありませぬ、大聖女様。
此度の刃傷沙汰に大義は御座いません。
この上は親子の縁を切り、この手で処刑する
所存で御座います。
ラナエミール様との御縁談は辞退致したく、
何卒、ご了承下さりますよう。」
『だそうですわよ?エミール。
あなたはどうしたいのかしら?』
「わ、私は・・・その・・・バビル様と・・・
あの・・・お母様ぁ~」
『バビルの事が好きですのね?』
「はい・・・」
『なんとかなりませんの?ルルナ』
「はぁ~~~仕方がありませんねぇ。
審判は5日後でしたね、バイアス。」
「そうで御座います、精霊王様。」
「私達も立ち合います。
法廷にはロンドガリア家も全員出席なさい。」
「はっ!承知致しました!」
「ありがとう!ルルナ伯母様!」
「死罪の回避までですよ、出来るのは。
それ以上に立ち入る事はしません。
いいですね、エミール。」
「でも・・・それじゃぁ・・・」
『あなたが夫婦になりたいと言うなら、
反対はしないわよ?エミール。
王族であろうが無かろうが、一切の関係は
ありませんわ。
審判が終わったら身柄を引き取りましょう。』
「ありがとう!お母様!」
「ほんっとに甘いですねぇサーシアは。」
『あら、そうかしら?』
「えぇ、そうですよ。うふふ。」
ルルナもね!
***
「え~、でありまして、組合がカールを
呼び出した事実は無く、ならず者同士の喧嘩
で彼は死んだのです。
それを組合がやったと思い込んだ被告が、
ピヨンキッチの殺害に及んだ次第です。
組合周辺を嗅ぎまわる様子が多数目撃されて
おりますし、
仲間の一人がカエル亭を訪れ口論になったとの
証言もあります。
何より、この短剣が動かぬ証拠です。」
状況証拠は揃っているなぁ~
バビルはロクに反論も出来ずに、
私はやって無い!と繰り返すだけ。
どうにも分が悪いよね~
「お、お母様・・・」
『大丈夫よ、エミール。ルルナ、お願いね。』
「はぃはぃ。」
すっと立ち上がり、つぃ~と前に進み出る。
何事か?と皆が注目する中、訴追人である
審議官に氷の眼差しを射る。
ビビりましたぁ~
怖いですぅ~
なんですかぁ~?
わ、私はお仕事をしているだけですよぉ~
「その短剣が凶器だと言うのは確かですか?」
「は、はい!傷口との照合もしております!」
「それがバビルの持ち物である証明は?」
「え?何を?で御座いますか?」
「ですから、他の者の短剣では無いと、
どうやって証明するのですか?」
おや、そこにイチャモン付けるの?
「それはぁ~そのぉ~被告の短剣がぁ~
行方不明でしてぇ~」
「その短剣はサーシアからロンドガリア家の
一族へ与えたものです。」
「はい、存じております。」
「では全員に持ってくるよう命じます。」
「い、今?で御座いますか?」
「えぇ、今すぐにです。」
精霊王様の命令だ!
さぁ、大急ぎで取りに行って来なきゃね!
バイアスとその妻、五人の兄弟姉妹達。
全部で七口の短剣が揃う筈だ。
の筈なんだけど・・・
二人ほど帰って来ないよ?
やがて長女が真っ青な顔で戻って来た。
「た・・・短剣が見つかりません・・・
ちゃんと有ったのに!本当です!
き、昨日まではちゃんと有ったのです!
信じて下さい~~~」
おやおや、それはそれは~
いや~信じるよ~
たぶん、ついさっき無くなったんだと思うよ。
CIAの仕事だね~
ごめんね~
泣き崩れる長女を席に付かせて、最後の
一人を待つ。
遅いなぁ~バルサム。
どうせ探したって見つかりっこ無いんだから
さっさと戻っておいでよぉ。
「あ!有りましたぁ!バビル殿下の短剣が
有りましたぁ!」
念のためにもう一度探せと、バビルの部屋へ
侍従を行かせてたんだ。
寝台の下から出て来たんだってさ~
恥ずかしい本と一緒にね!
男の子だねぇ~
まぁこれもCIAの働きなのよね。
本当はそれバルサムのなんだけどね。
みんな同じ形だから分かんないよね~
「なんと言う事だ・・・冤罪であったのか?」
呆~然とするバイアス。
この手でバビルを切り捨てようとした。
二度もだ。
一度目は名誉の為、あれは間違ってはいない。
主君の姫君の名誉を守る為に死ぬのだ、
騎士の家に生まれた者の誉だ。
しかし今回は・・・
「そのようですね。」
「一体、誰がこのような・・・
犯人は誰だと?」
「もうすぐ分かりますよ。」
「ま、まさか!」
そのまさかだよぉ~ん
まぁ♪さかりのぉ~♪ついた~♪
キンタマよぉ~~~ん♪
あっ!ほら、来たよ!
やっと戻って来た~
ん?やけに落ち着いてるな?
観念しちゃった?
「さすがですな、精霊王様。
それとも大聖女様の仕業ですかな?」
「な、何を申しておるのだ、バルサムよ。
そなたの短剣はどうしたのだ?」
「ふふ、私よりも精霊王様に聞いた方が
早いですよ、父上。」
「そなたが・・・そなたが・・・何故・・・」
ようやく理解したバイアス。
我が子を陥れた犯人も、また我が子なんてね。
いや~気の毒だわぁ。
「この愚か者め!仁義無き道を通ってまで
王の座に登りたいかっ!」
「あはははは!父上!これはおもしろい!
あはははははは!」
「何が可笑しいのだ!バルサム!」
「玉座になど興味はありませんよ、父上。」
「では何故!」
「それは・・・」
おもむろに懐から取り出して構える。
おぉ~!それはジェバー銃じゃないか!
まだ有ったの?
よく手に入ったねぇ~
裏ルートでも在るのかな?
「死ねぇ~~~!」
狙いはサーシア!
では無くルルナ!
でも無くエミール~~~
愛する者を殺される悲しみを!
愛する者を守れなかった苦しみを!
共に人生を歩めなかった空しさを!
お前も味わうが良い!
この悪霊めっ!
「ていっ!」
パイパイが手で叩き落とした。
うん、そーなるよね。
当たるわけ無いじゃん、そんなもんが。
『バンッ!』
サーシアの魔法弾がバルサムを貫く。
後ろの壁ごとブチ抜いてしまった。
許すわけ無いよね。
娘を攻撃されたんだもの。
<うふふ、元々空っぽの胸に穴が開いたか。
うふふふふ・・・>
バルサムは復讐の為に今日まで生きて来た。
その機会を窺がっていた。
当初の予定では王に即位して、
その戴冠式で決行するつもりだった。
でもバビルが立太子する事になって思惑が
ハズレたんだ。
それで今回の計略に切り替えたってわけね。
***
まるで時間が錆びついた様にゆっくりと
流れて行く。
もう目は見えない。
甘い痺れに浸されて痛みは無い。
暗闇の中に、それでもハッキリと浮かぶ。
あぁ・・・イル・・・
来て呉れたんだね
やぁ!バル
待ちくたびれたよ
あはは
待っていろと言ったのは君だよ
だから待っていたんだ
そうだったね・・・
ごめんね、バル
帰れなかったんだ
うん、分かっているさ
さぁ!行こうバル!
あぁ!行こうイル!
私達の世界へ!
私達の神の元へ!
ジェバーの光へ!




