第105話 らいか・ろーりん・すと~ん
まさか・・・まさか・・・
そんな・・・
嘘だと言ってくれ!
誰でもいい!
夢だと!これは夢だと言ってくれ!
あぁ~~~~~
嫌だ・・・嫌だ・・・
受け入れられない・・・
イル・・・
おぉナハイル・・・
呼んでおくれ私の名を!
この耳を君の声で満たしておくれ!
そしてその手で塞いでおくれ!
君の声だけを感じて居たいんだ・・・
君の温りだけを聞いて居たいんだ・・・
***
「魔女?」
「あぁそうだ、カルヤ集落に悪霊と魔女が
現れたと報告があったらしい。」
カルヤ集落と言えばイルの故郷トーチャ村の
すぐ近くじゃないか!
これは大変な事になったとバルサムは慌てた。
復活したと噂に聞いていた悪霊と魔女。
神敵アズラの使徒との戦いが、
ついに始まるのか!
数年前から準備を整えて来たと聞いている。
戦士の数を増やして訓練を重ねていると。
その割には予算が少ないと、戦士長である父が
愚痴っていた。
いや、予算は充分に当てているのだ。
だが現場に降りる途中で半分が消える。
財務官僚であるバルサムには、その理由が
分かっていた。
上層部の横領だ。
神敵と戦う為の資金に手を付けるなんて!
腐ってやがる・・・
「バル!バル!」
教皇庁に向かう途中の廊下でナハイルと
鉢合わせた。
顔が強張っている。
「イル!聞いたか?」
「あぁ聞いたよ、よりによってカルヤに。」
「実家から連絡は来てないのか?」
「無いよ・・・」
「父上なら情報を持っているかも知れない、
聞いてみるよ。」
「あぁ、お願いするよ。
バル、教皇庁は特別警戒体制に入る。
暫くは帰れそうに無いんだ。」
対策本部が設置され、教皇庁の職員は
泊まり込みで対応に当たるそうだ。
「そうか・・・連絡は取れるのか?」
「直接は無理だと思う、伝言を頼むよ。」
「わかった、無理するなよ、イル。」
「うん、バルもね。」
「あぁ。」
そっと柱の陰に身を隠し、口づけを交わす。
側に居られない不安に内臓が捻れそうだ。
「そろそろ行かないと・・・」
「あぁ、行って呉れ。」
「やだよ、バルが行ってよ。」
「どうして?」
「バルに背を向けて立ち去るなんて嫌だ。」
思えば何かの予感だったのかも知れない。
いつに無く駄々をこねて口を尖らせている。
「私だって嫌だよ。」
「お願いだよ、バル。」
「ふっ、仕方が無いな。」
「御免ね。」
「いいさ、じゃぁ行く。」
「うん。」
振り返る度にイルが手を挙げて微笑む。
もう一度戻って抱きしめたい衝動を、
なんとか抑えて角を曲がる。
さぁ!私も気合を入れ直して仕事だ!
***
日に日に慌ただしくなって行く。
教皇は聖戦を宣言して戒厳令を布いた。
バイアスは討伐軍の司令官に着任して、
進撃の命令を待っている。
カルヤ集落の状況は驚くべきものだった。
普段と何も変わらないと言うのだ。
件の悪霊と魔女は平然と街中を歩き、
買い物をしたり、時には広場で歌を唄ったり、
住民もすっかり馴染んでしまっていて、
やれ精霊様だ聖女様だと崇めているらしい。
どうやら洗脳されてしまったようだ。
なんと恐ろしい・・・
そしてついに進軍の命が下された!
頼むぞっ!早く終わらせてくれ!
もう30日以上も会って無いんだ!
「た!た!大変だぁ!」
「ん?どうした?」
「謀反だ!討伐軍が謀反を起こした!」
「な!・・・なんだって・・・」
教会本部は反乱軍によって、瞬く間に
占拠された。
大司教クラスはその場で殺された。
司教以下は踏み絵を踏まされた。
精霊教に宗旨替えをするか、
さもなくば死か。
教皇ピヨラールは逃げた。
イルは?イルは無事か?
今は確かめようもない。
神官達は本部内に監禁されている。
当然バルサムもだ。
10日程で解放された。
但し、宗旨替えを受け入れた者だけ。
殆どの神官は同意したが何人かは拒み、
処刑された。
バルサムは迷った末に同意した。
今は死ぬわけにいかない。
一刻も早く、ナハイルと合流しなければ!
教皇庁に駆け込みナハイルの安否を尋ねたが、
最悪の答えが返って来た。
逃げた教皇に同行し、行方知れずだと言う。
「そんな!なんて事だ・・・」
その場に頽れてしまった。
考える力を失った目には何も映らない。
ナハイルの顔が瞳の奥に浮かぶ。
「君はバルサムか?」
不意に名を呼ばれた。
だが振り向く気力さえ湧かない。
「ナハイルから伝言を預かっている。」
「イルから!聞かせてくれ!」
一枚のメモが渡された。
「中は見ていない。」
「・・・かたじけない。」
ナハイルの同僚は義理堅い男だった。
< 親愛なるバルサムへ
必ず君の元へ帰るから、待っていてね。
死んだら許さないよ。
絶対に許さない。
愛してるよ、バル。
君のナハイルより >
「あぁ、イル・・・私も・・・
私も愛しているよ、私のイル・・・」
ジェバー教国はハイラム聖教国となり、
首都はルルサーシアと改名された。
バイアスは大聖女エルサーシアの騎士となり、
バルサムは跡継ぎとして呼び戻された。
もはや神官では無くなった。
ロンドガリアの姓を授り貴族となったのだ。
そして大聖女一行が再び旅を再開して、
十数日が過ぎた頃。
教皇ピヨラールの死が伝えられた。
襲撃に失敗して返り討ちにされたらしい。
全滅だ・・・




