第104話 ざ・たぁいむ・ぜあ~れ・ちぇ~いんじん
ハイラムは無数の川が網の目の様に絡み合い、
ゆったりとした流れは下りはもちろん、
上りにも大きな苦労はしない。
人も物流も水上交通で成り立っている。
ハイラムがまだジェバー教国家だった頃。
戦士長バイアスの長男バルサム少年は、
集落一番の成績で初等科を卒業し、
神官となるべく国立の名門神学校へ進む道を
選んだ。
「では行って参ります父上。」
「うむ、そなたの選んだ道だ。
後悔する事の無い様に励め。」
「はい。」
船着き場まで見送りに来た父とも暫くは
会えなくなる。
6年間の完全寄宿制だ。
最初の3年間は一切の外出が禁止される。
バイアスは自分の後を継いで戦士になって
欲しかったのだが、どうにもその才には
恵まれなかった様だ。
その代わり神童と呼ばれる程に頭が良かった。
人それぞれか・・・
幸い次男は武人の気質を備えている。
跡継ぎに困る事は無いだろう。
神学校は首都から東へと川を下り、
海へと流れ込む河口に出来た中洲に在る。
5日間の船旅となる。
渡し板が外されて、いよいよ出航の時間だ。
振り返ると父の乗ったイクアナ車が遠ざかる。
車輪の下の轍は首都へと続いている。
「ふふ、せっかちな人だ。」
船を見送る情緒は無い。
武骨を地で行く父であった。
***
船室は相部屋になっていた。
二人部屋だ。
さすがに名門校の所有する船だけあって、
大部屋のザコ寝では無いようだ。
「やぁ!同室よろしくね!ボクはナハイル。
トーチャから来たんだ、君は?」
一瞬、女性か?と見紛う紅顔の少年だ。
トーチャ?聞いた事の無い地名だ。
「私はバルサム。ジェバラード出身だ。」
「へぇ!都会っ子なんだねぇ!初めて首都に
来たんだけどね、もうびっくりだよぉ!
おっきな建物が一杯並んでるし、大聖堂なんか
ずっと見上げてたら首が痛くなっちゃったよ~
あはははははは~」
とってもお喋りだ。
そして良く笑う。
話に依ると、トーチャはデンデス山脈の麓の
小さな村だそうだ。
神学校に入学するなんて快挙だとかで、
村中で祝って呉れたそうだ。
「ほら見てよ!この修道服!
みんなで縫って呉れたんだよ!
もう嬉しくて嬉しくてさぁ。
わんわん泣いちゃったよぉ~
うぅぅぅぅぅ~~~~」
おまけに泣き虫だ。
おかげで全く退屈しない5日間となった。
もっぱらナハイルのお喋りにバルサムが
相槌を打ち、ときたまに話を合わせる。
すっかり打ち解けて友人となった。
「うちの村は貧しくてね、教会も病院も
遠くの町へ行かないと駄目なんだよ。」
ナハイルは村長の息子だから教会へ通って
勉強する事が出来たけれど、他の子は親の
仕事を手伝っていてそれどころじゃない。
「頑張って出世して村に学校を作りたいんだ。
小さくても良いからさ、村の子供が勉強できる
ようにしたいんだよ。」
「立派な夢じゃないか、私も応援するよ。」
「ありがとう、バルサム!君の夢は何?」
「私の夢?」
「あぁ!聞かせておくれよ!」
私の夢・・・なんだろう・・・
「分からないな・・・私の父は戦士長でね。
本当なら跡継ぎなんだよ、長男だからね。
でも私は戦士に向いていない。」
だから逃げた。
進学は言い訳だ。
たまたま学業成績が良かったからだ。
家に居辛かったと言うのが本音だ。
何故だろう?
出会って間もないと言うのにナハイルには
胸の内を話しても構わない気がした。
いや、寧ろ聞いて欲しい。
心が軽くなって行く。
「そう・・・じゃぁボクも手伝うよ!
君が夢を見つけられるようにね!
一緒に探そうよ!」
「あぁ、そうしよう。」
思わず抱きしめようと動き始めた腕を、
驚きと戸惑いの浮遊感に抗いながら止めた。
真っ直ぐに見つめて来る眼差しが愛しい。
なんだ?この感情は・・・
***
寄宿舎でも二人部屋になっていた。
幸運にもナハイルとペアを組む事になった。
入学試験の成績順に割り当てられたそうだ。
なんとバルサムはトップで合格し、
そしてナハイルは次席だったと聞かされた。
「すごいよバルサム!一番だ!」
「そう言う君も二番だけどね。」
「びっくりだねぇ~でも嬉しいよ!
ずっと一緒に居られる様に頑張るよ!」
「あぁ、お互いにね。」
毎年の成績で部屋割りが決められるらしい。
ある程度の要望は通るそうだが、
成績に差が開くと組み換えの対象に成る。
二人は共に切磋琢磨し、主席と次席を維持し
続けた。
常に行動を共にして絆は強く結ばれて行った。
互いに想い抱く感情が恋心だと気付いたのは、
二年目の部屋割りで同室が維持され、
そのお祝いで軽く祝杯を挙げた時だった。
「あぁ~ほっとしたよぉ。
バル以外の人と同じ部屋になるなんて、
とても耐えられないよ。」
「私もだよイル。」
軽いとはいえ酒精の囁きに耳を傾けてしまう。
心と体の距離が縮んで行く。
「本当に?そう思って呉れる?」
「本当だとも、私の隣はイルだけだ。」
「嬉しい!」
今度は止めなかった。
想いのままに抱きしめた。
唇を重ね体を委ねて肌の温もりに、
手のひらで語り合った。
神学校を卒業するまで、ついに主席と次席の
地位を他者に譲る事は無かった。
二人は本部付の神官として配属が決まった。
バルサムはこの6年間で夢を見つけていた。
神官としての仕事をしながら学業を続け、
博士の資格を取る。
そしていつかナハイルの作った学校で、
彼と共に子供達を教える教師と成る事だ。
同じ部署での配属を希望したが、
それは叶わなかった。
バルサムは本部財務課に、
ナハイルは教皇庁の秘書課で、
それぞれ勤める事となった。
でも寂しくはない。
同じ敷地内で働くのだし、それになにより
官舎に戻れば二人の世界がそこに在る。
それだけは譲れなかった。
二人とも優秀な人材だから一人部屋を
用意できると担当官は言ったが、
強く強く希望して相部屋にして貰った。
手を取り合い夢に向かって歩いていた。
あの日が来るまでは・・・




