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ざまぁ物語

名なしの物語

作者: ジュレヌク


「やはり、こちらを貰おう」


私の婚約者になるはずだった人は、顔合わせの日、妹を指差し、こう言った。


父が手を出した新興事業が大失敗して、膨れ上がった借金を、帳消しに来てもらうために嫁ぐのだ。


私は、『質草の価値すら無い』と言われた気がした。


確かに、妹は、美しい。


後妻として来た愛人が、連れて来た異母姉妹。


婿養子の父と愛人の関係は、母と結婚する前からだったと、庭師とメイドが噂していた。


これも、貴族には良くある話だ。


何せ、貧乏男爵の次男だった父も、母にその美貌を見初められ、侯爵家に売り払われたのだから。


先に付き合っていた義母が、日陰の女に甘んじたのが、愛の為なのか、金の為なのかは知らない。


しかし、貴族の男にとって、外で女を囲う事は、犬猫を飼うくらいの重みしか持ち合わせていないのだ。


ただ、父の妹への執着は、側から見ていても薄気味悪く、今も、愕然とした顔をしている。


「それでは・・・約束が」


それまでヘラヘラ笑っていた父が、急に顔色を悪くして、義母に視線を向けた。


彼女は,ツンと鼻を上に向け、全く父を見ようともしない。


妹は、彼女が持っている一番良い服を着て、化粧もバッチリに、胸を張っていた。


私に勝てたことが、よほど、嬉しいのだろう。


下町育ちの妹だが、黙って立っていれば、人形の様に美しいのだ。


なんの変哲も無い茶色い髪の私には、見た目で敵うところなど、一つも無い。


ふと目に映ったのは、妹の髪飾り。


それは、私の母の形見。


箪笥の奥に隠して置いたのに、よく見つけたものだ。


「では、話は、無かったことにするか?」


「それだけは、ご容赦を」


「なら、この娘を貰っていく」


私は、21歳。


妹は、16歳。


旦那様になる方は、45歳。


34歳の義母との方が、釣り合う年齢の人物だが、見目もよく、お金持ち。


この家に残ったとしても、金目の物は売り払われて、メイドも全員辞めている。


嫁いだ方が良い暮らしが出来るだろう。


義母も、妹に付いて行くようだ。


「お父様、私は、大丈夫です。家の為、立派に勤めを果たします」


妹が、父に、満面の笑みを向けた。


それ以上、何も言えなくなった父は、足元から崩れ落ち、床に這いつくばってしまった。


歳を取り、美しさも損なわれ、髪が薄くなった父。


心の支えすら無くして、この後、どう生きていくのだろう。


はしゃぐ妹と、楽しげに笑う義母を横目に、私は、静かにカーテシーをしてから、自室に戻った。


がらんとした部屋。


クローゼットの中には、着古した服が三着。


緊張による息苦しさを我慢しながら床に膝を付くと、クローゼットの中の床を剥がした。


中には、金貨がたんまりと入った袋が三つ。


それをボロの旅行鞄に詰め込み、上から、服を突っ込んだ。


窓の外は、夕闇。


家の中は、妹と義母の荷物を運び出すので、騒がしくなっている。


私は、足音を潜め、裏口からそっと抜け出した。















最後くらい、お姉様の悔しそうな顔が見たかったわ。


いつも無表情で、無言だし。


ほんと、存在感無さすぎて、まるで幽霊みたい。


考えたら、誰とも話して無かったかも。


学園にも、お友達、居なかったものね。


お姉様の持ち物で、美しい物は、ぜーんぶ頂いたわ。


極め付けは、あの婚約者。


背も高くて、目鼻立ちも整ってて、好みじゃないけど、及第点と思わなきゃ。


ちょっと、年上だけどねー。


先に死んでくれたら、あの人の財産、全部私の物?


それも、悪くないわね。


ワクワクしながら荷物を大きな馬車に乗せた。


お母様も、一緒。


煩わしいお父様は、もう二度と会いたくないわ。


二人で、贅沢三昧。


まずは、明日、お買い物に行きましょう!




















ハッハッハッハッハッ


暗闇を、鞄を抱えて、ひた走る。


人通りの少ない夜道は、女一人には、危険すぎる。


しかも、今は、大金を持っている。


心臓は、張り裂けそうなほど、激しく脈打って、喉は、カラカラ。


精一杯のスピードで、私は、ある場所を目指した。


辿り着いたのは、町外れの小さな貸家。


ポケットから古びた鍵を取り出すと、小刻みに震える手から、スルリと落ちた。


チャリン


石畳の上で弾いた音が、やけに大きくて、ビクンと体が震えた。


私は、後ろを振り返り、誰も居ない事を確認してから、鍵を拾って鍵穴に突っ込んだ。


ガチャガチャガチャガチャ


錆び付いて、なかなか回転しない鍵に舌打ちする。


ガチャン


やっと開いたドアを体全部で体当たりする様に中に押し入り、再びドアを閉めた。


鍵を掛け、部屋の中にある机や椅子を手当たり次第にドアの前に移動させる。


そうして、やっと、私は、床に座り込んだ。


ハァハァハァハァハァハァ


肩を上下させ、呼吸を整えると、鞄を持ってベッドに潜り込む。


ここは、何年も前から、私が密かに借りていた家。


母が生きているうちから、宝石を売っては、ガラス玉に変えてきた。


妹が盗んでいった宝飾品も、宝石部分は、全てガラスだ。


そして、稼いだお金を貯め込み、いつか、この泥沼の様な世界から抜け出してやろうと計画していた。


ここは、その準備の為の隠れ家だ。


貴族なんて、プライドだけ高くて、何の価値もない。


母は、結婚する際、父の実家に、多額の支援をした。


請われるまま、父の言いなりに。


あの人に、金銭感覚は、無かった。


欲しいものを買うのに、金の糸目はつけない。


たとえ、自分の家が傾こうとも。


母が亡くなり、父が、我が物顔で家を仕切る様になると、益々貧しくなった。


力量も無いのに、上手い話に踊らされ、金を巻き上げられる。


そして、最後の手段が、子供の身売りだ。


本当は、要らない私を体良く追い出したかったのだろう。


しかし、正当な血筋は、私だけ。


婿養子の父には、侯爵家の血は、入っていない。


その子供もしかり。


私さえ消えれば、どう足掻いても、存続すら出来ない砂の城。


後生大事に抱えて、共倒れすれば良い。


新たな生活に浮かれているだろう妹達も、いつまで、能天気にいられるやら。


あの男は、殊更、若い女が好きだと、有名だった。


婚約者に据えた後、楽しむだけ楽しんだら、新しいのに取り替える。


決して、結婚なんてしない。


もう、そんな事を二十年近くやっていた。


社交界で、空気の様に気配を消し、注意深く耳を澄ましていれば、それくらいの情報、誰でも手に入る。


今回も、影の薄い、冴えない容姿のおかげで、危ない魔の手からすり抜けられた。


自由は、この手の中に。


仮眠を取って、夜が明けたら直ぐに、ここを飛び出そう。


定期便の辻馬車が、隣町まで連れて行ってくれる。


そこから、船に乗ろう。


国を跨いで移動すれば、あの人達に追って来られることも無い。


その為に、密かに、何ヶ国語も独学で学んできた。


後は、石に齧り付いてでも、生き延びてみせる。


さよなら、故郷。


もう二度と、戻る事はない。





















「ねぇ、お母様は?」


「何の事で、ございましょう?」


大きな屋敷に連れてきて貰ったのは嬉しいけど、お母様と別々の部屋にされた。


綺麗な部屋で、大満足だけど、一人だと、ちょっと不安。


何度聞いても、誰に聞いても、皆、首を傾げるばかりで、答えてくれない。


「お召し物を、こちらに変えましょう」


艶やかな紫の生地に、金の刺繍が施された、豪華なドレス。


私の不安は、消し飛んだ。


「こんなに素敵なドレス、初めて!」


はしゃいでいると、メイド達が、手際良く着替えさせてくれる。


「あれ?ちょっと、サイズ大きい?」


「それは・・・お姉様が来られる予定でしたので」


「あ、そっか!直してもらえるよね?」


「はい、今夜にでも、全てお直し致しましょう」


メイド達は、クローゼットに入っていた沢山の服を全部持っていった。


凄く楽しみだけど、辛気臭い彼女達の顔が、妙に気になった。


皆、覇気がなくて、顔色が悪い。


働きすぎ?


私、優しいご主人様だから、旦那様に、お休みをあげてって、お願いしてあげてもいいかも。






















「あの子の様子は?」


「部屋にも、衣装にも、満足された様子です。ただ、母親が消えた事を、少々気にしていました」


「それも、数日だろう。あぁ言う欲望に忠実な子は、自分の事しか考えない」


「衣装のお直しも、申し付けられました」


「あぁ、新しく買い直すことも無い。前の子の服をそのまま与えれば良いい」


「母親の方は」


「任せる。なるべく早く放り出せ」


「かしこまりました」


メイド長を下がらせ、俺は、葉巻に火をつけた。


煙を吹き出すと、自然と口元が緩んだ。


今日連れ帰った子は、どれだけ保つだろう。


頭の中は、空っぽそうだが、兎に角、見た目が良い。


先ずは、絵師に姿絵を描かせて、地下室のコレクション部屋に飾ろう。


歳をとって、見目が悪くなってしまう前に、十枚は欲しい。


あぁ、そう言えば、名前すら聞いていなかった。


まぁ、気にする程の事でもない。


どうせ、名を呼ぶ事も、ないだのだから。


それよりも、姉の方の名前を聞いておけば良かった。


あの瞳は、良い。


己の信念を貫く強さと、強靭な精神力を宿している。


きっと、いつの日か、のし上がるだろう。


女としては、イマイチだが、男に生まれていれば、右腕にしてやっても良かった。


また、いつか会おう。


互いに、生きていれば。


























コツン・・・コツン・・・コツン・・・




メイド長は、主人の部屋を出た後、地下室へと降りていった。


灯を点けると、壁に飾られた無数の姿絵が、色の淡い光に浮き上がって見える。


その中の、最も古い絵の前で、彼女は立ち止まり、カサつきが目立ち始めた手で、そっと絵の表面を撫でた。


絵の少女とメイド長は、とても良く似ている。


耳を澄ますと、女の啜り泣きが聞こえた。


声の主は、


昨日まで婚約者、


今日からメイドとなった、二十歳の女。


メイド長も、そんな昔があった。


だからこそ、数日もすれば、泣き止む事も知っている。


歴代の婚約者達が、皆、そうだった。


声高に不幸を叫んでも、何も変わらないことに気付くのだ。


そして、次の者も、いつか自分と同じ場所に落ちてくると安堵する。


帰る場所もなく、生きる為に不遇に甘んじる彼女達が、


『自由』を手に入れる日は、


永遠に来ないだろう。




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― 新着の感想 ―
[一言] 姉のその後とか気になりますねー。
[良い点] ギャグかと思ったら、意外にシリアスで二度ビックリです。 面白かったです。 [一言] 見目麗しい貴公子の婚約者を取られたの!?と思えば、45歳の 初老の男性。ドヤ顔の妹に、目が点になりました…
[良い点] 姉も確実にどうにかなった、とは限らない 脱出までしか描かれていないのが個人的には好みでした 女、しかも子供みたいなもんで一人で身をたてるのは半端なく大変のはず、これで本当にのしあがれたら期…
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