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八.囚われる者達 ~interlaced love~

夏は終わり、秋が始まって早一月。

今日も賢樹は鞄を持って学校へ向かう。

しかし、校門には大きな建造物。

賢樹の通う高校、『蒼雲高校』のマスコットキャラクター、『イグルン』と呼ばれる鷲の巨大なアーチがあった。

アーチの下方、イグルンが止まる白い木には「第六十五回蒼雲高等学校文化祭 鷲空(しゅうくう)祭」の文字。


「昨日があんなだったし…今日はまた大変そうだな」


軽くため息をついて、彼はアーチをくぐった。


「サッキー!やっと来たー!


「ほらマント。吸血鬼役に代役はいないんだからな」


薄暗く作られた教室の一角に鞄を置くと、いつものように真姫と隼がやってきた。

彼等のクラスの出し物はお化け屋敷。

賢樹はその吸血鬼役だった。


「代役ぐらい作っとけ。牙は?」


「サッキーがマント着たら渡すよ。暗いから落としたら困るし。ところでさ、私の格好、似合う?」


言われて賢樹は真姫を見た。

真姫は悪魔役であったが、どう見ても彼女は小悪魔であった。

かなり裾が短いスカートの下に覗く足は、いつもの黒いニーハイソックスにガーターベルトが付いている。

学校側の事もあり、上は臍が見える程度に短いVネックの黒のTシャツである。

口には小さな牙が覗き、目元を強調した化粧に爪も黒く塗ってある。

そして真姫が一番見てほしいポイントに、彼の目がいった。


「それ…」


「…うん!どう、似合ってる?」


「うん、すごく。今回の衣装にもよく似合ってる」


言うと真姫は嬉しそうに笑った。

前日が彼女の誕生日だったので、賢樹は第一日目の終了後、かつて彼女の為に買ったそれを渡したのだ。

なのでリボンが真姫の髪に飾られたのはこれが最初であった。


「坂口、いつの間にそんなの持ってたのか?」


「うん、持ってたよ。と言っても昨日サッキーから貰ったんだけどね。サッキーは隼と違って、私の誕生日ちゃんと覚えててくれてるんだよー!」


「そうかよ、悪いなー覚えてなくてよー!」


そんな会話から、文化祭二日目は始まった。


「「がああぁーっ!!」」


「きゃああぁーっ!!」


二人がかりで相手を驚かす。

走って次へ進んだ客を見送って、小声で賢樹と同じ格好の隼が喋る。


「疲れたな…今何時だ?」


「待て………十二時だ。交代だな」


「よっしゃ、じゃあ宣伝兼ねて他のクラス回るか」


二人は後半の驚かし役と交代してから教室を出、様々なクラスを巡る。

そうして一階に降りていく二人の目の前に、


「…鳥居、君?」


「…主南」


夏以来、二人は会っていなかった。

こうして顔を合わすのは数日ぶりとなる。

初の格好はキャスケットに細い肩紐の赤いチェックのチュニック、白い半袖のインナー、それに七分丈のジーパン。

いつかに賢樹が買った十字架のペンダントが首で光っていた。

今は学校側が配ったスリッパを履く彼女は、その音を小さく立てて歩み寄る。


「…久しぶりね。その格好…お化け屋敷か何か?」


「まあな。後でちょっと入ってくれると坂口とかが嬉しい、かな」


「お前がじゃねーのか?」


肩に腕をドンと置き、隼がそう賢樹をからかう。

肩に寄せた賢樹はそれに反論しようとしたが、先に初が口を開いた。


「今日は、佐久間君。クラスは何組ですか?」


「あ、どうも。えっと…E組です」


「有難う御座います。一つ言っておきますが、私が文化祭に来て鳥居君が喜ぶ事は無いと思います」


言うと素早く初は階段を上って行く。

見送る賢樹に、


「行けよ」


隼の声がかかる。


「隼?」


「お化け屋敷はカップルで楽しむのが一番、マント預かっててやるから行って来い」


牙を見せ隼は笑う。


「主南は単なる友達だよ。とりあえず行って来る、よろしくな」


マントを隼に手渡し、賢樹は走って階段を上る。

駆け上がる音が小さくなった時、残された友は酷い憎しみを顔に浮かべて呟いた。


「はっきりしろよ。お前の態度があいつを悲しませんだろうが…」


影が、彼を見つめていたそれが動いたのは、その時だった。


○ ● ○ ●


「主南!」


「…鳥居君、佐久間君と一緒じゃなかったの?」


「えと…なんか、行って来いって言われた」


そう、と素っ気なく応じて初は歩いていく。

何か言わなければと焦る賢樹に、小さく彼女は聞いた。


「『ファントム・アパート』…ここ?」


「あ、ああ」


行列の最後尾に並び、周りを見渡す。

無表情かと思われる彼女の口が歪んでいる事は、既に賢樹には分かっていた。

十五分と中途半端な待ち時間。

ようやく入口に辿り着いた初達は受付の者から説明を受けて暗い室内に足を踏み入れた。


「目見えるか?」


「…あまり。けど力を使う時よりはマシ。結構夜目利かないから」


軽くYシャツを引っ張られた感覚で、賢樹はそれを見た。

怖いのだろうか、初の白い手が袖を握っていた。

顔も若干強張っている彼女に、初はいつも通りの口調で諭す。


「大した事ねえよ。たかだか文化祭のお化け屋敷、遊びだって」


「…違うわ。見えないから掴まってるだけよ」


強がりを聞き流しながら、賢樹が先頭で歩き出す。

彼は当然、お化け屋敷の構造を知っていた。

なので先に歩いてお化け役と出くわし、驚きを軽減しようと考えたのだが。


「ま、待って、鳥、居君っ」


少し涙目になりながらそう言う彼女には逆効果のようだった。


「ぁがああぁぁー…!!」


「ひっっ………!!」


腕ごと袖を引いて身を縮める。

普段の冷静で強い彼女はどこへやら、今の初は完全にか弱い女の子でしかなかった。


「…とりい君の嘘つき。恐いじゃない。もっと恐くないと思ってたのに。これは遊園地のお化け屋敷レベルよ」


「大丈夫だって主南。皆俺のクラスメ「……かの…じょ……?」


「……戸部?」


賢樹は今初を驚かしたゾンビこと、友である戸部を見つめた。

絵の具で塗られた目元に、狂気が見て取れた。


「野郎共!!鳥居が、賢樹が女連れてやがるぞー!!!」


「なんだと!?奴に女…許せん!!」


「鳥居君はリア充なんですね、分かります…!」


四方八方からざわめきが起こる。


「えっと…鳥居君…」


困り果てる初は薄暗い教室を見回す。

その時、ある一人の足音。


「まったく、なんでこんなザワザワしてるの…」


眉根を寄せてやって来た、真姫。

二人の姿を見て、表情を凍らせた。


「初ちゃん、サッキー…」


「おう、坂口。今交代か?」


そこで賢樹は、周りの空気が冷たくなっていくのを感じた。

冷房だけが原因ではない。

下を向いた真姫は、また顔を上げるが、


「…もー!二人共、付き合ってるなら付き合ってるって言ってよー!びっくりしたじゃん!」


「違う、違うわ真姫ちゃ「嘘言わないでよ。」


その笑顔に、目だけはついていっていなかった。

初の言葉を遮った真姫は、走って教室を出て行った。


「坂口!!」


賢樹は真姫を追う。

初は、追わなかった。


「…あの、追わないんですか?」


戸部は初に尋ねる。

答えは小さく、はっきりと返った。


「勿論。私が行ったって逆効果ですから。…これは、あの二人の問題…」


演出の為に動く扇風機の起こす風で、彼女の髪がふわりと靡いた。


○ ● ○ ●


「おい!坂口!!」


真姫を追いかける賢樹は、


「…あれ、どこ行った…?」


途中、彼女を見失った。


「…最悪だ……」


「…………」


それを、真姫は物陰から見ていた。

走り去る彼を見送り、彼女はふうと息をつく。


「…サッキー…」


「あら、失恋?」


突然の声に驚き振り返ると、そこには自分と同じ年程度の少女。

少し薄めの黄土の髪に、茶色いつり目気味の瞳、笑みを形作る薄桃の唇。

水色のワイシャツに黒いベストとショートパンツ、群青と黒のボーダーニーハイ。

少女は真姫に問う。


「…どうしたの?詳しい理由は分からないけど、あなた、泣いてるから」


「……っ!」


真姫は慌てて目元を拭う。

傷心の彼女に、少女は囁く。


「…あたし、手伝うわ。あなたの恋路」


「…え?」


希望と疑い。二つの感情がない交ぜになった顔を向け、真姫は少女と目を合わす。

その瞳は、ひたすらに冷たかった。

氷のように。

笑み等全く感じられないその目で、真姫を映す少女―みちるは妖しく、誘う。


「あなたがあたしの願いを叶えてくれたら、いくらでも…」


○ ● ○ ●


「…どこにも、いねえ…っ」


賢樹は教室の前に戻り、荒い息を整える。


「…見付かっていないみたいね。…手伝うべき?」


「いや、お前が出て来たら話が、こじれる。大丈夫だ…」


「そう。…鳥居君、あれ」


顔を上げた賢樹は、初の指差す方を見た。

ふらふらと、階段を上る真姫の姿がそこにあった。


「坂口!」


賢樹はまた走り出す。

そこで真姫は踊り場を通過、姿が見えなくなる。


「………」


それを見て、初も後を追った。

小走りで鞄の中をまさぐりながら。


○ ● ○ ●


「待てよ坂口!」


歩く真姫の後を追いながら、賢樹は階段を駆け上る。

二人の速度は変わらない、なのに賢樹は真姫に追い付けなかった。

やがて、真姫は屋上へ通じる扉を開け、表に出た。

そこで賢樹は気付くべきだった。

普段は堅く閉じられている筈、今日も例外でないその扉が、簡単に開いた事に。


「坂ぐ「『凍塊一滴!!』」


賢樹の頭程、澄んだ色の氷が目の前に飛び込んだ。


「……っ!!」


腹に吸い込まれたそれは、賢樹を壁に貼り付ける。

したたかに打ち付けられた頭と背は悲鳴を上げる。

肺から空気を全て取り出された。

重力に従って踊り場の床に落ちた。

霞む視界で、それでも賢樹はみちるを睨んだ。


「ふふ…良い目。ねえ、真姫さん?」


「………」


問われた真姫の目は、どこか虚ろだった。

初の先輩と同じ、痛む頭で賢樹はそう思った。


「…真姫を、解放しろ」


「嫌よ。今回の『止まり木』は彼女だし。それに彼女が望んだの」


ゆっくり上げられた華奢な腕に、みちるは座る。


「…嘘だ」


「…嘘じゃないよ、サッキー(・・・・)


その呼び名を使うのは、一人だけ。


「…真姫…」


「みちるさんは…願いを叶えてくれるの。だkらみちるさんのお願いを叶えるの」


「ほらね、『止まり木』さん。残念ながら今回も、あたしの『止まり木』じゃないけど…」


みちるは真っ青な瞳を向け、冷やかに笑う。


「彼女は、今までの誰よりも強い」


○ ● ○ ●


「…あった」


その目に『珠』を映し確認、初は即座に赤い衣を纏う。

空気を掴み舞い上がり、開かれた屋上の扉をくぐる。


「……」


広がる光景は、凄絶。

笑うみちるに腕を貸す真姫が怯える程に。

コンクリートには所々に血痕が付き。

あちらこちらにみちるの氷が光っていた。

そして、ある一箇所には血溜まり。

赤く染まって地に伏す、男の姿。


「鳥居君!!」


飛び、彼の元へ。

抱えた頭からは今も出血が続く。

意識は無い。


「…みちる!!」


「だったら常に一緒にいなさいな。彼女の怒りを買うけどね」


みちるは意地悪くそう言い、傍らの真姫を見た。

冥い瞳に、倒れ伏す賢樹と傍らの初が映っていた。


「…さて、今日こそその『珠』を渡しなさいな。それを集めれば願いが叶う」


初はみちるを睨むまま、何も言わない。


「『止まり木』が気絶すれば、力の供給は途絶える。いつまで()つかしらね、あなたの力!?」


青い『禽』が動く。


『願う。我の力の変容を。外に燃えず、内に燃えろと。魔を祓う光は、汝を今癒す…療身・包羽(りょうしん・ほうば)


早口で言うと初は、賢樹を横たえ彼の前に立つ。


「保たせてみせるわ。『炎球・狂咲』」


(早く起きて、鳥居君…!)


○ ● ○ ●


最後に見たのは、少女の悲しい顔だった。


(坂…口…)


闇の中で、彼の意識は漂う。

ぼんやりとしたその中で、彼は一点、白を見つけた。


(…何だあれ。あの世なのか…?)


その点は近付き、大きくなる。

目の前に現れたそれは、純白の鳥。


(…何だ、こいつ…)


『我が主、こいつとは御挨拶』


(!?)


思った事を、鳥は読み取った。

更に鳥は喋る。嘴を動かさず。

事態に追い付けなくなった彼は、そのままただ鳥の声を聞く。


『我が主、我を忘れたか?今我の力が、主には必要な筈』


(忘れた?忘れたも何も…我の力?)


『我が主、まるで判っていないと見える。昔はあの方と共によく遊んだのに』


彼は実体の無い首を傾げる。


(あの方?全く覚えがない…)


『主、忘れたのか、あの方を?』


頷いた途端、視界が急速に闇から目覚めの光へ変わる。

それでも尚、鳥は語っていた。


『あの方とは主の祖母、みき様の事だぞ…?』


(ばあ、ちゃん?)


そして賢樹は意識を取り戻す。


「…、い゛っっ…」


「鳥居君!?」


先程の傷の痛みに思わず声を上げる。

赤い衣に身を包んだ初が、すぐに賢樹の元へ飛んだ。


「大丈夫、鳥居君?」


「一応。まだ色々痛いけど、どうにかなりそうだ」


「良かった。…あの、鳥居君。言いにくいんだけど…」


賢樹の体を起こしながら彼女は目を背けて言う。


「真姫ちゃん、自分から『止まり木』役を買ったみたい」


「嘘だろ…まあ、その理由を聞く為にも、みちるをどうにかしなきゃな」


「ええ」


ふらつきながらも地に足を着けた賢樹は、片腕を広げる。

それに手を付け、彼と一緒に初は天を見据える。


「力、大丈夫か?」


「ええ。普段より供給は少ないけれど、十分」


「よし。…行って来い」


「言われなくても!」


力強い笑みを一つ残し、少女は翔んだ。


「真姫さんに見せつけたの?あなた達の仲の良さ」


「馬鹿な事言わないで。義務的な連絡しかしてないわ」


「そう。どうでも良いわ!『砕氷風舞(さいひょうふうぶ)!』」


投げ付けた吹雪が、秋空を駆ける。


『其は春の息吹、其は夏の吐息、包め我が身を、吹き進め此の空を…吹燠・暖手(すいおう・だんしゅ)


初の翳した左手から、熱風が吹き荒れる。


「ちっ…、『極大氷晶!!』」


文字通り、巨大な雪の結晶を作り、みちるは風から逃れた。

身を翻し、彼女は真姫に話しかける。


「真姫さん、まだまだいけそうかしら?」


「…仮にダメでも、私この手で初ちゃんを…いや、主南 初を倒してやる」


「心強いわ、真姫さん。もっと力をちょうだい」


言った瞬間、みちるの体を力が駆け巡る。

背筋がぞっとする程の愉悦、そんな感覚をみちるは得た。


「…っ!すご…素晴らしいわ!」


飛び立った彼女は、音さえも超えそうな勢いで。


「遅いわ!何もかも!!」


「…!!」


初が知覚したのは、彼女の振り上げた足が頬に当たった時。

赤い鳥の口に血が溢れた。


『炎球・狂咲!』


『極大氷晶!!』


『哥』の力も比較にならない。

初の放った炎は、みちるの氷の盾を溶かしも出来ず。


『円旋雪花!!』


青い鳥はそれを初に投げて寄越した。

力の増したみちるの攻撃をまともに受ける。

腹に当たったそれと共に、初は地に墜ちた。


「あっははは!!すごい、すごいわこの力!!」


「…ぐ、…う…」


「主南!」


賢樹は駆け寄り、冷たい重りをどかそうとする。


「うわ!(あつ)…」


「それほど冷たいのよ。…大丈夫、自分でどうにか出来るから」


「それまで黙って見てろってのかよ!!手がダメになったって、絶対どかしてやるからな…!」


「「………」」


救助の為に必死になる彼を、初と真姫は見つめる。

赤い少女は喜びを。

黒い少女は妬みを。

その瞳に映した。


「あと少しで願いが叶うわ、真姫さん」


そこに、みちるが帰って来た。


「あと少し。最高の攻撃で終わらせてやるわ。さあ、力を…」


そうして触れた、真姫の腕。

みちるはその時、聞こえなかった。

真姫は初達を見て、ずっと呟いていた。

「嫌だ、サッキーは私のもの」、と。

そうして生まれた力が、みちるの内に雪崩込む。


「えっ、何これ…い、いや、いやあああ!!!」


「「!?」」


傷付いた二人は見た。

恐怖に慄く、青い鳥の姿を。

涙でぐしゃぐしゃになったその顔は、真姫を見る。


「やめて…やめて真姫さん!!」


「……サッキーは、私のもの…」


「嫌ああああ!!!!やめてええ!!!」


呟くと同時、冥い感情がみちるの中で荒れ狂う。

苦しむ彼女を見て、初は早口で語る。


「本当の『止まり木』じゃないからだわ。本当の『止まり木』は、純粋な力を『禽』に送るの。けどみちる達の力は感情を『禽』が力に変換する…」


「という事は危険なんだな、みちるは。力、使えるか?」


「…少ないけど、やってみる」


初は素早く、長く哥う。


『太古初めに啼いた鳥、歌わず叫んだ生まれたと。次に嘆くは旋律ではなく自らの欲、肉をくれ。歌を口に乗せたは何時だろう、喜び天に叫ぶは何時だろう。満ち足る者しか其は分からない、故に此れは叫び、(われ)が内から求める願い…灼叫・祖声(しゃっきょう・そせい)!』


赤い鳥は哥うと、息を大きく吸った。

そして真っ赤な炎を吐き出す。

元は盾である氷は、初の炎を受けてもびくともしない。

しかし、初は諦めなかった。

初めは細く、息だけで吹いていた。

息継ぎ毎に、その口を開けていく。

やがて。


「…ぁぁぁああああ!!!!」


息は本当に、叫びに変わった。

長く当てた火か、それとも。

叫びと共に出た炎が、遂に氷を砕いた。

炎は突き抜け、空高く昇る。

ある地点まで来た時、炎はまた何かを貫いた。


「!!」


初は驚き、急ぎ『哥』を止めた。


「まずい…みちるの『六花衛膜(りっかえいまく)』壊しちゃった」


「…つまり?」


「私の炎を見た人がいるかもしれない。どうしよう、今はこの姿を維持するだけしか…」


身を起こし、賢樹は肩に手を置かせた。

その時。


「……何だこれ。…おい、賢樹?」


屋上の扉は、ずっと開いていた。

『六花衛膜』のお陰で誰も近付かなかったそこに、今、人が一人。


「…隼、何でここに…」


「いや、だって今一時だから交代に…それにしても…何だよこの有様…」


賢樹の親友はそう言い、屋上の奥の少女を見る。

冥い表情の真姫を。


「…賢樹。何でここに坂口がいるんだ」


「…隼?」


「答えろ賢樹!!坂口に、真姫に何があった!!」


それを見て、笑うのは、みちる。

腕に触れていた手を剥がすように強引に離し、ふらつきながら飛んだ。

隼の方へ。


「あっ…!」


初が声をあげるが、遅かった。


「やっぱり…嫉妬より、怒りよね。もう、あんな感情はごめんよ…」


「…何だ、お前」


「何もかもを、知ってる者よ。何があったか、全部あたしが教えてあげる」


寒霧誘夢(かんむゆうむ)』。

呟き、みちるは笑ったのだった。

実に半年ぶりの投稿です。お待たせいたしました。

この話で大体、内容的には三分の一あたりです。

まだまだ続く「四枚の羽根」、お楽しみいただくと幸いです。

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