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七.それぞれの夏 ~Black gem~

蝉が煩く鳴く。

どこかの民家で風鈴が揺れた。

月捲りのカレンダーは八月、正確に言えばその初旬。

鳥居 賢樹は忙しく動かしていたシャープペンを今、勢い良く置いた。


「終わったーーー!!」


伸びをして筆箱に文房具をしまう。

夏休みの課題やその他諸々が乗っていた机の上を片付けた所で、携帯が鳴った。

着信。相手は、


「坂口?」


真姫だった。


「もしもし。何だ、坂口?」


〈やっほーサッキー!あのね、隼と考えたんだけどね。今度海行かない?隼とサッキーとあたしと、あのセーラーの子で!〉


「海?てか何で主南?」


えっとね、と真姫は若干考え込んで説明する。


〈三人で遊ぼって話になって、で、女あたしだけじゃ危ないからもう一人って事で、えっと、にしなさん?を呼ぶ事にしたの〉


「なるほどな。分かった、話つけとくよ。じゃあ後でな」


〈はーい、良い返事待ってるね!〉


真姫との電話を切り、賢樹はアドレス帳を開いて「主南 初」のメールアドレスを呼び出す。

先程の計画を文にし、送る。

五分程の後、着信が来た。


「もしし、どうだ主南?」


〈…いきなりの誘いが海、しかも知らない人が殆ど。恥を曝す気?〉


「そんなつもりは。嫌なら断ってくれて構わないぞ」


〈…行く〉


賢樹は目を一回、しばたかせる。

その沈黙の意味が分かったのか、初は言葉を繰り返した。


〈行くわ、海。『玉』の捜索にもなるし、何より男二人に女一人なんて、その子が肩身の狭い思いする〉


「分かった。じゃあ伝えとくから。詳細はまた今度な」


〈うん。それじゃ〉


時間にして、二分に満たない会話。

事務めいたそれを彼女らしいと思いながら、賢樹は席を立った。


 ○ ● ○ ●


それからおよそ二週間。


「着いたー!」


「あっちいな、日焼け止めしても焼けんな、こりゃ」


海にやって来た四人は眩しく照りつける太陽に口々に文句を言った。


「晴れ過ぎだろ。少しは曇れよなー」


「…文句言っても仕方ない」


「だよな。よし、向こうの海の家で着替えようぜ」


一行は賢樹の提案通りに海の家へ向かう。

黙々と着替えを進める男二人に、黄色い声が届いた。


「…主南さん、胸結構ありますね」


「…え」


「こうしちゃえー!おりゃ!」


「ひあっ!?ちょっと、坂口さん…っ」


隔てられた壁一枚向こう、初と真姫がじゃれあう。

思わず二人は作業の手を止めていた。


「お主、Cはありますな?細いのに、うー、羨ましい」


「細くないです、それより坂口さんの方が…お返しです!」


「きゃんっ!もう!」


ぼうっと薄い壁を見ながら声を聞いていた賢樹に、肘でつついてきた隼が言う。


「Cはあるってよ、初ちゃん」


「知るか。真姫も負けず劣らずだとよ」


「……早く入ろうぜ、頭冷やしてえ」


「同感」


その後、素早く着替えを終えた男二人は、海の家の前で女二人を待った。

雑談をしていると、


「お待たせサッキー、隼!」


白い砂浜に、より白い肌の二人が海の家から出て来た。

声を飛ばした真姫は黒いビキニだった。

トップはホルターネックで、縁を小さな白いレースが覆っている。

フリルが二重に広がるボトムは黒の大人らしさとそれの可愛らしさ上手く調和していた。

髪の両脇に小さく作られた団子が頭部を涼しく見せていた。


「……べ」


「なんか言ったか、隼?」


「…いや、何も」


そんな真姫の後ろに佇む初は、白と赤のパレオビキニだった。

下から炎が立ち昇るように赤が色付くというデザインで、下半身を覆うパレオも同様だった。

いつもは下方で二つに結んでいる綺麗な焦げ茶の髪は、ポニーテールにされていた。

シンプルだが大人びたように見えるそれに、ほんの少し、賢樹は目を奪われた。


「…何」


「あ…いや」


初は手で胸元を隠した。


「気を付けてね、初ちゃん。サッキーだって一応男の子なんだから」


「勿論」


「いつの間に仲良くなったんだよ、お前ら…」


そうして始まった休日を、四人はひたすら楽しんだ。


「サッキー、ここ、どうしよう…」


「よし、こうして…っと」


「…下品」


「おい賢樹お前何しやがった!?」


隼を砂の中に埋め、


「坂口、もうちょい左…そこだ、いけっ!!」


「えーい!!」


「いっってええぇぇぇ!!!!」


「…ご愁傷様」


スイカの代わりに賢樹が叩かれ、


「食らえー!!今必殺の」


「フェイント」


「……なんだよあの強さ…」


「ついさっき会ったばかりだよな、息合いすぎだろ…」


女二人が男二人を完膚無きまでにビーチバレーで叩きのめした。


(…にしても良かった、楽しそうで)


真姫と手を叩き合う初を見て、賢樹は思った。

孤立の可能性があったのだ、彼は密かに安堵していた。


 ○ ● ○ ●


「…それじゃ、ちょっと、着替えてくるな」


「初ちゃん!荷物番よろしくね!」


雲が空に広がり始めてきた夕方。

初と賢樹の二人は、真姫と隼がいない間の留守番をする事になった。

いなくなって数分、留守番役の賢樹はふと何かを思いついて、財布を持って立ち上がった。


「…どこ行くの?」


「かき氷買いに。あ、食うか?」


「…苺」


了解、と賢樹は走って海の家へ向かう。

更に待つこと数分、苺とブルーハワイのかき氷を持って、賢樹は戻ってきた。


「苺。にしても遅いな、あいつら」


「ありがとう。…佐久間君は優しいから、真姫ちゃん待ってるのかも」


先をスプーンの形に加工されたストローで氷をつつく。

青い氷を口に入れようとした、その時だった。


「…っ、……雨だ…」


「避難しましょう。その鞄持って」


いくつかの鞄を持って、小走りで海の家の屋根に駆け込む。

雨は段々強くなり、その音が聞こえる程となった。

屋根の下に鞄を下ろし、はあ、と賢樹はため息をついた。


「なんだよ…あんな晴れてたのに」


「願い叶ったじゃない。曇ってほしいって」


「雨はいらなかったし、今更曇ってもな…」


濡れていく砂浜を見ながら初はかき氷を口に運ぶ。

氷の冷たさと苺シロップの色で、初の唇は真っ赤に染まっていた。

その口から、言葉が発される。


「…前に、あなたは仲間って思って無いって、言ったの憶えてるかしら」


「…ああ」


小さな痛みと共に、記憶が映像を見せる。

きつい視線を向けた、初の姿。


(「私はあなたの事、仲間だって思った事無いから」)


「それ、きつい言い方してごめん。本当は」


雨が海を叩き、交じる。

手からの熱で、かき氷が下から融ける。

静かな時が流れた。


「…あれ?なんでサッキーここに…うわ、すごい雨!」


「お前らも着替えろよ、寒いだろ?」


「っ!…あ、ああ」


かき氷を置いて、二人はそれぞれの鞄を持って更衣室へ向かった。

その後、初と真姫が持っていた折り畳み傘に入って四人は駅まで歩いた。

電車に乗り、途中で真姫と隼と別れ、また二人きりになる。

しかし二人は、一度も言葉を交わす事なく、別れた。


 ○ ● ○ ●


帰宅の後、水着を洗濯籠に入れてから、賢樹は自室のベッドに寝転んだ。

目元を腕で隠し、少し前の過去を思い出す。

それは、潮と雨の匂いの記憶。

紅く頬まで色付いた少女の口唇からの言葉。


(「きつい言い方してごめん、本当は、そんな意味じゃなかったの。…仲間じゃなくて、……いなきゃいけない人って、言いたかったの」)


「……なんだよ。つまりは……」


その先の言葉はなかった。

眠りに落ちたのと、確証がなかったからだった。


 ○ ● ○ ●


賢樹の家から遠く離れた場所。

日本ではなく、ある中東の国。

ラピスラズリをちりばめたような夜空を、みちるは家屋の中から見ていた。


「砂漠と星空って、妙に合うわよねえ。昼はかなり暑いけど、やっぱり夏はここが一番ね」


夜空に自身の『碧』を透かす。

背景の蒼と重なり、何とも言えない色合いを『碧』は作り出した。


「…あたしの『止まり木』も、こんな夜空を見ているのかしら、なんて」


涼しい風が、肩に付かない程度の彼女の髪を揺らした。


 ○ ● ○ ○


それぞれの、夏の夜。

賢樹と初は、互いへの思いを巡らせ。


「「…………」」


真姫は賢樹を想い、嘆息し。


「……賢樹、くん…」


隼は携帯に向かって苦々しげに呟き。


「はっきりしろよ、何も知らない癖に……」


みちるは星空を見上げる。


「早く会いたいわ、あたしの『止まり木』……」


その日、誰かが散歩中に何かを蹴った。

蹴った何かは光っていた。

翼を広げたように、黒く。

それを見て、誰かは笑った。

それらは新たな、波乱の始まり。

遅くなってしまい、申し訳ありません。


閲覧、ありがとうございました。

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