六.助言 ~Wonderful picture, It's name is…~
(『ありがと。さかき好きー』)
(あれ、どういう意味だよ)
深夜の戦闘から一日過ぎた、午前一時半。
床に就いて三十分、賢樹は昨夜の初の言葉に苦しめられていた。
それや、頭を撫でられた事等がぐるぐると頭の中で回り、ある事象を作り出していたのだ。
動揺、詳しく言えば、鼓動の高鳴り。
(酔ってたから覚えてなさそうだし、どうすれば良いんだよ…)
考えた末、一人の人物を思い付く。
(やっぱり、話した方が楽になるよな)
思い、賢樹は目を閉じる。
彼はすぐに夢の中へ入って行った。
○ ● ○ ●
同時刻、主南神社。
(私とした事が、寝惚けてお酒飲んじゃったなんて)
初もまた、眠れぬ夜を過ごしていた。
やはり、彼女は昨晩の出来事を覚えていなかった。
酒を飲んだ事も黄穂に言われて知った事だった。
何をしたのかなど、断片的にしか覚えていない。
どうしようもない高揚感、それに付随した行動しか。
(…好きとか。何言っちゃったんだろ)
それがどういった意味で言ったのか、彼女自身分かっていなかった。
人としてなのか、それとも。
ただでさえスランプに陥っているのだ、彼女のキャパシティは限界を迎えようとしていた。
(…はあ、何だか、頭が重い…)
ようやく襲う睡魔に、身を委ねる。
ぼんやりとする頭で、最後に初は考えた。
(…とりあえず、何があったか、聞か、なきゃ…)
そのぼやけた頭は、睡魔だけではなかった事を後に彼女は知る。
○ ● ○ ●
休日明け、そして定期テスト一日目。
三時間と早くに学校が終わった賢樹は、一度家に帰った後ある家に向かった。
インターホンを押して数秒、足音の後ドアが開く。
「よっ。お前が家に来るなんていつぶりだ?」
「ゴールデンウィークぶり。大した間じゃねえだろ」
佐久間 隼。親友の家であった。
「どうした?テスト期間中は直帰する真面目クンが?…あ、飲み物どうする?」
「茶で。んー、ちょっとな。解決しないと勉強もろくに出来ない問題なんだよ」
「なんだそりゃ。じゃあ麦茶でいいな」
幼馴染みの特権で隼の部屋に無断で上がり、中を観察する。
扉からすぐ見えるのは机、その横にはベッド。
壁に備え付けられたフックには制服や上着がかかっている。
片付いた部屋を見て賢樹は茶化す。
「お前の部屋、こんなに綺麗だったか?」
「うるせ。お前の為に綺麗にしてやったんだ、ありがたく思え」
「へいへい」
部屋の主が麦茶の入ったコップを持ってやって来た。
一つを受け取り適当な場所に賢樹は座り、それを飲む。
隼は机の椅子を引っ張り出し、普通と反対に座ってやはり麦茶を飲んだ。
「あっつくなってきたなー。悪いな賢樹、冷房ない部屋でさ」
「飲み物出されるだけでもありがたいよ」
「どーも。で、何だよ話って?」
頷き、賢樹は隼を目に捉えて話す。
「この前、ある女子に言われたんだよ。…好きって。その意味が分からなくてさ」
「…あの子か?前お前と一緒にいた、セーラー服の」
「ああ。ちょっと酔っ払ってたみたいでさ、その酔った勢いみたいな感じで」
酔う、という事に関しての質問は、ジュースと間違えて飲んだらしいと誤魔化す。
とても、自分達の敵が深夜に襲ってきた時に水と間違えて飲んだとは言えない。
「…ふーん、つまりそれがライクかラブなのか分からない、と」
「ああ。覚えてないだろうし、固い奴だから面と向かって聞いても本当の答えなんて言わないだろうし」
「それでなんだがな」
持っていたコップを机に置き、隼は問う。
「お前は聞いてどうしたいんだ。あのセーラー服の子を」
「…どうって、言われても」
「困らせたいんじゃないんだろう?ただその『好き』の意味を知りたいだけだろう。
だったら待て。次、素面の時に言ってくるまで。言って来たらラブ、言って来なかったらライク。ほら、解決した」
言葉が出なかった。
とても美しいものを見た時のような気分か。
そこで隼は問うた。
「とりあえずこれははっきりしとこうか。
…お前はセーラー服のあの子の事、好きなのか?」
「………」
賢樹は考え込む。
その思考を打ち消したのは一つの着信。
渦中の人、主南 初。
「ごめん、隼…もしもし」
〈今どこ。黄穂がみちるの力を感じたって。迎えに行くから場所を〉
「あ、えっと、友達の家。…分かったよ、後でな」
一分とかからず会話を終える。
通話の終了を見て取り、隼は聞く。
「あの子か?」
「…まあな。悪い、用事出来た。また今度遊ぼうな」
「…ああ」
早足で賢樹は隼の家を出た。
その直後、隼はネイビーブルーの携帯電話を取り出した。
少しの操作の後、耳に当てる。
相手の応答を聞き、彼は告げた。
「急げ。取られるぞ、あの女に」
その顔に浮かぶ表情は、焦りでも困惑でもなく。
怒りであった。
○ ● ○ ●
「…主南!」
「…御免なさい。折角友達に会っていたのに」
「大丈夫、行くぞ。今度こそみちる、どうにか出来るといいな」
頷いた初はあの裾の短い着物を着た。
しかし前日から赤いズボンを履くようにしているので、もう中が見える心配はない。
賢樹を抱えて飛んだ初は、自身の高校へ向かった。
その屋上に、蒼と黒が一点。
もちろん、みちると成実である。
「待ってたわよ。あなた、自分の学校なのに来るの遅いのね」
「『止まり木』がいればすぐに来れた。…今日こそ、その『碧』鎮めるから」
二人は哥う。
これが『禽』の開戦の仕方。
『駆けろ、我が『哥』。花のように美しく、鳥のように疾く…火鳥・走花!』
『雛鳥飛晶!!』
互いが生み出した炎と氷の鳥がぶつかり、砕ける。
それを当然のように無視し、新たな『哥』を紡ぎ出す。
『揺れる我が羽根はどこまでも遠くへ。風の中、果ては月まで…風羽・征月!』
『飛羽乱撃!!』
二色の羽根が翼から離れぶつかり合う。
運良くぶつからなかった羽根は初とみちる、二人の服に肌に傷を付けていく。
「『水月刺刀!!』…消えろ!!」
輝く氷の剣を作り出し、みちるは突進する。
しかし剣が初を貫く事はなく、彼女は上に逃げていた。
『其は我の望む物。其は焔。我が身に色付く紅く猛る光。其が我の焔ならば、滅せ、我に仇なす者を…炎球・狂咲!』
手に集められた炎がみちるを穿つ。
爆発。
煙の晴れた後には大きなクレーターが出来ていた。
成実の腕で手足を組んで笑うみちるは声を飛ばす。
「いいの?こんなに学校壊しちゃって。誰かに知れたら大変じゃない?」
「いつも知られない為に哥ってるわよね。何だっけ、『哥』の名前」
「『六花衛膜』。いつもあたしが周りの配慮してあげてるんだからありがたく思いなさいな」
そうね、と初は感謝の言葉を投げる。
更に彼女はけど、と続ける。
「そんなだからいつも負けるんじゃない?」
「あんた…っ!!」
哥い合いが続く。
その様子を黙って成実は見ていた。
殆どの体の自由がない彼女は、ただ考える。
(学校と今、どうしてあの子はあんなに違うの…?)
みちるをからかいながら戦う紅い鳥は確かに笑っている。
ふいに方向を変え彼女は『止まり木』の腕に腰掛ける。
何かをそれに言う彼女は生き生きとしていて、みちるの攻撃を跳ね返していた。
そしてまた飛び立つ。笑顔のまま。
『止まり木』もまた笑顔で見送る。
その笑みは、未経験の彼女も知っていた。
(確かな信頼、曇りのない笑顔…ああ、そうか)
傍観者は悟った。
(やっぱり主南さんが絵を描けないのは、あの人がいるからなのね)
「……みちる、さん」
自分に出来得る最大限の声を出す。
聞き付けた蒼い鳥は優しく問う。
「何かしら?」
「あの男に、攻撃したい。力を、下さい」
「分かったわ…『巨氷砕指』」
『哥』により強化された成実は、みちるが力を回復して離れるとすぐに賢樹に向かった。
「わ!?」
強化されていなかった賢樹は紙一重で避けるがじりじりと後退していく。
無表情の成実は、ぶつぶつと呟いていた。
「あなたがいるのがいけないんだわ。早く消えなさいよ」
「か、勘弁してく、…!!」
「あなたの存在が、主南さんを、苦しめる。だから、失せなさい…っ」
叫べない成実は苦しそうにそう言って賢樹の腹を殴った。
強化された女の拳で、危うく賢樹は胃の中を空にしようとする。
強引にそれを耐え、腹を押さえながら彼は聞いた。
「意味、分かんねえよ!!俺とあいつは『禽』と『止まり木』、嫌でも必要な存在なんだよ!」
「私みたいに操られれば、誰でもそれになれる。あなたは、必要ない」
「…分かってんだろ!!」
戦う二人にも、その声は届いた。
思わず『哥』を止め、眼下の少年を見遣った。
「お前、あいつの事少しは知ってんなら分かるだろ!?あいつが、主南がそういう事出来ない奴だって!!」
「………」
「分からないなら今分かってやれ!あいつは、主南 初は不器用で無愛想で無口だけど優しい奴なんだってな!!」
成実は言葉を失い、立ち尽くした。
それを見て舌打ちを一つ、みちるが降りて来た。
「ちょっと、どうし…っ」
肩に手をかけようとした彼女は、その手を引っ込めた。
(戦意の喪失で『哥』の力が切れかかってる。もう『止まり木』になれる可能性はないわね)
「…今日はここまでにしておくわ。また今度戦いましょ」
成実を置いて、みちるは去った。
初は追跡をせず、鼻を鳴らしてから賢樹の隣に降りた。
膝を付いていた成実に、初は言う。
「…先輩、ごめんなさい」
「…私はやっぱりあなたの事、何も分かってなかったのね。いえ、分かろうとしてなかったのかもしれない。あなたが余りにも素晴らしいから」
「私も、色んな事から逃げてました。先輩にも、…鳥居君にも」
横に立つ『止まり木』を見て、初は笑う。
賢樹もそれを見て笑みを深め、手を少し上げた。
それは、合図。
今日の勝利の、祝いの合図。
「何にせよお疲れ、主南」
「…うん」
初も同様に手を上げ、それを二人は合わせ鳴らした。
高い音が心地の良い余韻を響かせる。
『哥』の束縛が切れ倒れる直前、須藤 成実は思う。
(やっぱりこの人がいると違うのね。主南さんが元気に、明るくなる。…いなきゃいいのに)
(主南さんに、好きな人なんて)
○ ● ○ ●
夏休みが前日と迫っある日の放課後。
キャンバスに向かって、一心不乱に筆を動かす初がいた。
そっと美術室の中に入った人が、その様子を見る。
初は何かを言いながら絵を描いていた。
「私、無愛想なんかじゃないもん…」
音を立てないように椅子に座った何者かはそれを聞いて笑窪を作る。
それから数時間して、ようやく初はパレットを置いた。
「ふう…」
「お疲れ様、主南さん」
「っ!?」
本を読んで暇を潰していた須藤 成実は、驚いて騒音を作る初に笑顔を向ける。
「スランプは脱出したようね。スムーズに筆が動いていたから」
「…いつから…」
「私、無愛想なんかじゃないもん」
額を押さえ、初は息を吐く。
僅かに染まった頬を気にしつつ、眼鏡を直して彼女は聞いた。
「それで、今日は何の用ですか」
「単なる忘れ物。ただあなたの邪魔をしたくなかったから待ってたの」
数日前より態度が軟化した成実は、近付いて初の作品を見た。
「…素敵な絵。優しくて、なんだか癒されそう。こんなのを描いてみたいわね。…これ、誰かに似てる気がするけど」
「ありがとうございます。誰かに似てるなんて、気のせいですよ」
「題名は?」
目を細めた初も絵を見る。
真っ赤な鳥が人の指に留まろうとする、そんな絵だった。
「まだ決めてません。どうせなら先輩が付けて下さい」
「私じゃ駄目よ、あなたの作品なんだから。候補はあるの?」
はい、と小さく頷いた初は、頭に浮かぶその絵の名を告げる。
「…『居場所』、です」
夏の陽が、キャンバスの白を眩しく輝かせていた。
大幅に更新遅れてしまい、申し訳ありません。
閲覧、ありがとうございました。