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五.隠れた気持ち 〜We aren't friend,but…〜

監視は必要なくなった。

初はその事を考えながら目の前のキャンバスに色を塗る。

筆に付いている色は明るい灰色。

キャンバスに乗る色は総じて暗い色。

心境を表すそれを、認めないというように初は黒くバツを入れる。


「ちょっと主南さん!絵をまたダメにして!!」


それを咎める者が一人。

黒髪を短い一本の三つ編みにする少女。


「すいません、須藤先輩。良い絵が描けなかったもので、つい」


須藤 成実(なみ)

それが少女の名前だった。


「ああ、またキャンバスが…、最近あなた変よ。部活には来ない日はあるし、描くかと思えばこんな風にするし…」


「…すいません」


大きな溜め息をつく成実に初は謝る。

それを聞き更に大きな溜め息をついた成実は告げた。


「あなた、もう今日は帰りなさい。片付けはこっちでするから」


「すいません。…お疲れ様でした」


画材を椅子に置き、鞄を持って美術室を出た。


「…はあ」


初はスランプに陥っていた。

描きたいものがこの一ヶ月描けていなかった。

夏服に変わって数日のこの日も、彼女は浮かない顔で廊下を歩く。


(…分からない。何で描けないんだろ)


自問するが、自答は出来ない。

今の初に解決の糸口は全く見えていなかった。

同時に、敵影すらも。


 ○ ● ○ ●


初が学校を去って一時間半程、それはそっと入り込む。

学校の二階、三年生の教室。そこに一人、椅子に座る少女。

成実であった。


「何なのよあの子!他人の気も知らないで…」


頭を抱えて叫ぶ少女は、侵入者に気付かない。


「あの子、何も気付いてないんだわ。あの子は失敗作でも私には描けない上手さなの、知らないんだわ、腹立たしい…」


そして成実は、扉を開いてしまった。


「許せない、あんな人、いなくなってしまえば…」


「その願い、叶えましょうか?」


「!!」


真っ青な羽が、真っ先に目に入った。

あばらまでのチューブトップ、その上の、胸すぐ下までの青いベスト。

腿を包むスパッツの上には小さなスリットが二つ入ったやはり青のミニスカート。

いや、ミニではないかもしれない。後方は脛まであり、裾は細く裂けている。

着物の袖だけを残したような手首の青布は長く波打つ。

額に巻かれた幅広のリボンも青く、横で蝶結びにされ、リボンの中心を玉の連なる紐が通る。

涼しげな格好の蒼い鳥は窓枠に腰掛けていた。


「あなた、相当あの女の事嫌ってるみたいね」


「誰あなた…一体どこから!?」


「そんな事どうだって良いでしょ。あなた、あたしと手を組まない?あなたがいればあの女を打ち負かしてやれるかもしれないわ」


蒼い目を細め、にたりとみちるは笑う。

それは悪魔の微笑み。

成実は一瞬躊躇い、

頷いた。


 ○ ● ○ ●


「よ、主南」


「…鳥居君、何で」


家へと続く神社の石段で、初は賢樹と遭遇した。

見慣れた制服姿の彼はそこに座っていた。

成実がみちると出逢う、約一時間前の事だった。


「ん?ああ、最近みちるだっけ?あいつ、最近来ないからそろそろ来るかなって思って。近くにいた方が良いかなと」


そう、とだけ初は返した。

素っ気ない態度が気になり、賢樹は聞く。


「どうしたよ?何かあったのか?」


「…何も。今日も来る事ないでしょ。連絡は携帯で出来るし」


メタリックピンクの携帯電話を見せ、階段を登る。

家に入る前、賢樹が声を飛ばした。


「なんかあったら言えよな!仲間だろ!」


「仲間?」


呟き、鼻で笑った初は睨み付けた。


「私はあなたの事、仲間だって思った事無いから」


引き戸が閉まる、強い音がした。


「何でピリピリしてんだよ、あいつ」


境内に一人立ち竦み、賢樹は溜め息をついた。


 ○ ● ○ ●


夜。

その日は三日月が出ていた。

机に向かいシャーペンを走らせていた賢樹は、突然それを置き机を離れ、ベッドに寝転んだ。


「あー!!集中できねえ!!」


机の上に広げられた教科書には付箋やマーカーの跡。

どうやらテスト勉強をしていたらしかった。

両手を頭の下に置いた彼は、今日の初を思い出す。


(「私はあなたの事、仲間だって思った事無いから」)


「仲間じゃ、ないのか…」


少し寂しく思いながら、目を瞑る。

携帯電話の着信を知らせる音が鳴り響いたのはその時。


「!」


急ぎ身を起こし携帯を手に取る。

銀と白のそれは振動し、画面には相手の電話番号を表示している。

初の携帯番号だった。


「…主南?」


何かあったのだろうかと思い、発信ボタンを押す。


「もしもし」


〈出たか、『止まり木』。話は出来るか?〉


「その声…黄穂だったか?電話出来るけど…どうした?」


うむ、と相槌を打ち、黄穂は話す。

いつ聞いても黄穂の外見と声と、口調はミスマッチで、思わず賢樹は口だけで笑ってしまう。


〈手短に行きたい。初が今此の場に居ない内にの。話は一つ、最近の彼女の機嫌の悪さだ〉


それは今一番賢樹が気になっている事だった。

携帯の受話部分を強く耳に当て、黄穂の声を聞く。


〈大した事は無いんだがの、今初は不調なのだよ〉


「不調?」


具合でも悪いのだろうかと考えを巡らす。

だが反対の考えが賢樹の頭に入って来た。


〈絵が、描けていないらしいのだ。此の一ヶ月程な。今日もそのせいで部活動の先輩に怒られて機嫌が悪かったらしい。御前に悪い事を言ったと悔やんでおった〉


「……」


〈それからの、何やらぶつぶつ言っておったぞ。仲間じゃなくて、とな。何か分かるか?〉


はっとした。

頭に蘇るあの言葉。


(「私はあなたの事、仲間だって思った事無いから」)


「…分から、ない」


〈そうか。態々(わざわざ)済まないな〉


そこで黄穂は告げる。


〈『止まり木』よ、御主は只の『禽』の協力者では無い。心体の調整者でもあるのだ。其の事を忘れるでないぞ〉


「……分かった」


その時、電話の向こう側で小さな物音と人の声。


〈きほ、おふろはいって〉


〈分かった!…じゃあな、『止まり木』。初を宜しく頼むぞ〉


「…おう」


電話が切れた。

何だったんだ、言う代わりに溜め息をつく。


(…でも)


理由が分かった賢樹は、安堵して緩く息を吐いた。

だが、安堵の時にはまだ早かった。


 ○ ● ○ ●


「行くわよ、成実さん。あの女を打ち負かしましょう」


「…はい」


深夜、三日月に見守られながら飛ぶ鳥。

みちるが腕に抱くのは、虚ろな目をした須藤 成実。

日中のままのセーラー服を風に舞わせ、操り人形のようにその身をだらんと下げていた。


襲撃の場所は主南神社。

音もなく降り立つのを、

黄穂が知った。


「…!!初、起きろ。蒼の『禽』が来た!」


「ん…え、『禽』?」


その言葉に初は跳ね起きる。


「気を付けろ、初。今の御前では何が起きるか分からん」


冷蔵庫から二つある大きな瓶のうち、一つを取り出して初はその中身を飲む。


「…水、にがい。…分かってる」


(分かっていないな)


寝惚けていたらしく、初は寝間着と裸足という格好で表へ出る。

『珠』は常に身に付けていたが、眼鏡は忘れて行った。


(電話も忘れて行きおった。仕方ない…)


初の携帯を手に持ち、発信履歴からすぐに「鳥居 賢樹」へ電話をかけた。


(気付け、『止まり木』…!)


その賢樹は、


「2log2=1だから…4log2は…?」


先程のテスト勉強の続きをしていた。

翌日は休みなので、若干無理をしても平気なのだ。


「えっと…あー、2なのか。ダメだなこの辺…ん?」


誰もが寝静まった時間。

かかる電話の主はまたも初。


「今日は主南からやけにかかってくるな…もしもし」


〈『止まり木』、我じゃ。蒼の『禽』が現れた!〉


「黄穂か、蒼って…みちるか!?」


〈よく名は知らん!今直ぐ初と合流しろ!〉


賢樹は耳を疑った。

今すぐと言われても、思い黄穂に反論する。


「お前、どうやってこの時間に家出ろって言うんだよ!?無理があるだろ!」


〈どうにか為る!〉


「おいお…い?」


その音は実に曖昧。

コンコン、と表すには強く、ゴンゴン、と表すには弱く。

音の発生源は窓。

紅い衣服がひらひらと踊っていた。


「…主南?」


「開けなさい!開けないと蹴破っちゃうんだから!!」


 ○ ● ○ ●


迎えが来た事で、賢樹は外に出られた。

だが迎えに来た本人は未だ寝惚けていた。


「うー、みちる、どこよお」


「俺が知るかよ。てか腰持って飛ぶな。前みたいに脇抱えろ」


「いーじゃない。もふもふしたいんだから」


謎の単語の後、初は賢樹の頭に顔を埋めたり、髪をグシャグシャと掻き回す。

その時、ふわりと漂う香り。

優しい髪の匂いと、


「…酒飲んだのか?」


「みせーねんは飲みません!たたかう前にお水飲んだだけ!」


それだ、と賢樹は頭を抱える。

若干の寝惚けと酔いが初をおかしくしていた。


『星氷欠片!!』


五つの氷柱が背後から飛ぶ。

吐きそう、などと言いながら危うく初は全てを避けた。


「余裕みたいね。いつまで持つか分からないけど」


「…はい」


「主南、みちるいたぞ」


前を向いて飛ぶ初はそれを聞いて方向を変える。

そこに戦略はなく、


「おらー、こわいだろこわいだろーっ」


「止めろ!!ビルにぶつかる!!」


酔って性格の変わった少女は空中で遊んでいた。

やがてそれに飽きたらしく、初はビルの屋上に賢樹を降ろした。


「疲れた。腕広げなさい」


「こうか?」


賢樹が広げた腕に、初は飛び乗る。

『止まり木』の力により、座る初の重さは全く感じられない。


「これ良いわね。次からこうね!」


「分かった…」


(腕疲れそうだけど良いか。…すごい笑顔だし)


可愛らしい笑顔を振り撒きながら初は哥う。

それは丁度追い付いたみちる達には不意打ちと同義。


『我が喜びを如何に伝えよう。我が喜びを何で伝えよう。我は知っている、その術を。我が内に満ちる力が其を教える』


人差し指でみちるを差し、賢樹に笑い掛ける。


『ありがと。さかき好きー』


「!?」


嬉気・溢火(きき・いっか)!』


火炎放射機のように、初の指から炎が噴射される。


「な、何この力!?…『星霜防壁!!』」


咄嗟に盾を作るみちるだが、加減を知らない今の初には太刀打ち出来ない。

しかし、


「飽きた」


「「…は?」」


重なる賢樹とみちるの声。

その原因の初はいきなり攻撃を止め、

賢樹に頬を寄せてきた。


「えへへへ〜」


「お、おい主南、キャラ変わりすぎ…」


「ういって呼んで!」


頷くしか、賢樹は出来なかった。

頭をくしゃくしゃと撫でられ、頬擦りをされ、終いには頬にキスを受ける彼は、気恥ずかしさに顔を染める。

それを見て喋ったのは、操られている筈の成実であった。


「…あなたが、いけないのね。主南さんが絵を描けない理由はあなたね」


「え…?」


「離れなさい、主南さんの為に…!!」


怒る成実を見て、みちるは哥う。

笑いながら。


『舞踊霜子!!』


(すごい、これが『止まり木』の力なの…!?)


吹き荒れる雪が容赦なく二人を打つ。

その強さはいつか彼女が呼び出した氷の鳥の比ではなかった。

力の増したみちるの『哥』は、肌に当たると熱を持ち火傷のような凍傷を作った。

勢いも強い為このままずっと立ち尽くしていれば五分と保たないだろう。


「うぅ、寒い」


初は賢樹を抱えて飛んだ。

しかしその格好は所謂お姫様抱っこであった。


「な!?馬鹿、それはないだろ!!」


「あは、照れるさかきかわいー」


しかし打ち付ける吹雪は冷たく。

遂に初は顔をしかめた。


『我等を邪魔する者、全て滅せ…赤怒(せきど)遣風(つかいかぜ)


翼で巻き起こした風は色付いていた。

ぶつかりあう吹雪と風、勝ったのは風の方だった。

手加減なしのそれに煽られ、成実とみちるは吹き飛ぶ。


「よっしゃー!」


(…酔わせたら危険だな。こいつには甘酒でも近付けないようにしよう…)


はあ、と溜め息を密かについて、少し眠そうにする少女を見て複雑な顔をする。


(あれは、何なんだ?)


渦巻く考えの中心には初の言葉。

だが、と賢樹はビルより上を飛ぶ紅い鳥に言う。


「…初!途中で寝たら承知しないからな!」


「はーいっ」


少女は元気に、笑顔で答えた。

長い夜が、終わろうとしていた。

飲酒は二十歳になってから、飲酒運転はしちゃいけません。


閲覧、ありがとうございました。

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