四.彼女の一面 〜A only for two〜
五月末の休日。
「…お待たせ」
「…雰囲気変わるな、私服」
「私服は自由だし。あなたはあまり変わらないけど」
「うるせー」
主南神社の階段下で待ち合わせた二人は歩き出した。
目的は賢樹の友、坂口 真姫の誕生日プレゼント選びである。
「何か悪いな、休日無駄にしちゃって」
「平気。勉強か『玉』の探索でいつも終わるから」
「『玉』なんて、落ちてたりするのか?」
首を振り、溜め息をつく。
見下すような目で初は言う。
「そんな事ある訳ない。骨董屋とかだって分からない訳?」
「あ…すまん」
腕組みして歩く彼女を見て、ふと賢樹は思った。
(こいつ、そういえば綺麗な顔だな)
軽く柔らかそうな黄土色の髪は、団子となり頭に乗っている。
赤いシュシュがそれを引き立て、常の彼女のイメージを覆す。
真っ赤なチュニックにショートパンツ、黒のレギンス、足は歩きやすくスニーカー。
活発かつ可愛らしい格好に思わず目を奪われた賢樹は、
「…何よ」
「なっ、何でもない!」
怪しまれる結果になったりする。
○ ● ○ ●
「ところで、その友達はどんな人なの?」
「ん?えーと…小動物みたいな奴だな」
「小動物?」
途中寄った喫茶店で、初は買う物を考えていなかった賢樹に問う。
彼は頷き、真姫について話す。
「小柄で、何かと俺に構ってきて、殺したいとか物騒な事言うけど根は優しい良い奴だな」
「…身体的な特徴を」
「分かりました」
賢樹は鞄からペンと紙を取り出した初に、真姫の特徴を伝えた。
話によると彼女は美術部で、賢樹の言った特徴を思いの通りに描いていく。
「…こんな感じ?」
「すげー!そうそうこんな感じ!…で、こいつに何贈れば良いかなって」
口元に手をやり、初は紙に描いた真姫を見る。
その目が真姫の髪に向かった時、ぼそりと呟く。
「…髪飾り」
「髪飾りかあ…うん、それにしよう。アドバイスよろしくな、主南」
「…分かった」
喫茶店を出て、二人は何軒かの店に入る。
二軒に絞られた頃には、既に夕方になっていた。
「黒いリボンか白い…えと」
「シュシュ。決めるのはあなただから、ゆっくり考えたら」
「だな…あれ?」
賢樹は人混みの中、ある一点を注視した。
彼の目に映る人は男。
ふらふらと二人の方へ向かって歩いていた。
「何だろあの人、不審者っぽいな」
「………」
男はその時、二人に気付いた。
すると、猛スピードで走って来た。
「!?」
「…みちるか」
冷静な判断を下した初は、姿を変えるとすぐに賢樹を抱えて飛んだ。
男は二人を追って駆ける。
その速さは人の出せる速さではなかった。
「なんだあの人!?」
「みちるが操っているとしか思えない。…降りるわよ」
初は近くの廃ビルに賢樹を降ろす。
遅れて同じ格好で、男とみちるがやって来た。
「今晩は、初に『止まり木』くん。デートでもしてたのかしら?」
「まさか。あなたじゃないの、デートしてたのは?」
「冗談言わないで。この人は只のあたしの『止まり木』。操ってるけどね」
やっぱり、と初は呟く。
賢樹の肩に手を置く彼女は小さく哥った。
『我、汝に歌を贈ろう。其は我等の故郷の歌。歌えば思い出す。在りし日の力を。…強化・昔貴』
賢樹は自分の身に力が溢れ出すのを感じた。
『哥』の通りに強化された体に触れている初は飛ぶ前に言った。
「操られている向こうの『止まり木』はあなたに攻撃してくるかもしれない。気を付けて」
上空に飛び上がり、哥う。
だがみちるは笑う。
「あまり離れすぎたらダメよ!あたしが『止まり木』狙っちゃうから!…『利堅針氷!!』」
みちるの生み出した氷の群れが賢樹を狙う。
賢樹は数段上がった身体能力で避けるが、腕に足にと氷は掠った。
「下がって、鳥居君!」
「!」
『炎波・湯滝!』
初の『哥』の名の通り、炎の滝がみちる達に落ちる。
『星霜防壁!!』
みちるの防御の『哥』は果たして身を守れるか。
一言何かを呟いてから、みちるの安否を全く気にせず初は賢樹の眼前に降りてきた。
「平気、鳥居君?」
「……………」
「…?……!!」
賢樹が見たのは初の格好。
頭は長い髪を耳の上に一つに結び、紅い花のように美しい髪飾りを着けている。
足は腿まである長い足袋にヒールのある下駄。
そして胴は朱の着物に横で蝶結びにされた深紅の帯。
しかし肩は大きくはだけ前は最低限をようやく隠す程の長さ。
それらを内側で隠すものは無かった。
そのような際どい格好に初めて気付いた初は当然頬を染め、
「いっ、やあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
「大丈夫、ギリギリ見えてなぐあ゛ぁっ!?」
「お嫁行けないいぃ!!いやあああああ!!!!!」
鳩尾に一発蹴りを入れ、流れるように顔面を数十回は踏みつける。
ようやく初の気が済んだ時には、賢樹の顔は目を覆いたくなる程酷い状態になっていた。
「…鬼ね。あそこまでやると」
男の腕に座り、青ざめるみちるは彼を見る。
操られている筈の男は何故か、息を荒くしていた。
「…物好きね、あんた」
呆れたみちるは苦笑を深め意地悪い笑みになる。
ふわりと浮き上がり男から離れると、戦線から離脱しながら命令した。
「やっちゃいなさい、好きなように」
男は化け物じみた咆哮をあげた。
ドスドスと廃ビルの天井を踏み抜かんとするように走り、初に奇襲をかけた。
手を伸ばし、初の腕を掴もうとする。
しかし。
男は吹っ飛んだ。
「盲壁・気阻。私が上で呟いてたの、あなたは分からないわよね」
うずくまり呻く男に歩み寄った初は笑いながら聞く。
「…見た?」
殺気が膨れ上がった。
重力が倍になったように、大気が重くのしかかり、男の動きを止める。
笑っていた初は、朱い目を怒りに燃やして睨みつけた。
男は操られているのだから、何も言えない立場にあった。
それなのに初は、話を進めた。
男の脳内で、危険だという知らせが鳴り響く。
「そう、見たのね。…悪いけど、死んでもらうわ」
男の断末魔が橙の空に響き渡る。
烏が呑気に鳴きながら飛んでいた。
○ ● ○ ●
「四百五十円のお返しです、ありがとうございましたー」
「ふう、割としたな」
「買い物なんて、そんなもの」
店から出て来た賢樹の手には小さな袋。
中には白いレースに縁取られた黒いリボンが二本。
手に持ちながら彼は、外で待っていた初に言う。
「本当、ありがとな、助かった」
「…私は今日は、いつもの休日が良かった。…あんなの、人に知れたら生きていけない」
「大丈夫だって、見えてなかったし。次は無いだろ、そんな事」
初は恨めしげに紫穂がいけない、と呟く。
笑う賢樹は袋を初の頬に付けた。
「…?」
「受け取れ。今日の礼だ」
見ると彼のもう片方の手には同じ袋。
初の頬に当てられたのは、彼女宛てのものだった。
「…開けて良い?」
「ああ」
貼られたテープを丁寧に剥がし、中身を取り出す。
紅い石が中心に嵌め込まれた、銀の十字架のペンダントが出て来た。
「…これ」
「ん?お前あの店で見てたみたいだからな」
「…違う。私はその隣のカラフルな数珠見てた。中に十二支が見えるやつ。それに私は神社の娘。十字架はちょっと」
賢樹は気まずそうな顔になった。
それを見て、
初は、笑った。
「けど良い、ありがとう。大事にする」
「…お、おう」
(その笑顔はねえよ。…反則だろ)
その帰りの間、賢樹は初の顔を見る事はなかった。
否、見れなかった。
自身の顔の熱さを悟られないようにするので、賢樹は精一杯だった。
○ ● ○ ●
「今回のは色々とナシね。テンパリ過ぎよ、あの女」
『碧』を見ながら、みちるは自室で呟く。
只の蒼い石は、みちるには光を放っているように見えていた。
光は翼のように広がっていた。
みちるはそれを眺めながら一人ごちる。
「あまり力の回復は感じられなかったから、やっぱり全く関係ない人はダメね。何かしらあいつらに関係ある人にしてみようかしら」
そこで扉をノックする音が聞こえた。
若い女の声だった。
みちるは彼女が何者か、よく分かっていた。
「みちるお嬢様、浴室の準備が出来ました」
「ありがとう。すぐ行くわ」
侍従が去るのを感じながら、彼女は『碧』を見る。
空や海より美しい蒼を見詰めながら、みちるは呟く。
「怒りや憎しみ…そういった感情を持つ人なら、力を得やすいかしら…」
楽しみ、声にはせず、みちるはそう言うのだった。
この話の中で、私の別作品とリンクしている所があります。どこでしょう?
閲覧、ありがとうございました。