二.止まり木 〜My Place〜
線香を上げ、鈴を鳴らし、拝む。
いつの頃からか朝の日課になったそれを、賢樹は今日もした。
願うのは今日の息災、他界した祖母の冥福。
思うのは昨日の事。
(あの時…俺は何をされたんだ?)
思い返した昨夕の非日常を分析する。
(確か…忘れさせるって言ったか?)
なら何故、昨日の事を覚えているのか。
考えに考えた彼の結論は、
(…うん。何かの撮影だ。一般人の俺は巻き込まれたんだ)
思い、目を開いて賢樹は遺影の中の祖母を見る。
「行ってくる、ばあちゃん。今日も護り石、借りてくな」
遺影の隣に置かれた小袋を持ち、ズボンのポケットに入れる。
そして彼は、家を出た。
「おはよう」
「おー、おはよう。…え?」
賢樹はぎごちなく、背後に顔を向ける。
「私の事、覚えてる筈。あなたが何者か分かるまで毎日側にいるから、よろしく」
「…マジかよ」
賢樹の日常に完全に非日常が入り込んだ、瞬間だった。
○ ● ○ ●
電車に乗っている間も、駅から学校に向かう間も、初は賢樹についてきた。
「…お前、学校大丈夫なのか?」
「三分あれば行けるから問題無い。それまであなたを見てるから」
「…ところでさ、何でそんな堅苦しい口調なの?あの赤い服の時は普通だったのに」
それを言った途端、
初の顔が赤く染まった。
(えっ!?何で真っ赤になってんだよ!?)
「…用事思い出した。それじゃ」
「えっ、あ…」
初はそう言うと全速力で賢樹の元を離れた。
「…何なんだよ…?」
その初は真っ赤な巫女服を着て、朝の空を駆けていた。
「何なのよ、何なのよあいつ…!」
その頬は相変わらず赤く。
その目は何故か、潤んでいた。
「…仕方ないんだから、私は、私は…!」
翼を強くはたき、スピードを上げる。
空に数枚、赤い羽根が舞った。
○ ● ○ ●
学校に着いた賢樹は、早速友からの挨拶を受ける。
少々苦痛を伴う形で。
「おはよーサッキー!」
「ぐえっ!…お前な、何で毎回人の首締めて来やがる」
「だってサッキー好きの事大好きなんだもん」
「…そんな理由で俺を殺すなよ?」
物騒な事を言った少女は坂口 真姫。
焦げ茶の軽く巻いたツインテールが特徴の小柄な少女。
中学の頃から彼の同級生なのだが、友達になったのはその終わり頃からで、その頃から彼女はこのように接してくる。
そんな彼女に辟易しながらも賢樹は彼女と友達を続けている。
そういった所が彼の表しにくい優しさなのだろう。
「よう、賢樹。相変わらず仲良いのな」
「あ、おはよ、隼。何よ、私達の邪魔する気?」
「助けろ隼、こいつに殺される」
二人の前に、明るい髪の少年が現れる。
佐久間 隼、左耳にピアス、頭には黒いヘアバンドをした見た目は不良っぽい賢樹の親友。
いや、幼馴染みというのが彼らの間柄を説明するに正しい。
嘆息と共に真姫を賢樹から引き剥がした隼は、彼女の代わりに賢樹に寄りかかった。
「何だよ隼。重いからどけよ」
「黙れ。今朝の子は何だ?浮気相手か?坂口という彼女がいながら」
「え…サッキー酷いなあ、私という者がいながら」
「浮気相手どころか坂口、お前は俺の彼女じゃねーだろ…」
絡んでくる友をなだめ、賢樹は教室へ向かい歩き出す。
学校は不可侵の日常の場所だった。
最近彼の身の回りで起きている非日常は、彼には受け入れ難いものだからだ。
騒がしい仲間達と笑い合い、日々を過ごす。
訳の分からない事態に、鳥居 賢樹は巻き込まれたくなかった。
だが、現実はそれを認めない。
○ ● ○ ●
放課後、部活を終えた賢樹の前に、また初は姿を見せた。
「お前も飽きないな」
「あなたの得体が知れたら、すぐにでもやめる」
暖かな夕日を浴びながら二人は歩く。
時は五月、そろそろ暑くなる季節。
それなのに彼女はセーラー服をきっちりと着込んでいた。
「暑くないのか?」
「全然平気」
「そうか……」
続かない会話に困り果てる賢樹は、ふと彼女の足を見た。
真っ白いハイソックスの下半分が、更に白い事に気付く。
「…そういえば、その足大丈夫か?」
「…平気。…その」
俯いた彼女が何かを言いかける。
その時初の目が見開かれた。
ワイシャツの襟を引っ張り、賢樹の身を自分の方へ持っていく。
それは二回目の首絞め。
「お゛えっ」
「来た。しつこい奴」
初は羽根を散らして短く呟く。
『防護・金城』
呟き―『哥』の通りに、金に輝く光が初の身を守る。
「来たって…この前の奴か!?」
「ええ。あの女は目が良いから」
足元に落ちた青い羽根を一瞥し、初はそれの主を見る。
「央真 みちる…『碧』を持つ、私の敵」
真っ青な少女は腕を組み、姿と同じ蒼い目で紅い鳥を睨む。
「こんにちは、紅い鳥さん。あんたの長所は勘の良さだったかしら?」
「時間帯的にそれはおかしい。それに私は人間。動物に挨拶なんかするなんてもうあんたの脳味噌腐ってるわね」
「…そうね。私達は『禽』だったわね。…ところで」
苛立ちを抑える為に閉じた目は、今度は賢樹に向かう。
「あなた、『禽』じゃなさそうね」
「……なら、何だよ」
「『止まり木』かしら?庇ってたし…何にせよあなた、邪魔よ。死んで」
言って蒼い鳥―みちるは『哥』を紡ぐ。
『氷羽嵐斬!!』
マシンガンのように、青い翼から羽根が飛ぶ。
「あの時のはお前かっ!?」
「あら、あなたその時いたのねぇ。これはあの時のとは違うけど」
羽根が賢樹の頬を掠った。
傷の上に、氷が被さる。
「!?」
氷は傷口の上より更に広がっていく。
数秒とかからぬ間に、頬全体を氷は覆っていった。
「見くびんじゃないわよー?早くどうにかしないと彼、凍死するわよ?」
「卑怯者…!」
初は賢樹に駆け寄り、赤い羽根を持って、凍り付いた頬を『哥』と共に撫でる。
『氷融・篝火』
「…すまん」
「逃げなさい。時間は稼ぐわ」
言うとすぐ、初はみちるに飛んだ。
その手に拳を作り、突進する。
『拳舞・華踊!』
「あはは、当たらないわよ!」
初から繰り出される拳を、全てみちるは避け、ぼそりと哥った。
『…凍縛凝鎖』
「なっ…!?」
「!?」
地を見た初は、賢樹の足に氷が固まっているのに気付く。
逃げていた途中らしく、先程とは違う地点に彼を認める。
「よそ見しないでよ、初ちゃん!!」
みちるは哥わず、肘を初の頭頂部に叩き込む。
衝撃を受けた初は、地上へと墜ちる。
「!!」
彼女は賢樹の元へ墜ちていった。
受け身も取れなかった初は、速度を緩めず真っ直ぐに。
「初!!」
「!?」
賢樹に名を呼ばれた彼女は、痛む頭を動かして彼を見る。
「来い!!体勢を立て直せ!!」
「…!」
返事の間も無く、鳥は彼の元に。
しかし。
衝撃は無かった。
「…あれ?」
「ねえ、あなたまさか」
目を開いた賢樹の目の前には、初の美貌。
その手は彼の肩に置かれているが、重さは感じない。
驚く二人の内、女は言葉の続きを言った。
「『止まり木』、なの…?」
他人から、仲間へ。
これが彼等の、始まりだった。
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