二十二.それぞれの夜~moon only knows~
ぴ、と軽い音を立て、携帯電話が通話を止めた。
それを閉じて向き直った賢樹は、隣に座る初に親指を立てた。
「おっけ。了承得た」
「何て言ったの?」
「隼とカラオケ」
主南神社、本殿の屋根上。
力を使ってそこまで来た二人は、大きく浮かぶ月を見上げていた。
白い『禽』は、ぽつりと呟く。
「世界の終わりが一週間後か…」
頷く初は言葉を返す。
「実感、湧かないわね」
ああ、と賢樹は続け、
「魔とか本当…ファンタジーの世界だよな」
けれど、と赤い『禽』は笑った。
「もう私達、そんなファンタジーみたいな力を持ってるじゃない」
「だな」
笑い合った二人が次に見たのは、互いの顔。
すぐに逸らされたが、窺うようにまた瞳に映される。
「…初」
「…なに、賢樹くん」
「…お前は、俺なんかで良かったのか」
思考する事で、吹く風の声がよく聞こえる。
返答を待つ彼の隣、彼女が開いた口からは、優しい声が紡がれた。
「今更、そんな事を聞くのね」
「……」
「愚問ね。私はあなたがいるから戦えるのよ。…どんな事でも」
そうね、と初は続ける。
「あの日、あなたに姿を見られた時。あれは運命だったのかもしれないわね」
嬉しさが、ふと微笑した初によって生み出された。
考える隙も無く、賢樹はその腕を伸ばし、赤い『禽』を捕えた。
「…ちょっと」
「!…悪い」
「……苦しいだけ。力弱めて」
自分の行いを認められた賢樹は、初を抱いたまま目を閉じる。
月明かり、互いの温もり、そよ風。
優しい全てが二人を包み。
薄く開いた目には互いの顔のみが映り。
もう何も、聞こえず。
影は、一つに重なる。
○ ● ○ ●
「良い夜ね…けど退屈」
「退屈?」
同時刻、玄の部屋。
窓枠に腕を置くみちるは、問いで返された言葉に振り向いて応じる。
「ええ。何か話して頂戴。面白い話ね」
「期待に添えないかもしれないけど、あるよ」
だらりと床に座っていた彼は、胡坐をかく。
僅かに俯き、目を閉じた。何かを思い出すように。
「…えっと。昔々、ある男がいました。いつも世の中を斜に構えて見る、そんな卑屈な男が」
「いるわね、そういう奴。…それで?」
興味を示したみちるは、玄の前に足を崩して座った。
一瞥した玄は、軽く頷き続けた。
○ ● ○ ●
男は、その捻た性格が災いし、誰とも馴れ合う事は無かった。出来なかった。
常に人の言動を注意深く見、自分に当てられる気持ち全てを避けてきた。
そうして身に振りかかるもの全てを拒んで来た彼に、彼女は現れた。
名を香住 小夜と言った。真っ直ぐな黒髪に伏し目がちな黒瞳の少女。
当時男は中学三年生、小夜高校二年生。図書館での偶然の出会いだった。
男は懸命のアプローチの末、彼女を手に入れる。
他者を気遣う思い遣りを持った彼女に癒され、同時彼女の中のとても深い闇に男は惹かれた。
交際は一年程で終わる。両者の性格の不一致が原因ではない。
小夜の病死であった。
病弱だった彼女は風邪程度でもすぐに痩せた。なので、内臓を蝕むその病気には三ヶ月も抗えず、小夜はその命の灯を消してしまった。
彼女が消えて更に半年。自失の中を彼は生き。
ある夏の日、男は力に出逢ったのだった。
○ ● ○ ●
「力は言った。自分には願いを叶える力がある。自分の願いを叶えてくれた暁には、お前の願いを叶えてやろう、ってね。男はそれに乗って…」
「願いの為に力を使ってる、そういう事ね。うん、面白い話だったわ」
みちるは軽く手を叩き、話を評した。
溜め息をつき、一言。
「…一人相撲、ね」
「何がかな?」
「分かってるくせに。ズルい人…」
みちるのその笑みには悲しみがありながら、開き直ったような明るさが混じっていた。
○ ● ○ ●
夜が明け、翌、明朝。
互いの繋がりがより強くなった事で力が強まり、新たな衣装となった初が羽を広げて立つ。
内は朱く外は白い、前袖。それに包まれた手は、水を掬うような形にして、目の先にある神社の本殿に向けていた。
紡がれる『哥』は祝詞のように厳かに響く。
『集えば空を捉う羽、開けば哥を紡ぐ口。乗るは風、伝うは彼方』
哥うと共に、手の中には赤い小さな光が集まり、羽根を形作っていく。
『飛び立つ意志は今空を征く…言片・浮羽』
哥い終わると同時に、赤い羽根は淡い光を放った。
ひとりでに浮いた羽根は、何処かへ向かって飛んでいってしまった。
「…果たし状、送ったわ。行きましょうか」
「ああ。…あれ、出してくれるか?座布団みたいなの」
「分かった。…『細い足には爪の回る小木を。強い足には其を鎮める座を…座処・憩周』」
現れた赤い円座に賢樹は座り込む。初は人差し指でそれを指差し、つ、と動かした。
指に合わせて動く円座は、彼を乗せたままゆっくりと浮上する。
「よし、やってやるか!」
「ええ。…今日で終わらせる」
二人が招待した、最初で最後の舞闘の宴。
それが今、始まろうとしていた。
ようやく玄の想いが明らかにされた今回です。
そして二組にようやく決着が見えそうですね。
次回は戦闘回です!(多分)
閲覧、ありがとうございました。