二十一.終焉の鐘は鳴った ~timelimit~
「―て訳だ」
「そう。それじゃあ本当に、なれるのね。『禽』に」
「おう。次から俺も戦える」
二人で出掛けたその帰り、電車に揺られながら淡い夕焼けの光の中。
微かに笑む初はうっすらと目を開く。
夕陽が彼女の目を赤く彩った。
「もうすぐ四年だけど…やっと終われそうで良かった。ありがとう、鳥居くん」
「俺は何もしてねえよ。役立たずだったし」
「『止まり木』は貴重な存在なの、まだちゃんと分かってないのね。世界に一人しかいないのよ」
ゆっくり傾き、初は賢樹の肩に頭を置いた。
瞬間、跳ね上がる彼の心臓。
真っ白になった脳内に、入り込むは声。
「―にしてもさあ、央真さん、最近もっと変になったよねえ」
「あ、うんうん。いっつも携帯見てるし」
(…てるま?)
聞き覚えのある単語に、二人はそのままで耳をそばだてる。
表情も何も変えずに、斜め向かいから聞こえる会話だけに意識を向けた。
「男でも出来たのかな。ある意味良かったんじゃない?あの人友達とかいないし」
「その男にもコキ使われてるんじゃん?あの人ああいう性格だもん。ボロボロになるまで利用されて捨てられるっていうよくある話になりそー」
「分かるー!」
女子高生が二人、だった。
白いワンピース姿のセーラー服に紺のハイソックス。大きな鞄を持っている事から、二人は部活動の帰りと見て取れた。
学生の話はまだ続く。
「会社の社長の娘だからって偉そうにし過ぎだよね」
「本当、ナマイキ。けどイジメとかしたらきっと親とか仕事クビにされちゃうだろうから、とりあえず放置」
「うんうん、そうそう」
笑い合う女二人に、黙り込む男女。
表情は暗い。
「…あの子、そこまで酷い扱いされてたのね」
「………」
その後の学生の話に、央真 みちるは出て来なかった。
部活動の話、学校の教師の話、一週間後の日蝕の話、恋の話。
何の変哲もない、日常会話。
賢樹と初は閉口するしかなかった。
○ ● ○ ●
「…私達、何も知らなかったわね。あの子はあの子で、私達みたいに楽しく過ごしてると思ってた」
「だよな。…まさかあんなだとは」
ゆっくりと、神社へと歩く二人。
青紫の色が混じってきた夕空を仰ぎ見つつ、賢樹は続けた。
「だからあいつ、いつも笑ってたんだな。…あれは楽しかったからなんだな」
「そうね、あの子なりのコミュニケーションだったのね。…少しあの子の事、考えるべきかも」
「だな…」
普段の倍以上の時間をかけて、彼は彼女を家まで送る。
白く浮かぶ、少し歪んだ月の下。一人佇む少女が二人を待っていた。
「…紫穂」
「よう黄穂。わりいな、遅くなっちまって」
相槌が、主南 黄穂から打たれる事は無かった。
俯く彼女の顔も、夜が訪れた事で窺い難い。
「紫穂、どうしたの?」
近付いた初のその問いで、初めて巫女は二人をその目に映す。
赤い『禽』と、その『止まり木』でもあり白い『禽』でもある、二人を。
「…御主等に、言わなければならぬ事がある」
不意に、強い風が吹く。
揺れる樹々のざわめきの中、黄穂は月を見上げ、宣告した。
「『期限』が迫って来ている。『玉』を集めなければならない。…一週間後の日蝕までに」
驚愕が、音を消した。
長く時を経て、賢樹が言葉を返すが、
「…お、おい。ちょっと待てよ。『期限』って…一週間って何だよ!?」
その音は哀れな程に震えていた。
「今まで、そんな事一言も言わなかったじゃない、紫穂…何でそんな、急なの」
「もっと早く、終わる事と思っていたからだ。それに此の様に切羽詰まった方が人はより力を出しやすくなるらしいからの」
事も無げに姉の問いに答える黄穂だが、その表情は涼しげでなく。
焦りが見てとれた。
「今此処で明かすかの。『禽』達の役目は、日蝕の度に現れる魔を祓う事にある」
「魔?」
「魔は人の負の感情により増える異形。尽きる事は無く、むしろ増加し強大になっていっておる。特に今回現れる魔は永い戦いの中で最も強い。我等だけでは太刀打ち出来そうに無いから、あの二つの『玉』が必要だったのだ」
じゃあ、と初がまとめる。
「あの三年間は準備の為だったのね。みちる達を倒して、『玉』を浄化して、出来れば『止まり木』を見付ける為の」
「そうだ」
頷く黄穂はそこで背を向ける。
彼女の中で話は終わったようだった。
「この一週間の内に、何が何でも必ず『玉』を集めるようにの。出来なければ魔を祓う際、此の身体は砕け散る。下手をすれば御主等も命を落とし、此の世も如何なるか判らんぞ」
言い捨て、黄穂は家へと歩き出す。
その小さな背に、声が当たった。
「黄穂!!」
「煩いぞ、『止まり木』。近隣の者達に迷惑だろうが」
「俺はもう、『止まり木』だけじゃねえ!」
賢樹のその言葉に、巫女は次の句を失う。
見開いた目に、希望が宿るのを二人は目にした。
「一週間なんて長過ぎる。三日でカタ付けてやるよ!」
力強く笑う賢樹は『瑤』を取り出し、それに問う。
「力、使って良いか?」
答えは彼の頭の中だけに響き。
深められた笑みが、皆に見える賛成の意味と成る。
眩しく白い光が、夜に咲いた。
○ ● ○ ●
ふう、と溜め息を一つ。
白い羽根が神社の中を転がっていった。
「…こんな感じか?」
「…うん。すごく綺麗だった」
小さく拍手をし、初は微笑む。
「『禽』によって違うのね。鳥居くんの翼、とっても大きかった」
「『瑤』の『禽』の特性だ。それぞれ特化する力が違うでの。『珠』は『哥』、『瑤』は翼、つまり飛行能力だな。『碧』は目が良く、『玖』は足、肉弾戦に強い」
「…それ早く言って欲しかったわ、紫穂」
月光の中、二人は笑う。
そこに巫女の言葉が飛んだ。
「それで、今日はどうするのだ?」
「は?どうするって何だ?」
拍子抜けした顔で、黄穂は言う。
「我が家に泊まるのか?」
「え?」
「忘れてはおらぬだろう?力の強化には:心身両方の結び付きが一番だと」
狼狽える二人。顔も赤くなる。
瞬きをした時、黄穂は紫穂に変わり。
毒気の無い笑みで一つ。
「両親も世界の為ならと、耳栓準備済みです」
二人は完全に言葉を失った。
「…どうするのだ?二人共」
すぐにまた黄穂の意識が現れる。
賢樹は初を見る。
彼女は、顔を下げた。
「…泊まりはしない。それは流石にまずいからな。けど…出来る限りは側にいさせて欲しい。…良いか?」
初の様子を見た賢樹は、振り返り黄穂に告げる。
少女は笑って頷いた。
「分かった。両親にも伝えておく。…父親の安堵が目に浮かぶ」
草履の擦る音を残して、今度こそ黄穂は家に戻っていった。
「…主南」
長く俯いていた初を呼ぶ。
賢樹は明るく笑って告げる。
「最終決戦、だな!」
「…ええ」
表情を固めていた彼女は、微笑みをようやく作った。
長い夜が、始まりを告げた。
終盤戦、突入です。
ここからがまた長いです。ですが、付いてきてくれると有難いです…!
閲覧、ありがとうございました。