二十.黒の衝撃 ~time when S awakes~
流れる黒髪。風に踊る黒衣。
『玖』を持っていた央真 みちるの『止まり木』は、事象を生みだす歌を哥う。
『吹けよ、風、包め闇。カミング・ダークネス』
『哥』に応じ、空が黒い雲に覆われていく。
暴風は闇に染まり、二人を囲んでいく。
「これ、まずいぞ。どうすんだよ主南?」
「どうするも何も、破るしかないわ」
大きく息を吸い、初も哥い始める。
『後を濁さぬは水鳥。火の鳥は光の橋を生み出さん』
初は賢樹の手を握る。
『爆台・陽橋』
下から渦巻く黒風を爆発で押さえ、二人は離脱を試みる。
しかし、影は速く、彼女等の前に立ち塞がる。
『爆ぜろ影、黒よ固まれ。ショックブラック』
黒い球が真っ直ぐに初の腹へ。
防ぐ隙が無かった『珠』の持ち主は、苦痛に目を見開く。
「う゛っ…」
「初!!」
(俺が今…飛べれば!!)
落下する中、制服のズボンに収まる『瑤』を意識するが、何の変化も起きない。
「全ての『玉』を集めるのはあたし達の方ね、初ちゃん!」
落ちる二人に迫る、みちるの姿。
確かに聞こえた『哥』、『巨氷砕指』。
玄の『哥』が当たった全く同じ場所に、強さと速さが増したみちるの踵落としが刺さる。
「……っ!!」
「…、畜生おおお!!」
地面に吸い寄せられた二人は、真下に敷かれていた神社の参道を砕く。
それを見て、みちるは口を「い」から「あ」の形に変えた。
「いけない…巫女に怒られちゃう。今回はここまでよ、玄」
「え、折角ここまでやったのに?…運の良い奴等…」
二人は翼を動かし、素早く神社を離れた。
○ ● ○ ●
墜落音に驚いて家から出て来た黄穂は、傷付いた姉とその恋人を目にした。
「初!!…鳥居!」
「き……ほ…」
既に気を失った初は、喋らない。
駆け寄り、一度ゆっくり瞬きをした黄穂は、『哥』を紡いだ。
その瞳を黄色く光らせて。
『母鳥の懐』
小さな背からほんのりと光る黄の翼を生やした黄穂は、二人をその翼で包み込む。
温かなその中で傷を癒す賢樹は、抑えきれない悔しさに奥歯を噛み締めた。
ある程度二人が回復すると、翼を無数の羽根にし散らして、黄穂は力の使用を止めた。
その膝に頭を乗せていた初は、そこで意識を取り戻した。
「…こ、こ」
「主南…大丈夫か?」
「だい、じょ…みちる…あいつは!?」
大きくを目を見開いた初の問いに、賢樹は俯く。
彼女は彼を見、状況を全て理解した。
そう、と。溜め息のような一言と共に。
「…仕方ねえよ主南。あいつまでが『禽』だって思ってなかったしよ」
「……ええ」
より深く俯く賢樹の声は、震えて、くぐもっていた。
涙がそうしていたのだ。
「…わり、本当…」
「……良いわよ。…次勝てば、次『玉』を奪えば…」
二粒、賢樹の顔から雫が落ちた。
それは、握り締め過ぎて白くなった手の甲に落ちる。
途切れる会話。
圧し掛かる沈黙が、場を支配する。
○ ● ○ ●
(あいつ、絶対我慢してた…)
橙の光が、賢樹の部屋を灯す。
夕暮れ時だった。ベッドの上にうつ伏せになる彼をも、光は染める。
雑に椅子に掛けられた上着とネクタイに、既に温度は無い。
静まり返った室内で、後悔の念が渦を巻く。
(男の俺が泣いてどうすんだよ…情けない)
溜め息が空気を震わせた。
ポケットから『瑤』を取り出す。
相も変わらず賢樹の目には、石から羽を広げたような光が見えていて。
しかしそれさえも、実は皆にも普通に見えているのではないかと疑う。
(ただの石ころなんじゃねえのか?)
先程より更に大きな溜め息を吐き出す。
疑心という名の負の感情を、吐息がまた別のものに変えた。
罪悪感だ。
(…確かに俺は自分のした事なんて許せねえさ。けど)
目を閉じる。
広がる闇の中から、睡魔が溢れ出した。
(けど…あいつを守る力は、これしか無いんだ…)
そうして訪れた鳥の元。
どこか寂しそうな光を放ちながら鳥―きーは問う。
〈まだ許せないのか、主よ?〉
「まあな。俺が殺したんだから、ばあちゃんを」
〈主は殺してなどいない。あれは事故だったのだから〉
返らない言葉。
長く待ったが、白い『禽』は別の事を尋ねた。
「いつになったら、俺は戦えるんだよ…?」
〈主、主は戦える〉
至極、簡単に言われた言葉。
嘘だ。その一念が口を衝く。
「だって、願っても何も起きないんだ。哥えも出来ない…!」
〈主。…みき様の事を思い出したのなら、もう答えは出ている〉
祖母の事。痛く、しかし輝く古い記憶。
その頃貰った、否、継いだ力。
あの時願ったか、哥ったか。
自問の末行き着いた、答え。
目が、覚めた。
「…そうか。それで、良かったのか」
〈主は難しく考え過ぎだ。もっと世は簡単だ〉
「三歩歩けば忘れるぐらいか?」
鳥と『禽』は再会後初めて、笑い合った。
朝が来て、新たな日をそのままで迎える程に。
(これで、あいつの力になれる)
○ ● ○ ●
時は少し戻り、同じ夕暮れ時。
要片 玄の黒い部屋に、笑いが響く。
「あはは!あは、すごいわ、すごいわあ!あんな力を持ってたのね!」
「早く使えば良かった。そうしたらもっと早く負かす事が出来たのに」
「今からでも遅くない、いえ、あたし達に時間なんて関係ないわ。焦るのはあっちだけなんだから」
そういえば、と頷き玄は、座る自分の膝にしなだれるみちるを見る。
意地悪そうに光る目、弧を描く唇。
投げ出した足には柔らかい感触、視界の端にはすらりとした、紺のハイソックスに包まれた彼女の足。
誘うような格好をどこか白けた感情で目に入れてから、彼は俯き目を閉じた。
目の前の少女を拒むように、自分の内へ意識を向ける。
そこにいるのは、黒い光を放つ鳥。
『玖』の鳥であった。
〈…どうしたの、玄。人とはちゃんと関わらないと〉
(サヨの方が良い。ここの方が静かで居心地が良い)
サヨと呼ばれた鳥は、首を傾げた。
〈あの子は、駄目なの?〉
(駄目って訳じゃない。金は持ってるし容姿も悪くない。…けどサヨが良い。サヨじゃなきゃ駄目なんだ)
意識の中、玄の言葉には熱が入る。
それは心からの想いであった。
サヨはそれに一つ頷き言った。
〈玄。…絶対、あの日まで倒されたりしないで。私を奪われたりしないで〉
(勿論だよ、サヨ。君は絶対にあいつらに消されたりしない)
〈玄、ありがとう〉
感謝を告げるサヨに、誰にも踏み込ませない場所で、玄は誓う。
(君をまたなくすなんて、絶対、させない)
浮上した意識の先、笑い掛ける同志。
形だけの笑みを浮かべた後、彼はみちるを抱き寄せた。
「んっ…、玄…」
「黙ってて。…痛い目に遭いたくないならね」
みちるの肩の向こう側で、冷たい光を目に宿す彼は、そのまましばらく動かなかった。
太陽が沈み、星が現れるまで。
タイトルからモロバレな、二十話でした!
気が付けば二十話です。長いのか、短いのか。長すぎるか。
玄はあくまで、みちるはアウトオブ眼中です。悲しいかな。
閲覧、ありがとうございました。