十九.闇の羽音~Wing of clow~
チャイムが鳴り終わり、余韻が人で溢れ返る体育館に響く。
それでも動こうとする者はいない。居眠りしていた者が顔を上げる程度だ。
鐘で遮られた言葉の続きが、終わりを告げる。
「―これで、終業式を終わります」
礼の指示の後、皆の口が一斉に開いた。
「あー、終わった終わった。春休みだーっ」
「サッキー、これからは受験だよ?気抜いてらんないよ!」
「固い事言うなよ真姫。その前に春休みが先、だろ?」
笑い合う三人は、その空気のままでLHRを終わらせ学校から去る。
まだ少し肌寒い空気は、学校指定のセーターが温めてくれた。
「この一年ってさ、なんか色々あった気がしねえ?」
「あ、分かる!」
「そうだな…」
鳥居 賢樹は、十ヶ月前の出逢いを思い出した。
真っ赤な夕日の中、羽のような髪を風に靡かせて、目の前に現れた少女の事を。
冷たい空気と共に自分を襲って来た、蒼い敵の事を。
不敵な笑みを浮かべる、謎めいた少年の事を。
他にも多くの出来事を脳裏に浮かべた。
「―サッキー!」
「!」
「おいおい、何ボーッとしてんだ?初ちゃんの事でも考えてたか?」
「ラブラブだね、全くぅ」
「ちげーよ、バカ」
ふざけ合う中でも、夏の楽しみや秋の寂しさを思い出す彼は、今こうして自分が二人と一緒にいることに感謝した。
下手をすれば、今の友情は壊れていたかもしれないからだ。
「あ、降りなきゃ」
「じゃあな、賢樹!」
「気を付けてね!ー」
二人の親友、佐久間 隼と坂口 真姫。
来年もこれからも、そう願ったのはきっと、三人全員であっただろう。
○ ● ○ ●
「主南ー!」
「…何、鳥居くん?」
昼、二人と別れたその足で賢樹は初に会いに行った。
濃い灰のセーターを纏い、白いマフラーを巻く以外はいつものセーラー服の彼女であった。
賢樹は自然と浮き上がる笑みを押し隠す。
「いや、大した用は」
「そう。何か進展でもあったのかと思った。『瑤』に関して」
申し訳なく、賢樹は笑った。
本当はもう、大きな進展を彼は迎えていた。
だがその事を、彼はまだ話していなかった。
自分の過失による、祖母の死。
乗り越え難い壁だったからだ。
人に言って、助言を受け、どうこう出来る問題ではない。
「…ただ単に会いたいじゃ駄目か?初」
「…さりげなく名前で呼ばないでよ…」
強引に話を変え、「彼女」の気を逸らす。
真っ赤に頬を染めた初に可愛さを覚えつつ、賢樹は一歩寄った。
「…で、会いたくなったって理由は駄目か?」
「…、い、良い。…良いと思うわ」
しどろもどろになる彼女を抱き締めようと腕を伸ばす。
「それは…」
良かった、という言葉は、羽根が遮った。
一枚のそれが、二人の間を走ったのだ。
色は、青。
「…みちるね」
羽根が降って来た方角を睨む。
溜め息をつく蒼の『禽』と、相変わらず薄笑いを浮かべる『止まり木』の姿があった。
「あーあ、せっかく遊びに来たのに、どうしてイチャついてる所を見なくちゃいけないのかしら」
「ほら、みちる。やっぱりあの羽根は『爆羽青海』にすべきだったんだよ」
「そうねー…」
二人の態度に更に怒りを覚えた初は、『珠』を割りそうな程の力で握る。
「鳥居くん…今日こそみちるの『碧』を奪うわよ。今の私達なら、負けない気がするわ」
「…同感だ」
緋色の装束を纏った初は、詠唱を省き、ただ一言。
『爆台・陽橋』
ばらばらと散らした初の羽根。それらは地に着くと同時、爆ぜた。
地上で咲いた花火を推進力に、初は瞬時に二人の元へ。
「うわ、速っ」
「『極大氷晶』、『形状変化』、刺を!」
急いでみちるの生み出した氷の盾は、カウンターを狙うかのように刺を生やした。
睨み、舌打ち、初は上方へと無理な方向転換をして逃れた。
『飛刺氷来!』
蒼い鳥は盾を初に向け、その鋭く尖った刺を射出した。
氷のミサイルを躱し、赤い鳥は言葉を紡ぐ。
『我等を邪魔する者、全て滅せ。赤怒・遣風』
水と酒を間違えて飲んだ日、怒りに任せて紡がれた『哥』が、再び編まれる。
感情で威力が変わるその『哥』は、前回とは比べものにならない程の暴風を生んだ。
みちると玄の視界が、赤ばかりになる。
「これ…まずくないか?」
「ええ、まずいわ。…『絶冷繭牢』」
『哥』は冷気となった。玄は焦るがみちるは哥ったまま口を開け吐息している。
冷気は迫り来る熱の中でも大気を冷やし、氷を作る。
その過程が高速で何度も繰り返され、やがて氷達はみちるらをその中に閉じ込めた。
巨大で澄んだ水色は超高温の熱風の中でも殆ど融けず、空に浮いていた。
「…自滅?」
「まさかな…。けどこのまま放って置けば、いつかは出て来る。そこを叩いた方が良いだろうな」
首肯で初は同意した。
しかし二人の考えを、嘲笑う声が響く。
巨大な氷塊の中からだった。
「全く、あたしとした事が。こんな簡単に追い詰められるなんて」
「わざとじゃないよね?」
「…あいつ等…何楽しんでるの?」
赤い『禽』が睨み付ける氷の中、少女達は動けないまま、笑っていた。
確かに初の目には、映っていたのだ。
みちるの口に貼り付いた、笑みを。
「わざとな訳ないでしょ。まあ、ちょっとイラッと来てたからかしらね?」
「…仕方無いね。ねえみちる、この前の約束覚えてる?」
「ええ。…じゃあお願い。あの人たちに見せて頂戴」
初めは小さく、やがて、大きく。
哄笑が氷塊から聞こえると、それと共に広がっていくものがあった。
輝く、闇だった。
笑い声の主、要片 玄の体から発される、黒い光だった。
彼の体を包んで、そうして姿を変えていく。
束ねた髪は解け、身に纏う服は闇の色に染められていく。
そして背から生える、黒翼。
それは、異能を持つ者の証。
彼は、玄はこの瞬間から、黒の『禽』となった。
「…嘘」
「あいつも…『禽』だったのかよ…」
無意識に、賢樹は握り拳を作った。
唖然とする二人の前で巨氷を砕き、玄は軽く腕を広げる。
その様は檻に閉じ込められていた、悪魔。
悪魔は、呟く。
「…行くよ、サヨ」
同時、爆発する禍々しい気迫。
新たな敵との戦いが、幕を開けた。
今回も短いです…最初に書いた時より少しは加筆したのですが。うう。
玄が禽になるのがメインの回でしたので、そこで区切った、というのも実は。
閲覧、ありがとうございました。