十六.選ばれた理由~Purple&Yellow~
ある日の深夜。
主南 黄穂は自分の布団から勢い良く身を起こす。
響く声が一つ。
それは、少女の頭の中だけに。
(如何した、紫穂?)
紫穂と呼ばれた少女は、話しかけてくる自分に返す。
(…あの日の夢を見たわ、黄穂)
主南 黄穂、否、主南 紫穂の対話は、真夜中に始まった。
○ ● ○ ●
(あの日の夢とは…我が御前の身を借りた日の事か?)
(うん、そう。自分の体が殆ど自由にならなくなった時のあの気味悪さは、そうそう忘れられない)
(済まない。『期限』の時まで我慢してくれ)
僅か、少女の首は動く。首肯だった。今、体を動かしている少女は紫穂のようだった。
ところで、と紫穂は聞いた。
(どうして、どうして私を選んだの?それに決まっていた事だったら、もっと早く、生まれた時でも良かった筈)
(あの時期あの時周りに居た人物、其の中で御前と一番波長が合ったからだ。我と波長の合う者はそうは居ない。名誉な事ではあるぞ)
少女は小さく嘆息する。
(全部、波長なのね)
(其れが一番大事なのだ。波長が合わねば対話も出来ぬし力も使えぬ。御前の姉も青の『禽』も皆同じだ)
少女の目が小さく開いていたカーテンの向こうを見る。
下弦をとうに過ぎた月が青白く光る。
(…寝られないわ)
紫穂は頭の中で呟く。
それを受けて黄穂は始めた。
(なら、我が昔話でもしてやろう)
(珍しい。いつもなら明日の為に早く寝ろの一点張りなのに)
(良い機会だからもっと我等の事を詳しく知って貰いたいのだ。『禽』の巫女として、主として)
紫穂は意識の奥で頷いた。
○ ● ○ ●
どれ程昔だったか、もう分からない程の昔。
それは太古満ち溢れていた自然の力だったのだろうか。集まったそれは丸石の中で一つの意識を形成した。
そうして、『玉』は生まれた。
五つの『玉』には使命があった。
黄色い『玉』―『瑞』は天地を侵そうとする魔を退け、四色の『玉』―『珠』、『碧』、『瑤』、『玖』は『瑞』の強過ぎる力を抑え、時に力を強める役目が。
日蝕の時に現れる、魔を滅する五つの『玉』は、互いに親交を深めた。
空を自由に飛び回る鳥の形に力を変えて、それぞれが納める土地へ行っては他の『玉』と語らった。
ある時。
数十年の周期で現れる、魔を退ける時だった。魔はその爪で『碧』と『玖』に傷を付けた。
速やかに『瑞』の力で魔は祓われた。欠けた場所は仲間内で補い、癒した。
しかし、二つの『玉』は外だけでなく、内にも傷を付けられていた。
傷の名は疑心。
内の傷を癒す為、定期的な浄化が必要となった二つだが、その絆も傷付けられたのか、段々と交流は途絶えていった。
『碧』が海に沈み救いを求めても、『玖』に罅が入った時も、三つの『玉』が知る事も無い程に。
当然協力を募る事は出来なくなり、残る三つの『玉』でしばらくは魔を退けていた。
やがて、『玉』達は人の方がより自分達の力を使える事に気付いた。
人と『玉』の交流はそうして始まるが、二つの『玉』を欠いた状態での魔の撃退は必ず犠牲者を伴った。
少なくとも毎回、『瑞』の持ち主はそれの持つ強大な力によって命を落とした。
五つの『玉』全てが揃っていないと、力は制御出来なかったのだ。
その力を行使する側、人は度々『玉』の力を目の当たりにした事で自分達を超える者を知覚し、『玉』を祀るようになった。
しかし人との交流さえも無かった二つの『玉』は、そう思われる事も無かった。
蹴られ、投げられ、打ちつけられ。魔の影響で冥い感情に支配された『玉』は人を憎むようになった。
そうして、二つの『玉』と三つの『玉』は衝突をするようになった。
悪しき考えを持つ者と共に、三つの『玉』の使命の邪魔をする。敵のような立場に回ってしまったのだ。
それから数百年程して。
今に近い年。『瑞』はある予知をした。
次の日蝕に、今まで訪れた事の無い、強い力を持つ魔の来訪を。
『瑞』は考えた。今回だけは五つ揃わないと世は滅びる、と。
だから『禽』の巫女となる自信の持ち主を探し、待った。
そして現れた少女、主南 紫穂。
彼女を選んだのだった。
○ ● ○ ●
(…その事をどうして…『期限』をみんなに伝えないのはどうして?)
(教えたら如何なるか、大体は想像がつくだろう。人は弱い。戸惑い、望まぬ行動を起こす。其れは避けたいだろう)
ずっと月を見つめていた少女が、目を伏せた。
そうする事で納得を表したようだ。
(大丈夫だと思うよ。お姉ちゃんと、賢樹さんなら)
(そうか)
少女はまた床に背を付けた。
(…『禽』の巫女に意味はあるのかな)
(有る。肩書きの無い者に人は従わぬ。古来から人は神等の使いには特別な目を向けて来ただろう)
(そうだね…)
少女は目を閉じた。
尚も会話は続く。
(だからあなたは、私の口で語るのね)
(我の場合は特殊だからな。『瑞』は『禽』にすら影響を及ぼす程強い力を持っている。均衡が取れぬと『禽』を殺す程にの。…安心しろ。魔を祓う時はきっと全ての『玉』が揃っておる)
首を上下に振る少女。
それじゃ、と紫穂は言う。
(眠くなってきたから、寝るね)
(そうか。ゆっくりと休め、紫穂)
(うん。お休み、黄穂)
五分程経ち、安らかな寝息を少女は立て始めた。
寝返りを打った少女の胸元を、何かが滑った。
金鎖に繋がれた、小指の爪程の黄色い石。
それが月光を浴び、星のように光っていた。
三か月程の開きとなってしまいました…
今回の話は今までの補足、となります。
一話の訳の分からなさがここで解消されればな、と。
閲覧、ありがとうございました。