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十三.聖夜に降る白 ~cannot explain feeling~

暗い暗い部屋に、男女が一組。

男は黒いソファーに深く座り、やはり黒のヘッドフォンで音楽を聴いていた。

女は男に後ろからもたれ、彼のヘッドフォンを取った。

音が漏れ聞こえる。


「玄。こんな日なんだからどこか出掛けない?ずっといたら気が滅入っちゃうわよ」


「こんな日だから出ないんだ。それにここは俺の家、嫌なら出て行ってくれ」


「ごめんなさい。…時間って速いものね。あなたが突然あたしの前に現れてからもう二ヶ月」


女―みちるはヘッドフォンを玄の肩にかけて離れる。

横に周って肘掛けに手を置いた。


「あたしの『止まり木』。あなたは何もかもを知った上であたしの前に現れた。どうして知っているのかしらね?」


「さてね。神様が教えてくれたのかな」


「素敵な神様。…好きよ、玄」


「…ありがとう」


言うと、玄はみちるを引き寄せて抱いた。

嬉しそうなみちるの向こう側で、玄はいつもの笑みを浮かべていた。


○ ● ○ ●


十二月二十四日、朝。


「全く、何でこんな日に表出なきゃいけねえんだよ…」


制服を着た賢樹は、鞄を持って学校へ向かう。

朝から街は浮かれていた。

数日前からの装飾が彩りを見せ。

客を引く店の従業員は赤白の服を着て。

それは独り身には多大なダメージとなる。


(…畜生)


賢樹も当然その一人で、苦々しい気持ちを店の前に立つ人形に目でぶつける。


(けど、)


と思い直す彼の頭には、やはり初の姿があった。


○ ● ○ ●


昼、部活動の休憩時間。

部の友人達と賢樹は部室で自分達の弁当をつついていた。


「でさあ、言うんだよ。今日は絶対早く終わらせてね、って。うざってえよな?」


「いや、そう言うお前がうざい」


「ノロケ乙」


「はあ!?何でだよ!!」


弾む談笑を打ち切る、それは携帯の着信。


「鳥居、電話」


「あ、マジだ」


「なんだよ、お前も彼女かよ?」


「ちげーし!」


笑うが、着信の相手は脳裏に閃く赤い少女を示す名。


「…もしもし」


その番号はしかし家のもの、相手は初ではなかった。


〈『止まり木』、先日は急に呼び出して済まなかった〉


「いや、平気だ。どうした?」


巫女の声を聞きながら、部室を出る。

壁にもたれ、空を見上げる。

先程までよく晴れていた空に、雲が見え始めていた。


〈此の休みを利用して、色々調べた。鳥がそうして話し掛けるのは、ある程度の信頼関係を築いており、且つ距離が遠くない時、らしい〉


「距離?遠くないって?」


〈『玉』と『禽』である者との距離だな。遠くないというのは具体的な距離の数値が判らないから此の様な言い方となってしまった。判るのはただ、「遠くない」という事だけなのだ、済まぬ〉


声のみが分かる謝罪に、賢樹は見えない笑みで返す。


「いや、十分だ。つまり近くにあるって事なんだよな?だったら探す所はだいぶ限られる。ありがとな」


〈礼等要らぬ。それでは、の〉


「ああ。…あ、そうだ」


それは普通の、いつもと少し違うだけの挨拶で終わるはずだった。


「メリークリスマス、黄穂」


〈…め?どういう意味だ、其れは〉


「…は?」


それは一つの衝撃。


「何って…今日はクリスマスだろ?」


〈く…ああ、異教の教祖の誕生日らしいあれか。確か其れは明日では無かったか?〉


「まあ。けど大体クリスマスは前日に祝うのが通例だな。…黄穂、お前何でクリスマスを知らないんだよ?」


〈知ってはいる。皆で集まり楽しく過ごすようだの〉


そこで、黄穂の言う意味がようやく分かる。


「ようだ、って…そうか、お前の家は無いのか」


〈無論。主南は神に仕える家。直ぐに分かる事じゃろうが〉


賢樹は言葉を失う。


〈だから明日級友と遊ぶのが初は楽しみだと言っておった。毎年の事だし紫穂もそうだ。…おい『止まり木』、聞いているのか?〉


俯いていた賢樹は、絞り出すような声で問うた。


「…今主南はそっちにいるか?」


〈居ない。明日の集まりの為に買い物に行った。夕方迄帰って来んぞ〉


「分かった。じゃあその頃そっちに行く。…あいつには内緒にしろよ」


数秒の沈黙の後、ふむ、と小さな声が返った。


〈微力ながら手伝うかの〉


「助かる。それじゃな」


電源ボタンを押す。待ち受け画面に記された時刻は一時十五分前。


「…よし。頑張るか」


笑みを作る口に気付かないまま、空を伸びをする。

白く、重い雲が陽を遮っていた。


○ ● ○ ●


同日五時。

家に帰った初は、習慣を越えた挨拶を口に出す。

しかし、誰からも返事は無い。


「…紫穂、いないの?」


居間を覗くが、やはり誰もいない。

首を捻りながら自室に戻ると、


「遅かったの」


「…!紫穂、何やってるの」


暗い部屋の中、黄穂が正座をしていた。

呆れながら電気を点けた時、服が二着、散らばっているのに気付く。


「…ちょっと紫穂。勝手に服広げないで」


「時間が少ないから選んでおいたというのに。さて、何方(どちら)を着る?」


「…は?何でよ」


上着を脱ぎながら不機嫌そうに問う初。

表情を変えずに黄穂は答えた。


「これから『止まり木』が来るからに決まったおろう」


「『止まり木』?…鳥居君が、どうして?」


その声が聞こえていた、それ程絶妙なタイミングでチャイムが鳴った。


「ほれ」


「…どういう事よ」


「知らぬ」


初は溜め息をつく。


「全然分からないわよ。何で鳥居君が」


「兎に角何方にするのだ?早く決めんか」


もう一つ溜め息をつく初。


「…どっちだって良いわよ」


「では此方にするぞ。さあ、着替えんか」


(状況が掴めないわ…)


仕方なく黄穂の選んだ服を着る為、着ていた服に手をかけた。

それからおよそ五分。

ずっと表で待っていた私服姿の賢樹は、扉の向こうで声を聞いた。

行って来ます。そう、耳にする。


「…お待たせ。何、今日は」


「いや、大した事じゃ…」


「…何なの…本当」


目に飛び込む姿に、言葉を失う。

タートルネックの黒い薄手のセーターに、赤いチェックのオーバースカート。

黒いタイツと飾りの留め具が付いたブーツに包まれた足はすらりと長く。

下ろした髪はよく梳かれていた。

胸元にはあの日賢樹が送ったペンダントが光っていた。


「…いや、何でもない」


「…そう…」


(やば、可愛いなんてもんじゃねえ。綺麗だ)


まともに初を見る事が出来なくなった賢樹は、先に歩き出す。


「…行くぞ」


「どこによ」


「…月映(つきうつし)オゼロメスト」


初の顔は戸惑いを見せる。

月映オゼロメストとは、二人の住む星灯市から電車で三十分程にある隣町、月映市のショッピングモールの事である。

数年前からあるそこは、今も若者に人気の場所だ。

道中を無言で向かう二人。

駅に降り立つと、多くの人々がそこを歩いていた。


「…人ごみ嫌いなの、知ってるでしょ」


「ああ。けど外に出るクリスマスも良いだろ?」


「…だからなのね」


やっと合点がいった初の手首を賢樹は掴む。


「鳥居君、別に手首掴まなくても平気…」


「これだけ人が多いと絶対はぐれるだろ。…力があるとはいえお前は…」


その後の言葉は聞こえなかった。初は本日三度目の溜め息をつく。

しかし彼女はある事に気付かなかった。

吐息した自身の口が、歪んでいた事に。

その後は行き当たりばったりで行動した。

居並ぶ店を物色したり。

至る所で輝くイルミネーションに目を奪われたり。

小さな二人きりのクリスマス、その時間が過ぎて行く。

どちらからともなく帰ろうと思い、自然その足はスタート地点へと向かう。

どうして、からその言葉は始まった。


「…どうして、私をここに連れ出したの」


「黄穂に聞いた。お前ら主南家はクリスマスやんないって」


「そうだけど。…鳥居君には関係ない事よ」


途中、寒さを覚えて貸してもらった賢樹の上着の中。

初の視界の端に何かが映った。

白いそれは大粒の雪。

天からの思わぬ落し物に、人々は思わず足を止める。


「…雪」


「ホワイトクリスマス、だな。めったに無いぜ」


白い吐息が口から出でる。

その口を閉じ、賢樹は振り向いて正面から初を見る。


「主南、俺が今日ここにお前を連れ出したのは、クリスマスを楽しむだけじゃないんだ」


「…?」


黄土の髪が揺れる。首を傾げたからだ。

鳶色の髪が動く。歩を進めたからだ。


「…俺が。お前と一緒に楽しみたかったからだ。クリスマスを」


「…え」


向かい合い、


「主南。…俺はお前が好きだ」


白を告げる。

北風が吹く。

髪が、服が靡く。

それでも、二人の瞳は互いを捉えている。

初は驚きを。

賢樹は真摯な気持ちを。

その顔に表していた。

作者は無宗教ですので、とくに宗教に関しては何も考えておりません。

神道に入ってるからといってキリスト教系イベントをしてはいけないみたいな事などは全く考えておりません。

ただ初達主南一家は祝わない、それだけです。


閲覧、ありがとうございました。

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