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十二.意識 ~White jewel~

「は!?マジかよ!?」


「気付いてなかったんだな…」


「もう分かってると思ったんだけどね。サッキーらしいね」


ある日の放課後。

賢樹は親友二人からある事実を知らされた。


「まさか、え、嘘だろ、いつ付き合い始めたんだよ?」


「えへへ、えーと、十日前ぐらい?」


「お前が考え事とかしてて暗かった時だな」


隼と真姫は顔を見合わせる。

その表情はこちらが幸せになりそうな程明るい。


「ちょっと待て…なんか複雑だ。まず隼、お前坂口の事好きだったのか?」


「おう、入学式に一目惚れってやつだ。ついでに言うと俺が告った」


即答する隼に少し呆れた後、今度は真姫に向き直る。


「坂口、お前確か…」


「う、うん。今もサッキーの事、好きだよ。ほら」


言って、頭に手を持っていく。

そこには賢樹が真姫の誕生日に贈った黒いリボンが髪を縛る。


「隼はね、それでも私を好きでいるって…言ってくれたの。それに軽くノックアウトされちゃって。サッキーも好きだけど、隼の方が今はより好きって言うか」


「何だそりゃ…」


「乗り換えとかだなんて考えないでよ?ちゃんと悩んで、自問自答もいっぱいして、それで出した答えなんだからね?」


笑う真姫は、不意に顔からそれを消す。


「…おかしいよね。あんなにサッキーの事が好きだったのに。勝手とも思うよ。けどね」


一度言葉を切り、語る。


「理屈とかでどうこう出来るものじゃないからね。…どうしようもないの、誰にも」


「………」


その言葉は、賢樹の胸に沁みていく。


「…ってやだ、もう塾の時間…二人共ごめん、また明日!」


「お、おう!」


「気を付けろよー」


走って教室を出た少女を見送った後、隼も鞄を持つ。


「俺達も帰ろうぜ、賢樹。暗くなってきたし」


「そうだな。もう冬だなあ」


「新年までもう一ヶ月切ってんだよな。早いな本当、時間って」


全くだなと笑いながら、賢樹はマフラーを巻く。

歩くと黒いそれの端が小さく揺れた。

隼をからかいつつ歩く道中、ずっと賢樹の頭の中では真姫の言葉が渦を巻いていた。


(どうしようも…か)


目の裏に浮かぶのは、真っ赤な少女であった。


○ ● ○ ●


その週の休日。


(何なんだ急に。話があるって)


賢樹はある人物に呼ばれ、指定された場所に向かっていた。

それは数時間前。

いつも通りの休日の朝を迎えた賢樹の元へ届いた、一件の着信。

その人は常の落ち着いた声で、簡単に用件を告げるとすぐ電話を切ってしまった。


(言うだけ言って…全く)


そうして訪れたのは、主南神社。

境内には誰もいない。


「確か…裏だったよな。」


呟き、歩行を再開する。

人はまず立ち入らないその場所を忙しなく見回しながら歩けば、本堂の裏に白い影を見付ける。

あれだと踏んで、声を飛ばした。


「黄穂!」


「…来たか。休みなのに呼び出して済まない。社の裏は歩き難かったじゃろう?」


「まあな。さて黄穂、用は何だ?」


彼を呼びだした『禽』の巫女はその黄色い瞳を境内へ向けて話し始めた。


「初に聞いたぞ。御前、白い鳥の夢を見たとか」


「ああ。てか、そんな事の為に呼んだのか?」


「そんな事、では無い。此れはとても大事なのだ」


大事、という言葉の言い方が、少し違っていた。

大切という意味は勿論、大変という意味も賢樹は感じ取った。

眉間に皺を寄せる彼を見ながら、黄穂は神妙に告げた。


「鳥居 賢樹。恐らくだが、御前は『禽』だ」


「…は?」


「は、では無い。もう一度言う、御前は『禽』だ。白という事は…『瑤』は無いのか?」


突然の話に賢樹は付いていけない。

当然、彼は首を振る。


「ある訳無いだろ。俺が『禽』だったら、三年前ぐらいに俺ら会ってるだろ?」


「だろうな。しかし御前の夢に現れた鳥は間違い無く『瑤』の力の具現である白い鳥。本当に持っていないのか?」


「だからねえって」


そうか、と僅かに黄穂は落胆する。

それでも、と彼女は続けた。


「御前の近くに必ず『瑤』は在る。そして御前にしかその証は見えん。我等の為に必ず探せ、良いな」


「はあ…」


指差しそう命じると、黄穂は表へ向かう。

賢樹も彼女の後に付いて帰ろうとした。

地に付けた足が、再び空へ。


「…!?」


「『止まり木』!?」


ほんの一欠片の地面の崩れ。

それは大きく彼の重心をぐらつかせるには充分なものであった。

重力に引っ張られた彼は、坂になっている地を転がり落ち、鈍い音を耳に届けて気を失った。


○ ● ○ ●


そうしてまた、彼はあの空間に訪れた。

暗闇の中、変わらず白い鳥がそこにいる。


〈また会ったな、我が主よ〉


「だからお前、何で俺を主だなんて呼ぶんだよ。昔会ったらしいけど俺は覚えてないし。そもそも俺は本当は、お前等みたいな存在、信じてないんだからな」


〈…何故だ、主?〉


光に包まれた鳥は、首を傾げる。


「何故って…」


返そうとするが、しかし言葉は出ない。

驚いたように目が開かれる。


「何でだ…?」


〈主、前回会った時に我は疑問を覚えた。何故主は我と昔会った事を覚えていない?〉


その問いに彼は眉根を寄せる。

苛立ちや怒りではない。困惑である。


「俺だって知るか。…てか、昔っていつなんだよ」


〈主がとても小さかった頃。みき様がまだ御存命の時だ〉


「それだけで分かる訳…」


記憶を探る賢樹は、ほんの少し、思い出す。

白い小さな石を持った、自分の手と優しく微笑む老婆を。


「!」


〈主、早く我と共に遊んだ事を思い出して欲しい。たとえそれが主にとって辛いものでしかないとしても〉


「辛い…?」


聞き返す事は出来なかった。

ぼやけた誰かの声が聞こえて来たからだ。


〈主、我は何時までも待っている。主の目醒めを…〉


○ ● ○ ●


「…『止まり木』!」


「……って…」


「漸く起きたか。しかし災難だったの」


主南家、黄穂の部屋。

彼女の布団に寝かされていた賢樹は身を起こし、現状を目に映した。

そこに広がるのは、中学生の少女の部屋。

薄紫色のカーテンに白い壁紙。机やタンスの上には今はもう完結した少女雑誌の単行本やぬいぐるみ。

内向きに開かれているドアには「しほのへや」のプレート、その向かいには姿見。


「…三年前からあまり変わっていない」


黄色い瞳の巫女は振り向いた賢樹を見返す。


「あまり、じろじろ見ないでやってはくれぬか。我の中で彼女が恥ずかしがっておる」


「あ…悪い」


胡坐をかいた賢樹は、黄穂に向き直り報告する。


「…黄穂、今またあの鳥に会った」


「む、そうか。何と?」


「早く思い出せって。俺、あいつに関して何か知ってるらしいんだけど俺は全く忘れてて。…それと、俺は『瑤』に触れた事があった」


僅かに少女は目を見開く。

そして静かに呟いた。


「…そうか」


「探してみるよ。俺がもし本当に『禽』なら、一刻も早く見付けて忘れてた事をあいつに謝って、あいつの力になりたい」


「…そうか」


頷いた黄穂は立ち上がる。


「もう平気だろう、『止まり木』。其処迄送ろう」


「サンキュ」


二人は家を出て信者の石段へと歩く。

その鳥居の前で、黄穂は立ち止まった。


「悪いが此処で。階段でも、出来るだけ離れたくないものでな」


「大丈夫。ありがとな」


最上段に足をかける。


「…賢樹さん(・・・・)


「?」


声に少し驚き、振り向く。

そこには確かに少女がいた。

しかし、常の超然とした雰囲気は無く。

胸の前で手を組み、心細そうに見えた。

何より、彼女の雰囲気を変えていたのは外見。

髪は変わっていなかったが、その目は人の目、茶色だった。

そう、主南 紫穂(・・)がそこにいたのだ。


「いつも、ありがとうございます。お姉ちゃんの事、よろしくお願いします」


「……お前」


「…だ、そうじゃ。それではの、『止まり木』」


長い瞬きの後、また黄穂が現れる。しかし若干顔色が変わっていた。

疲労の色が出ていたのだ。

巫女は話が終わるとすぐ堂へ向かって歩いて行った。


(…人が全然違うな。それに戻っただけであんな疲れるなんて…主南が元に戻したいのも分かる気がする)


石段を降り、帰路へ着く。


(手伝いたいけど、その為の力はどこにあるか分かんねえし…)


藍が混じって来た空を見上げ、思う。


(…それでもどうにかするんだ。…一人で頑張ってるあいつの為に)


そうして戻す視線。


(願い、叶えてやりた…)


その先に、あいつ(・・・)の姿。

セーラー服に、白いマフラーと手袋。

眼鏡の奥は無表情ではなく。

僅かに開かれた目は、分かる者には驚きを表していた。

無関心に通り過ぎて行く人の中、ただ二人だけ時間が止まる。

最初に動いたのは、賢樹の時間だった。


「…よう、主南」


「…え、ええ。今晩は、鳥居君」


それだけ言うと、二人は人ごみの中に溶け込んだ。

俯く二人の気持ちは分からない。

白く吐き出された息が、町中に消えていくばかりであった。

今回は少々思わせぶりですね。あと黄穂ちゃんが結構メインの回となりました。

分かり辛いので補足を。中々紫穂に戻れないのは、『瑞』の力が強過ぎて制御できるのが今黄穂だけだからです。操縦者の人格が表に出るという感じです。

だからちょっと表に出るだけでも、紫穂ちゃんは命がけなのです。


閲覧、ありがとうございました。

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