十.差 ~and, impact~
「今の『哥』、もう一回やってみてよ、みちる」
「ええ。…『爆羽青海』」
主南神社の境内。
少女によって、真っ青な鳥の羽が撒かれた。
その数枚ははらはらと宙を舞い、地に落ち、
爆ぜる。
「…っ!」
「あっははは!綺麗な炎ね、要片くん!」
「全くだ、美しいよ」
青い炎に囲まれた初は、痛みで意識が朦朧としている賢樹を引き摺りながら上へと飛んだ。
「…わりぃ…主南…」
「喋らないで。今回はまずいわ、退却しましょう」
唇を噛んで悔しそうな賢樹を見、眉を寄せる初。
そこに容赦なく少女は襲いかかる。
「逃げようたって、そうはいかないのよ!!」
「!!」
哥う暇がなかった初は、何の防御も取れない。
深く、氷の剣が翼を傷付けた。
紅が、飛び散る。
「うああ゛っ!!」
「今度はこっちよ!『氷縄永牢!!』」
氷で出来た鎖がもう片方の翼を縛り付ける。
動きを抑えられた羽は、その役目を果たせず、
「…っ!!」
初はその背から地に墜ちる。
地面からそう離れていなかったので大事には至らなかったが、強く背を打ったので、その痛みは確かに彼女を苦しめた。
「…っ、くっ…」
肺から全ての空気が無くなる。
酸素を求める初は、霞む目で腕に抱いていた賢樹を見た。
彼もまた、ふらつきながら立ち上がろうとしていた。
それに勇気付けられるが、
「『星氷欠片』。…終わりね、あなた」
五つの氷柱が二人の服を縫う。
身動きが取れない。
「圧倒的だなあ。俺がいなくても大丈夫だったんじゃない?」
「力をセーブしながらだったから、全力で出来なかったのよ。あなたが現れてくれて助かったわ、本当に」
地に足を着けたみちるは、玄と共に初達に歩み寄る。
「さあ、ちょうだい、あなたの持つ『珠』を…」
「…い、やっ…」
抗えない初は、その手が『珠』に伸びるのを見る事しか出来ない。
目を瞑り、終わりを覚悟した瞬間、
「『翼の護り』…我の社で何をしておる」
光の翼が初を包んだ。
『珠』に触れようとしたみちるの手はそれをバチリと弾かれる。
「…あなた…」
「我は鳥の巫女、本来干渉はせぬが社で暴れられるのは御法度というものでな。争うのは他所でやってくれ」
境内と石段を繋ぐ鳥居。
歩いて来たのは紺のセーラー服に身を包む少女。
柔らかそうなクリーム色の髪に、黄の瞳。
初の妹、主南 紫穂であった。
今は巫女としての人格「黄穂」であるが。
「巫女の『瑞』は最後に手に入れなきゃいけない…それに巫女の言う事は絶対…仕方ない。帰るわよ、要片くん」
「ふーん、あの子もなんだ…命拾いしたね」
『仮小羽矮』、そう言い玄に羽を授けると、みちる達は共に何処かへ飛び去った。
地に縫い止められたままの二人は、去った二人を悔しげに見つめていた。
○ ● ○ ●
「負け戦、だったようじゃの」
「完敗だったわ…」
主南神社内、主南家。
居間で賢樹と姉妹は先の戦いを振り返る。
主に悔やむ形で。
「我があの時いなければ、戦う力は初の手には無かった。間一髪じゃったな」
「…そうね。…みちるがあんなに強いやつだなんて思わなかった」
『星氷欠片』を壊せなかった、初はそう続けた。
沈黙が降る。
小さく破る声は、怒りを孕んでいた。
「…俺のせいだ。俺が…何も出来なかったから」
「違うわ。私があの二人を、みちるを甘く見てた。それに奇襲に気付けなかったからよ」
「違う!あの時俺が気を付けてたらこんな事には…!」
賢樹の声が段々大きくなっていく。
まずいと黄穂は思うが、それより早く言葉を返す、姉。
「不意をつかれなくてもあの力の強さではどうしようもなかったわ。あなたのせいじゃない」
「どうにかなった!絶対、奴等に負けはしなかった!」
「言ってなさい、どちらにしろ私達は負けていた。あの力の差は埋めようが「埋められた!!」
入り込んでいた炬燵から立ち上がる。
出された緑茶が危なっかしく揺れた
互いは互いを、睨み据える。
「…帰る」
数秒の後、賢樹はそう告げ目を離した。
「『止まり木』…」
「………」
無言のまま、荒々しく扉を閉め、賢樹は家を去った。
「…どうするのだ、初」
「知らないわ、あんな奴」
着替えてくる、初はそう言い居間を離れた。
○ ● ○ ●
(負けたのなんて分かってんだよ)
朝。露に濡れる銀杏の葉をぐしゃりと踏んでいく。
(俺がもっと、しっかりしていれば…)
それを振り返り、見る事などない。
(…あいつは強いんだから)
すれ違ったセーラー服の少女に顔をしかめる。
(…悪いのは、俺なんだ、だから…)
走るブレザーの少女とぶつかりそうになり、気分をますます悪くする。
「すいません!」
「あ、はぁ…」
謝った少女の後を走る少年が、周りを見ろよサラ、と彼女を怒っていた。
重い足で学校へ向かう。
「おはようサッキー…どしたの?」
「坂口、構うな。…何だか知らんが、今は関わらない方が良い。泣かされるぞ」
「う、うん…」
学校でもずっと、賢樹は黙り込んで昨日の戦いを考えていた。
それは自責。
そして、一つの光となる。
(…強くなろう、俺も)
一人、彼は強さを考え始めた。
光の名は、道標。
○ ● ○ ●
(…悪いのは、私)
筆で走らせる、血のような赤。
(弱いのは、私…)
その上に走る漆黒。
(私がもっと、しっかりしてれば…)
強く押し付けられた筆が、
(…負けなかった。彼を、守れた…)
掠れた線を描く。
「…主南さん、どうしたのそれ」
「え?……ああ…」
思考に入り込んでいた初は、自分が描いた絵を見て嘆息した。
混ざりきった赤と黒の不協和音が、初の心情を写し取る。
「大丈夫?ここ最近…」
「…はい。大丈夫です」
「無理はしないでね」
首肯のみで返事をする。初はこの失敗作をどうしようかと薄く考えながら、また先の事を思う。
(黄穂が言った事が本当なら…無理でもなんでもしなきゃいけない)
揺れる瞳が、絵の赤を映す。
(…強く、なる為には…)
一人、彼女は強さの為に決めた。
○ ● ○ ●
そうして、全く会わない二週間が過ぎ。
授業終わりの放課後、それは起こった。
賢樹は陸上部である。
その日も練習が終わった後、他の部員と共に着替えていた。
だがこの二週間、彼は練習に身が入っていなかった。
汗の臭いで満ちる部室の窓は開いていた。
走り回って暑さを感じていた部員達は皆それを恵みと感じるが。
賢樹だけは寒さを覚えていた。
(…分かってんだけどなあ、やらなきゃいけないのは…)
薄く腕に鳥肌を作りながら、彼は体操着を脱ぐ。
そこで声がかかる。
「あれ、まだ着替えてたか、鳥居?」
「え、あ…はい」
周りを見渡せば、先程までいた仲間はいない。
気付かない内に思考に入り込み過ぎていたらしい。鳥肌も当然かもしれない。
三年生、つい最近まで共に走っていた部活の先輩。
刈り込んだ頭の彼は賢樹に近付くと、その頭に鍵を置く。
「もう他の奴帰ってんぞ?早くしろよな」
「はい。すいません…」
元気ねえぞ、と笑いながら彼はさっさと部室を後にする。
賢樹だけが小さな部室に残される。
溜め息を一つ落とし、着替えを終わらせる。
乗せられた鍵は適当にズボンのポケットに、ネクタイはするのさえが煩わしく、肩にかけるだけに留めた。
「…さて」
変えるか、独り呟いた時だった。
強い風が中に吹き込む。
音を立てて埃を舞い上げるそれは、窓の存在を彼に教える。
「あ、窓…」
振り返る彼が見たもの。
それは窓枠にしゃがむ、主南 初。
緋の衣を纏い、紅い羽根を散らして。
出逢いの日のように、二人は顔を合わせた。
「に…主南?」
名を呼ばれた彼女の動きは、正に風そのものだった。
部屋に入り込むと、窓を閉め扉の鍵までかけた。
完全な密室を作ったその中で紅い風は、
賢樹を突き飛ばす。
「!?」
何も言わない少女は、倒れた彼の頭を手に持ち。
「……!!」
果実を口に含むように、唇を合わせた。
ずり落ちた部室の鍵が、高い音を立てて落ちる。
その音が消えた時、ようやく賢樹は口に自由を得た。
「にし…っ」
な、と続く口はしかしまたも塞がれる。
啄むように、何度も、何度も。
一瞬離れた時、ようやく賢樹はその隙を突いて初を引き剥がす。
「なんだよ!どうしたんだよ!」
「やめて、止めないで!」
「おかしいぞお前。急に何が…」
その時見た初の顔。
赤く色付いた頬と唇、そこに伝う涙。
「…主南」
「黄穂が、言ってたじゃない。戦力は私しかいなくて、…こういう事すれば、強くなれるって…」
「ある訳ねえだろ。そんなんで強くなれたら苦労しない」
「だったら!!もうどうすれば良いのよ!!」
吐き捨てるように初はそう叫ぶ。
初めて見せた彼女の激情に、賢樹はただ驚くしかない。
「…ねえ、だったら、どうすれば良いの……教えてよ、鳥居君…」
「……」
「…強くなりたくない…負けたくないの。紫穂を…取り戻したいの…!」
初は泣き顔を手で覆い隠す。
言葉はしゃくりあげる音に変わった。
背を丸め、俯く彼女に、常に見せる強さはない。
賢樹は何も言わず、行動を起こした。
腕を伸ばし、少女の肩を優しく握る。
「大丈夫だよ。今までも何とかしてきただろう?俺に会う前も」
肯定が首の動きで示される。
それを見て、彼は小さく笑って励ました。
翼の折れた、紅い鳥を。
「だから…たった一人で頑張ってきたから…もう、羽を休めたって良いよ。『止まり木』は、ここにいる」
初がついに崩れた。
「鳥居君…私、私…!」
「…何も言うな」
「わた、し…う、うわああああ!!!!」
初は、賢樹にもたれて泣いた。
子供のように大声をあげて、体裁など気にせず。
変身の解けた彼女の、薄い色素の髪を撫でながら、彼は思う。
(…ずっと、我慢してきたんだな)
その事に気付けなかった自責が襲うが、目を閉じる。
(…けど、今は…)
思考を止め、少女の嗚咽をただ聞く。
部室に程近い校庭の証明が、二人を淡く照らす。
狭く小さな部屋の中、二人はしばらくそうしていた。
という訳でやっと十話でございます。
サブタイトルの訳は「そして、衝撃」といったところでしょうか。まんまですね。
今更ですが、サブタイトルは毎回日本語~英語~となっている事は知っていましたか?
深読みすれば英語だけでネタバレができます。よろしければ深読み、いかがでしょうか(笑)
閲覧、ありがとうございました。