彦根南高校文芸研究部 高月ちひろ 高校一年生 春編
久しぶりの投稿です。
彦根南高校文芸研究部 塩津拓也 高校一年生 春編と同時投稿です。
どちらから先に読んでも楽しめる内容になっています。
相変わらず、短編小説なのに長々と書いてしまいました。
読んで頂けると有り難いです。
「ちひろ、ちゃんと叔父さんと叔母さんの言う事聞くんだよ」
「もうお父さん、今日で何度目なの。わかっているから心配しないで」
私はお父さんの言葉を飽き飽きしながら返事をした。
朝から十四回目の台詞。
さすがにうんざりする。
「お父さん、もう帰るよ」
お母さんが車の運転席に座りエンジンをかけた。
別にお父さんが酒を飲んで運転ができない状態じゃない。
お母さんは早く帰りたいようだ。
引っ越しは既に四時間前に終わっていた。
なのにお父さんがなかなか帰ろうとしないのでお母さんは痺れを切らしたようだ。
お父さんは慌てて助手席に座った。
助手席の窓が開いた。
まさか……。
「ちひろ」
まだ言うのかな、と思っていたら……。
「それじゃあ、ちひろの事をよろしくお願いします」
お母さんは叔父さんと叔母さんにそれだけ言って車を発車させた。
もちろん、お父さんの台詞は途中だったが完全に無視された。
見送った後、私は叔父さんと叔母さんの方に向いて言った。
「叔父さん叔母さん、三年間よろしくお願いします」
私は新しい自分の部屋に入った。
ベッドの上に仰向けになった。
「やった! やっと、あの田舎から脱出できた!」
私高月ちひろは歓喜の雄叫びを上げた。
私の家は長浜の田舎にある。
とにかく不便。
家の近くのコンビニに行くのに自転車で三十分。
ファーストフード店なんて自転車で行くのはほぼ不可能。
お父さんかお母さん、もしくはお兄ちゃんに車で乗せてもらわないと行けない。
そんな田舎に嫌気が差し、私は街に出ることにした。
が、そんなことは未成年が許されるわけがない。
だから、私はあることを考えた。
それは京都にある高校に入学することだ。
京都にある高校に合格できたら、京都に行ける。
私は猛勉強した。
そして偏差値八十まであげることができた。
しかし、とてつもない壁に阻まれた。
それは父親の反対だ。
高校生で一人暮らしはダメと言われてしまった。
その事を彦根に住んでるあかね姉ちゃんに言うと「大学生ならともかく高校生で京都は無理だね。でも、彦根ならなんとかできるかもしれない。だから、取りあえず受験勉強はそのまま続けなさい」と答えてくれた。
私はあかね姉ちゃんに言われるがまま、彦根にある高校に目標を変えた。
猛勉強の結果、滋賀県で二番目に偏差値が高い彦根南高校に合格することができた。
曾お爺さんの法事が終わり家族親戚が勢揃いしている時、私はお父さんに彦根に住みたいとお願いした。
もちろん、お父さんは反対。
それなら、滑り止めで合格した長浜の高校にしろと言ってきた。
すると、お父さんは親戚の人達から猛反発を食らった。
「子供の才能を潰す親がどこにいるんですか?」
「レベルの高い高校に入学できるだぞ」
「ちひろちゃんがあの高校に合格するのにどれだけ勉強していたのは知っているだろう」
等々の言葉を受けた。
最後にあかね姉ちゃんがお父さんに言う。
「伯父さんはちひろちゃんが彦根南高校に通うことが反対なんですか?」
「それは違う。一人暮らしには反対しているだけで彦根南高校に通うのは反対していない」
「でも、伯父さんの家から毎日学校まで通うのは無理ですよ。うちなら、自転車で十五分で行けます」
「うーん」
お父さんは言葉が詰まった。
さらにあかね姉ちゃんが言う。
「四月から弟が金沢の高校に進学することは知っていますか?」
「知ってるよ。野球の成績が良かったから推薦合格したんだよね」
「そうです。弟の部屋が空きますので、そこにちひろちゃんを住んで頂くという考えはダメでしょうか?」
「でも、それだと迷惑がかかる」
お父さんがそう言うとすかさず彦根に住んでいる叔母さんが言った。
「お兄さん、私は迷惑だとは思わないよ。むしろ歓迎します」
「お義兄さん、僕も同じ意見です」
完全に外堀は埋めれた。
これでも反対すれば、再度親戚の人達から反発を食らうのは間違いない。
これが決定打になり、私の彦根に住むことが決まった。
本当に私はあかね姉ちゃんに感謝したい。
あの時、相談していなければ今の私はここに居なかったと思う。
窓から外を見た。
名古屋発祥の地の喫茶店とファーストフード店が見えた。
ここからは見えないが近くにはコンビニもある。
ああ、私は街に居るんだなと実感した。
家だったら、田んぼと畑と山しか見えなかっただけに余計に感じた。
それにしても暇だな。
ハンガーに掛けられた制服を見た。
私は制服を着てみた。
紺色のダブルのスーツに見立てた上着、紺色フレアスカート、白色ブラウスに水色のネクタイ。
伝統がある制服と言えば聞こえがいいが要は古臭い。
とはいえ、この制服を着ていれば滋賀県内なら確実に一目置かれる。
だから、変えることができないのだろう。
そう考えているとドアがノックする音が聞こえた。
「ちひろちゃん、入っていいかな?」
「いいですよ」
そう返事をするとあかね姉ちゃんが入ってきた。
「お、制服着てる。なんで着たの?」
「はい。変なところが無いか確認したくて」
「全然変なところ無いよ。どこから見ても女子高生だよ」
「ありがとうございます」
「ねえ、お願いあるけどいいかな?」
「なんですか?」
「スカートを膝上まで上げてみて」
私はあかね姉ちゃんが言われた通りスカートを膝上まで上げてみた。
それを見たあかね姉ちゃんが納得した顔で言った。
「そういう事か」
「どういう事ですか?」
「前々から疑問に感じていたけど、なんでここの子達はスカートを短くしないのかなと思っていただけど、バランスがあまりにも悪くなってしまうんだ」
そう言われたので姿見を見たら、確かにあまりにも上下のバランスが悪い。
普通が一番合っていた。
「ちょっと待てね」
あかね姉ちゃんが部屋から出たと思っていたら、すぐに戻ってきた。
「私が高校の時に履いてたスカート。履いてみて」
私はあかね姉ちゃんが持ってきたスカートを履いた。
「こっちだと似合うね。スカートの形状だけでここまで変わるとは思わなかった」
確かにそうだ。
あかね姉ちゃんが持ってきたスカートはプリーツスカート。
しかも、あらかじめ丈は短くなっていた。
「これを履いて学校行きなよ」
「入学早々、先生や上級生に目を付けられることはしたくないです」
私はきっぱり断った。
受験の件と彦根に住める件に関してはお世話になったが、さすがにそれは受け入れることはできない。
そんな事を考えているとあかね姉ちゃんが私に抱き付いてきた。
「な、なんですか?」
「可愛い妹ができたから嬉しくて。もうこのまま私の妹になって」
「それは戸籍を変えろと言ってるのと同じですよ」
あかね姉ちゃんは普段は頼もしいだけど、なぜか可愛いものに関しては盲目的な行動する。
一年前、京都に映画を見に行った時、一時間だけ暇ができたので猫カフェに行った。
一時間だけ言っていたのに可愛い猫に囲まれて時間を忘れてしまい、結局二時間も居た為映画を見逃す事になった。
それだけ可愛い物に目が無いのだ。
「あかね、ちひろちゃん。ご飯ができたよ」
叔母さんが一階から呼んでいた。
私とあかね姉ちゃんは一階の食卓に向かった。
「あら、制服を着ているの。似合ってるね」
「ありがとうございます」
叔父さんと叔母さん、あかね姉ちゃんと私の四人は夕食を頂いた。
「彦根南の制服を見ていると私もこれを着て学校に通ってた頃を思い出すな」
「叔母さんも彦根南なんですか?」
「私とお父さんは彦根南だよ」
初めて知った。
「という事は叔父さんと叔母さんは私の先輩にあたるんですね」
「そうだけど、あまりにも離れすぎてあんまり先輩面できないけどね」
叔母さんは笑って言った。
叔母さんは私を見ながら話を続ける。
「本当に変わらないわね。ネクタイ結ぶの大変でしょ?」
「初めは大変でしたけど、もう慣れました」
「今のうちに覚えといた方がいいよ」
「そうですね。寝坊した時一番戸惑うのはネクタイのような気がします」
「違うよ。入学したての男の子はネクタイの結び方がさまになっていないから、それを直すだけでその男の子は惚れるからね」
「それは無いでしょう」
私がそう言うと叔母さんは叔父さんを見た。
叔父さんを見ると余計な事を言うなという顔をしていた。
どうやら、実話のようだ。
ご飯を食べ終えて、風呂に行った。
風呂から出るとリビングでは叔父さんが野球を見ていた。
私は新聞のテレビ欄を見た。
京都放送で野球中継はやっていた。
「ここは京都放送が見れるですね」
「見れるよ。彦根市ならほぼ全域見れる」
そんな会話をしているとあかね姉ちゃんがリビングに来た。
「あれ、ちひろちゃんの家はケーブルテレビじゃないの?」
「ケーブルテレビのエリアには入っているんですけど、お父さんが入る必要は無いと言って入っていないですよ」
「京都放送でしかやっていない番組がある時はどうするの?」
「一応、BSは見れましたからそちらで見ていました」
「でも、BSは悪天候だと見れないじゃない?」
「その時はお母さんに頼みまくて、パソコンを借りて動画サイトを見ました」
「そうなんだ……」
あかね姉ちゃんは呆れた顔をしていた。
テレビを見るとスリーアウトで攻守交替になりCMに入った。
「じゃあ、これを見たら驚くでしょうね」
そう言いながら、リモコンを操作した。
すると、アべマTVの画面が出た。
「えっ?! これって、パソコンでしかない見れないじゃないですか!?」
「このテレビ、ネットに繋いであるから見れるよ」
「今のテレビって、ネットに繋げることもできるんだ……」
私が感心している反面あかね姉ちゃんは言葉が出ないぐらい呆れている。
受験勉強で世の中の動きに遅れを取っている事は認めるからそんな顔をしないでほしい。
「あかね、そろそろ野球に変えてくれないかな」
「わかった」
そう言いながら、テレビは京都放送に戻った。
「ちひろちゃんの部屋もネット環境は整えてあるから、アベマTV見る事ができるよ」
「本当!?」
「本当だよ」
「やった! お兄ちゃんが新しいパソコンを買ったから、古いノートパソコン貰ったんだ。早速、繫いでみよう」
私は急いで自分の部屋に戻った。
十分後。
「あかね姉ちゃん、コードどこ?」
「コード?」
「ネットに繫ぐコード」
「うちはWi-Fiが家全体に飛んでいるから、コードは要らないよ」
「ワイファイ? 飛んでいる?」
私が疑問丸出しで言うとあかね姉ちゃんは「あ、これはこの系統の事が全くダメな娘なんだな」と顔をした。
「ごめんごめん。ついつい、仕事の癖で専門用語が出ちゃった。設定の仕方教えてあげるから部屋に行こう」
あかね姉ちゃんは私に気を使ってくれたが、それはそれで心に傷が付く。
部屋に入るとあかね姉ちゃんが私のパソコンを見た。
「何を見ているの?」
「型番。型番を見ればこのパソコンの性能がわかるからね」
あかね姉ちゃん凄いな。
と感心していたら、スマホで検索していた。
まあ、そうだよね。普通わかるわけないのよ。
「このパソコン、あの兄ちゃんが持っていたとは思えないぐらい低スペックだね」
「ネットはできないですか?」
「ネットはできるよ。ただ、動画を見るにはギリギリかな」
あかね姉ちゃんに設定を教えて貰った。
一時間掛かったが、設定することができた。
画面は小さいが十分に満足レベルだ。
「あかね姉ちゃん、設定を教えてくれてありがとう」
「これで学校で使うタブレットの設定もできるよね?」
そうだ、今年度から彦根南高校は教科書等は廃止されてタブレットに統一されるんだ。
数年前、文部科学省はゆとり教育を推奨したが先進国の中では一番下で新興国にも負けるぐらいの学力低下という最悪な結果に終わってしまった。
方針転換したが、その結果教科書等が大きく分厚い物になってしまった。
さすがにこれは良くないと思ったようで、IT化を進めることになった。
が、いきなり全ての学校に導入するわけにも行かないので、モデル校として各都道府県に最低一校は導入する事になった。
で、滋賀県は彦根南高校に決まった。
その結果、本来なら滋賀県で一番偏差値が高い瀬田高校に行ける人達が彦根南高校を受験するという事態になってしまった。
それらを考えたら、私よく合格できたなと思う。
「ねえ、聞いてる?」
「ごめんなさい、聞いてますよ。タブレットの設定ですよね? 一緒なんですか?」
「OSが違っても設定はほとんど同じだよ」
「オーエス?」
それを言って、あかね姉ちゃんはしまったという顔をした。
どっちかというと私がしまったという感じだ。
「OSというのはパソコン自体を動かすソフトと思ってくれたらいいよ」
「うん。わかった」
本当はよくわかっていない。
けど、詳しく説明されてもわからないのでここはわかったふりをして後で調べることにしよう。
「あ、もうこんな時間。明日、朝一から会議だから早く寝なきゃ。ちひろちゃん、おやすみ」
そう言って、慌ててあかね姉ちゃんは部屋から出ていた。
「おやすみなさい」
私はドア越しに言った。
多分、聞こえただろう。
そう思って私も寝ることにした。
一週間後。
今日は彦根南高校の入学式。
私は叔母さん一緒に校門の前に居た。
本当はお母さんが来る予定だったがお父さんが急性胃炎で緊急入院してしまった為、代わりに叔母さんが一緒に来てくれた。
「大事な娘の入学式の日に来れないとはお義姉さんもついてないね」
「何で急性胃炎になっただろう? そんなに仕事が忙しかったのかな?」
私がそのような発言をしたら、叔母さんは少しだけ憐れんだ顔をして長浜の実家がある方向を見た。
もしかして、間違っていたのかな……。
聞こうと思ったけど、更に憐れんだ顔をしそうだから止めた。
校門くぐり抜けて、昇降口の側にクラス分けを見た。
私はAクラスだ。
「じゃ、私は先に体育館に行っているね」
叔母さんはそう言ったが体育館に向かっていた。
叔母さんを見送ると自分のクラスに向かった。
Aクラスに入るとクラスに居る全員がこっちを見た。
私は怯みそうになったが、ギリギリで堪えることができた。
黒板を見ると四色チョークで入学おめでとうと書かれていた。
しかし、綺麗な絵だな。
これはアートの類に入るぐらいのレベルだ。
と、感心していたら黒板の左の端に席はくじを引いたところに座ってねと書かれてあった。
どうやら、このアートが限界だったらしい。
教卓の上にある箱からくじを引いた。
八番だった。
机を見た。
数字が書かれた紙が貼ってあった。
八番と書かれた机を探した。
廊下側の後ろの方の席だった。
できれば、前の方でもいいから窓際の席が良かったな。
そんなを思っていたら、隣にメガネをかけた男の子が座った。
一見大人しい、いかにもオタクという男の子だった。
そして、本を読み始めた。
多分、ライトノベルだろう。
少しだけ安心した。
もし、やたら話をかける人だったらどうしようと思ったけど、これなら一安心。
席が全部埋まった頃に女の先生がやって来た。
「ぜ、全員集まりましたね。で、では体育館に行きましよう」
息を切らしながら言った。
私は「先生、名前は?」と言いたかったけど、既に廊下を出た後だったので聞けなかった。
入学式も滞り無く無事に終わった。
教室に戻り、席に着いて待っていると先生が来た。
「おはようございます」
「おはようございます」
先生が挨拶すると生徒全員挨拶した。
「入学おめでとうございます、自己紹介が遅れました。私が担任の余呉こまちです。一年間よろしくお願いします」
そう言った後、頭を下げた。
すると、隣の男の子が拍手をした。
それにつられて他のみんなも拍手した。
「では、授業に使うタブレットを職員室から持って来てほしいだけど、どうしようかな?」
先生が言うとクラス全体に緊張が走る。
これは嫌な予感する。
私がそう考えていると……。
「よし、今日は四月八日だから四番と八番のくじを引いた人は手を上げて下さい」
ああ、やっぱりそうなるか。
がっかりしながら、手を上げた。
そしたら、隣のオタク君も手を上げた。
ああ、この子も入学早々ついてないな。
「それじゃあ、二人お願いするね」
「「はい」」
私とオタク君は返事して廊下に出た。
私が教室のドアを閉めた。
「全く、いきなり使うのかよ」
え、今オタク君毒舌を吐いた?!
私は突然の事に驚いていた。
「この様子だと、この一年間俺をこき使うつもりだな」
更に毒吐く。
ああ、これは間違いなくこっちがオタク君の素顔なんだな。
そう思っていたら、オタク君がこっちに気付いた。
取り繕うかと思ったら……。
「えっと、名前なんだけ?」
全く取り繕うこと無くそのままの口調で言った。
指摘するとなんかトラブルになりそうので黙って答えた。
「高月、高月ちひろです」
「まさか、フルネームで言うとは思わなかった」
オタク君のよくわからない気迫に負けたです。
「俺の名前は塩津拓也。よろしく」
あ、自己紹介してくれた。
この流れだと聞けないと思った。
「そうだ。高月さん、一つだけ忠告しておくね」
塩津君が真剣な顔で言う。
私は思わず身構えてしまう。
「あの人……じゃなくて、あの先生にはあまり関わらない方がいいよ。碌な目に遭わないぞ」
どうやら、塩津君は今その状況になっているから私にはその状況になってほしくないから忠告しているだろう。
それを考えると余呉先生と塩津君はどんな関係なんだろう……。
私は塩津君の後に付いて行きながら考えた。
急に塩津君が止まった。
「どうしたの?」
「ごめん、早く歩き過ぎた」
そう言って私に歩幅を合わせる。
なんだろう? 優しいのか優しくないのかわからない人だな。
「高月さんはどこの中学?」
「私は浅井草野中です」
「浅井草野中? ……もしかして長浜の浅井? え、浅井から通えるの?!」
私が想像している以上に驚いていた。
まあ、わからないわけでもない。
一応、種明かしはしておこう。
「彦根の親戚の家に下宿しているの」
「ああ、それなら納得できる」
「でも、よく浅井の場所がわかったね」
「木之本に親戚が住んでいるから、浅井の位置もだいたいわかる」
「そうなんだ。塩津君はどこの中学?」
「俺は小泉中」
「小泉中って、どこ?」
「あそこ」
塩津君は窓の外の方を指差した。
私は指を差す方を見た。
校舎があった。
「あそこ?」
「そう。あそこが小泉中」
「近っ!」
「ちなみに家もすぐ側にある」
「……もしかして、高校は家から近いという理由で決めたの?」
「うーん、それもあるかな」
「それもって、他にもあるの?」
「まあ、いろいろ」
はぐらかされた。
まあ、いいや。
そんな会話をしていたら、職員室に着いた。
悪い事したわけじゃないのに入るだけで緊張するな。
私はそう思っていたら、塩津君はすぐに職員室のドアを開けて「1-Aの塩津です。余呉先生に頼まれてタブレットを取りに来ました」とさっきまでとは違う口調で言った。
この人、もしかしたら女子よりもその場の対面の取り繕うのが上手いのかもしれない。
「余呉先生の生徒さんね。ここにあるから、持っていてくれる?」
「わかりました」
塩津君は簡単に返事したがこの目の前にある三十五枚のタブレット。
どうやって運ぶの?
私はそう考えていていると……。
「先生、台車借りていいですか?」
「いいぞ。使い終わったら戻せよ」
「はい。わかりました」
塩津君が職員室の隅に置いてあった折り畳み可能の台車を持って来て、タブレット三十五枚を載せて職員室を出た。
「あの人、教頭先生に怒られたくないから俺たちに運ばせただな」
「なんで?」
「今朝、あの人慌てて教室に来たでしょ?」
「うん、来た」
余呉先生をあの人呼ばわりする点が気になるけど、黙っておこう。
「あれは完全に遅刻してきたと思う」
「うーん、そう言われるとそんな感じがする」
「あーあ、最悪な一年になりそう」
塩津君が言うと本当にそうなりそうで少し怖かった。
教室に戻り、タブレットを余呉先生に渡した。
そのタブレットを生徒一人一人に手渡ししていた。
渡す時も「これから一年間よろしくね」と言っていた。
こうして見ると余呉先生はしっかりした先生に見える。
塩津君が言うような感じが一切無かった。
「では、設定の仕方を説明します」
余呉先生は設定の仕方を説明した。
「これWindowsだ」
「タブレットだから、ipadかと思っていた」
「せめて、Androidして欲しかった」
と不満が所々で出ていた。
この様子だと他のクラスも出ているだろう。
「はいはい。わかりますわかります。先生も同じですよ。でもね、ホストのコンピューターがWindowsだからタブレットもWindowsなったですよ」
半ばやけくそになって言っていた。
先生も与えられた物で仕事をするしかないから、生徒の意見をいちいち聞いていられないよね。
始めはブーイングがあったものの次第にみんな設定に取り組んだ。
「よし終わった」
私はタブレットの設定を完了させた。
一週間前にあかね姉ちゃんから教えてもらったことが役に立った。
塩津君を見た。
真剣な顔してタブレットをいじっていた。
どうやら、設定がうまくいっていないようだ。
「ねえ、塩津君。設定がうまくいかないならやってあげようか?」
私が言うと塩津君はこっち見ていた。
「ありがとう。でも、五分ぐらい前に設定は終わっているよ」
「早いね」
「OSが違っても設定はほとんど同じだからね」
うん? どこかで聞いたフレーズだな。
そんな事を考えている内にクラス全員、タブレットの設定が終わったみたいだ。
「では、本日はこれで終わりです。明日から本格的に授業を始めます。タブレットは全ての教科に使うわけではありませんが毎日持ってくるように」
余呉先生が言うと全員「はい」と返事した。
これで今日は終わりか。
無事に終わって良かった。
と思っていたら、先生が思い出したかのように言った。
「そうそう、忘れていました。今年から文芸研究部という部ができました。私はその部活の顧問です。活動内容を簡単に説明すると小説を書くことです。ジャンルはこだわりません。あ、でも高校生らしい内容でお願いしますね。入部したい人は私のところに来てください」
先生は文芸研究部を盛大に宣伝した。
が、対象的に生徒は呆然としていた。
普通、部活勧誘って生徒自身がするじゃないのかな……。
そんな疑問を感じながら今日一日が終わった。
次の日、その次の日、そのまた次の日も余呉先生は文芸研究部の勧誘していた。
どうやら、勧誘しても部員になってくれる人がいないようだ。
まあ、小説を書くというのはいくらなんでも仕切りが高いよね。
余程の根気が無いとできないからね。
次の日も同じように勧誘していた。
普通なら諦めるのに……。
と思いながら帰ろうとしたら、余呉先生が私を呼び止めた。
みんなが帰った後、私と余呉先生の二人きりになる。
なんか悪い事でもしただろうか?
そんな事を考えていたら、先生が両手を合わせて言った。
「高月さん、お願い。文芸研究部に入って! いえ、入ってください!」
唐突なお願いに私は驚いた。
「無理です! 小説を書くというそんな難易度が高いことはできません!」
「そこをなんとかお願い!」
「どうして、私なんですか?!」
「入試の時、面接で趣味は小説を読むことですって答えたよね」
「確かにそう答えましたが、私が読みのはライトノベルで文芸書ではないです」
「ノベライズなら、どれでもいいよ。とにかく入って!」
そのやり取りが十分ぐらい続いた。
結局、名前だけ貸すという条件で入部することになった。
入部届けが部室にあるので先生と一緒に図書準備室に向かった。
部室に入ると塩津君が居た。
あっ、という顔した。
私もあっ、という顔したと思う。
「じゃあ、この入部届けに名前書いて」
先生はにこにこしながら私が入部届けに名前を記入するのを見ていた。
それを横で塩津君が黙って見ていた。
「じゃあ、先生は仕事があるから行くね」
先生は笑顔で部室から出ていた。
私は恐る恐る塩津君を見た。
笑顔で怒っていた。
そして、低い声で言う。
「高月さん」
「はい。何でしょうか?」
「あの人には関わらない方がいいって忠告したよね」
「はい。でも、名前だけ貸してほしいって言われただけだから……」
「だから、それがダメって言っているの!」
塩津君が大きな声で怒った。
私は一歩下がってびくつく。
その行動を見て塩津君は慌てて謝った。
「あ、ごめん。つい、大声出して」
「それはいいけど」
私は泣きそうなるのを堪えて言う。
「どうして、余呉先生に関わらない方がいいの? 優しい先生じゃない」
「優しいそうに見えるけど、かなりの腹黒い人なの。あの人の中では高月さんは利用しやすい子だと認識されているよ」
ここまで言い切れるということは多分かなりの腹黒いなんだろう。
ため息吐いた後、私に言った。
「これからはあの人に頼まれ事されたら、返事は一旦保留して俺に相談して」
何か子供扱いされた感じがして、ムッとする。
「何で、同い年にそこまで言われないといけないの。自分のことは自分で判断できる」
「俺は一年遅れて入学しているから、君より一つ年上だよ」
塩津君の衝撃発言に一瞬思考が止まった。
「え、一つ年上? 留年したの?」
「違うよ。純粋に一年遅れて入学したの」
「え、どうして?」
言った後、しまったと思った。
もしかしたら、聞かれたくないことを聞こうとしたかもしれないからだ。
慌てて取り繕う。
「ごめん。今のは無いでいい」
「何で?」
「一年遅れる入学って、それなりに理由があると思う。それは聞き出す事じゃなくて、塩津君自身が話していいと思った時に話すことだと思うから」
「気遣いありがとう。でも、隠すほどでもないから話すよ」
「いいの?」
「いいよ。話が長くなるからここに座って」
塩津君は私に席に座るように促した。
私は塩津君の真向かいに座る。
「できるだけ簡単に話すね」
一呼吸してから話始めた。
「去年一月、受験勉強している最中に今まで経験したことが無い苦しみを感じて病院に行ったら白血病と診断された」
「白血病って、骨髄移植しか助からない病気?」
「今は治療技術が進んでいるからそれをしなくても良くはなるけど、確実なの骨髄移植だね」
「で、こうしているから骨髄移植して助かっただね」
「そう。九月に骨髄移植して無事に生還した」
「良かったね」
「うん。あの時は短い人生だったなと思ったよ」
確かに十五歳で人生が終わると思うと虚しさしかない。
私は一つ質問した。
「ドナーって、誰なの? あ、骨髄バンクだったら、身元がわからないか」
「ううん、知っているよ。あの人だよ」
「あの人……。余呉先生?!」
「そう、あの人。助けてもらった時は女神に見えたよ。だけど、それは幻想だったよ」
塩津君の暗い顔をした。
どうやら、今日まで散々な目にあってきたのだろう。
「じゃあ、ここの高校に進学したのは……」
「そう。あの人がここの先生をしているから」
「大変だねとしか言えない。何もできなくてごめんね」
「俺の忠告を聞いてくれるだけで良かっただけどな」
それを言われると塩津君に対して申し訳ない気分になる。
「まあ今更感がいっぱいで別にいいけどね」
呆れながら言われてしまった。
「ちなみにこの文芸研究部はあの人が野球部の副部長を辞めるために作ったんだよ」
「え、どういう事?!」
予想外の発言に驚く。
私の疑問に塩津君は全て答えてくれた。
余呉先生は去年十年間勤めていた前副部長から副部長の座を受けるように命じられた。
その時の余呉先生は教師二年目だから逆らうことができずに受けることになった。
なぜ、急に前副部長が退任したかというと去年の野球部の戦力にあった。
三年生と二年生はもちろんのこと、一年生も即戦力になる部員が数人居た。
そうなると十二年振り甲子園出場も可能性が出てきた。
本来なら喜ぶことなんだけど、甲子園は夏休みに開催される。
前副部長はそれが嫌で無理矢理余呉先生にやらせたのだ。
実際に彦根南高校は甲子園に出場できた。
甲子園の出場が夢が叶ったから今度は一つでも多く勝ち抜くという目標に変わった。
それを達成させるには一時間でも多く練習すること。
ただでさえ朝から夜遅くまで練習しているのに、土曜日曜夏休みも練習することになる。
前副部長は夏休みを満喫している時、余呉先生は慣れない副部長の仕事をこなしていた。
甲子園が終わった時に余呉先生は自分が顧問をする部活を作ると決めたらしい。
九月の時、ドナー提供した塩津君が入院中小説を書いていたの知って文芸研究部にしたようだ。
「なんか、あまりにもかわいそう」
「まあ、さすがにこの辺に関しては同情した」
「だから、入部したのね」
「腹黒い人だけど、命の恩人であることは変わりないからね」
「ところで話は変わるけど、小説書いているの?」
「うん、書いているよ」
「何で? 将来、小説家になるの?」
私が聞くと塩津君が少し考えてしまった。
あ、またやっちゃった。
「ごめん、この話も無しで」
「別に話したくない事はないよ。まあ、戯言だと思って聞いてくれればいいよ」
そう言って、話始めた。
「白血病だから、外に出歩くことができない。やる事といえば、勉強ぐらい。本当に退屈な日々だったよ」
私は入院したことないからわからないけど、話に聞くと治療以外はベッドの上だから退屈なのは理解できる。
「入院してから一か月ぐらい経った時かな、下の姉さんが小説を持って来てくれただよね。まあ、小説と言ってもライトノベルなんだけどね。姉さんは『漫画だとすぐ読み切るから小説の方がいい』と言ってね」
下の姉さんって、言っていたな。
ということは上の姉さんが居るってことになるよね。
「最初は小説かとがっかりしたけど、読み始めたら結構面白かった。そこから小説にハマった」
私と一緒だ。
私も人に勧められて小説にハマったかな。
今まで笑顔で話していた塩津君が真剣な顔つきになった。
「ある日小説を読み終わった後考えた。この命、いつまで続くだろうと」
確かに治療技術は進んでいるが確実に治るわけじゃない。
骨髄移植をして完全に克服した今だから話せる状況になったけど、入院中はそんな状況じゃなかっただろうな。
「このままこの世に自分が生きた証を残せずに死んでいくのかと」
私は黙って聞いていた。
下手に話せる状態じゃない。
「とはいえ、入院をしていてはできることはたかが知れている」
うん、確かに言える。
「で、考えた末に小説を書くことにした。小説投稿サイトがあるから手軽いに作品を作ることができて、ウェブ上だけど作品を残すができる。自分にとってはこれほど最適な事はないからね」
何かを残したい。
きっと、私が考えている以上に真剣に考えていただろう。
「でも、所詮はど素人が書いた作品。投稿サイトの上位に載っている人達に比べたら全然大したことないけどね」
笑いながら言っていた。
「ここ笑うところだよ」
「無理だよ。笑えないよ」
笑うように促していたが、笑う事ができない。
できるわけがない。
そんな思いで書かれた作品を。
「取りあえず、作品を見たらわかるよ」
そう言って、手持ちのタブレットを使って小説投稿サイトを出して私に渡した。
私は塩津君の作品を読んだ。
主人公は高校一年生の女の子。
偶然同じクラスの男の子が不治の病に侵されている事を知る。
男の子に思い出作りを手伝ってほしいと頼まれる。
女の子は理由が理由だけに手伝うことになる。
始めは渋々していたが、次第に男の子の魅力の惹かれていった。
しかし、病は進行しついにベッドから出れなくなる。
男の子は女の子の手を握り「ありがとう。僕の思い出作りに手伝ってくれて」と言った。
女の子は「まだ、一つ残っているよ」と言って男の子にキスした。
女の子は男の子の事が好きになっていた。
女の子は「好きだよ」と言った。
男の子も「僕もだよ」と言った。
それが最後の会話になった。
二か月後、男の子はこの世を去った。
女の子は遺影の前で「一緒に居てくれてありがとう。私もすぐにそっちに行くからね」と言った。
そう女の子も不治の病に侵されていた。
半年後、女の子もこの世を去った。
私は泣いてしまった。
あまりにも不幸な話に。
「そんなに泣くほどの話じゃないでしょう?」
「そんな事無いよ」
「あれ、俺の予想では『これ住野よるのパクリじゃないの!』と言われると思っていただけどな……」
塩津君は完全に戸惑っていた。
すると、ドアが開いた。
「拓也君、ごめん。遅れて……」
見たこと無い、男の子が居た。
私達を見て、立ちすくんでいる。
「真君、何に立っているの? 早く、中に入って……」
男の子の後ろから女の子が顔出した。
もちろん、女の子も立ちすくんだ。
と、思ってたら女の子は塩津君を殴った。
「塩津! なに、女の子を泣かせているの!」
「いきなり殴るやつがいるか?!」
「どうしたの? 何されたの? 一緒に職員室に行こうか?」
「話を聞け!」
女の子は塩津君を話を一切聞かずに私を慰めていた。
「大丈夫。あたしは味方だから、一緒に塩津を退学させよう」
「だから、話を聞け!」
本当に話を聞くつもりは無いようだ。
男の子は女の子の頭を軽く叩く。
「まこと、話を聞いてあげなさい」
「はーい」
男の子が女の子に話を聞くように促した。
女の子は素直に従った。
塩津君は話せる環境が整ったのを確認して話始めた。
話終えると女の子は「なんだ。これを機に塩津を退学させれると思ったのに」と言っていた。
この人は塩津君に恨みでもあるのだろうか……。
女の子はタブレットを手に取り、塩津君が書いた作品を読み始める。
十分ぐらい経った後、タブレットを机に置いた。
「住野よるのパクリだ」
「その感想を高月さんに求めていたんだけど、予想外の方向に行ってしまっただよ」
塩津君はそう言うが女の子は相手にしていないようだ。
「王道だね。この作品は」
「うん。王道だね」
男の子がそう言うと女の子は素直に同意する。
なんなんだろう、あからさまの対応の違いは……。
「あのすみません。二人はどちら様でしょうか? 塩津君の知り合いというのはわかるですけど……」
私は恐る恐る二人に尋ねた。
「ごめんごめん。塩津を退学させることばかり考えていた。あたしは一年B組の木之本まこと。よろしくね。真君とは従弟で塩津とはただの知り合い」
「僕は一年C組の木之本真。よろしく。拓也君とは従弟でまことも同じく従妹だよ」
二人は自己紹介してくれたが私はこめかみに人差し指を置いて考えた。
あれ? 私聞き間違えたのかな?
二人とも、きのもとまことって言ったよね……。
自分の自己紹介をそっちのけで考えてしまった。
そんな事をしていたら、塩津君がフォローしてくれた。
「高月さん、多分聞き間違いしていると思っているけど、間違いじゃないよ。二人ともきのもとまことだよ」
「さん、ね」
塩津君は二人を紹介してくれた。
ただ、木之本さんはさん付けを指示した。
「……こちらの女性の方は木之本まことさん。こちらの男性の方は木之本真」
「あたし、木之本まこと。真君とごちゃごちゃになるから、まことちゃんと呼んでいいよ」
「初めまして、高月ちひろです。よろしくね、木之本さん」
「まことちゃん。まことちゃんと呼んで」
「じゃあ、まことちゃん」
「よろしくね。ちひろちゃん」
優しい人で良かった。
「僕は木之本真。真君と呼んでもいいよ」
「高月ちひろです。よろしくね、まこ……」
私が真君と呼ぼうとしたら、まことちゃんの顔つきが変わった。
それは鬼の形相に見えた。
命の危機を感じた私は慌てて訂正する。
「さすがに初めて会ったばかりの男の人に対して下の名前は言えないよ。ごめんね、木之本君」
「なんだ。残念だな」
そう言ったら、まことちゃんは笑顔に戻った。
良かった。危うく地雷を踏むところだった。
安心していたら、ある事を気付いた。
「二人とも従兄弟と言っていたけど、いまいちわからないけど……」
「高月さん、一言ではわからないよね。俺がホワイトボードを使って説明するよ」
塩津君はホワイトボードに簡単な家系図を書いた。
家系図を見て初めてわかった。
塩津君は木之本君の母方の親戚でまことちゃんは木之本君の父方の親戚という事だ。
それなら、まことちゃんが塩津君のことをただの知り合いと言うもの理解できる。
「なるほど、理解できました」
「こういう事は当事者じゃないとわからないな」
「ありがとう。塩津君」
一つの疑問は解決したがもう一つ疑問が残っている。
この際だから、聞いておこう。
「あの、まことちゃん。もう一つ聞いていい?」
「いいよ。なんで、あたし達が同じ名前なのかって、聞きたいでしょう?」
「やっぱり、わかりますか?」
「みんな聞くからね」
どうやら、初見の方々はみんな聞いているようだ。
「これはあたしのお父さんと真君のお父さんが今度生まれた子供にまことと付けたいという気持ちから始まった話なんだよね」
「どうして、そんなにまことっていう名前付けたかったの?」
「字画数がいいらしいだって」
「なるほど、それなら理解できるね」
「でしょ。で、親戚を交えて協議した結果、先に生まれた方にまことの命名権が与えられる事になったの」
親戚を交えるって、相当揉めたんだな……。
「出産予定日はあたしが一日だけ早かっただけど、あたしのお母さんと真君のお母さんの陣痛が同時に来て同時に出産したの」
「恐ろしいと言ってもいいぐらいの偶然だね。でも、よく同じ病院で同時に出産できたね?」
「あたしのお母さんは木之本総合病院で出産して、真君のお母さんは長浜総合病院で出産したの」
「ああ、それなら可能か」
「でもね、お父さん達はその事を知らないから、その結果二人のまことが誕生したの」
「揉めなかった?」
「始めは揉めてたけど、次第にそれも無くなった。なんだかんだ言っても最後は子供が元気ならそれでいいという事になった」
「それが正しいね」
私が最後の疑問も納得したところで、木之本君が塩津君に話しかけた。
「拓也君、高月さんは何故ここに居るの?」
「高月さんはあの人に懇願されて入部させられたの」
「必死だな」
「最低二人集めないと同好会としても活動できないから」
「塩津君、同好会って何? 部活と違うの?」
「高月さん、知らないんだ。説明するね」
塩津君はホワイトボードに書いて説明した。
部活は最低五名が部に所属していること。
毎日、活動していること。
学校から部活動費は出る。が、人数や活動成果によって部活動費の金額が変わる。
同好会は最低二名が同好会に所属していること。
週に最低二日は活動すること。
学校から部活動費は出ない。が、活動成果によっては部活動費が出ることもある。
「大まかに説明するとこんな感じだ」
「最後の一つがわからないだけど……」
私が言うと塩津君は少し困った感じで言う。
「あの人に聞いたんだけど、学校に貢献したら出るらしいという曖昧な答えが返ってきた」
余呉先生らしい回答だな……。
要は余呉先生も理解していないみたいだ。
「じゃあ、同好会は成立しているんだ」
「いや、やっと同好会は成立した」
え、やっと?
私が疑問を感じていると、それに気付いたのか塩津君が私に聞く。
「もしかして、あの二人が文芸研究部の部員だと思っていた?」
「思った。盛大に思ってた」
「ごめん、ちひろちゃん。あたしは真君と一緒に来ただけなんだ」
まことちゃんは手を合わせて私に謝った。
「高月さん、僕は放送部に入っているから文芸研究部には入れない。挿絵を描く事なら手伝うことはできるけど、流石に小説は無理だな」
木之本君はやんわりと断った。
「高月さん、あの二人が部員だったら高月さんを誘う必要ないでしょ」
「そう言われば、そうだね」
「じゃあ、僕達は行くね」
「じゃあね、ちひろちゃん」
二人は部屋から出ていた。ちなみにまことちゃんは私だけに笑顔を振りまいて部屋から出た。
まことちゃんはそこまで塩津君のことが嫌いなのかな?
塩津君を見るが全く気にする様子も無かった。
もう日常茶飯事という感じだ。
「さて、書くとするか」
鞄から折り畳みキーボードを出して、まるでさっきまでの出来事が無かったように塩津君は執筆作業を始めた。
凄いスピードで書き上げる時もあれば、全く一文字も打ていない時もある。
バックスペースで消しては新たに書き上げる。
それを何度も何度も繰り返してた。
私はそれをただ黙って見ていた。
そして、時刻は五時になった。
塩津君は背もたれにもたれながら「今日はあまり書けなかったな」と少しだけ悔しさ出していた。
あれだけ書いていて、あまり書けなかったって普段はどれだけ書いているだろうか……。
本当に小説を書くことが好きなんだな。
「今日は用事があるから早く帰る準備してくれ」
「あ、はい」
塩津君は帰り支度を部屋から出ようとしていた。
私は慌てて帰り支度をして部室から出た。
家に帰り、私は本棚から竹宮ゆゆこの本を取って読んだ。
シリーズ累計三百万部突破した人気ライトノベル。
二時間ぐらいかけて読んだ。
一巻が十四年前に出たが今読んでも十分に面白いと思える作品。
私にこの作品の百分の一、いや千分の一でも面白い作品ができるだろうか……。
それ以上に小説が書くことができるだろうか?
塩津君が初めて書いた作品はパクリとは言っていたが、私には感動できる作品だった。
そして今書いている作品は完全なオリジナルだ。
少しだけ盗み見をした。
恋愛ものだった。
でも、今回は悲しい話じゃなくて明るい話だった。
まるで自分自身がこの経験をしてきたような話。
一つも違和感が無い。
きっと、感度なラストシーンが待っているだろう。
早く続きが読みたい気持ちになった。
次の日。
本日の授業は全て終えて私と塩津君は一緒に部室に居た。
塩津君は相も変わらず執筆作業している。
私はそれを見ていた。
「ねえ、塩津君」
私は塩津君を呼ぶとチラッと私を見て、すぐにタブレットに視線戻した。
「何?」
無視されたかと思ったが、応対してくれた。
「余呉先生はいつ来るの?」
「来ないよ」
「来ないの?」
「うん、来ないよ」
「それって、顧問としてどうなの?」
そう言うと塩津君は私を見て言った。
「あの人は野球部の副部長を辞めることできたら、この部活はどうでもいいからね」
「なんか、塩津君の気持ちがわかるような気がしてきた」
優しそうな先生だと思っていたのにな……。
なんかがっかり。
そんな事を考えていると塩津君が話かけてきた。
「ねえ、高月さん書かないの?」
「うーん。塩津君の作品を見てしまうととても書けそうない」
「……なんか勘違いしているよ」
塩津君は少し考えた後、私の言葉を否定した。
「勘違いって、何を勘違いしているかわからないだけど……」
「高月さんの考え方」
「あの作品見たら、あの考え方になるよ」
「俺の作品を高く評価してくれて嬉しいよ。けど、その考え方は間違っている」
「考え方が間違っているって、どういう事? 一から説明して」
「人に教えを乞う時は丁寧に言いましょう」
「一から説明して下さい」
「わかりました。説明させて頂きます」
塩津君は鞄からマグボトルを取り出し、一口飲んだ。
「じゃあ、説明するよ。昨日、僕の作品を見てあれだけの作品は書けないと思ったのでしょ?」
「うん」
「それは俺も入院中、小説を書きながら本屋で売られているような作品を俺は書くことができるのかなと思っていたよ」
塩津君の意外な言葉に私は言葉には出さなかったが驚いた。
まさか、あれだけの作品を書いているのに……。
「それでも一つの作品を完成させた。けどね……」
「けどね、何?」
「昨日読んでもらったからわかるけど、住野よるのパクリになっていたんだよ」
「それでも、一つの作品を作った事は事実だよ」
「確かにそれは事実。それで、気付いたんだよ」
「気付いたって、何を?」
「最初の作品はどうしても自分が好きな作家さんのパクリになってしまう事を。けど、それが悪いとは思わない。自分が成長させるには必要な課程だと思うから」
経験して言っているから説得力がある。
「音楽なんかも好きなアーティストのテクニックをマネないとその音楽ができないし、絵画も好きな画家の技法をマネしないと使わないと描くことができない」
「ここまで言われるとわかる気がする」
「でしょ。結局は始めはマネしないと上達しない。まずは一つの作品を作って自分自身に自信を付ける事が大事だと思う。オリジナルを作るのはその次の課程だよ」
「そうか。私はマネは良くないと思ってた。けど、上達をするにはまずはマネすることが一番早いんだ」
「そうだよ。わかってくれて良かった」
塩津君は少しだけ笑みを浮かべた。
「私、小説を書いてみようかな……」
「うん、書いてみなよ。もしかしたら、新しい発見があるかもしれないよ。明日、俺が使っていたキーボード持って来てあげる」
今度は笑顔で言った。
あ、笑顔が可愛い。
年上の人に対して可愛いというのは失礼だと思うけど、素直に可愛いと思ってしまった。
「どういうジャンルを書くの?」
「学園を舞台にした作品を書くつもり」
「学園ものか……。いいね、学園ものはいろいろ話ができるから、やりやすいよ」
素直に褒めてくれた。
何気ない一言だけど、素直嬉しかった。
「塩津君は恋愛ものが好きなの?」
「好きだよ。でも、本当に書きたいのは主人公達がゲームの世界で戦う話を書きたい」
「うーん」
私は唸った後、黙ってしまった。
あれは素人の私が見ても、かなり難しいと思う。
これは私の勝手な想像だけど、設定だけで短編小説ができる分の文字数を書かなければいけないような気がする。
どうしよう?
本当の事を言えば傷付ける事になる。
かと言って、気休めを言うわけにはいかない。
そんな事を考えていたら……。
「でも今は目の前にある作品を書き上げることが大事だから、それはいずれ書くことにするよ」
と、塩津君が言ってくれた。
多分、私が言葉に迷っているのに気付いて先に言ってくれただろう。
塩津君はその言葉通り作品を書き上げる為に執筆作業に専念し始めた。
学園を舞台にした作品。
と言ったのはいいけど、正直具体的な事は決めていないだよね。
不思議な要素が入った方がいいのかな?
それとも推理的な方がいいのかな?
考えれば考える程、わからなくなる。
塩津君を見る。
執筆作業に夢中になっている。
邪魔したら悪いな。
けど、このままでは作品どころか一文字も書くことができない。
「ねえ、塩津君はどうやって小説のネタを見つけるの?」
「うーん、あまり喋りたくないだけど……。でも、書けないのは困るから教えるよ」
「ありがとうございます」
「参考程度に聞いてくれ。俺はラジオをよく聞いてるから自然とそこから作品になる話を見つけるよ」
ラジオか……。
全然聞いたことないな。
「どんな番組を聞いているの?」
「チュートリアルの番組」
「今度聞いてみる」
そう言ったら、塩津君は笑顔になった。
多分、私が知る限りの一番の笑顔だ。
そんなに喜びことなのかな?
「それとドキュメンタリーなども参考にするね」
「小説は参考にしないの?」
「今はしていない。切り口を変えないとオリジナルの作品ができないから」
あ、そうか。
小説を参考にしたら、意味がないよね。
ドキュメンタリーか。
ドキュメンタリーって、暗い内容しかイメージが無いんだよね。
私が書きたい思っている作品とはちょっと違うな。
私が悩んでると塩津君が話掛けた。
「高月さん、取りあえず自分の頭の中にある作品を書いて見たらどう? 書き始めると意外と書けるよ」
「そんなものなの?」
「そんなものだよ。実際に自分がそうなんだから。実行あるのみだよ」
確かにそれは言える。
そうだね、実行する事が大事だよね。
ここは思い切って書いてみるか。
私はタブレットを取り出し、小説投稿サイトを出した。
ユーザー登録をして、小説を書き始めた。
「高月さん!」
「な、何? 塩津君」
「やっと、返事した。時間だよ、帰るよ」
「え?」
塩津君の言葉に驚いて時計を見た。
時刻は午後六時。
完全下校時間になっていた。
私はタブレットの電源を落として、帰る準備をする。
塩津君が部室の鍵を閉めて、二人で職員室に向かった。
「余呉先生、結局来なかったね」
「あの人来たらしいよ」
「先生来たんだ」
先生来ていたんだ。
来たんなら、一言かけてくれたらいいのに……。
少しだけ怒りたくなった。
そう思いながら職員室に向かっていた。
うん?
私は一つの疑問に気付いた。
「ねえ、塩津君。来たらしいって、余呉先生見てないの?」
「見てないよ。机にあの人のメモがあった」
「メモ?」
「作業に集中しているから、このまま帰ります。二人とも頑張って下さいって書いてあった」
それを聞いて、私は黙ってしまった。
もちろん、呆れてだ。
「あの人に期待しない方がいいよ。生徒をほったらかしで帰る人だから」
塩津君はまるで私の気持ちを見透かした如く言った。
本当に余呉先生に期待するのは止めた方がいいかもしれない気がしてきた。
職員室に鍵を戻して、学校を出た。
二人きりの帰り道。
私達は黙って歩いている。
うーん、何か話をしないと……。
思えば、地元に同い年の男の子そんなに多くなかったからな……。
この年の男の子はどんな事に興味あるのかな?
そんな事を考えていたら、塩津君が止まった。
私も止まる。
「あの高月さん、どこまで付いてくるの?」
「ご、ごめん。決して、家に行こうなんて思っていないから!」
「いや、既に家なんだけど」
「え?」
塩津君は玄関を指で刺した。
表札には塩津と書かれてあった。
考えている間にまさか塩津君の家まで行っていたなんて……。
そういえば、家から学校に近いと言ってたがここまで近いとは思わなかった。
ワザとじゃないとはいえ、家に来てしまったのはさすがにマズい気がする。
この場を早く去るに限る。
「じゃあ、また明日……」
「拓也!」
と、帰ろうとしたら五十代ぐらい女性が立っていて塩津君に向かって名前を呼んだ。
そして女性は私に視点を合わす。
取りあえず、会釈をする。
が、女性は無言で私を見る。
そんなにまじまじと見られても困るだけど……。
そしたら、女性は塩津君にヘッドロックをかけた。
更に頭部をグーで殴る。
「入学してまだ数週間しか経っていないのにもう女の子に手を出すなんて! この! この!」
「母さん、痛い! 痛い!」
塩津君はお母さんの腕にタップをするが、完全に無視。
それどころか脳天をぐりぐりと捏ねている。
普通ならこんなに公衆の場で大声で叫んでいたら、少なくとも近所の人が見に来るものだが、通りすがりの人達は「また、あの二人やってるな」という顔でさほど興味が無さそうな感じだった。
そのやりとりは二分ぐらい続いた後、塩津君のお母さんは塩津君をやっと解放した。
かなり痛かったのか塩津君はその場で蹲っていた。
塩津君のお母さんは私の側に来た。
「ごめんね。ところでどちら様でした?」
今、その質問するの?
内心そう思いながら、質問に答える。
「塩津君の同じクラスで同じ部活に所属しています高月ちひろです」
自己紹介して、改めて会釈した。
「そうですか。いつもうちのバカ息子がお世話になってます。紹介が遅れました、拓也の母です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「こんな場所で話もなんだから、家に入って」
え、初対面なのに家に入れるの?
これはちょっとマズい。
私はそう思い、すぐに断った。
「時間が時間なので、今日は遠慮します」
「そんな事を言わずに」
「母さん、とっくに六時過ぎているんだよ。今日は無理だけど、後日来てもらえばいいでしょう?」
「うーん、わかった」
塩津君の説得に塩津君のお母さんは納得した。
塩津君のお母さんは私の手を握った。
「高月さん、近いうちに家に遊び来てね」
「は、はい」
「高月さん、本屋まで送るよ」
「ありがとう。じゃあ、お願いね」
「約束だよ」
「母さん、もうそれはいいから」
塩津君は私を塩津君のお母さんから引き離した。
強引だったけど、多分これぐらいしないと終わらないと思ったのだろう。
百メートルぐらい歩いた後、塩津君が言った。
「ごめんね。うちの母さん、人の都合も考えもせずに行動する人だから」
「大丈夫だよ」
「迷惑なら迷惑と言ってもいいだよ。少なくとも、うちの母さんには言っても構わない」
それは親子だからできるけど、他人の私はできるわけない。
塩津君は話を続ける。
「それに今日は下の姉さんが仕事が休みだから、あまり家にあげたくなかった」
「からかわれるから?」
「そんなところだね」
「ところで塩津君のお姉さんは二人なの?」
「なんで二人ってわかるの?」
「だって、自分で言っているよ」
「言った?」
「言った」
私がそう言うと塩津君が考え始めた。
一分後。
「言ってる」
「でしょ」
自分で言った事に気付いていなかった事に気付いたのか、恥ずかしそうに顔を隠していた。
なんか、その仕草が可愛く感じた。
バツが悪そうに感じたのか、塩津君は話題を変えようとする。
「高月さんは兄弟は居るの?」
「お兄ちゃんが一人いる」
本当はもう少しさっきの話題をしたかったのだが、可哀そうなので終わりにしてあげた。
「どんな人?」
「普通の会社員。でも、オンラインゲームではどんなジャンルのゲームでもランキング上位に出て来るぐらいの上級ゲーマー。最近ではゲーム実況の動画を流して、お金を稼いでいるみたい」
それ聞いて塩津君は黙る。
まあ、黙るわね。
ここ一年ぐらい羽振りのいい生活をしているなと思っていたらそんな事をしていただからね。
そのおかげで「入学祝いだ」と言って、五十万円とノートパソコンを貰ったから文句は言えない。
そんな話をしていたら、本屋に着いた。
「じゃあ、俺は本屋に寄るから」
「私も寄ろう」
「これ以上遅くなったら、親戚の人が心配するぞ」
「大丈夫だよ」
私が言うと塩津君は少し考えた。
「十分で戻って来るからここで待っていて」
「どうするの?」
聞いたが塩津君は店から出てしまった。
ああ、行っちゃった。
何をするだろう……。
仕方なく待つことにした。
十分後。
塩津君は背中に鞄を背負い息を切らして、私のところに来た。
「お待たせ」
「どうしたの? そんなに息を切らして」
「家に帰って自転車を取ってきた」
「どうして?」
「もう暗いから。女の子一人歩きは危険だよ」
それだけの理由で。
ここは街だから、暗いところなんてないだけど。
田舎だったら話はわかるけど……。
とはいえ、心配してくれるだからここは甘えておこう。
じゃないと塩津君の行為が台無しになるからね。
「じゃあ、よろしくお願いします。でも、せっかく本屋に来たから本を見て行きたい」
「いいよ。それは俺も同じだから」
私達は本を見て行くことにした。
「どういう本が好きなの?」
「俺はあれだな」
文庫本のコーナーに向かった。
そして、一冊の本を手に取った。
「この人が書く作品が好きだな」
塩津君がその本を私に渡した。
少しだけ読んでみた。
うーん、面白いとは思うが途中に挿絵が無い本はさすがに厳しいな。
「高月さんはどの本が好きなの?」
どうやら、この手の本は苦手なのを察してくれたようだ。
本を棚に戻して、私は女子向けのライトノベルのコーナーに向かった。
そして、本を手に取った。
「私はこれ」
私は塩津君に渡した。
早速読み始める。
邪魔してはいけないと思い、少し離れたところで新刊を試し読みする。
五分後。
そろそろ、いいかな?
私はそう思いながら塩津君を見たら、まだ読んでいた。
え、まだ読んでる?!
漫画ならともかく文庫本でここまで立ち読み人はなかなかいないよ。
視線を変えると別の学校の制服を着た女子生徒が離れたところに居るが塩津君が居るので近付くことができないようだ。
これはいけないと思い、私は塩津君に声をかける。
「この本、面白いでしょ?」
「面白い。買おうかなと考えたけど、この本を男の俺がレジに持っていくには勇気がいるなと考えていた」
そこまで好きになったの?
正直、子供っぽい内容だからバカにされると思っていただけに意外だった。
「私持ってるから貸すよ」
「ありがとう。これで恥を掻かずに済む」
安心したという顔していた。
まあ、確かに女子向けの本を男の子が買うのは勇気がいるかも。
エッチな本なら「男の性だから仕方ないだろ」と言い張れば通るからね。
結局、何も買わず本屋を出た。
そして、塩津君は私を家まで送ってくれた。
「ありがとう。送ってくれて」
「ううん、気にしないで。これも渡したかったから」
そう言いながら、背中に背負っていたカバンからキーボードを取り出した。
「俺の使い古しキーボードだけどあげる。タブレットの直接入力より早く入力できるよ」
「いいの? 高い物でしょ?」
「いいよ。自分は新しいのがあるから」
「じゃあ、貰うね。ありがとう」
「説明書も一緒に渡しておくね。Bluetoothを使えばいいから」
「う、うん。ブルートゥースね」
「じゃあ、明日」
「うん、明日」
塩津君は帰って行った。
ブルートゥースって、何?
私にまた意味不明のキーワードが現れた。
夕食を食べお風呂に入った後、ブルートゥースの設定をすることにした。
が、一時間になっても設定ができなかった。
そんな事をしていたら、あかね姉ちゃんが仕事から帰ってきた。
今日の経緯を説明してから、設定の仕方を教えて貰えるようにお願いした。
「ふーん、わかった。いいよ、教えてあげる」
「あかね姉ちゃん、ありがとう」
「ところで一つ聞いていい?」
「何?」
「普通、プレゼントにキーボードを選択するなんて変わった男の子ね」
「だから、部活に使う為なんだよ」
「それでも私からしたら変わっている。私が男だったら、初めのプレゼントは女の子が喜ぶ物にする」
「それはそうなんだけど」
なんか、あかね姉ちゃん勘違いしているような気がする。
「まあ、初めのプレゼントは変わった物を渡してちひろちゃんの印象を留めるという作戦もありといえばありかもね。ただ、選択の仕方を間違えたら最悪な事態になるかもしれないけどね」
「あかね姉ちゃん、お願いだから設定の仕方を教えて下さい」
いつまでもこの話ばかりしている場合じゃない。
今日はいつもより課題が多いから設定を早く終わらせたい。
「仕方ないな、もう少し聞きたかっただけどな……」
良かった、早く打ち切ってくれて。
あかね姉ちゃんだけじゃないけど、この手の話題は女子は好きだからな。
女子の私がそう思うのもなんなんだけどね……。
「じゃあ、教えるね。タブレットとキーボードのペアリングするの」
「ペアリングって、何?」
「例えるなら、ちひろちゃんとこのキーボードをプレゼントした彼と電話番号を交換する事だね」
「彼氏ではありません! クラスメイトで部活動の仲間です!」
「そうそう、クラスメイトで部活動の仲間ね」
私が否定するが、あかね姉ちゃんはあまり真剣に受け取っていないようだ。
ああもう、正直に全部言うじゃなかった。
あかね姉ちゃんは一通り楽しんだ後、ペアリングの仕方を教えてくれた。
設定に仕方を改めて教えてもらうと確かに電話番号を交換するような感じだった。
「お姉ちゃんの言った通りだったでしょ?」
「うん。あかね姉ちゃんの言う通りだった」
「一つだけ注意してね。Bluetoothはセキュリティが弱いから、使用していない時は必ずオフしてね。じゃないと、タブレットに悪いプログラムが侵入して勝手にアプリが起動するから」
「例えば、どうなるの?」
「カメラのアプリが勝手に起動して、着替え姿を盗撮される」
「本当にそんな事あるの!?」
「実際に起こった事例だよ。幸い、犯人が特定されて捕まったから良かったけど。これは本当に稀な話でほとんどは泣き寝入りだよ」
「うん、わかった。絶対にする」
「見知らぬ人が居る時は基本的には使わない事だね」
「Bluetoothは部活の時だけにする」
「もしかしたら、ちひろちゃんの着替えが見たくて……、そんな事しなくてもいいか。いずれ、生で見れるからね」
「塩津君はそんな事する人ではありません! それと見せるつもりはありません!」
あかね姉ちゃんはすぐにそっちに方向にもって行く。
本当に楽しんだようで、満足な顔をして部屋から出て行った。
その分、私は疲れただけどね。
とはいえ、設定は無事済んだから課題をやらないと。
タブレットの課題の欄を開く。
うわっ、多いな。
でも、やるしかない。
そう自分に言い聞かせて、課題を始めた。
次の日。
今日一日の授業を全て終えて、私と塩津君は部室に居た。
部活動を始める前にお互い昨日の事を話した。
「設定はできたんだ」
「任せて。これぐらい、大した事ないよ」
本当はあかね姉ちゃんに教えてもらっただけどね。
「Bluetoothの事を言った時、動揺したから大丈夫かなと思ったけど……」
「私はクラスで二番目、塩津君の次にタブレットの設定をしたんだよ」
「そうだったね。これは失礼」
塩津君は軽く謝った。
もしかしたら、他人に教えてもらった事に気付いているかもしれない。
だけど、追究はしない。
私は塩津君の優しさに甘えることにした。
「ところであの後、お母さんは何か言っていた?」
「何を?」
「私の事」
「ああ」
そう言うと思いだしたのか、少し嫌な顔をした。
ああ、またやっちゃった。
「ごめんなさい。なんかやりましたか?」
「いや、高月さんは何もしてないから謝ることはない。うちの母さんが変な勘違いをしただけ」
「勘違い?」
私が聞くと塩津君は昨日の夜の出来事を説明した。
家に帰った後、すぐに塩津君のお母さんが私のことを聞いてきた。
塩津君は私の事はクラスメイトで部活の仲間だと説明した。
しかし、全く信じなかったようだ。
クラスメイトというだけで家に来るわけない。
どうせ、あの娘を騙して家に連れ込もうしたんでしょ。
と、塩津君が犯罪者扱いしていた。
それでも根気よく説明して誤解は解けたようだ。
すると、今度は別の方向の話になった。
よくあんなレベルが高い女の子と友達になる事ができたね。
拓也とあの娘が一緒に居るところを見るとまさに美女と野獣という言葉が合う。
あの娘と一緒に居られるのは奇跡と言っても過言じゃないね。
絶対にあの娘を泣かせるような事はダメだからね。
泣かしたら母さんは許さないよ。
と、実の母親から脅迫を受けたようだ。
「まあ、こんな感じかな」
塩津君は淡々と答えたが、途中から私はとっても恥ずかしかった。
レベルが高いとか美女とか言われるとは思わなかった。
いけない、これを真に受けたら実は嘘でしたと言われてバカにされるかもしれない。
「本当にそんな事を言ったの?」
「言ったよ。母さんは良くも悪くも正直に言うからね」
言ったんだ……。
真顔で言っているから嘘ではないようだ。
「あの様子だと高月さんのことを気に入った感じだね」
「そうなの?」
「うちの姉さん達が就職してから母さんと一緒に居る時間が少なくなって寂しいだよね。だから、高月さんみたい子だが居て欲しいだよ」
寂しさからという理由で気に入られても困るだけど……。
でも、それだけ娘さん達の事が好きなんだな。
「で、今日が学校行く時に『今日、高月さんは来るの?』と言ってきた」
私、塩津君のお母さんに凄く気に入られてる。
昨日、あの数分間で私は何かしたのかな?
どんなに振り返っても自己紹介したことしか思い出せない。
「それでどう答えたの?」
「来ないと答えた」
塩津君は不満そうに答えた。
実の息子より他所の娘を興味があったら、多少は不満も出るよね。
話題を移した方がいいよね。
「お父さんとお姉さん達は私の事言っていた?」
「親父は高月さんのことは大事にしなさいと言っただけ。下の姉さんは会わせろとうるさかった。上の姉さんは特に何も言わなかった」
「そうなんだ」
お父さんは親の立場を意見しただけ。
下の姉さんは女子らしい行動。
ここまでは予想した通りだけど、上の姉さんが反応しなかったとは意外だった。
弟の行動に無関心な姉もいてもおかしくないか。
話をここで打ち切って、私達は小説を書き始めた。
さすがキーボード。
タブレット直接入力より断然にスピードが速い。
Bluetoothを開発した人に感謝したい。
昨日、コンピューターウィルスが侵入しないようにセキュリティソフトもインストールした。
月額五百円は痛いけど、盗撮盗聴をされるよりはましだ。
「ねえ、高月さん」
「なに?」
「俺のことは何か言っていた?」
ああ、そうか忘れていた。
キーボードを貰ったから、私の家だってなんだか反応はあってもおかしくないよね。
私は昨日家であったことを喋った。
全て言い終わると塩津君が言う。
「高月さんのいとこの姉さんは本当に高月さんが好きなんだな」
「好かれることは悪いとは思わないけど、あかね姉ちゃんに関しては少し過剰なところがあるから」
「きっと、いとこの姉さんは高月さんみたいな妹が欲しかっただよ」
「そうなのかな?」
「そうだよ。うちの姉さん達もそうだったからね」
「それって、あまりにも悲しくない?」
「俺は気にしていない」
塩津君は私の気持ちとは反対で結構あっさりしていた。
「高月さんのいとこの姉さんとうちの姉さん達、感覚が似ているな。会わせたら、すぐに意気投合しそうな気がする」
「会わせてみる?」
「止めてくれ。結果が見えている」
塩津君が遠くの空を見た。
これは私が思っている以上に散々な状況を想像しているようだ。
これは本当に止めておこう。
塩津君は腕時計を見た。
「あ、四時過ぎてる。本格的に作業しないと」
予想以上に時間が経っていた事に驚いた。
私達は急いで作業を始めた。
そして、五時半になり今日の部活動を切り上げた。
昨日みたいに完全下校時間までやるのは良くないと塩津君が判断したのだ。
多分、私の帰宅を配慮してくれたのだろう。
部室を出る前に私は昨日約束した本を塩津君に渡した。
「はい。これ」
「ありがとう。昨日の続きが気になって仕方なかっただよ」
心底喜んでいた。
ここまで喜ばれると貸した甲斐がある。
そして塩津君と一緒に帰る。
会話も自然と弾む。
だけど、家の近くで別れた。
さすがに昨日ようなヘマはできない。
行ってしまったら、確実に塩津君のお母さんに捕まる。
今日は時間が早いから間違いなく家に入れられる。
それをやったら、塩津君の機嫌が悪くなるだろうな……。
そう思いながら家に帰った。
それから一か月が経った。
部室は私と塩津君、そして木之本君とまことちゃんが居た。
私は執筆活動、まことちゃんは木之本君の付き添い、そして塩津君と木之本君は一週間後の昼休みに行われる放送の構成を考えていた。
「なあ、真君。こういうのは普通は放送作家みたい人がやらないのか?」
「一年は構成とかは自分でやるのが普通なんだ。それをに見せて部長に了承されば、それが行われるし、ダメなら部長の構成で行われる」
「厳しすぎる。たかが昼休みに流す校内放送だろ」
「拓也君、気持ちはわかるよ。でも、去年あの事件が起きたからそれ以降チェックが厳しくなっただよ」
木之本君は塩津君を宥めるように言った。
それを聞いて塩津君は黙る。
これは受験勉強していた私でも知っている事件だ。
全国ニュースにはならなかったが滋賀県内ではかなり話題なった。
それは他校の悪口を言った校内放送がYouTubeに上がってしまったからだ。
多分、上げた本人は面白かったからYouTubeに上げただけだろうと思うけど、悪口を言われた他校からしたら憤慨もの。
この件が滋賀県教育委員会の議題まであがり、最後には名誉棄損で彦根南高校に争訟状が来たぐらいだ。
なんとか和解は成立したが、その代償としてその年の全国高等学校放送部全国大会は辞退することなった。
すると、塩津君も観念したのか構成を考えることしたようだ。
「だいたい、このような構成で行われているからこれでいいじゃないのかな?」
塩津君の書いたメモを見た。
いかにもやっつけに書いた内容だった。
オープニングトーク→音楽をかける→フリートーク→音楽をかける→エンディングトークとしか書かれなかった。
「もう少し、具体的に書いてほしいな」
「放送部員じゃない俺に言われても困る」
どうやら、木之本君はこれと似たような案を部長に見せて没になったのようだ。
それで塩津君にいいアイデアが無いか相談しに来たらしい。
私は二人には聞こえないようにまことちゃんに言う。
「ねえ、まことちゃんも考えてあげたらどうかな?」
「考えたよ」
そう言いながら、タブレットのメモアプリを起動させた。
メモにはこう書いてあった。
オープニングトーク。
季節か天気に合わせた内容か自分の最近の近況を話す。
音楽。
今日の放送担当の人が好きな音楽をかけるのが良い。
フリートーク。
お題に合わせて話すのベター。
音楽。
生徒からリクエストに答える。
エンディングトーク。
今日の反省かフリートークで喋り足りないところ(いわゆる補足)をする。
「完璧なプランだね」
「そう」
まことちゃんはそっけなく言ったけど、口元は少しだけニンマリしていた。
素直に喜べばいいのに……。
「なんで、こんな完璧なプランがあるのに言わないの?」
「待っているの」
「待っているの?」
私は首を傾げながら言う。
それを見たまことちゃんは答えた。
「今、真君困っているでしょう?」
「困っているね」
「困り果てて、あたしのところに来た時にこのプランを提供するの」
「今じゃあ、ダメなの?」
「ダメ。あたしのところに来ないと意味が無いの」
「どうして?」
「そうすれば、真君の中であたしは頼りになる女の子と認識されるでしょ」
「そうだね」
「これで真君の心を鷲掴み」
ああ、やっとわかった。
要はまことちゃんは木之本君の頼られる女性になりたいだ。
確かに木之本君はかなりのイケメン。
多分、いや間違いなく狙っている女子は居る。
だけど、告白は誰もできない。
もしすれば、抜け駆けとして一気に仲間外れにされる。
それだけは避けたい。
となると方法は一つ。
木之本君から告白されることだ。
自分が告白される対象になる為にそれが水面下で行われている。
それを考えたら、まことちゃんは他の女子より少しだけ有利だ。
従妹というアドバンテージがあるからだ。
一緒に居たとしてもおかしくないからだ。
とはいえ、まことちゃんもそれを多用すると危険だとわかっているので最低限のところで押さえている。
第三者の私から見たら、とても踏み込めない世界だ。
木之本君はそれに気付いているのかな……。
まことちゃんが絡んでいるから心配になる。
私ができる事は木之本君の隣はまことちゃんであってほしいと祈るだけだ。
「これでいいか?」
「これならOKが出るよ」
「そうか。じゃあ、帰ってくれ」
塩津君は木之本君を追い返すように言った。
しかし、木之本君はその事には気付くこと無く部室から出ていた。
「結局、助けたんだ」
「これ以上、作業を遅れらせたくない」
塩津君はうんざりしながら言った。
確かにあの様子なら、構成を先に作った方がいいかもしれない。
え、作った?
という事は……。
私はチラッとまことちゃんを見た。
そこには憎悪の念を全開に出しているまことちゃんが居た。
口は動いているが言葉は出ていない。
よくもあたしの計画を邪魔をしたな。だから、塩津は嫌いだ。
と、今に言い出しそうな状況だ。
だけど、さすがに木之本君を助けたのだからそれを言うことはできない。
手助けした本人は全くと言ってもいいぐらいこの状況に気付いていない。
うーん、この様子だと前にもまことちゃんが立てた計画がことごとく塩津君が潰されているだろう。
これを考えると塩津君が少しいやかなり哀れな気がする。
私はまことちゃんの側に行った。
「ねえ、まことちゃん落ち着いて」
「ちひろちゃん、大丈夫。落ち着いているよ」
ダメだ。落ち着いていない。
私はまことちゃんと一緒に部屋を出て、昇降口の側にあるジュース自販機のところに行った。
「何か飲む?」
「うーん、野菜ジュース」
「わかった」
お金を出そうとしたら、まことちゃんは財布を出すのを止めた。
「気持ちだけ受けて取っておくよ」
「でも、誘ったのは私だし……」
そう言うとまことちゃんは首を横に振った。
「あたしは友達とは常にフェアでありたい。ちひろちゃんだったら、なおさらだよ」
「わかった」
私はまことちゃんの気持ちを組んだ。
もし、これ以上したらまことちゃんの思いを害することになるからだ。
まことちゃんは野菜ジュース、私はイチゴミルクを買った。
そして、私の教室に行った。
「ちひろちゃん、ごめんね。気を使わせて」
「別にいいよ」
「うーん。本当に上手く行かないな。そんなあたしって頼りなく感じるのかな?」
「どうして、そんな事を思うの?」
「だって、真君。悩み事があってもいつも他の人に相談する。あたしのところに来ない」
少しだけ寂しい顔をした。
好きな人に頼られない。
自分に何か落ち度があるのかと考えてしまう。
私もその状況になった事があるから気持ちはわかる。
なんでもいいから否定しないと。
「多分、木之本君はまことちゃんに心配をかけたくないだよ」
「それだったら、あたしの前で塩津に相談しないよ」
ああ、しまった。言葉の選択を間違えた。
早く、次の言葉を考えないと。
「塩津君は年上だから相談したじゃないのかな」
「十歳以上年上なら納得できるけど、一つ年上だけで何が違うの」
ああ、これもダメか。
どうしよう、どうしよう?
「ちひろちゃん、また気を使わせてごめんね。これで終わりにするよ。解決したのだから、いつまで言っていても仕方ないからね」
私が戸惑っているとまことちゃんがフォローしてくれた。
まことちゃんは本当に優しいな。
「ところでちひろちゃんはどんなジャンル小説を書いているの?」
「不思議な要素が入った恋愛ものだよ」
「そうなんだ。あたし、てっきりGLものかなと思っていた」
……見た目で判断しないで。
正直、あのジャンルは好きではない。
一度読んだことがあるが、何がいいのか全く分からなかった。
もちろん、否定はしない。
あれがいいと思う人達がいるからだ。
ただ、私にあれをいいと思わない。
女同士という時点で現実離れをしている。
架空の話だから言われればそこまでだが、やっぱり私は好きになれないの事実だ。
「見せて」
「ダメ」
私はきっぱり断った。
まことちゃんは多分だけど、ただ見たいだけど思う。
人に見せられる程の作品ではという理由もあるが、そんな考えではいくら友達でも見せたくない。
やっぱり、ある程度の興味を示してほしい。
まことちゃんは仕方ないなという顔をした。
この様子だと今日は諦めるけど、日を改めて見るつもりだな。
そうは問屋が卸しませんよ。
絶対に見せませんからね。
「不思議な要素が入った恋愛ものって、何? ファンタジーって事?」
どうやら、本当に諦めたようだ。
これなら警戒せずに会話ができる。
「あくまでも現実世界をベースに主人公達に不思議な事に巻き込まれるの」
「そして、解決することで主人公達の思いが惹かれ合うのね」
「まことちゃんの言う通りです」
まあ、ありきたりなストーリーだからわかるよね。
「小説って、全部文字だけで表現をしないといけないから大変だよね。漫画なら絵もあるから表現しやすいけど。なんで、小説で書こうしたの?」
「うーん」
まことちゃんの質問に私は悩んだ。
答えられないわけじゃない。
どう答えたら解りやすいのか、考えているのだ。
考えた末、私は自分のタブレットを出して絵を描いた。
「これを見て」
「下手ではないけど、上手くもない絵だね」
「そう。私の画力では漫画にする価値が無い。だから、小説にしたの」
「でも、挿絵ぐらいはあった方がいいと思う。あたしが描いてあげるよ」
「いいの?」
「いいよ。あたし、中学の美術は五だから絵には自信ある」
「じゃあ、お願いします」
「お願いされました。では、キャラクターのイメージを合わせる為、小説を見せて」
しまった!
そういう事か!
諦めたと思わさせといて、別の方向から攻めていく。
完全に油断した。
まことちゃんの顔を見る。
ニンマリと笑っていた。
前言撤回、まことちゃんは意地悪だ。
しかし、頼んでしまった以上は小説を見せないといけない。
仕方なく、小説を見せた。
笑うだろうな。
あんな、作品では……。
私はそう思っていたが、まことちゃんは一切笑うこと無く真剣に読んでいた。
読み終えるとまことちゃんは自分のタブレットを出して絵を描き始めた。
そして、描き終えて見せてくれた。
「即興で描いたから、若干荒いけどどうかな?」
まことちゃん、そう言っていたが上手かった。
私が描いた時間より短く、画力ははるかに上回っていた。
それだけじゃない私が頭の中でイメージした絵がほぼそのままの描かれていた。
「あれだけの情報でここまで描けるなんて凄い……」
「ちひろちゃん、逆だよ。あれだけの情報があったら、ここまで描かないとダメだよ」
「正直、作品を見せた時笑われると思ってた」
「なんで、笑うの? 真剣に作っている作品をバカにはしないよ」
まことちゃんは真剣な顔していた。
私は少し驚く。
更に喋り続ける。
「今日だって、一生懸命書いているところを見ているし、作品読んだけど一日ではあれだけ量は書けない。日々の積み重ねがあってできた物。その努力の結晶をバカにはできない」
「ごめんなさい。そして、ありがとう」
私はまことちゃんに対して偏見があった事の謝罪と作品を褒めてくれたお礼をした。
まことちゃんはそれを聞いて笑顔になった。
「いいよ。大変だと思うけど頑張ってね」
「ありがとう。それじゃあ、挿絵をお願いね」
「うん。さて、いつでも掛けるようにこの手の絵の勉強しないと」
「どうして?」
「美術で習った絵とは違うからね。商業的な絵は意外と計算されて描かれているから、難しいと真君が言っていたから」
「木之本君はこの手の絵は得意なの?」
「得意な方だね。まあ、真君は基本的に興味がわかないと描かないからね」
「完全な芸術家タイプだね」
「そう。それが災いして美術が四なの」
「それでも四なんだ」
「去年、全国中学美術コンクールで最優秀賞になったから四になった。もし、なっていなかったら三だったかもしれない」
「その最優秀賞を取った絵は見ることできる?」
「いいよ」
そういうとまことちゃんはスマホを取り出してその絵を見せてくれた。
その絵は白い長袖のセーラー服を着たまことちゃんだった。
風景から想像すると多分長浜港だと思う。
まことちゃんの髪とスカートが風で揺れている表現できている。
顔は遠くを見つめている。
まるで、写真に収めたみたいな絵だった。
「はい、おしまい」
そう言って、スマホをしまった。
「ええ、もっと見たい」
「ダメ。恥ずかしいだから」
真っ赤にしながら言う。
本当に恥ずかしようだ。
でも、恥ずかしいならなぜ引き受けたのだろう……。
「なんでモデルを引き受けたの? 絵が上手いって事は知っているから、もしかしたら受賞もあり得るでしょ?」
「真君は基本的にアニメ的な絵を描くから、受賞なんてまず無いと思っていたんだけど……」
「だけど?」
「まさか、この時だけガチで描くとは思わなかったの!」
更に真っ赤になった。
多分、木之本君の成績は落としたくない。
どうにかしてやる気を出させる為にまことちゃんはモデルをしたと思う。
ただ、それが予想以上の結果になってしまった事だ。
「それでもあの絵は綺麗だった。木之本君はそのままのまことちゃんを描けばいいと思っただろうね。自分の好きな絵のタッチで描くことは一切必要無い。それだけ、まことちゃんが良いと思っただろう……、あれ? まことちゃん、どうしたの?」
私が喋っていたら、まことちゃんは両手で顔を隠していた。
「恥ずかしいからもう終わりにして」
どうやら、褒められ慣れていないようだ。
こんなに美人なのに……。
そう、まことちゃんは可愛いという表現より美人だ。
既に幼さが無く大人の女性としても通用するレベルだ。
でも、ここの姿を見るとまだ可愛いという表現も有りかもしれない。
「それにモデルをしたのは真君の役に立ちたかっただけだから」
恥ずかしながら言う。
これを見て、私は気付いた。
「まことちゃんは木之本君の事が好きなんだね」
「うん、好き。小学一年生の時から真君に恋している」
恥ずかしながらもしっかりした口調で答えた。
更にまことちゃんは喋る。
「一年生の時、学校から帰る時に野犬が襲ってきたの。必死に逃げたけど、カバンを銜えられて捕まったの。そしたら、真君が駆けつけて来て野犬を蹴った。真君と野犬の戦いが十分ぐらい続いた。あたしは近く居る大人の人に助けを求めた。そして、警察の人達が来て野犬は捕獲された」
「それで木之本君は?」
「身体中傷だらけ、近くの外科を診てもらえる病院に運ばれたけどあまりの傷の多さに対処ができないと言われ、救急車で大津市の滋賀医大病院に転院された」
「手術したの?」
「もちろんした、六時間以上もかかった」
六時間……。これだけで壮大な手術だとわかる。
「あたしは祈ったよ。必死に祈った。無事であるようにって」
「願いが届いたんだね」
「うん、あの時はそう思った。今は医者達のおかげだと思っているよ」
「聞くまでも無いと思うけど、お見舞いには行ったよね?」
「もちろん、行った。でも、初めて行った時はどう言葉をかければいいのかわからなかった」
確かに相手は手術をするぐらいケガを負っているのに対して自分は無傷。
いくら子供でも言葉を考えてしまう。
「で、どうしたの?」
「とにかく謝ることにした。というか、それしかできないから。行ったら、真君が『まことちゃん、ケガ無かった? 良かった! お父ちゃんがよくまことちゃんを守った。偉いぞと褒められた』と元気な声で言ってくれた。それ聞いてあたし泣いちゃったの」
「元気な姿を見て?」
「うん。それもあるけど、あれが原因で真君に嫌われたと思っていた。だけど、そんな事は無かった。それを知って安心したから泣いたと思う」
確かにあれだけの事があったら嫌われた思ってしまう。
だから、そうじゃないと知った安心感が涙を誘ったんだね。
「真君が退院した時にお母さんが言っていたんだけど、真君のお父さんが真君に『どんなに痛くてもまことちゃんにはそれを絶対に見せるな。元気な姿を見せろ。少しでも見せたら、まことちゃんは自分のせいでこうなってしまったという苦しみを一生背負う事になる。男だったら女を悲しませる事をするなよ』と言っていた。それを聞いたら……」
まことちゃんの目から涙が流れていた。
思い出したのだろう。
まことちゃんの将来を見越した木之本君のお父さんの気遣い。
本当は痛くて苦しんでいたのにそれでも元気な姿を見せた木之本君の気遣い。
そして、自分の不甲斐なさ。
涙が止まる気配は無い。
私はハンカチをまことちゃんに差し出した。
まことちゃんはそれを受け取り涙を拭いた。
「ありがとう。恥ずかしいところ見せちゃたね」
「なんか羨ましいな。好きな男の子に守られているなんて、女の子の憧れのシチュエーションだね」
私は素直にそう思った。
少女漫画ならよくありがちなシチュエーションだから読んでいるとまたかと思ってしまうが、いざ現実にこのシチュエーションがあるとなるとやっぱり羨ましいの一言につきてしまう。
そうなると少女漫画のありがちなシチュエーションはバカにはできないことを知った。
「でも、守られているばかりは嫌」
まことちゃんはポツリと言った。
「どうして? 守られるのが嫌なの?」
「だって、対等じゃない」
そうだ、まことちゃんは木之本君に頼られる存在でありたいんだ。
多分、普段から木之本君はまことちゃんに優しいと思う。
でも、まことちゃんはそれが頼られていないと感じている。
このギャップをどうやって埋めたらいいのだろうか……。
そんな事を考えていたら、まことちゃんが話かけてきた。
「ちひろちゃん、気にしないで。これはあたしの問題だから、自分自身で解決するよ」
「どうして、考えている事がわかったの?!」
「顔に出てるよ。今までの話の流れから考えるとあれが原因だと思ったから」
顔に出てるなんて、私ってダメだな。
せめて、これだけは言いたい。
「ねえ、私がどこまで力になれるかわからないけど、もし私にできる事があったら協力するよ」
「ありがとう。その時はお願いね」
まことちゃんは笑顔で答えたけど、多分自分で解決するだろう。
すると、まことちゃんがスマホを取り出した。
小刻みに震えている。
学校だから、バイブに設定していたんだ。
「もしもし、真君。何?」
嬉しそうな声で言っている。
これが塩津君だったら、私が想像している以上の無愛想な声で対応するだろうな……。、
「終わったんだね。じゃあ、昇降口で待ってるね」
嬉しそうに電話を切った。
「木之本君と帰るの?」
「うん。お母さんが家に着くのが六時過ぎる時は必ず真君と一緒に帰りなさいと言われているの。もう高校生なんだから一人で帰れるんだよ。だけど、お母さんを心配させる悪いから仕方なく一緒に帰っているの。本当に仕方なくだよ」
「……うん、そうなんだ」
まことちゃん、とびっきりの笑顔で否定されても説得力が無いだけど……。
これは間違いなくまことちゃんのお母さんはまことちゃんが木之本君に恋している事を知っている。
でも、まことちゃんのお母さんだけではできない。
木之本君のお母さんも一緒にまことちゃんの恋を応援しているに違いない。
双方のお母さんから応援してくれる程心強いものはない。
「ちひろちゃん、バイバイ。また、明日」
「まことちゃん、バイバイ」
まことちゃんは嬉しそうに教室を出ていた。
いいな。好きな人と一緒に登下校できるって。
そういえば、塩津君はまだ部室に居るのかな?
私はそう思いながら部室に向かった。
入ると塩津君が熱心に作業していた。
出てからずっと作業していたんかな?
すると、塩津君は私を見た。
「あ、高月さん。戻ってきたんだ。てっきり、そのまま帰ったと思っていた」
「私が出た後も作業していたの?」
「ううん。ほんの三分前までタブレットの前で腕組みをしていた」
「で、今降りて来たんだ」
「そう。だから、忘れないうちに書いている」
その気持ちわかる。
特にこの部活に入ってから、何かいいシナリオが浮かぶととにかくメモを取るようになった。
いかんせん、いいシナリオは時と場所を選ばない。
突然やって来る。
それに待ってくれない。
来たらすぐに捕まえないと去ってしまう。
常に捕まえる状態を作っておく必要性がある。
私は塩津君の作業が終わるまで待ってる事にした。
十分後。
塩津君は「ふう」と一息入れた。
どうやら、一通り書けたようだ。
「終わった?」
「取りあえず、降りて来た分は書けたと思う」
そう言いながら、帰り支度をしていた。
「待たせて、ごめん。帰ろう」
「うん」
そう言って私達は部室を出た。
帰り道、私はさっきまでの出来事を話した。
全部話した後、塩津君は喋る。
「そうか。そんなつもりじゃなかっただけどな……。これからは控えるようにするよ」
「一つ聞いていいですか?」
「何?」
「まことちゃんが木之本君のことが好きな事を知っていましたか?」
「知っていたよ。小学一年の時からだからもうすぐ十年だな」
「やっぱりあの時からなんだ」
「あそこまでの男気を見せたら、惚れない女はいないだろう。正直、俺にはあんなマネできない」
塩津君がここまではっきり言い切る事は余程の事だろう。
「これは木之本さんは知らない事だけど、手術を終えた時の生死の割合は五分五分だったよ」
「え?! それって、死ぬ可能性もあったの?」
「あった。親父と一緒にお見舞いに行った時、看護師さんが子供の入室は遠慮して下さいと言われただよ。それでも看護師さんの隙を狙って入室した。そこで見たのは身体中に無数の縫い針の後があった真君の姿だった」
その姿を想像しただけで、背筋がゾッとした。
「今思えば、あの姿は子供には衝撃が大きい過ぎるから配慮だった。入室したのを親父に見つかってグーで殴られた。その後、親父と一緒に真君の両親と看護師さんに謝罪したよ。看護師さんはガラス越しだから大丈夫と言われたけど、親父には二度と連れて行かないと言われた」
「それは言われるでしょ」
「その後も親父とお姉ちゃん達は二回行ったけど、俺は連れてもらえなかった」
「行こうしてたの?」
「うん。でも、言ったら今まで見た事は無いぐらいの冷酷な顔した。すぐにごめんなさいと謝った」
それを言った後、思い出したのか顔が少しだけ青くなった。
子供の頃の恐怖は後にトラウマになると言うが完全にその状態なっている。
話題を変えよう。
「もうすぐ、中間考査だけど勉強してる?」
「してるよ。一年遅れて入学しているから下手な結果を出すわけにはいかない」
そうだ。塩津君は一年遅れて入学していたんだ。
入学当初は年上として敬っていたけど、最近はすっかり忘れて同い年みたい接していた。
なんか、全く年上って感じがしないだよね。
そういえば、クラスに居る時の塩津君はそういう雰囲気を作っていない。
もちろん、みんなは塩津君が年上という事は周知されている。
でも、みんな同い年のように塩津君と接している。
呼び捨てされても気にせずに対応している。
普通だったら、注意するものだが塩津君は全く気に留めていない。
それだけ塩津君の器が大きいという事だ。
「で、高月さんはどうなの?」
「全然、やっていない」
「嘘でもいいから、やっていると言ってくれ。じゃないと俺が惨めになる」
ああ、しまった。墓穴を掘ってしまった。
これは先月の小テストの事を言っているのだな。
進学校だけあって、定期考査以外にも抜き打ちに近い小テストがある。
これでいかに普段から勉強しているかを図っているのだ。
で、先月その小テストが行われた。
結果は塩津君と同じ学年同率一位。
全然勉強していなかったので焦ったが、そんなに難しい問題は出なかったのが救いになって一位を取る事ができた。
余呉先生は学年一位が二人自分のクラスから出たことに大変嬉しそうにホームルームで報告していた。
クラスのみんなにはもちろん他のクラス人達からもよくあんな難しいテストを一位取るなんて凄いと称賛された。
そんなに難しい問題だったかな……と思いながらもみんなに合わせて「難しかったね」と答えていた。
私は塩津君に「あの小テストって、そんなに難しくなかったよね?」と聞いたら、「小テストとは思えないぐらい難しかったぞ」と反論された。
まさか、同率一位だから賛同してくれると思っていただけに次の言葉が出てこなかった。
これは塩津君も強く言い過ぎたと思ったのか、すぐに「ごめん。強く言い過ぎた」と謝ってくれた。
終わりにしてくれたのに自分から掘り起こすなんて……、
黙っていたら、塩津君が話しかける。
「なんだろうな。高月さんって、本来なら特進クラスに居てもおかしくない実力なのに、普通科に居るのが不思議で仕方ない」
特進クラス。
一年D組の別称。
AからC組までは生徒は三十五人。
だけど、D組は生徒は十人しかいない。
というより、今年は十人しか特進クラスの合格者がいなかった。
それだけ特進クラスの入学条件が厳しいのだ。
「特進クラスだと、メリットあるの?」
「特に無いな。私立なら学費全額免除や成績優秀者には国立大学の推薦が貰えるという特典があったと思う。公立だからせいぜい、特進クラス限定の先生の授業を受けられるぐらいかな」
「ええ、それだけ。それなら、普通科でいい。特進の人達はよく耐えられるね?」
「それだけ先生達が優秀なんだよね。実際に特進クラスの卒業生全員が一流大学に進学しているから、実績は十分にある」
それを言われるとそれなりに特進クラスに行くメリットがあると感じる。
私が感心していると塩津君が付け足したように言う。
「まあ、特進クラスだけあって毎週金曜日はテストだけどね」
なんかメリットよりデメリットの方が多いような気がしていた。
やっぱり、私は普通科でいい。
うん? そういえば、一年D組ってどこにあるだろう……?
少なくとも、私のあるクラスの近くにはない。
「ねえ、一年D組って、どこにあるの?」
「特進クラスは一年から三年まで、特別棟にある」
「特別棟?」
「そう、特別棟。特進クラスの為に建てられた棟。勉強に集中する為にね」
「優遇過ぎじゃないの?」
「言うと思った。ちゃんと理由はあるんだよ。特進クラスの人達が一流大学合格すれば、彦根南に進学すれば一流大学への近道になると受験者に評判になる。それだけで彦根南の名前が知れ渡るという仕組みだよ」
「つまり、卒業生は広告みたい扱いしている事?」
「確かにそう捉えても仕方ないのかな。でも、本人達は一流大学に進学できるから、これぐらいの事をしてもいいと思っているじゃないのかな?」
いいのかな、それって……。
卒業生の人達がいいのならそれでいいか。
本人達に聞いてはいないが私のなかで良しとした。
「じゃあ、特進クラスの人達に会うことは無いね」
「そうだね。登下校か体育祭や文化祭等の行事がない限り会う事無いし、それに特進クラスって言っても制服は同じだから誰が特進クラスかわからないけどね」
それもそうか。
漫画なら、なんか派手な制服になっていて普通科の生徒から羨望と妬みの視線を受けるという感じだけど、現実は特進クラスの為に専用の制服を作る事は無いね。
そんな会話をしているうちに塩津君の家の近くまで来たのでここで別れた。
次の日。
いつも通りの時間に起きて、いつも通りの時間に家を出て、いつも通りの時間に学校に着いた。
今日もいつも通りの生活が始まると思っていた。
下駄箱の蓋を開けるまでは。
今日の数学一番に当てられるから嫌だな。
そんな事を考えながら、蓋を開けた。
すると、上履きの上に一通の手紙があった。
手紙?
なんだろうと思いながら、手紙を鞄に入れた。
自分の席に座り、手紙を読んだ。
五行ほど読んだ後、慌てて手紙をポケットにしまって教室を出た。
トイレに行き個室に入った後、もう一度手紙読んだ。
やっぱり間違いない。
これはラブレターだ。
どうして、私になんか……。
その疑問は読んでいくうちにわかった。
この手紙の男の子は私に一目惚れしたようだ。
返事は今日の放課後。校舎の裏庭のベンチで待っています。
うーん、好かれるのは悪い気がしない。
けど、見知らぬ男の子から言われるのはちょっとだけ抵抗ある。
どうしよう?
考えようとしたが、朝のホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴ったので結論は保留になった。
そして、放課後。
決めた。断ろう。
いくら好かれていても、見知らぬ男の子とは付き合うことはできない。
相手の男の子を傷付けることになるけど、それは覚悟している。
一番大事なのはどう上手く断るかだ。
普通に断っても異性から嫌われることは無い。
だが、同性から嫌われる可能性はある。
下手に断るとその両方から嫌われる。
それだけは避けたい。
となると、あれが一番最適だろうな。
でも、できればそれは使いたくない。
そう考えながら、私は待ち合わせ場所に向かった。
校舎の裏庭にあるベンチの近くに来た。
物陰からベンチのある方を覗いた。
居た。
それはそうだよね。
呼び出した本人が居ないわけがないよね。
もし、なんだかの事情ができて居なかったら、待ち合わせ時間に行って大きな声で「なんだ、いたずらか」と言って、すぐその場を離れれば一応体面はつくと考えていたのに。
仕方ない、覚悟を決めて行くか。
そう決意して、私は男の子の所に向かった。
男の子は私を見つけると立ち上がった。
「高月さん、来てくれたですね。良かった、来なかったら、どうしようと考えていました」
そうだよね。
来ない可能性もあったからね。
あ、その手もあったな。
いや、それはいくらなんでも不誠実すぎる。
しなくて良かった。
「あの、手紙の差し出した方ですか?」
「はい」
「あの、名前を教えてくれませんか? 手紙には書いて無かったので」
「あ、すみません。僕は一年D組の加田明彦です」
D組?! 特進クラスの人。
昨日、特進クラスの人とは会う機会なんてないと話していたのにまさかこんな風に会うとは思いもしなかった。
そこから三分沈黙が続いた。
ちょっと、何か喋ってよ。
校舎の裏庭だからいいけど。
人通りが多かったら、逃げ出したいよ。
仕方なく、私から喋る。
「あの、何か用でしょうか?」
「あ、すみません。実は高月さんに伝えたい事があります」
やっと、話が進んだ。
正直、この時点で彼氏候補から脱落しているんけどね。
塩津君ならすぐに言っちゃうのにな。
そんな事を考えていると加田君が大きく深呼吸した。
「高月さん、お話があります」
どうやら、覚悟を決めたようだ。
「実は僕加田明彦は高月ちひろさんが好きです。どうか僕とお付き合いしてください」
ああ、言われちゃった。
できれば、言わずに去ってくれたら良かったのに。
でも、告白したのだから返事はしなきゃ。
「ありがとうございます」
「それじゃあ、お付き合いしてくれるですね」
「いえ、違います。さっきのは告白してくれたお礼です」
「じゃあ……」
加田君の顔が一瞬に曇った。
そうなるよね。
もう既に答えは出ているけど、ちゃんと答えないと。
「ごめんなさい。お付き合いはできません。本当に申し訳ありません」
私は加田君に対して深々と頭を下げた。
勇気を出して言ってくれたからこれぐらいはしないとダメだろう。
頭を上げるとショボーンと落ち込む加田君が居た。
これ以上見ていると罪悪感が出てしまう。
早くここから離れよう。
「それでは失礼します」
それだけ言って離れようとしたら、加田君が私の前に出て進行を妨げた。
驚く私を無視して、加田君は大きな声で私を呼んだ。
「高月さん!」
「は、はい」
「僕、高月さんの理想の男になります! だから、高月さんの理想の男性像を教えて下さい!」
ええ、そっちの方向に行く?!
今までは断われば、それで終わったのに。
真剣な顔で私を見る。
理想の男性像と言われても考えもしなかった。
考えてみたが浮かばない。
とはいえ、いつまでもこのままでいけない。
いっそ、今は誰もお付き合いするつもりはないですと言うべきか。
それだと、お付き合いする気持ちになるまで待ちますと言われる可能性がある。
うーん、どうしたら……。
仕方がない、あれしかないか。
「加田君」
「はい」
「実は同じクラスの男子とお付き合いしているの。だから、ごめんなさい」
「もしかして、いつも放課後に一緒に帰っている人ですか?」
「はい」
「そうか。やっぱり、付き合っていたのか」
加田君は肩から力を落とした。
ごめんね。
言葉にはせずに謝った。
何度も言葉にするとわざらしくなるので言うのを止めた。
加田君はそのままの姿で私の側から離れていた。
さすがに彼氏持ちとわかれば、諦めるしかない。
さて、次はこっちの問題を解決しないと。
なんせ、加田君の交際を断る為に嘘を付いた。
しかも、全く関係ない塩津君を巻き込んだからだ。
事後報告になるけど、そのまま放置するよりはまし。
少なくとも、嫌われることはないからだ。
私は部室に向かうことにした。
その間に良い言い訳を考えないと。
いろいろ考えたが、やっぱり怒られるところにたどり着いてしまう。
なんか、悪いことを見つかってお母さんに怒られに行く子供ような気分だ。
私は部室のドアに手をかけた。
うん? 開かない。
どうやら、鍵がかかっているようだ。
塩津君、今日は部活休んだのかな?
私は昇降口に向かった。
そして、塩津君の下駄箱を開けた。
上履きが有った。
本当に帰ったみたいだ。
いつも部活に出るのにどうしたのだろう……。
何か、塩津君に対して失礼な事をしただろうか……。
もしかして、加田君に会いに行った事だろうか?
いやいや、いくらなんでもそれは自意識過剰すぎる。
とはいえ、この件を伝えないといけないし塩津君の事も気になる。
私は塩津君の家に向かった。
また、心の準備をしなければならないと思うと少し憂鬱な気分になるが行くしかない。
塩津君の家に着いた。
一回、深呼吸してドアホンを押した。
「はい。どちらさまでしょうか?」
聞いた事無い女性の声だ。
多分、塩津君のお姉さんだろう。
「私、塩津君のクラスメイトの高月と申します。塩津君は居ますでしょうか?」
「ああ、拓也のクラスの子だね。ちょっと待って」
それだけ言って、声が切れた。
そして、玄関のドアが開いた。
そこには綺麗な女性が出てきた。
「お待たせしました。拓也に何か用かな?」
「はい。塩津君に伝えたい事があって来たですが、塩津君は居ますか?」
私はお姉さんに言ったがお姉さんは私をじっと見ていた。
そして、一言。
「合格」
「えっ?」
「こっちの話。居るよ。上がって」
何が合格のか聞きたかったけど、お姉さんは私を急かすように家に上げた。
案内されるがまま塩津君の部屋の前まで来た。
「拓也、クラスの子が来たよ」
ノックもせずにドアを開けた。
いくら姉弟でもそれダメでしょう。
その事に塩津君は抗議する。
「みき姉、部屋に入る時はノックしろって言っているだろう」
体調が悪いのか力強さが無い。
「そうだったね。じゃあ、私仕事に行くから高月さん拓也の事よろしくね」
みきさんは全く謝る事も無く部屋から出ていた。
部屋には私と塩津君だけ。
部室だったら、そんなに気にしないのに塩津君の部屋というだけで緊張してしまう。
「高月さん、どうしたの?」
「塩津君に言わない事があって、家まで来たんだけど。その様子だと今日は止めておくね」
私は立ちあがって部屋から出ようとした時、机の上にある置き手紙に目が入った。
今日は真珠婚式なのでお母さんと二人で一泊二日の旅行に行きます。
二日分の食事代はここに置いておく。
それと一つだけ忠告しておく。
俺達が居ないからってクラスの女の子を連れ込むなよ。
私は置き手紙を指で差して言う。
「これって……」
「書いてある通り。俺の両親は今日は居ないだよ」
「じゃあ、夕食はどうするの?」
「カップラーメンでも食うよ」
「それでは治る病気も治らないよ。決めた、私が夕食を作るよ」
「いや、それはさすがに……」
塩津君の話の途中だったが私は部屋から出ていた。
私は台所に立った。
さて、塩津君の体調を考えると消化にいい物と栄養を取れる物がいいよね。
冷蔵庫の中を見る。
それら見て考えた結果、おかゆとかぼちゃスープを作ることにした。
一時間後。
二品が完成した。
私は塩津君を呼びに行こうしたら、二階から塩津君が降りて来た。
「今から部屋に持って行こうと思ったのに……」
「上げ膳据え膳はさすがにそれはできない。食事だけは取りに来るよ」
そう言いながら、食卓に付いた。
十分ぐらいして全て食べ終えた。
「どうだったかな?」
「病人には優しい献立だったよ」
「そうじゃなくて、味はどうなの?」
それを言うと塩津君は考えてしまった。
あれ? スマホで調べた通りに作ったのに……。
「不味かった?」
「ううん、そうじゃない。味がよくわからなかった」
「わからなかった?」
「そう。多分、病気で味覚が異常になっているかもしれない」
ああ、これは不味かっただな。
でも、塩津君は優しいから病気のせいにしてくれたんだな。
「そうか。次は頑張るね」
「? うん、頑張ってね。じゃあ、後片付けするよ」
「それは私がやるよ。塩津君は早く部屋に戻って安静にしてよ」
「でもな……」
「早く病気を治してほしいから、やっているの。だから、お願い」
「わかった」
塩津君は素直に自分の部屋に戻った。
さて、後片付け始めますか。
自分の家だったら適当にできるけど、他所の家はそうはできない。
今、居候している家で計量カップを違うところに置いただけで料理が三分中断した。
だから、その轍を二度も踏むわけにはいかない。
私は食器と調理道具を一つも間違いなく置き、水回り綺麗にした。
ちょっと時間が掛かったな。
私は塩津君の部屋に行った。
塩津君は静かに寝ていた。
「帰るね。おやすみ」
小さな声で言って家を出た。
次の日。
塩津君は体調不調で学校を休んだ。
まあ、昨日今日では無理だよね。
今日の授業は全て終わり、家に帰ろうすると委員長の港さんが私のところに来た。
「高月さん、このプリントを塩津君の家に持っていてくれるかな?」
「いいけど、なんで私?」
「うーん、私だと高月さんに誤解を与える事になりそうだし、折角の機会を奪うことはしたくないからね」
「? わからないけど、届けるよ」
「ありがとう。頑張ってね」
「? 頑張るよ」
私は何を頑張ればいいのだろうか……。
教室を出る時、クラスの女子全員が優しい顔して見送られ、港さんに関しては拳を両手に作って頑張れとジェスチャーをした。
ちなみに男子は複雑な顔をしていた。
塩津君の家に行く前に電話した。
すぐに繫がった。
「もしもし、塩津君。今、電話いい?」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「プリントを届けに行くから、起きていてほしいだけど」
「いいよ」
「ところで、ご飯はちゃんと食べてる?」
「昼はカップラーメンを食べた」
「栄養が偏るでしょう。もう、今日も作りに行くよ」
「よろしくお願いします」
あれ、素直に受け入れた。
「何か食べたい物ある?」
「牛丼」
「わかった。行く前にスーパーに行くね」
「行かなくてもいいよ。家であるもので作ってくれば」
「昨日の冷蔵庫の中を見たけど、限界があるよ」
「すみません。じゃあ、それもよろしくお願いします」
それで電話を切った。
スーパーに行き、牛丼とサラダとみそ汁の材料をそれぞれ買った。
塩津君の家に行くと塩津君が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、来てくれてありがとう」
「お邪魔します」
家に上がると私は早速台所に向かって夕食を作り始めた。
塩津君は渡されたプリントを見ながら言う。
「アンケートか、これなら紙じゃないとダメだね」
「そうだね。ウェブではどこかで漏れる可能性があるからね」
普通、連絡だったらタブレットに直接送られるがアンケートやお金が絡むことは今まだに紙で送られるのだ。
「今日はみきさんは居るの?」
「みき姉は居ないよ」
「ところでみきさんって、上のお姉さん? それとも下のお姉さん?」
「みき姉は下の姉さん。上の姉さんの名前はみか姉だよ」
「上がみかさん。下がみきさんね」
「覚える必要ある?」
「知らないよりはいいと思う」
そんな会話しているうちに夕食ができた。
十分も掛からず牛丼、サラダ、みそ汁を全て食べた。
「どうだった?」
「サラダ、みそ汁は良かった。牛丼はもう少し味が濃くても良かったかもしれない」
「……」
「ごめんなさい。調子に乗りました。許してください」
塩津君は頭を下げて両手を合わせて謝った。
「今回は許します」
「ご慈悲、ありがとうございます」
そう言うとお互い笑った。
これぐらいで丁度いいと思う。
変に言い合うとこれが原因で距離ができてしまう可能性があるからだ。
実際、私自身もあの牛丼は味が薄いなと思っていたからだ。
塩津君の夕食も食べ終えて、後片付けをする。
さて、本当は明日に言う予定だったけど今日言おう。
昨日は塩津君の体調不調で想定外の事が起きたからできなかったけど、今日は体調も良さそうだから言える。
後片付けを終えて塩津君の側に行った。
「塩津君、話あるけどいいかな?」
「別にいいけど、何?」
私は昨日の放課後に起きた出来事を全て話した。
それを塩津君が喋った。
「そんな事があったんだね。大変だったね」
「私のわがままで巻き込んでごめんなさい」
「二つ質問していい?」
「いいよ」
「嘘を付いてまで、どうして加田君の交際を断ったの?」
「中学一年の時、同級生の男の子と付き合っていたけど束縛があまりにも強すぎて別れただけど、そしたらストーカーになってしまったの」
「なるほど。けど、同級生だったらだいたいの性格は知ることできたじゃないの?」
「あまり喋ったことない男の子だったし、私も彼氏ができるという喜びに浮かれていた」
「そうか。気持ちはなんとなくわかる。で、どうやって解決したの?」
「隣のお爺ちゃんがこの事を知って、『儂がその子とその両親に話をつけてやる』と言って、その子の家まで行ってくれたの。そしたら、ぴたと静かになった」
「その爺さん何者だ?」
「去年亡くなって、葬式の時にお爺ちゃんの息子さんが『親父は去年まで滋賀県警察本部の本部長を勤めて……』みたいな事を言っていた」
「滋賀県警のトップじゃないか! それなら誰もが黙るわ!」
大声で叫んだ後、額に人差し指を当てた。
知らなかった。
お爺ちゃんは警察の偉い人とは聞いていたけど、そこまで偉い人とは知らなった。
「気を取り直そう」
塩津君は自分に言い聞かせるように言った。
「二つ目の質問に行くよ。どうして、俺を彼氏にしたの? 俺よりいい男は同じクラスにも居たよ」
「居るのは居るけど、そんなに喋ったこと無い」
「そう言われるとそうだね」
「塩津君は最初は嫌だなと思っていたけど、話していくうちに良いところが見えて悪い人じゃないと感じるようになった」
「俺は口は悪いけど、心まで悪い人じゃない」
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけじゃないです」
「いいよ。本気で言っていないから。で、どうするの? これから」
それを言われて、私は一回深呼吸して言った。
「高校卒業するまで、私の彼氏役をして下さい。お願いします」
頭を下げて言った。
卒業までは長すぎたかな?
でも、高校生活は後二年半以上もあるからな……。
私は黙って塩津君の顔を見ている。
塩津君も私の顔を見ている。
暫くの沈黙が続いた後、塩津君が喋った。
「いいよ。彼氏役を引き受けるよ」
「え、本当?!」
「本当だよ。止めようか?」
「止めないで下さい」
「彼氏役を務めるから、高月さんも俺の彼女役を務めてよね」
「はい。わかりました」
「じゃあ」
そう言って、塩津君は右手を差し出した。
慌てて私も右手を出す。
そして、握手した。
「高月さん、卒業までよろしくね」
「塩津君、卒業までお世話になるね」
こうして、私達の期間限定の恋人関係が始まった。
どうだったでしょうか?
楽しめましたでしょうか?
なぜ、二つ作品を同時投稿したかというと構想している時、高月ちひろ視点だけではできない内容いくつか有って塩津拓也の視点があると成立という状態だったからです。
だったら、塩津拓也の視点も書こうと決めました。
決めたのはいいですが、大変でした。
塩津拓也編を書き終わっても、高月ちひろ編を書かないといけない苦しみがありました。
でも、書き上げるとやっぱり書いて正解だったと思いました。
読んでくれましてありがとうございました。