最終回 これは私が
不思議な穴を操るエルメにとって、天界から何かを連れてくるくらいはお手の物らしく、目の前に黒い穴を開けると、そこからいとも容易くテサトンさんを喚び出した。
声だけしか聞いていなかったテサトンさんは、意外にもテレサ様と同じ赤い髪ではなく黒い髪で、年齢も母親というより女子高生くらいにしか見えない。
ほ、本当にこの人がテレサ様の実の母親?
「うちの娘はどうやら私に似て天才のようですね。あと、メイドさん、きちんと助けたようで、感謝しますよ」
「あっ、同じ声……」
なんと本人らしい。
わっ、若い!
メアリ様も若かったけれど、さらに若く見える!
「普段は天界で女子高生やってるのです」
「女子高生ママだったんですか!?」
「まあ、それは良いとして……娘、貴女的には初めて会う気持ちでしょうか? 母です」
親子感動の再会のはずなのだけど、テサトンさんは感情の揺れ動きが見えない話し方をするため、喜びも悲しも分からず、無表情にテレサ様に話しかける。
対するテレサ様も無表情な方なわけで……。
「微かに記憶はあるけど、気持ちはそう。初めましてお母さん」
うーん、似てる!
互いに声の平坦な感じや、そのなかなか動かない表情がめちゃくちゃ似ている!
やっぱり二人は親子らしかった。
「私は娘に長年会いたかったので、こうして会えたことを嬉しく思っていますが……娘はどういう用件です?」
「理由は色々あるけれど、一つだけどうしても聞きたいことがあった」
「ほう?」
テレサ様はカバンからクマのヌイグルミを取り出すと、それをテサトンさんに見せつつ、こう言った。
「これは貴女が作ったものでしょう?」
「そうですが……それが聞きたかったのですか」
「うん……子供の頃から一緒にいたから。だから、これからも一緒」
「……大切にしてもらってありがとうございます」
「それで、これ」
今度はテレサ様は色違いのクマをカバンから取り出し、それをテサトンさんに手渡す。
「今度は私があげる」
「あら、可愛らしい……ありがとうございます。大切にしますね」
「それだけ、じゃあまた」
「今度会いにくるのは大変だと思いますよ?」
「天界はクロの故郷だし、絶対に行く。必ず」
「では、楽しみにしていますね」
親子とは思えないほどに冷静な会話だったけれど、それはテレサ様の精一杯の母への愛と、尊敬と、感謝の詰まった会話だった。
そして、テレサ様は絶対に天界に行くという。
であれば、僕も天界に、地球に、日本に帰る日は近そうだ。
だって、テレサ様とメイドに、不可能はないのだから。
静かな会話の後に、静かにテレサ様は僕の元へ来て、こう言った。
「苦労かけてごめん」
「いえいえいえ! 楽しい旅行でしたよ?」
「うん……じゃあ、帰ろう」
思えば大変だったけれど、結果的には僕も、そしてテレサ様も実家に帰れて、良いこと尽くめだった。
そう、これはもしかすると帰省だったのかもしれない。
なら、帰る場所は……当然、僕の仕事場だ。
オセロ屋敷に帰還しよう。
……疲労で倒れたエルパカとツルファを抱えてね!
★
朝はどんな気分でもやってくる。
僕がその日、起きて最初に確認したのは窓の外だった。
そこには見慣れた住宅街なんて当然なくて……あるのは、見慣れた森ばかり。
帰って来たんだなぁオセロ屋敷に。
僕はメイド服に着替えて、朝の準備を始める。
まずはテレサ様を起こさないと……。
いつもは寝ていないことすらあるのだけど、今回は流石に天界への旅を終えて、疲れているだろう。
そのまま寝かせてあげてもいいのだけど、起こすように言われているので、メイドとしてしっかりやらなければ。
ただ起こすだけでなく、朝食も運ぶべきかな。
僕はキッチンへ急ぐ。
『すっかりメイドですねクロ』
メイド服あらため僕の中に住むようになったシロフィーが嬉しそうに言う。
伝説のメイドになるという彼女の希望を叶えられる気は、実の所しないのだけれど、まあ、ちゃんとしたメイドにはなりたいかな。
『あと、クロ、もう性別の件も私のこともテレサ様に話していいですよ』
えっ!? きゅ、急にどうしたの!?
動揺して手に取ったカップを落としつつ、空中でそれをキャッチする。
あ、危なかった!
『いや、もう性別についてはややこしい形で知られてますし、私ももうメイド服はただのスイッチみたいなものなので、いくら研究されても構いませんから』
言われてみれば確かに、もうテレサ様に細々とした事情を話すのに、別に問題はないらしい。
あるのは、心理的な壁だけ……!
じ、実は男だったって言うのかー!
すっごい嫌だけど、いつまでも隠すわけにはいかないか……。
僕は覚悟を決めて、朝食のトレイを片手にテレサ様の部屋をノックする。
「おきてる。入ってどうぞ」
もうぐっすりかと思っていたら、テレサ様はもう起床していた。
「おはようございますテレサ様。ご朝食ですよ」
僕はトレイをベッドに腰掛けるテレサ様の元まで運ぶけれど……ど、どう切り出そうかな。
「あの、テレサ様、実はお話があるのですが……」
「なに?」
「あの、じ、実は私、男なんです!」
「知ってるけど」
あっ、そういえば今の認識は性別魔法によって女から男にされたとテレサ様は思ってるんだった!
ええっと、説明がややこしいな!
せっかく覚悟を決めてやったのに!
「そうじゃなくてですね! あの、最初から男なんです!」
「だから、クロ、知ってる」
「はい?」
「知ってる」
「えええええええええええええええええええ!? えっ、いつからですか!? いつから気付いてたんですか!???」
もう驚愕のあまり顎が外れるんじゃないかと思うほど大きな声を上げてしまう僕。
メイド失格もいいところかもしれない。
いや、女装してるのがもうメイド失格みたいなところがあるんだけど!
「それは、内緒」
「えー!」
「言いたいことがそれだけなら、朝食食べていい?」
「えっ……えー……そんなあっさりと」
テレサ様はもう何の動揺もなしに朝食を食べ始める。
ほ、本当にいつから知られていたんだろう……まるで分からない。
「じゃあ、これは知ってましたか? 実は私のメイド服には伝説のメイド『シロフィー』が宿っていてですね」
「えっ……えっえっえっ!? なにそれ!?」
僕の性別には驚かなかったのに、僕のメイド服には驚くテレサ様。
この人は本当に、魔術師なんだなぁ。
「それでは、私がこのメイド服と出会った時のことをお話しましょう」
「わくわく」
テレサ様は目を輝かせて僕の話を楽しみにしている
そういえば、この屋敷の名前のオセロ屋敷は昔にいたという伝説のメイドも参考にしたとテレサ様は言っていた。
実はファンだったのかもしれない。
僕は始まりの話をテレサ様に言って聞かせる。
その時、心底思った。
これが幸せなんだなと。
これからどうなるかは分からないけれど、今はその幸せを噛み締めていた。
オセロ屋敷のメイドとして、ずっと。
僕のメイドの日々は続く。
「これは私がこの世界にいきなり送られて右往左往してた頃の話ですが、怪しげな屋敷に囮として入ることになりまして……」
最終回となります!
今まで読んでくださった皆様、誤字報告ブックマーク高評価など、本当にありがとうございました。
これからも色々な作品を書いていきますのでどうぞ作者ページから他作品もよろしくお願いします!




