天界編⑨ 大扉魔法
穴から聞こえるエルパカの声は、いつも通りに明るくそして大きかった。
周囲に反響しているかと思うほど大きい。
心なしか周囲全てから声が聞こえるような……。
『クロ、それは気のせいではありません! 見てください!』
シロフィーに言われるがままに顔を上げると、なんと小さく黒い穴がちらほらと周囲に散らばっている。
こ、これはどういうことだ?
『とんでもない話ですが、恐らく、天廊からエルパカが大扉魔法を使用してこちらの世界に来ようとしてるんです!』
シロフィーも驚愕するエルパカの大扉魔法……それは世界を超える稀有な魔法である。
しかし、この天界においては魔法が使えないはずであり、大扉魔法も無効化されると勝手に思っていたけれど……。
『推測ですが、大扉魔法は魔法で世界と世界の間をつなぐ魔法ではなく、世界の穴を広げる魔法なのではないでしょうか。そして、向こうの世界の穴を広げることで、結果的にこちらの世界でも広がっているのではないかと……』
つまり……大扉魔法は世界の外側から世界の穴をゴリ押しで広げて扉にする魔法なのか!?
言われてみれば、天廊へと移動する為の世界の穴もエルパカが大扉魔法でこちらにやってきた場所にあったのだし、大扉魔法は世界の穴と同じで吸い込むような力がある……。
大きさが違うだけで、同一のものだったのか!?
『そしてあたりに小さな穴が散らばっているのは、これは世界のヒビみたいなものかもしれません』
シロフィーの言葉通り、小さな穴たちは少しずつ大きくそして、細く伸びていっている。
そしてその穴たちが向かう先は……透明な壁の先にある大きな穴だ。
よくよく見てみると、あの大きな穴も、最初に見た時より巨大化しているような?
それは見間違いではなく、どんどん穴は大きく大きく広がっていく。
そして気がつくと……透明の壁を超え、穴が外に出てきてしまった。
と、とんでもないなエルパカ!
でも、これなら余裕で吸い込まれるはずだ!
「ふぎいいいいい! もう限界ですわ! やめていいですの!!!???」
あっ、ヤバい! もうエルパカが限界だ!
どうやらエルパカにはこちらの声が届いていないようなので、僕は急いで巨大化した世界の穴に触れる。
すると視界は真っ黒に染まっていく。
これは中界から天廊へ移動した時と同じ感覚!
ということは、意識が一瞬途切れるはずで……。
★
「クロ! 起きて!」
我がご主人様の叫びで僕は目を覚ました。
天界から脱出成功したか!?
そう思い周囲を見渡してみると、そこは緑の芝生に囲まれた自然豊かな大地だった。
天廊は何もない場所のはずなので、し、失敗した?
「良かった、元気そう」
「あっ、て、テレサさま!」
テレサ様は芝生に横たわる僕の横で、ちょこんと座り込んでいる。
そのテレサ様の背後では巨大なドラゴンの影が周囲に炎を吐き出し、何かと戦っているらしかった。
そうか、影ドラゴンの空間魔法だ!
天廊という何もない空間をドラゴンの魔法で塗り替えているのだろう……これは敵地を自分のフィールドにする高等な戦術であり、魔法戦においては結構大事な技なのだと思う。
十魔王のグリッズなんかも、この技があれば間違いなく僕らは負けていただろうことは、想像に難くない。
「ご、ご主人様、本当に帰ってきてくれるとは驚きましたわ……」
「エルパカ! し、死んでる!?」
「死んでませんわ!」
死んだように倒れているのは事実であり、エルパカは強引に世界を繋いだことでもう限界らしく、うつ伏せで地面に倒れていた。
頭から魂が抜き出てる気さえする。
「本当にご苦労様、エルパカ」
彼女の魔法はテレサ様から超レアな魔法だと断定されるレベルで、十分にその異常さは理解しているつもりだったけれど、その凄さを今肌で感じてみれば、まだ考えが甘かったかもしれない。
色々な魔法を見てきたけれど、彼女の魔法が最も異次元だ。
「お褒めあずかり光栄ですが、まだ安心してられる状況ではありませんわ!!!」
『エルパカの言う通りです。どうやらロボが攻めてきてるようですよ』
そういえばそういう状況だった!
急いで立ち上がり、影ドラゴンが戦っている先を見てみると……そこには無数のロボの残骸が転がっていた。
「えっ、すごいじゃないですか!?」
一体でも凶悪なあのロボ相手にまさかここまで大勝してるなんて。
もしや僕が帰ってこなくても良かったのでは?
「ほとんど勇者のおかげ、でも、それも限界だった」
「そういえばツルファは何処に?」
「勇者はエクスという魔剣でロボを一掃した後、その代償で何故か自身にかけられた性別魔法が解除されて絶望し、そこで倒れてる」
「意味わからないのですが!?」
テレサ様の言うとおりツルファは男の姿に戻りロボの残骸の上で膝をついて泣いていた。
いや、どういう絵面!?
一応、どこか怪我をしたのかと思い駆け寄ってみるけれど、明らかに彼は無傷だった。
「聖剣エクスを使うと僕の運命操作も僕にかけられた魔法も無くなってしまうんだ……運命の方は時間がたてば戻るけど、魔法はもう……くっ!」
「どんだけ女の姿でいたいんですか」
心の傷は深いらしく、本気で悲しそうな顔をしている。
問題は性別魔法のほうではなく、運命操作が一時的とはいえ無くなってしまった方だと思うけれど……。
「クロが帰ってきたことでロボも下がった。天界人を相手には出来ない仕様なのかも」
「まあ、そんなわけで君が帰って来た時点でほぼ勝ちだ」
「えええぇ……張り切って帰って来たんですけど!?」
危機が去ったのは良いことのはずなのだけれど、肩透かしを食らった気分は強いよ!
そうか……そういえばあのロボは天廊では僕がいるだけで姿も見せないんだもんね。
中界のやつは暴走しているせいなのか、普通に襲ってくるけれど。
「帰ってきてしまいましたか……」
残念そうな声を上げつつ、天から現れたのはあの天使、エルメだった。
僕を天界に戻した親切なのか迷惑なのかよく分からない存在である。
とはいえ、天界人以外には苛烈な態度を取るわけで、ご主人様第一な僕としてはやはり敵だろう。
「ご親切に地元に返してもらって申し訳ありませんが、私はテレサ様のメイドですので」
「そうですか……ですが、ご自身が天界人だと分かって頂けたようで良かったです」
エルメは優しげに微笑んでいる。
もしやこの天使、本当に善意でやっていたのか?
あり得そうな気がする……何故なら、世界によって常識は全く異なるからだ。
なら、話し合えば何とかなるのかもしれない……?
「ですので、今度は記憶を完全に消し去って天界に送ります!」
あっ、駄目っぽい!
話が通じる気配がないもん!
目がなんかギョロっとなってるし!
「一度帰宅したいのですが……」
「ええ、ご帰宅ください! 貴女が帰る場所は……天界です!」
そう宣言するエルメは天に指を差し、虚空に穴を空けると、何かを召喚する。
僕はまたロボでも呼ぶのかと思っていると……それは、全く異なるものだった。
それは真っ白な羽を生やし、顔に五芒星が刻まれた巨大な人形。
『似ていますね……』
シロフィーにその言葉で、僕もある存在を思い出した。
その奇妙な人形は……テレサ様の現在の母親、メアリ・ミラー様の操る人形と酷似していたのだ。




