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天界編⑧ 希望の穴


 僕はメイド服に着替えると、自室に立てかけられていたスタンドミラーをじっと見つめる。


 そこには自分が映っていて、髪に白い色が混じり始めている。


 どうやらメイド服を着ることで一つのスイッチのように脳内シロフィーが活性化していくらしい。


 なんとなくだけど、僕の自意識に、メイド服を着ることでクロフィーになるという考えがあるために、より強く作用しているのではないかと思う。


 そして最大の問題は……自室で女装メイドがいるという事態!


 こんな姿を家族に見られては恥じるあまりに腹を切って詫びかねない!


 早くこの危険地帯を脱出しなくては……。


「お兄ちゃん? なんかドタバタしてるけど何かあったの?」


 そう思った矢先に妹の声が廊下から響く。


 もはやそれは妹という名の死。


 今の僕には死星(シスター)とでも言うべき恐るべき存在!


 このままでは間違いなく心が死んでしまう!


 僕は恐怖のあまり、窓から飛び降りて自室から脱出した。


 ふう……これで一安心。


『家族に女装姿を見せるのはそんなに嫌ですか』


 シロフィーはそう言うけれど、そもそも誰相手でも嫌なんだけどね!?


 知り合い相手だとより嫌なんだよ!


 そしてここからがまた試練なのだけど、白黒髪の美少女メイドとして道端を歩かなければならない。


 プライバシーなんて知らんと言わんばかりにめちゃくちゃ写真撮られそうだな……。


 嫌だなぁ……。

 

『あとから着替えれば良かったじゃないですか』


 それはもうごもっともな話なんだけど、急に敵が現れたら詰みかねないので、ここは慎重にいきたい。


 ツイッターで画像とか出回ったりするかもしれないけど、テレサ様のために甘んじて受け入れるとしよう。


 僕はメイド服で見慣れた住宅街を走る。


 するともうすれ違う人すれ違う人全てが振り返った。


 ……ファンタジー世界じゃないと本当に目立ちすぎるよこれ!?





 ヘルメットが指し示した場所……つまり、黒い線が伸びる先はそれなりに遠く、電車を乗り継ぐ羽目になった。


 ついにメイド服で電車に乗るという、例え女性でも結構な罰ゲームをしてしまったけれど、もうここまで来ると開き直ってカメラに対してピースまでしていた。


 いえーい、メイドさんでーす。


『アホですね』


 アホだった。


 そして黒い線を辿り、着いた場所は県外の真っ白な建物だった。


 周囲に人影はなく、かなりの田舎に突如現れた小綺麗な建物に、違和感を覚えずにはいられない。


 なんというか、非人間感がある。


 まあ、これは明らかに僕の先入観がそう感じさせてるだけだろうけれど。


『それでは侵入しましょうか』


 ごく自然にそう言われるとなかなか忌避感があるけれど、ここはもう仕方ないので覚悟を決めて塀を越える。


 メイド服で泥棒をするなんて、もう見た目が愉快すぎてほとんどサンタクロースみたいなものなのでセーフと思おう。


『サンタってなんです?』


 中界では聞かない謎の存在に興味を示すシロフィー。


 何と聞かれると困るけど、まあ、夢を与えてくれる存在さ。


『ではメイドと同じですね』


 と言うことでシロフィーお墨付きでサンタクロース=メイドということになった。


 煙突でもあればそこから入るところだけれどこの建物にはそんな飾り気はない。


 あるのは無骨な窓だけで、その窓にもワイヤーが通っており、大変に頑丈そうだ。


 塀の先には猫の額ほどの庭が広がっていて、その先にある扉は厳重に締め切られている。


 しかし、メイドパワーがあればこんなもの問題にならない。


『メイド技術その11〝剛力〟です!』


 僕は扉を掴むと腕力全力全開で押し込む!


 するとそもそもの蝶番が砕け散り、扉は地面に転がった。


 ……この世界で使ってみてよく分かるけど、やっぱり色々おかしよメイドパワー!


 一応、魔法ではないので天界でも使えるのだけど、誰がどうみても超常的な力である。


 僕の脳をどうにかこうにかしてこの力を生み出しているのだとすれば、結構な恐怖だけども。


『ほら、さっさと行きましょう』


 急かされるままに僕は建物の内部へと堂々と潜入する。


 外から見ても味気ない建物だったけれど、中を見ても同じように何もなく殺風景な空間がそこには広がっている。


 そして、真っ白な廊下の先にそれはあった。


 おぞましい黒い穴。


 数十時間ぶりに出会った世界の穴は、あの時と変わらず禍々しかった。


 あとは触れるだけなのだけど……おかしい、こんなにスムーズにいくものだろうか。


 護衛がいてもおかしくないという話だったはずだけれど。


 僕は一瞬躊躇して、その穴に触れるのを止めた。


『どうしましたクロ?』

「いや、罠な気がして……」


 世界の穴に罠なんてあるのかと言う話だけれど、何か気になる。


 とは言っても、何もおかしなものがあるわけでもないので、覚悟を決めて手を伸ばす。


 すると……見えない壁にぶつかった。


「ガラス……?」

『なら叩き割ればいいだけですよ!』


 ガラスは脆いものというイメージがあるのかシロフィーは簡単に言ってくれるけれど、僕は防弾ガラスのようなものも知っているので、不安はある。


 しかし、まあ、超硬い扉でも破壊できるのだから、要らぬ心配か。


 僕は拳を固め、黒い穴を囲む謎のガラスに、メイド技術その44〝正拳突き〟を叩き込む!


 強烈な音が響き渡り、拳は透明の壁に激突、そして……壁は揺れもしなかった。


 か、硬いとかそういうレベルでなくそもそも通用しないこの感覚。


 ロボをぶん殴った時にも感じたことがある……つまりこれは物理無効か!?


『そういえばあの謎の……ロボでしたっけ? あれも物理無効でしたものね』


 そうか、その手があったのか。


 物理無効である以上、魔法のない中界では絶対に破壊することはできず、しかもそれそのものは魔法ではなくロボと同じく技術の類。


 完全な防御だ……本当にどうしようもないかもしれない。


『同じ素材のものがあればぶつけ合わせればいいんですけどね……これはヤバいかもです』


 珍しくシロフィーも焦ったような声を上げている。


 シンプル、けれど絶対的な壁が目の前に現れてしまった。


 前に物理以外の攻撃ってなんだよと思ったけれど、今それが現実問題としてのしかかってきている。


 このままでは本当に一生脱出できないかもしれない。


 この中界に来てから何度も絶望したものだけど、今度こそ本当に終わりなのか……?


 深い絶望で目の前が真っ黒になるような感覚に襲われ、僕は思わずがっくりとうなだれる。


 そして下げた視線の先で……僕はおかしなものを見た。


 足元にもう一つの謎の小さな黒い穴があったのだ。


 そして、その穴からもっとおかしな声が聞こえてくる。


「クソ開きにくいですわ!!!! 無理ですの!!!! 大扉魔法でも天界には繋がりませんわ!!!」

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