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天界編⑤ 普通の世界

 

 鏡を見ると僕の白と黒の混じった髪も真っ黒な元の姿に戻っていて、髪も目を隠すように伸びきっている。

 

 まるで全てが元に戻ってしまったかのような、そんな状態。


 これまでの出来事は夢だったとでも言いたげだ。


 僕は混乱した頭のままに、妹の声に従いリビングへと急ぐと、そこには家族で食事をするありふれた光景が広がっていた。


 最近では自分で食卓を彩り、お嬢様たちをもてなしていたのでなんだかとても変な気分になる。


 そんな明らかにおかしな様子の僕を姉と妹は不思議そうに眺めていた。


 しかし、まさか異世界に行ってましたなんて言うわけにはいかない。


 ここで騒ぎになって病院にでも連れて行かれると、今後の行動に制限がかかる可能性すらある。


 僕は大人しく学校へと登校し、友達と会話して、授業を受け、食堂で昼ごはんを食べ、また授業を受けた……。


 異常なほどにそれは普通だった。


 かつては日常だったはずの暮らしが、今の僕にはどうにも慣れない。


 そもそもお嬢様たちが心配で気が気じゃない!


 僕以外にはお帰り頂くとエルメが宣言して、あの後どうなったんだろう……。


 間違いなく穏便な事態にはなっていないはずだ。


 僕は早く助けに行きたいのに、どうやってこの世界から、天界から出れば良いのか分からず、ただ焦りだけが加速していった。


 メイド服がないと本当に何も出来ないな僕。


 いや、メイド服があったところで何とかなる事態なのか?


 そもそも、世界から脱出するなんて、魔法なしで可能なのだろうか。


 分からない……本当に何も分からない。


 思考するのに疲れた僕は下校の途中にある公園のブランコに腰掛けると、一つため息をつく。

 

 まるでリストラされて死んだ顔になったお父さんみたいだな……。


 メイドでないという状態は確かにリストラに似ているかもしれないけども!


 冥土顔だしね!?


 ……例えボケをしてみても、ツッコミは返ってこない。


 泣きたくなるほど無力な僕は、逃避するように立ち上がると、自宅への帰路に就いた。


 結局、日常へと戻ってしまう。


 家も部屋も朝と変わらず普通の姿を維持していた。


 何か変化があれば良かったんだけどなぁ……いや、部屋が肉になってたりしたら普通に嫌だけど!


 でも今だけは歓喜できる自信がある!


 そういえばあの時は洋箪笥に入って、ルイーゼから身を隠したんだったなぁ。


 今となっては可愛いメイドさんだけれど、あの時は完全に顔に穴の空いたモンスターだったから、それはもうビビったものだ。


 そして、そうやって逃げた先にあるメイド服を僕が何故か着てしまったのが全ての始まりだった。


 あの時の僕、最高に頭おかしかったな……。


 恐怖の最高潮だったから、あのふわふわな感触に安心感を覚えたのかもしれない。


 別に肉でも心臓型でもない自室の普通の洋箪笥を開けてみると、そこにはいつも通りで普段通りの平凡な服たち……に紛れて、真っ白でフワフワで不思議で非日常な服がそこにはあった。


 その服の名前を僕は知っている。


 メイド服だ。


 あの時と同じように、僕のピンチを前にして、伝説のメイド服は再び姿を表した。


 そういえばそうだった。


 僕はこのメイド服に呪われていて、絶対に離れられないようになってるんだった!


 め、メイド服ー!


 思わず僕はメイド服を抱きしめて、涙を流した。


 自分の部屋でメイド服を抱きしめ号泣する男の姿がそこにはあった。


 変態かな……?


『ええ、間違いなく変態ですね』


 突如、メイド服から声が響く。


 その冷たくも楽しむような声はシロフィーのもので間違いない!


 喜びのままにシロフィーの姿を探すが、部屋にはそんな影は見当たらなかった。


 あれ? メイド服からまだ出られないとかかな?


『ここですよ!』


 よくよく耳を澄ませてみると、声はメイド服からというより、その下から聞こえてきているように感じられる。


 僕は自分の足元に目をやってみると、そこには小人みたいなサイズのシロフィーがこちらを睨んでいた。


「ちっちゃくなってる!?」

『ちっちゃくなっちゃなにか悪いんですか!』


 い、いや、なにも悪くないどころか可愛いけども!


 というか、天界は魔法が使えないからシロフィーも存在できないのかと思っていた。


 シロフィーのメイド技術そのものは魔法と関係ないという話なのだけど、幽霊という存在は魔物の一種であり、間違いなく魔法と関連しているように思う。


 だからこそ、この世界では会えないと思っていた。


『この姿はクロの脳内に強引に見せている幻覚のようなもので、魔法ではありません』

「僕の脳になんてことしてるんだ!?」

『長らく貴方と同化し続けていたので、魔法なしでも貴方の頭の中に住み着くことが出来るようになったのでしょうね』

「えっ……シロフィー、僕の脳内にいるの!?」

『ええ、います。いやぁ、人の脳っていうのは無限の可能性がありますね』

 

 それは流石に有限だと思うものの、今現在自分に起きている出来事を考えると、否定もしづらかった。


 とにかく、僕とシロフィーは長い間の同化生活により、魔法以外の手段で共にいられるようになっていたらしい。


 とんだホラー体験だよ!


 やっぱりシロフィーは悪霊寄りだな……。


「天廊ではどうしていなくなっちゃったのさ」

『いや、いたんですよ? ただあの空間、どうやら魔物の類が外に出られないらしくて』

「じゃあ、話は聞いてたんだね」

『ええ、全て』


 ならば話は早い。


 あとはこの世界から脱出する方法を探るだけだ。


『その前にクロ、ここは貴方の故郷なんでしょう?』

「うん、そうだけど……それがどうかした?」

『いえ、ここから去るのも辛いのではないかと思ってまして』


 シロフィーの言う通り、ここは僕の故郷であり、友達も家族もいる世界だ。


 けれど、今の僕はメイドであり、ご主人様を守るべき立場。


 メイドとしての責務を優先したい。


 それに、別に一生の別れだとは思わない。


「大丈夫だよ。一度帰ってこれたのなら、何度だって帰ってこれるさ。だって、魔法とメイドに不可能はないからね」


 そう、魔法は理論上不可能のない力。


 そしてテレサ様はいずれ魔法を極めるお方なのだから、この世界に二度と帰ってこれないなんてことはない。


 メイドとして、ご主人様を信じればいいんだ。


『ふふふっ、いいメイドに育ちましたね……しかし、脱出方法には難儀しますよ』


 ちっちゃなシロフィーは首を捻って考え始める。


 結局はその問題が大きく降りかかるか。


 魔法のない世界からどうやって脱出すればいいのか。


 けれど、僕としては希望も見えてきた。


 何故なら、シロフィーのような明らかにありえない存在もこの世界には存在できている。


 魔法がなくたって、世界は魔法のように不思議なんだ。


 だったら、出て行くことだって可能なはず。


『そういえばクロ、あの鎧の兜はどこに行きました?』


 鎧の兜?


 急に戦国感ある言葉に僕は戸惑うけれど、すぐに思い出した。


 あのロボットの頭部のことだ。


 世界の穴を視認できる能力がある不思議なアイテムだけど……今になって考えてみると、あれ、本当に魔法か?


 むしろかなり科学っぽいような


『どうやら活路は見えたようですね。世界移動そのものは魔法じゃない方法もあるのではないですか?』

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