天界編④ 天界
急に天界人として扱われてしまった僕の動揺は計り知れない。
心当たりがなさすぎてもうどうしたものか。
純然たる日本人なんですが!?
「ご主人様は天界人だったんですの!?」
「いやいやいや! 絶対違うと思うんですけど……」
「でも、クロは記憶喪失だからおかしな話じゃない」
テレサ様が冷静な見識を見せる。
そ、そういえばそんな話だったっけ!?
言われてみれば僕は謎の屋敷にいる過去も素性も謎な謎だらけのメイド。
オセロ屋敷の住人から見ればクロフィーというメイドはどんな存在でもおかしくはないのかもしれない。
それこそ天界人でも……。
いや、だからといって目の前の謎の天使が僕を天界人扱いするのはおかしいけどさ!
「な、何かの間違いでは?」
「いえ、間違えるはずがありません。あの、天使から説明は受けていませんか?」
せ、説明とは一体!?
そもそも天使なんて存在を見たのも初めてなのに!
「記憶を失っているのですかね……申し遅れましたが私はエルメと申します」
「あっ、ご、ご丁寧にどうも……」
エルメと名乗る天使のような見た目の少女は、僕の全身をジロジロと見つめると何か得心言ったように、腕をぽんっと叩いた。
「なるほど恩恵も受けていないようですし、何か手違いがあったようですね」
「恩恵?」
「天界人様と呼んでいるけど、君は天界人じゃないのかい?」
ツルファが間を縫うようにエルメに向かって質問を挟む。
それは言われてみれば疑問に思うべき事柄だった。
普通、同じ人種に対して様付けは行わない。
まるで、それは自分が天界人ではないと言っているようでもあるが。
「うっせぇですねぇ……ですが、天界人様も疑問に思っているようなのでお答えしましょう。私は天界人ではありません。よって、そこにいる小娘も天界人ではないのです」
エルメはテレサ様の方を見つめてそう言った。
て、テレサ様は天界人と中界人のハーフという話だったはずだけれど、それは違ったということ?
だからエレメはテレサ様を軽く扱い続けている……それそのものは確かに論理的だけれど。
しかも、目の前の少女も天界人ではないというのは、一体どういうことなのか。
謎が謎を生みすぎる!
「私は天使と呼ばれる存在なのですが、これは天界人とは別の存在です。そして、今、この世界もまた、天界ではありません」
「天界じゃないんですか!?」
「はい、ここは天界までの途中の道、天廊と呼ぶべき場所です」
「ええ……僕は途中でつまずいていたのか」
そう言って心底驚いているのはツルファである。
まあ、ツルファとしては天界に辿り着いてそこで激戦を繰り広げたつもりが、まだ途中だったというのだから、その驚きはとてつもないだろう。
まるで世界の果てを見たと思ったら釈迦の指だった孫悟空のようだ。
というか、僕も驚きを隠せない。
そう、テレサ様が天使だったという事実に!!!!
「ということは、私は天使のハーフ?」
「そーいうことになりやがりますねぇ。いやぁ、こんな珍しいお仲間は初めて見たかもしれねぇですよ」
エルメはテレサ様の質問に肯定する。
どうやらテレサ様は天界人と中界人のハーフではなく、天使と中界人のハーフだったらしい。
テレサ様はやっぱりリアル天使だったんだ!
この事実は凄まじい……くっ、シロフィーがいないから感動を共有できるやつがいない!
あいつ本当にどこにいったんだ!
「天界人様というのは、この天廊にある先の世界……最も秩序ある美しい世界こと、天界に住む人々のことです」
「わ、私はそんな世界に覚えはないのですが……」
「本来なら世界の外に出る時に、説明と恩恵を天使から受けるはずなのですが……何らかのハプニングがあって手続きが行われなかったのか、それとも忘れられてしまったのか、恐らくこのどちらかだと思われます」
「多分前者だと思います……」
何故なら僕は実際は記憶を失ってはいないからである。
元の世界の記憶もきちんと持っているし、今でも自分の部屋の配置を思い出せるくらいだ。
「こちらの不手際であれば申し訳ありませんでした。では、そうですね、天界に一度戻るというのはどうでしょう?」
「はい!?」
「これは大変な特例です。特別ですよ?」
「いや、あの、だから天界なんて知らないんですけど!?」
「さあ! 天界行きの世界かさねオープン!」
エルメが僕の話を聞かずに手を振り上げると、虚空に真っ黒な穴が出現する。
こ、これは天界……じゃなくて天廊か、天廊に来るために使用した世界の穴にそっくりだ。
つまり引きずり込む力がある!
「ではいってらっしゃいませ。残りの皆さんには、帰って貰うしかねぇですね」
「クロ!」
テレサ様の声が聞こえたけれど、僕はそのまま黒い穴に引きずりこまれてしまった。
ご、ご主人様のピンチになんという失態!
しかし、どうにもならず僕の視界は真っ黒に染まり、そして意識は途切れる。
その先で僕が見た物は……。
★
目を覚ました僕が最初に目にした光景は、見慣れた天井だった。
見慣れたと言っても、それはオセロ屋敷の豪奢な天井ではない。
一般的な家庭の、一般的な天井。
それは普通のはずの光景だった。
いや、今はもう普通なんかではない。
逆に異常だ!
僕は体を起こし、周囲を見渡すと、それもまた見慣れた光景で、オセロ屋敷とは違う僕の本来の自室だった。
そう、日本にいた頃の僕の自室。
こ、これは一体何が起こっているんだ!?
動揺したまま、慌ててカーテンを開け放ち外の光景を見ても、そこには住宅街が広がるばかりで、森も何もありはしない。
「ここが天界……?」
だとすれば、それは悪い冗談だった。
天界とは、僕の元といた世界……地球だっていうのか!?
「いや、でも、そ、そういうことなのか」
動揺した頭で、今までのことを振り返ると、得心いくこともあった。
最も秩序ある美しい世界……。
エルメはそう言ってたけれど、その言葉の意味をこの住宅街を見て突如として理解した。
魔法。
魔の力。
世の理から外れた技術。
魔法は世界を正しい形に保持しようとする恒常性によって阻まれ、抑えられ、制限されるものだ。
魔界は恒常性が弱く中界は恒常性が強い。
だから魔界は魔法の自由さが行きすぎて混沌としているし、中界はそれに比べればまともになっている。
天界も恒常性が弱いという話だったはずだけれど、それはあくまで噂にすぎず……あるいは天廊のことを言っているだけで、実際は逆だったんだ。
天界、それは最も恒常性が強く魔法が使えない秩序ある世界……。
僕はその世界を知っていた。
魔法のない世界……つまり、地球のことを指していたんだ。
「寝坊ですよお兄ちゃん」
数回の控え目なノックとともに、ドアの外から声が聞こえてくる。
あまりにも聞き覚えのあるその声は、間違いない。
僕の妹の声だ。
し、信じられないことに、天界を求め彷徨った挙句、最後に辿り着いたのは……僕の自宅だったのだ。




