天界編① 出発準備
天界。
そこは誰も知らない世界で、噂しか聞こえてこない未到の地……だった。
しかし、今、僕たちの目の前にはその天界に行ったことがあるというとんでもない存在が現れてしまった。
その名は勇者ツルファ。
女子生活を楽しむ変人である。
「おー、本当に鎧がある……そうそう天界にはこれがうじゃうじゃしてるんだよ」
「う、うじゃうじゃ!?」
テレサ様の研究室、そこに保管された鎧……僕的にはロボの頭部を繁々と眺めながら、ツルファはとんでもないことを言う。
世界一うじゃうじゃしてほしくない物体だよこれは。
一体でも結構な戦闘力を保有していたように思うけれど、天界にはこれが盛り沢山でいるのか。
想像すると最悪すぎる光景だった。
「そもそも、何故中界に現れるか謎」
「それは僕も分からないなぁ……動きとしては何かを探しているような気もするんだけれど」
「天界人が中界に探し物があって、こいつを派遣してるということですか?」
このロボが現れた場所はとんでもなく高い山に存在する竜の墓場と呼ばれた場所で、そこは竜骨生物群集とテレサ様が称する特殊な空間だった。
偶然そんな場所にロボがいたと考えるのはあまりにも不自然だ。
確かに調査と考えるのが最も自然なように思える。
「そもそもこいつは人間がなかなか辿り着けない不可思議な場所に現れるんだよ。だからこそ、目撃例が全然無いんだよね」
「確保できたのはラッキーだったみたいですねテレサ様」
「うん、でも実力あってのラッキーだから、クロの力あってのもの」
「いえいえいえ! 刀がないと危なかったかもしれないので!」
そう、このロボは驚くべきことに物理無効というとんでもない特性を持っている。
というより、魔術師は成長を続けると最終的にはそういった無効化範囲が増えていくものらしいのだけど、物理じゃない攻撃ってなんだよって僕は思う。
っていうか思った!
刀ないとほんと大変だったんじゃないかな。
「この頭部を被って指定の呪文を唱えると、この世界に存在する穴を見ることができるようになる。その穴を通ると天界にたどり着く……のだと思う」
「なんで最後ちょっと自信なさげなんですか?」
いつも明朗快活で歯切れに良いツルファにしては珍しく不安げだった。
「考えてもみて欲しいんだけど、今まで誰も行ったことのない場所に行って、それが天界だって証明できないんだよね」
「そ、それは確かに!」
天界にはこれこれこういったものがあって、こういう人がいるとかの情報があればいいのだろうけれど、そんな情報すら天界からは漏れ聞こえてはこないのだ。
聞こえてきたとしてもそれは噂に過ぎない。
そ、そっかー、噂だけの場所の場合、もうその場所に行っても確信が持てないのか。
ジパングだと思ってアメリカ大陸に到着しちゃう感じだろうか。
「僕はそこで鎧に追われ続けるハメになったから、実は天界に詳しいってほどではないんだよ」
「そ、そんな追われるんですか」
「引くほどいるからね。もしかするとあれは門番みたいなものなのかもしれない」
情報がまるでこちらに伝わってこないのは、出るにも入るにも困難なロボが集結しているせいらしかった。
ヤバすぎるな天界。
「ではこのまま遠足気分で天界に行くと即死っことに……?」
「死にはしなくても、永久に彷徨う羽目にはなるかも」
「死ぬより怖い!」
どうやら無策で天界に行くわけにはいかないらしい。
しかし、だからといって大量のロボへの対策も思いつかない。
バッタバッタと斬っていくにしてもあいつらビーム放つしな……集団であれをさせると避け切れる自信はない。
天界行きに早くも暗雲が見えてきた。
「べ、ベム子に潜入させて安全なルートを探るとか」
「ああ、あの眼鏡のメイドの子はすごかったね。でも、鎧は人間とは違ってそもそも隠れるという動きが通用しないと思うな」
「うーん、こそこそ作戦は無理ですか……」
ベム子はあらゆることに便利なメイドなのだけれど、天界に潜入はいくら何でも無茶な話か。
しかし、本当にどうしたものか。
「ピコーン、思いついた」
テレサ様が両手を上にしてランプがつきましたよアピールをする。
この超難問にオセロ屋敷が誇る天才お嬢様は解決方法を思いついたらしい。
僕には何も思いつかないけれど、テレサ様なら或いは!
「エルパカの扉魔法なら、連続的な瞬間移動で天界の奥深くまで行ける」
「おおっ! 流石ですテレサお嬢様! ……と言いたいところですがやつの魔法はランダム性が強すぎますよ」
それはなかなか有効そうなアイデアだった……一つの問題を除いて。
エルパカの空間移動を可能にする扉魔法はとんでもない激レア魔法なのだけれど、それだけに難易度も大変に高く、エルパカはその魔法の制御にいつも失敗しては、木に引っかかったり、空から降ってきたりしていた。
とてもじゃないけれど、作戦に組み込めるほどの精度ではない気がするのですが……、
「大丈夫、これから行く場所は天界……中界より恒常性が弱く魔法は扱いやすいはず」
「あっ! そうでした! 中界は一番魔法が使いにくいんでしたね」
僕程度の考えは当然テレサ様も折り込み済みだった。
魔界中界天界。
三つの世界のうち、最も魔法が使いにくいと言われているのが我らが住まう中界である。
理由は簡単で魔法という変化を拒む世界の恒常性の働きが強いからだ。
前にエルパカも魔界でならある程度の方向くらいは制御できると話していた覚えがある。
ということは天界でも有効に使える可能性が高い。
「ねぇ、扉魔法ってなにかな?」
超レアなエルパカの魔法には流石に勇者様も初耳だったようで、首を傾げていた。
美少女な上に豪奢な服に身を包んでいるので、その動作は大変に可愛らしい。
でも実際は男だ。
「ええっと、その辺に扉を作り出して他の場所に移動できるようにする空間移動の魔法です」
「へぇー! 超すごい魔法じゃないか! うん、それがあれば何とかなるかも……僕が超えられなかった鎧群集地帯を突破できるかもしれないよ!」
扉魔法の話を聞いてツルファはめちゃくちゃ嬉しそうに笑う。
考えても見れば、想像を絶するほど長い時間くるしめられたロボたちの壁を、容易に越えられる魔法が目の前に都合よく存在するとしたら、誰でも興奮するというものか。
そう考えるとやっぱりエルパカはすごいな……魔界の姫なだけはある。
「よし、ある程度準備したら天界へ出発しよう」
「そ、そんな軽く?」
「私は早急な出発に賛成。そもそも天界に本当に行けるかも謎だから、試行回数は多い方がいいし、失敗は早い方が良い」
テレサ様の意見は実に大人だった。
もうすでに失敗した場合のパターンまで考えているとは。
僕としてもご主人様が行くと言うのなら、やらない理由はない。
急いでエルパカを探しに僕は屋敷を走り回ることになった。




