勇者に会いに行こう編11 裏の裏の裏
「とんでもない無茶振りをするのう」
横から話を聞いていたクスクスさんは、とんでもなく嫌そうな顔をしていた。
いや、まあ、そりゃそうだよね。
それが簡単に出来るのなら苦労はないって話だ。
自分の魔法を軽んじられていると思われても仕方がないレベルかもしれない。
「とりあえず、私とベム子で戦う。クロは前と同じように観察してて」
「グリッズ戦と同じ戦術ですね」
魔法戦においては、魔法という何でもありな力が、本当に何でもありすぎて予測がつかない。
その為、一度見る側に回ってしっかり観察することこそが重要だったりする。
メイドパワーを持つ僕はこの屋敷の本命とも呼ぶべき存在なので、初見殺しに合わないように、こうやって一度下げるというのが、テレサ様のお考えだ。
しかし、何度やっても主人が先に戦うというのは心臓に悪い。
無茶苦茶言いつつも、無茶なことはしない人だとは分かっていても、それはそれとしてやっぱりメイドは心配です。
「了解した。勇者相手でも足止めくらいは出来るだろう」
クールな表情でそういうベム子だけど、実は彼女の戦闘力を僕はよく分かっていない。
彼女は本当に多方面に優秀な人材なのだけれど、戦闘は僕と一戦やった切りで、しかも僕が強すぎる上にその時の彼女は激昂し動揺していたのであまり参考にならない。
というより、本職は潜み探ることだろうから、強い必要はそんなには無いのだけれど。
「私はドラゴンヌイグルミを試してみる」
そう言って地面に置かれたドラゴンヌイグルミの影は、大きく、そして不気味に、ゆらゆらと揺れ始める。
生き物っぽい者の影を操作するのがテレサ様得意の影魔法。
あの強大な存在である竜、それを模した存在が魔法によって具現化していく。
しかし、そんな光景を見ても勇者は余裕そうな表情を崩さなかった。
「おー、凄いじゃないかお嬢さん。良く魔法を鍛えているんだねぇ。しかも、僕をきちんと対策しようとしている」
「でもぉ、ツッチーはあんなおもちゃじゃ倒せないよぅ。ううんぅ、どんな存在でも倒せないかぁ」
ツルファを操るフラーンもまた余裕がありそうに笑っていた。
まあ、フラーンはそもそもドラゴンを操れる側の人間なので、それくらい本当に当然なのかもしれない。
しかも、横にいるのは勇者様だ。
「貴女の領域を、塗り替えさせてもらう」
テレサ様が小さく呟いた瞬間、黒と白の世界が色付いていく。
緑と青と黄色と赤と……そして黒!
巨大化した黒い影のドラゴンは、色付いた世界の中心で堂々と鎮座している。
世界の改変、その力をテレサ様が手に入れた瞬間だった。
そうか、ここはフラーンの領域なのだから、そもそも塗り替えないと圧倒的に不利だったのかもしれない。
ここは相手の得意なフィールドだということを僕はすっかり忘れていた。
「へーん、一流の魔術師ならぁ、それくらい当然だってのぉ!」
「確かに世界の改変は一流の魔術師の証と言えるね。彼女は素晴らしい魔術師だということだ」
「そういうこと言いたいんじゃないのぉ! もう! ツッチーはやくやっちゃってぇ!」
「うん、まあ、流石にそろそろ拒むのも限界だね。じゃあ、行かせてもらおうか」
ツルファは手に持った剣を中空で振って見せる。
ただの素振りかと僕は思ったけれど、それは大きな間違いだった。
切り裂いているのは空気ではなく……世界そのものだったからだ。
ツルファの振るった剣の後には、白黒な光景が取り戻されている。
まるで塗りつぶされた色を切り払うようなその光景に、僕は絶句した。
めちゃくちゃすぎる!
「世界が干渉され始めた。これが運命操作の一端」
「そんな物理的なものなんですか!?」
「本人はただ素振りしてるだけでも、こちらの思惑はどんどん崩れていく。あと……私がまだまだ未熟だから、簡単に世界改変が綻ぶ」
本来はそう簡単に崩れるものではないのだろうけれど、勇者という特異的な存在と、まだテレサ様がこの魔法に慣れていないせいで、簡単に壊れてしまうらしい。
いや、それでも素振りするだけで世界が壊れるってなにそれ……。
「さて、僕は脇とかくすぐられると弱いぞ」
「なんで自分の弱点話してるのぉ!?」
「しかも弱点とも言えんじゃろそれ」
依然として口は自由に動くらしく、自分の弱点を話ながら勇者は優雅に歩いてこちらに迫ってくる。
しゅ、シュール!
「火を吹け」
テレサ様の指示に従い、影のドラゴンはその口から、影の炎を吐き出し勇者を包み込む。
しかし、ツルファはそれを避けもしなかった。
むしろ真正面から突っ込んでいき、火を浴びながらドラゴンの目の前まで徒歩で辿り着いた。
「早く避けないとそのドラゴン、倒しちゃうよっ!」
優しいことに口で警告しながらツルファはその剣をドラゴンの首元へと振おうとする。
しかし、その動きは寸前で停止した。
「なるほど良い手だ。けど、申し訳ないね。僕はフラーンを守るように命令が組まれてるんだ」
言うが早いか、ツルファは背後に向かって懐に入れていたであろう小さな刃物を投げつける。
投げつけられた刃物の先にいたのは……いつまにかフラーンの背後に迫って彼女を襲撃しようとしていたベム子だった。
ほ、本当にいつのまに!?
ドラゴンの影の召喚に合わせて気配を消して潜み、術者本体を倒そうとしていたのか!?
その姿はさながら超一流のアサシンだ。
ベム子は即座に身を翻すと刃物を避け、また何処かへと姿を消した。
「あのメガネっ子凄いのう。あれなら確かに時間稼ぎにはなるじゃろうな」
ドラゴンという主力をメインに置いて前方から攻めつつ、背後からは絶え間なくベム子がフラーンを狙い続ける……。
なるほど確かに有効な戦術で、時間稼ぎには打って付けに思える。
ベム子はやはり戦闘という分野においても、超人的だった。
「舐めないで欲しいなぁ。私も別に弱いわけじゃないんだよぉ?」
心外そうにそう言うと、フラーンは力を示すように腕を回す。
そう、あくまでこれはフラーンに戦闘力がないとした場合の話。
しかし、彼女に於てはそんなことあり得ないだろう。
何故なら、彼女は死体魔法の使い手で……そして彼女は死体なのだから。
「じーぶーんーきょーうーかー!」
気の抜けた声を上げつつ、フラーンは両腕を掲げる。
すると彼女の肌が銀色に輝き始める。
あれは……鋼鉄の輝き?
「死体魔法はこんなことも出来るんだよぉ。これで刃物なんかは通らないねぇ。ツッチー、もう私のことは気にせずやっちゃってぇ」
「了解した。でも、本当に良かったのか?」
「えぇ?」
僕はその瞬間、この作戦の真の狙いを理解した。
堂々と作戦会議をすることも含めて、そもそも作戦だったのだ。
どんな魔術師だろうと、最大の弱点は常に慢心。
僕はフラーンに向かって光速で走る。
ドラゴンという切り札を切りつつ、もう一枚のジョーカーたるベム子に本体を襲わせ、フラーンは勇者に守られているという予想の上でフラーン自らにその守りを解かせ、その隙を真の切り札である僕が全力で狙う。
裏の裏の裏!
僕であればあの程度の防御は貫通して倒し切ることが出来るはず……!
しかし……そう上手くは行かなかった。




