勇者に会いに行こう編⑩ 勇者という者
「じゃんじゃじゃーんぅ! なぁんと勇者ちゃんの死体を手に入れちゃったのでしたぁ! ぱちぱちぱちー!」
フラーンは力無い声と力無い動きで拍手をすると、勇者を……ツルファを嬉しそうにこちらへ示す。
死体使いにとって、勇者の死体というのは垂涎のものだったのだろう。
しかも、傷も殆どない。
まるでまだ生きているかのようだ。
『ツルファは大昔に旅立ってから消息を絶っていたのですが、そうですか、やはり死んでいましたか』
勿論、シロフィーの生きていた時代は大昔であり、勇者が生きている方がおかしな話である。
しかし、それでも目の前の勇者の死という事実を目撃して、シロフィーは悲しげだった。
勇者は偉大な存在であるし、きっとめちゃくちゃ強いのであろう。
けれど、死ぬときは死ぬ。
それはこのメイド服に取り憑いている最強メイドことシロフィーにしても同じことだ。
だからといって、その死体を弄ばれる謂れはないが。
フラーンによって操られているであろうツルファは、こちらに視線を移すと、少し驚いたような顔をした。
僕はむしろその驚いた顔を見て驚く。
えっ、か、感情とかあるの!?
今までの死体は完全にゾンビだったのに!?
しかもあろうことかツルファは元気よく手を上げてこんなことを言い出した。
「クスクスじゃないかー! 僕だよ僕! 美少年でお馴染みの勇者ツルファくんだよ! いやぁ、懐かしいなぁ。あっ、そうだそうだ僕をメスにする準備とかもうできたかい?」
場に相応しくない軽い言動!
というか勇者ってこんな感じなの!?
重い雰囲気ですよ!?
『こういうやつなんですよ。馬鹿なんです』
シロフィーは目をジトッとさせて、呆れたようにそう言う。
また馬鹿か!
僕の知人、僕のご主人様を除いて馬鹿が多すぎるんだけど!
僕もまあまあ馬鹿だけどさ!
「そういえばこんなんじゃったな。勇者よ、まだ人間には使えるようになっておらん。すまんな」
「そうかー、まあ仕方ないね。是非ともメスになって夢の美少女生活を送りたいんだけどなぁ」
「本当に勇者かこいつ?」
あけすけすぎる言動に疑念を持つのはベム子である。
生前にその存在を知ってはいた彼女だからこそ、実際にあってみたイメージの違いに驚いているのだろう。
生前を知らない僕でさえ戸惑いは隠せない。
「正真正銘勇者さ。まあ、流れとしては勇者に僕が選ばれたわけじゃなく、僕という存在を表す為に勇者という称号が生まれたから、僕が勇者というよりも勇者が僕なんだけどさ」
「ツッチー! おしゃべりしすぎだよぉ!」
さも当然のようにベラベラと喋るツルファを見て、フラーンは怒ったように腕を回す。
な、なんだろう……操れているようには見えない。
むしろ振り回されているような。
「おっ、そのメイド服の君、今、フラーンが操れていないんじゃないかって思ったね? なかなか鋭いじゃないか」
「えっ!? こ、心が読めるんですか!?」
「流石に読めないけど、勘が良くてね。僕がそうじゃないかと思ったことは、大抵その通りなんだ」
そういって胸を張るツルファは自信に満ち溢れている。
い、今までにあったことのない人種だ。
しかもかなりハイスペック。
心が読めているみたいな勘の良さってなに?
「見ての通り僕は偉大すぎるのでね。そんな僕を操るという想像は、魔法はなかなか難しいのさ。だから、こうして自由に喋れてしまう。まだまだ未熟だねぇフラーン」
「うるさぁいぃ! ツッチーは私の言うこと聞いてればいいのぉ!」
怒るフラーンをツルファはまるで子供をあしらうように笑いつつ、聞き流している。
す、すごい……ドラゴンを操る存在に対してまるで取るに足らないと言いたげな態度。
勇者ってここまでめちゃくちゃじゃないとなれないのか……。
「なるべく戦いたくないのだけど、可能?」
「猫のお嬢さん、残念ながらそれは無理だ。自由なのはせいぜい口くらいでね。戦いは避けられないよ」
「了解した……クロ、ちょっと来て」
「うん、作戦会議頑張ってくれ。僕はそれまでフラーンを食い止めておくよ」
「敵に味方しないでぇ!」
テレサ様が堂々とツルファに戦闘意思の確認を取った上に、さらに堂々と作戦会議をするために僕を呼ぶ。
いや、どんな状況ですか。
なんかもうフラーンがちょっと可哀想な感じになってるよ?
これから戦いというには、あまりにも弛緩した空気だけれど、何のようだろうか。
「運命操作の正体が分かった……それは勇者そのものだと思われる」
「あっ、そういえば運命操作が厄介なんでしたね。それが勇者そのものなんですか」
「うん、勇者は天然で意識せずそれを行うけど、要するに、勇者に都合よく世界が変化して、なんやかんやでこちらが負ける」
「なんやかんやでですか!?」
勇者の能力、それはどうやら究極のご都合主義なものらしい。
なんやかんやで勝つ……それは勇者という存在を端的に表した言葉かもしれなかった。
「運命操作への対策は考えて来た……けど、勇者相手では厳しいかも」
「それはどうしてですか?」
テレサ様は常に先々を考え、完璧な計画と対策を考えている。
その頭脳で十魔王の一人を苦しめたのは記憶に新しい。
そのテレサ様が厳しいと言っているのだから、本当に厳しいのだろう。
「対策の内容は、こいつだった」
テレサ様がいつものリュックから取り出したのはドラゴンのヌイグルミだった。
「竜骨生物群集で手に入れた竜の死肉から作ったドラゴンヌイグルミ」
「なんってものを作ってしまったんですか。劇物もいいところですよ」
「こいつは竜と同じく、周囲の空間を変化させることが可能……運命操作を竜の空間で塗りつぶしてゴリ押しで倒す予定だった」
「とんでもない作戦考えてたんですね……」
運命操作は世界の改変。
それを別の世界を作り出す竜という存在を用いて、封じてしまおうと考えていたのか。
す、スケールでけー!
そしてテレサ様の影魔法も驚くほど進化を遂げている。
このままのペースでいけば本当に全知全能も夢ではないかもしれない。
「でも勇者の運命操作はもう本人の資質だから世界を変えても無駄だと思う。しかも、勇者がそもそも強い」
「運命操作なしでも強い上に、その運命が絶対に途切れないってことですか……」
勇者、驚くほどに厄介な存在だ。
果たしてこのままやって勝てるかどうか。
「だから、もう手段は一つしかない」
「すぐに次の手段を思いついているのがテレサ様のすごいところですよ」
勇者という特大の爆弾で急遽作戦変更となったテレサ様はそれでもなお、きちんと新たな作戦を考えていたようだった。
うちのご主人様本当に有能すぎる。
「クスクスの性別魔法しかない……」
「えっ、でもあれは人間には」
「そう、使えない。それでもやってもらうしかない」
前言撤回。
それはもはや作戦と呼べるものではなかったかもしれない。
テレサ様のいう新たな手段とは、クスクスさんの人には使えないという性別魔法を……今ここで使えるようにしようというものだった。
確かに成功すれば一発で終わる。
死体魔法はオスしか操れないからだ。
しかし、大昔から出来なかったことが、今日この場で出来るようになるとはとても思えない。
それしかないなんて、もしかして僕が思っている以上に、追い詰められている?