勇者に会いに行こう編⑧ 白黒の森
テレサ様、僕、ベム子、そしてクスクスさんという奇妙なパーティーが結成され、僕らは死体の魔女の元へと移動する。
影魔法はこういう時に便利で、移動用の獣を何体も生み出すことが出来た。
僕らは影獣に跨り先を急ぐ。
「このヌイグルミはオスで、こっちはメスじゃな?」
「すごい、何で分かる?」
「長いことこんなことばっかりやってるからのう」
クスクスは影獣に跨りつつ、本来ならば性別の存在しないであろうヌイグルミという存在の性別を見事に当てて見せた。
ヌイグルミの性別は持ち主の意思次第。
そんなあやふやな存在の性別を的中させるとは、もはや名人芸と言う他なかった。
……というかいつものあのヌイグルミたちに性別あったとは驚きだ。
近くで見ている僕すら知らない事を看破するのは流石、性別魔法の使い手だけれど、しかし、果たしてそれがこれから向かう死体の魔女相手にどう有効に働くと言うのだろうか。
「クロ、死体の魔女について話しておきたい」
「あっ、はい! 是非是非!」
死体魔法については色々と教えてもらったけれど、死体の魔女本人については変態という謎の情報しか僕は知らない。
変態だとすれば仲間みたいなものなので、仲良くしたい所存だけれど……。
「死体の魔女……名前はフラーンというのだけど、彼女は好戦的な魔術師でよく騒ぎを起こす」
「魔術師の中にもそういう輩がやはりいるんですね」
「けれど、この領地にはお母様がいるからその度に鎮圧されては逃げ帰っていた」
「つ、強いんですね、メアリ様」
「お母様は超強い。中界では一番かも」
「そこまでですか!?」
メアリ様はテレサ様のお母様で、この領地の領主をやっている。
魔術師にしては社交的なお方で、その人柄はのほほんとして太陽のようなのだけれど、そ、そんなに強かったとは。
一度戦った時のプレッシャーは恐ろしいものがあったけれど、あのまま戦闘が継続されていたらもしかするとヤバかったのだろうか。
『難しいところですね。あのままやっていたら恐らくこちらが勝っていたでしょう。準備が万端なら逆にこちらが確実に負けていたでしょうが』
シロフィーはそう批評するけれど、実際はどうなのかは分からない。
そういえばあの時のメアリ様は敵地での戦闘だったか。
人形もでっかいの一人しか連れていなかったし、テレサ様の影魔法を見るに、本来ならもっと多数の人形を操るのかもしれない。
「でも今回は苦戦している。理由はフラーンの手に入れた新しい死体のせい」
「何か強力な死体を手に入れたのですか?」
「その正体はまだ分かっていないけれど、運命を操作できる何かを手にしている」
「う、運命ですか?」
よ、よく分からない……!
ぱっと見ではドラゴンや魔物たちよりも恐ろしいとは感じないのだけれど、それはそんなに強いものなのだろうか。
「運命操作は強い。というより、概念操作は強い。物理的な手段ではなかなか対抗できないから」
「そう言うものなんですか」
「言うなればサイコロで確実に六を出せるように、自分に都合の良い未来を引き当てられる」
「それは強いですね!?」
なるほどそんなことが可能ならば確かに容易ではない。
どころか、対抗手段は思い浮かばないほどだ。
「それ以上の情報は分かってないから、その死体が何の死体かは謎。でも、まあ、対抗策は考えてある」
「いつも通り準備は万端ですね」
テレサ様ほど先々を考えている方を僕は知らない。
何も考えずに暴走しているように見せて、我がご主人様は何もかもを考えているのだからとんでもない。
本当に恐ろしい存在というのは、テレサ様のような人を指すのかもしれなかった。
「そろそろ死体の魔女の領域に入るのう」
クスクスさんのその言葉通りに、真っ黒な木々の生えた奇妙な森が見えてくる。
あれが死体の魔女……フラーンの住処か。
「あれも元はダンジョンで、現在はフラーンの支配下にある。よって危険も危険」
「いいのう自分の領域がある魔術師は。アタシも大昔は見晴らしの良い塔に住んでたんじゃがのう」
超危険な場所を前にしてテレサ様もクスクスさんも余裕そうだった。
魔術師と呼ばれる人種はみんな心臓が強すぎる。
いや、僕が弱すぎるのかな……?
「まずは私が斥候に行くか? そういうのが本来得意なのだが」
ベム子もめちゃくちゃ乗り気なのでどうやら魔術師関係なく、僕の周囲の人間がおかしいらしかった。
「いや、今回は単独行動は危険。常に集団で行動していく」
「了解した。ではしんがりをしよう」
そう言うとベム子は僕たちの一番後ろに立って行動を始める。
その動きは慣れたもので、彼女の戦闘慣れを感じさせた。
どうやら一番の素人は僕らしい。
メイドパワーしか取り柄がないしな……!
「では踏み込むかのう。アタシの後ろをついてくるんじゃぞ」
驚くことに先頭はクスクスさんだった。
テレサ様も特に反論しないので、どうやら当初からそれが予定だったようだ。
クスクスさんに対するテレサ様の謎の信頼は一体何なのだろうか。
そう謎に思いつつも、黒い森の中を進む。
そこはモノクロの世界で、黒と白しか色が存在していない。
雑草は白く、木々は黒い。
そんな白い茂みを掻き分けて僕らは、森の奥へ奥へと導かれていく。
やがて茂みが枯れ、黒い地面が浮き出ている謎の場所に出た僕らは、とんでもない物を見た。
そこには骨だけになった竜が体を丸めて眠っていたのだ。
「あっ、あんな状態でも操れるんですか」
「死体魔法はほとんど万能。それはフラーンの魔術師としての有能さを示している」
「性格はともかく天才じゃからな。いや、性格がアレじゃからこそ天才的な魔術師になれたのかもしれんがのう」
まさか骨だけの状態の存在すら操って見せるとは死体魔法恐るべし。
そして漏れ聞こえてくる情報を整理すると、フラーンはよほど酷い性格をしているらしい。
会いたくないなぁ。
「では一仕事してくるかのう」
そう言って、緩慢な動きで茂みから飛び出し、骨のドラゴンへ近づいていくのはクスクスさんである。
その姿はとても無防備で、まるで警戒心というものが感じられない。
「く、クスクスさん!?」
「クロ、大丈夫だから」
テレサ様はそう言うけれど、まるで安心できない。
無力な老婆に気付いたドラゴンは起き上がると、その巨体をクスクスさんの方へ向け、周囲を震わす咆哮と共に威嚇する。
それでもクスクスさんは何ともないように、ぽてぽてと歩いて近づくのだった。
そして、地面について歩いていた大きな杖を骨のドラゴンに向けると、彼女は呪文を唱える。
「スクセ! ガイテン!」
それは初めて会った時に聞いた呪文と同じだった。
瞬間、放たれた光と共に、ボーンドラゴンは輝き、やがて……全ての力を失ったようにバラバラになって地面に落下した。
今まで元気に動いていたのが嘘のように、骨はただの無力な骨に戻ってしまった。
ど、どいうこと!?
「死体魔法はオスしか操れない以上、性別魔法でメスにされるとその前提が壊れる。よって、魔法は無効化される」
「す、すごい!? 死体魔法相手に特効だったんですね!」
オスの死体しか操れないなんて、厳しく見えて、さほど問題にもならない弱点だと思っていた。
けれど、性別魔法はその隙とも言えない隙を突けるというのか。
「だから言った。余裕だって」
「おーい、終わったんじゃが、次はどうするんじゃ」
遠くで手を振るクスクスさんの姿は町であった時と変わらず、ただの怪しげな老婆だ。
しかし、彼女も強大な魔術師なのだとその時思い知った。




