勇者に会いに行こう編① 勇者に会いに行く為の服がない
「町に出かけましょう」
「みゃ?」
突然の僕の言葉にミャカエルは首を捻る。
しかし、これはミャカエルにしか頼めない用事なのだ。
ミャカエルは見た目だけなら変身魔法によって完全な人間になれる……それは実は結構大きな事実だ。
何故なら、堂々と人前に出られるから。
……中身は置いておいて。
「それでみゃーに一緒に買い出しをして欲しいって話かにゃ」
「ええ、まあ、今までは時間を見つけては私一人で行ってたのですが、やはり人手は欲しいので」
「めんどくせぇみゃー……猫の仕事は寝ることみゃ。働く猫はもう猫じゃねぇみゃ」
「働く猫もまあまあいますよ」
主に猫カフェでしか見たことないけど。
ミャカエルは生来の面倒くさがり屋であり、無職絶対主義という厄介な特性を抱えていた。
まあ、確かに猫を働かせるのはどうかと思うけれど、文字通り猫の手も借りたいのがオセロ屋敷だ。
外に出られる人材があまりにも少ないために起きた問題であった。
「ベム子にやらせればいいみゃ。ぱっと見普通みゃ」
「ええ、彼女はぱっと見普通ですし、仕事も有能なのですが、有能すぎて他にもやる事があるのです。その点、貴女はお仕事ゼロでしょ?」
「今日は書斎で寝る仕事があるみゃ」
「日ごとに別の場所で寝ることが仕事なのですか……」
そもそもが敵だったはずのベム子だが、あまりにも働きが優秀なので、もはやオセロ屋敷に必須な存在になりつつある。
もしかすると既に侵略を受けていて、それは作戦成功しているのかもしれない。
まあ、言ってしまえば彼女はシロフィーのマイナーチェンジ版といった感じなので、伝説のメイドに匹敵するほどに有能であり、出来ることの範囲は驚くほど広い。
そしてシロフィーが幽霊であり、僕がまだまだ未熟である内は、このオセロ屋敷でベム子がナンバーワンメイドだと言わざるを得なかった。
『このままベム子をのさばらせておいては、伝説のメイドの名が泣きますよ! なんとか対抗策を考えなければなりません……』
僕は別に自分の業務が楽になる分にはなんの文句もないのだけれど、シロフィーはスカイツリーのように高い高いプライドを持っているので、今の状況は許せないようだった。
対抗策がとんでもないものでないことを願う。
「それにみゃーが人間に変身しても首輪付きで割と変みゃ」
「もうそれくらいの変さは許容します」
首輪を連れた人間と並んで歩くと、横にいる人が飼い主であり変態だと思われかねないが、もはやそれくらいのことに怯える僕じゃない。
こちとら女装メイドやってるんだ! 今更そのくらいの汚名なんでもない!
「ヤベェメイドみゃ……うーん、まあ、やってやらんこともみゃいが、条件があるみゃ」
条件……まあ、前回の例を考えるとそんなに変なことは言われないだろう。
基本、猫基準だしな。
ただで手伝わせるのもなんだし、お駄賃の代りみたいな感じで、受け入れてあげよう。
「いいですよ、どんな条件ですか?」
「勇者に会いたいみゃ!」
「ゆ、勇者!?」
軽い気持ちで受け入れたらとんでもない名前が出てきてしまった。
勇者、それはちょー強くて魔王とか倒す、そんなサムシングのやつ。
実在していたのか……。
いや、本当にいるの?
この猫の妄想では?
魔王はいたけど、あれは魔界の王くらいの意味だろうし十人くらいいたしなぁ……。
魔王を倒した者を勇者と呼ぶという結果論的な理屈で言えば、僕が勇者ということにもなりかねないけれど、それは流石に暴論だろう。
メイド勇者はなんか嫌だ。
「最近、町の方に来てるらしいみゃ」
「勇者ってそんなふらっと現れるものなんですか」
「わりとそんなもんじゃねぇかみゃ? 知らんけどみゃ」
そんなもんだと言われてみれば、確かに僕の中でも勇者のイメージとして結構ふらっと町から町へと移動している図が思い浮かぶ。
じゃあ、近所に急に勇者が現れても不思議なことはないのか……?
わ、分からない。
勇者についての知識が圧倒的に不足しすぎている。
「みゃーはまだ普通の猫だった時にメイドどもが勇者様かっこいいし最強! って騒いでたのを聞いててみゃ、そんなに強いなら一度見てみたいんだみゃ」
「貴女が普通の猫だった時って何年前ですか……?」
「分からんみゃ!」
この猫何も分かっていない!
困った話だけど、僕も実はこのオセロ屋敷がいつダンジョン化したのかは、まるで知らない。
これについてはシロフィーが秘密にしていて、探ろうとすると脅してくるから知りすぎると逆に怖いのだけれど。
シロフィー的には自分の実年齢がバレてしまうのが嫌らしいのだけど、幽霊にまでなって何を気にしているやら。
『乙女心がわかってませんねぇ! いいですか! いつまでも若く若く若く! そして若く! なお若く見られたいのですよ!』
いや、シロフィーは見た目が若いんだからいいじゃないか……。
そう思ってしまう僕は乙女心がまるで分かっていないのかもしれない。
乙女な格好しても乙女の気持ちになれるわけではない。
みんなも試してみればわかるぞ!
「とにかく! 勇者が町にいるってロザが言ってたんだみゃ! 気になるみゃ!」
「えっ、ロザ様がですか?」
あのロザ様が言っていたなら怪しげな勇者という存在にも一気に信憑性が出てくる。
どういう存在かは分からないが、少なくとも勇者と呼ばれている者がいて、そいつが近くの町に来ているのか……。
僕もちょっと興味が湧いてきたな。
「よし、いいですよミャカエル。勇者見物に行きましょう」
「うっしゃ! じゃあ、変身するみゃ!」
商談成立したところで、ミャカエルが二足歩行で立ち上がり、気合を入れる仕草を見せる……が、変化はない。
変身魔法、不発だ。
「まさかもう変身魔法使えなくなったんですか?」
「んなわけねぇみゃ! いや、何に変身するべきか迷ったんだみゃ」
「あー、確かに」
外に出かけるために変身するのだから、勿論、普通の人間がいいのだけれど、そうするとまたオセロ屋敷に普通の人いなさすぎ問題にぶつかる。
ベム子が最も相応しいけれど、そもそも、無許可で変身するというのも気が引ける話だ。
ミャカエルにはオリジナル……と言って正解か分からないけれど、とにかく自由に変身しても怒られない姿が必要だった。
「なんか、適当に平凡な人間に変身できないのですか?」
「そんな都合のいい魔法じゃねぇみゃ。しっかりとした観察が必要なんだみゃ」
「うーん、面倒ですね……」
魔法は想像力である以上、まるで知らないし見たことない人間に変身するというというのが困難であることは理解できる。
そうだ、シロフィーに変身するのはどうだろう。
許可取りが容易だし、少なくともこの世にいないので被ることもない。
『心理的に嫌! というのは置いておいても、私ってそこそこ有名人ですから騒ぎになりかねませんよ』
そういえば伝説のメイドだった……。
死後何年、いや何百年経っているか知らないが、確かに英雄の再来みたいな話になると面倒だ。
仕方ない……まずは外に出るための体作りを地道に模索する必要があるか。
「アトリエがあるので、そこで適当に私が絵を描きましょう。それに変身するというのは出来ますか」
「まあ、それならギリギリ出来るみゃ」
外に出かけるために一度絵を描くという知らない人から見れば、意味不明な行程を踏む羽目になってしまった。
そもそも、僕は絵がまるで描けない。
なので、きちんと変身に耐えられる写実的な絵を描けるかはどうかは、メイド技術に掛かっているだけど。
シロフィー、あの、絵画系の能力、多分あるよね?
『よくもまあ安請け合いをしたものですね……絵、描けますけどね!!!!!』
やったー! さすが伝説のメイド!
ほぼドラえもんの秘密道具!
あるいはキテレツ斎様!
『あんまり褒められてる気はしませんが、ふふん、こう見えても絵は大得意なんです! 生前はメイドたちに画伯だとか、前衛的とかよく褒められたほどですよ!』
おお、すごい自信だ。
今までもあらゆる技能に精通していて当たり前なシロフィーなので、その腕前を誇ることはあまりなかったのだけれど、今回は胸を張って自信満々だ!
これは期待が持てるぞ!
……そう思うのだけれど、何故だろうか。
心の底から安心できない自分がいる。
前衛的って、あんまり褒め言葉で使われないような……。




