エルパカ増殖編 エピローグ②
「まず、天界は非常に秘密主義で、その内部がどうなっているか知る者はまるでいない」
テレサ様が語り出した天界の事情はもうすでにヤバそうだった。
「そんなに謎な世界なんですか」
「ただうっすら聞こえてくる断片的な噂から推察すると……魔界を徹底した自由の世界とするなら、天界は徹底した不自由の世界らしい……まあ、噂にすぎないけど」
自由な世界と不自由な世界。
魔界は確かに話を聞いているだけでも自由が行きすぎて混沌となった印象を受ける。
そして、天界はそれに対して徹底した不自由な世界……なんて言われると大変な管理社会を思い浮かべるけれど、果たしてそれが天界の実情とあっているかどうかは果てしなく謎だ。
もっともっと不自由なのかもしれないし、もしかするとまるで不自由ではないのかもしれない。
結局のところ、噂は噂で、謎は謎か。
「天界人がこの世界に来たりはしないんですか?」
「……一般的に知られてる範囲では、天界人がこの世界に来た例はゼロ。神話の話を含めればあるかもしれない。つまり、それくらいあやふや。こちらに来る魔界人はレアだけど、天界人は皆無と言って良い」
「ひえー、じゃあ勿論、中界から天界へ行った人もいないのですか?」
「……それは分からない。何故なら、この世界から消えただけでは天界に行ったかどうかも分からないから」
そうか、そもそも天界に行ったという確認が出来ないのでそうなるのか。
「そして天界から帰還したものも勿論いない」
「まあ、そういうことになりますよね」
行くことが出来るかどうかすら謎で、だから帰る方法も誰も知らない。
そんな世界が存在するなんて……いや、もはや存在しているかすら謎に思える。
「そんな謎の多い天界の情報の一端が明かされたのは大きい……これは偉大な一歩」
胸を張ってロボの頭部を見つめるテレサ様は自慢げだった。
そうか、このロボによって天界の存在も保証されている……のだろうか?
そもそも、天界の文字そのものを認識していることがすごい。
どうして謎だらけの世界の文字が知られているのだろうか。
「さすがですテレサ様! でも、どうして天界の文字は知られてるんですか?」
「……天界の文字も、本当は知られていない」
「本当は……というと?」
テレサ様は少し小さな声で、呟くようにそう言った。
表沙汰になっていない情報を、テレサ様が個人的に掴んでいるという話だろうか。
冒険家で研究熱心なテレサ様なら十分にあり得る話だけれど、テレサ様の言いたいことはどうやら違うようだった。
「つまりこういうこと」
フードを外して、テレサ様は普段隠しているその赤い髪と赤い瞳と……そして、特徴的な尖った耳を僕に見せる。
耳はぴょこぴょこと動いていて、大変に可愛く、好奇心を誘う。
テレサ様はそんな自分の耳に触れる。
「この耳は天界人の特徴で、私の母は……実の母は天界人だと考えられる。そして、私は母から一度だけ手紙をもらったことがあった。だから、私だけが天界の文字を知っている」
実の母。
その言い方はメアリ様じゃないことは、確かだった。
あの人の耳は普通だし、天界人でもないだろう。
予想はしていたけれど、やはり、何か複雑な事情がミラー家にはあるらしい。
しかし、今の僕にはそんなことよりも気になるものがある。
「て、テレサ様って天使なんですか!?」
そう、テレサ様が天使か否かである。
これは重要な事実になるぞ!
『私もクロの意見に賛成です!』
シロフィーもめちゃくちゃ乗り気だった。
頼りになる相棒だぜ!
「天使と天界人はやや概念が違うから、天使ではない」
「えっ!? でも天使のように可愛いのに!?」
「か、かわ……もう! 重大な話をしているのに」
テレサ様は珍しく拗ねたように頬を膨らめて怒った。
「そもそも、私は中界人の父と天界人の母の間に生まれたから天界人そのものではない……恐らくは、父が天界に到達してから私が生まれたのだと考えられる」
て、テレサ様のお父様は相当アクティブな人らしい。
一般に知られている範囲では天界に行ったものはいないというのは、自分の父が実は行っているからという意味か!
テレサ様によく似た冒険家だったのだろうか。
いや、待てよ。
天と地のハーフ……それ即ちアレでは?
「えっ、つまり……中界人と天界人のハーフということはほぼ天使では!?」
「天使は別にそういう意味の言葉じゃない……もう!」
要らぬことを言ってしまい更にテレサ様を怒らせてしまった。
なんとなく神様と人間の中間が天使、みたいなイメージがあったので、天界と中界のハーフだと天使っぽく思えてしまう。
明らかに間違ったちしき!
でも、まあ、そうじゃなくてもテレサ様は天使だしな……。
『むしろ地上の者とは思えない可愛さだと常々思ってたので納得いきましたね』
その納得の行き方はどうかと思うけれど……。
「まさかこんな時にふざけてくるとは予想外だった。もう……ふふふっ」
重要な話をしているというのに、アホな事ばかりいう僕にテレサ様は怒りと気恥ずかしさと、そして楽しさの入り混じった不思議な笑顔で僕を笑う。
そう、テレサ様の出生は重要な話なのかもしれないけれど、僕にとっては、どんな生まれであれ尊敬できるご主人様であることは変わらないし、いつだって笑っていて欲しいのが望みだ。
テレサ様が実は男でしたなんて言われたら結構ビビるかもだけれど、それでもやっぱりテレサ様はテレサ様だしな……。
結局、可愛がっていると思う。
『男なのは貴方でしょうに』
シロフィーが冷静に突っ込む。
そんなこんなで、テレサ様は頬を膨らましたままに部屋に帰っていった。
最後にこう言い残して。
「だから、いつか天界に行ってみたい……から、その時は、ついてきて」
「当たり前ですよ。メイドはいつでも貴女の横にいますよ」
「ふふっ、それは変態」
笑顔でテレサ様に図星をつかれてしまった。
そういえば、ずっと黙って女装して仕えてる変態なんだよね……。
女装メイドの変態男だけど、どこまでもお供したいと、その時、強く思った。
『なんかいい感じにしようとしてますけど、その思い、かなりの変態ですよ』
★
後日談というか、その後の一幕。
翌日、遊戯場でロザ様と遊んでいた僕の前に、エルパカがまた騒がしく現れた。
「鍵ありましたわ!!!!」
「そういえば無くなってましたね。どこにあったんですか?」
「図書館ですわ!!! 普通に寝る時に外して忘れてましたわ!!!」
「なんという馬鹿な……いや、あれ?」
図書館にはないとか偉そうに語っていた伝説のメイドがいたような……?
僕が訝しむ目でシロフィーを見つめると、彼女は思いっきり目を逸らした。
おい! どういうことだ探偵気取り!
『い、いや、あの、猫が盗んだものだとばかり思ってました……いや! 普通、盗める状況なら盗むでしょう!? すごい鍵なんですよ!?』
早口かつ焦ったような口調で、シロフィーは必死に自己弁護に走る。
探偵が犯人側の心理に立ちすぎた為に推理が暴走したらしい。
なんというへっぽこ探偵……。
『だ、だまらっしゃーい! もうこの話はおしまいです! はい! 終了ー! エルパカ増殖編、完!』
こうして強引に会話は締められた。
その後も、この事件のことを話そうとをするとシロフィーは無理矢理話を逸らそうとするのだった。
次回からは新編、勇者編?です。
『真実の魔法』で嘘がつけなくなった悪役令嬢は〜という新作も投稿しましたのでよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n8309gq/




